第3話 メギド最強決定戦

トワイラテイルの中心地に程近い、メギド腕自慢及び訓練大会の受付のある建物。そこには、参加を申し込む人でごった返していた。人混みから少し離れた所で、つい先程夕月達と別れてきたクレイブがいた。

「ほっほ、皆自身の力を試したいのであろうなぁ…」

 人々を眺めながら、クレイブは感慨深く呟いた。すると、クレイブに近づいてくる者がいた。

「おや…貴方は…」

「5年ぶりですね。」

 その者は顔を上げながら言った。

「クレイブ指揮官。」



「レディースエーンドジェントルメーン! ついにこの日がやったきたぁ! メギド民の、メギド民による、メギド民のための! メギド最強決定戦っ! 実況&中継はぁ! メギド最強決定戦特設ステージから、ジストリー・タナカとヌタリーナ・サイトウが───」

「わぁぁすごーい!」

 メギド最強決定戦メイン会場の闘技場の前の広場で夕月は人の多さに驚いていた。

「こんなに参加するのか…」

「あぁ! 腕がなるぜ!」

「参加人数はおおよそ2000人らしいです。つまり、優勝したら2000人の頂点というわけですね。」

「あら? 悠依さん、これって個人戦よね?」

「そう…ですね…」

 みんなが気まずそうに押し黙る。

「あ、あー…まぁ、どうせ誰かが優勝しても、いいんじゃない?」

「そうだぜ! 私は手を抜かないからな〜!」

 みんなが緊張が解けたように笑い出す。

「さぁ! みなさん! もうすぐ始まりますよ!」

 メギトリアル5人は、広場の中央へ歩いて行った。



「ぐあぁぁっ!」

 最期の断末魔を叫びながら、兵士は倒れる。

「ふん。」

 夥しい数のしたいに囲まれた中学3年生ぐらいの男の子が、つまらなそうに呟く。

「他愛もない。もっと強いやつはいないのか?」

 すると、男の子の部下と思われる兵士が1人、近づいて言った。

「敵勢力の掃討、完了致しました!」

「ご苦労。じゃあ、兵士達を集めといて。」

「はっ!」

 駆け足で戻ってく兵士を横目に見ながら、男の子は血の海と化した戦線基地を見渡す。

「目ぼしいものはなさそう…ん?」

 男の子は一つのケースに目を留めた。

「なんだ? このケース。」

 ケースの中はビロード張りになっていて、そこには丁寧に、しかしなんの変哲もなさそうな手帳が収められていた。

「ノート?」

 男の子はノートの表紙に書いてある文字を読んだ。

「ドレッドロウ・ノート…? なんだこれ。」

 そう言いつつも、好奇心満々に男の子はノートを手に取る。

「何も書いてない…。魔導書の類でもなさそうだな…ん? 魔法陣が、書いてある?」

 ノートの裏表紙には、臙脂色の魔法陣が描かれていた。

「んー…? なんの魔法陣───」

「司令官! 兵士の招集、完了しました!」

「うひゃっ!?」

 突然聞こえた声に驚き、男の子はノートを血溜まりに落としてしまった。と、その時、なんとも不思議なことが起こった。

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁあぁああぁぁぁ!」

「なんだ!?ど───」

 見ると、先程の兵士が謎の赤い物質に取り込まれている。

「なんだ…これ?」

 謎の物質は、液体の様だが流れ出すことはなく、だが液体の様に形を変える物だった。

「ノート?」

 物質はノートの血溜まりについているページからでていた。

「あぁぁぁあぁああぁぁ…」

 気付くと、兵士は事切れていた。

「殺した…? ノートが?」

 そう言いながらも、男の子の目の輝きは疑念から歓喜へと変わっていた。

「いいものめっけ。」

 ニンマリ笑って男の子は、兵士達と共に基地を去っていった…。



「それじゃあルゥーールを説明しよう! 参加者は全員がトワイラテイルの街中で戦う! 先に相手を気絶させるか、戦意喪失させたら勝ちだ! それと、建物は全て魔法陣で防護してあるからその辺の心配はしなくても大丈夫だ。」

 広場に集まった参加者達に、サイトウが魔法拡声器を使って説明している。参加者は、興奮を胸に滾らせてそれを聞いている。

「そしてぇぇぇぇ!! 全員が気になっている優勝賞品はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────」

 会場が静まり返る。

「1ヶ月のバカンスだぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

「え!? うそ!?」

「マジかよ…おいみんな! 絶対誰かは勝とうぜ!」

「バカンス…ギリカと行けるかな…」

「絶対勝ちにいきますよ!」

 そうメギトリアル5人は意気込む。

「さぁ! 10分後に開始だ! 2000人の頂点を目指すんだ!」



 トワイラテイルに参加者達が散らばってから5分後、夕月はというと───

「あと5分…みんなはどこにいるんだろ。」

 その時、2人の男子がまだ始まってもいないのに攻撃して来た。

「おらぁ!」

「え!?」

 突然の出来事に不意を突かれ、1人の攻撃を止めれなかった。(当たる!)


ギィンッ


「せやっ!」

 その時、どこからか人が来てもう1人の攻撃を去なした。

「くそぉっ!」

 男子達はまるで自分達が襲われたかの様に逃げていった。

「あの…ありがとうございます。」

「礼はいいですよ。でも、災難でしたね。あの子達、参加者の不意を突いて優勝を狙ってたんですね。」

 そう微笑んでいる助けてくれた人は長身の女性。豊かな黒髪を靡かせ片目が隠れていた。

「では、また後で。」

 女性は手を振り、クルリと後ろを向く。そして、まるでエルフの様に優雅に歩いていった。しかし、夕月は先程ちらと見えたものばかり気になって仕方がなかった。

「あの刀の現だし方…抜刀の速さ…でも───」

 そう呟きながら夕月は女性が去っていった方向を向く。が、川沿いの一本道なのにどこにも女性の姿は無かった。

「───でも、なんで?」



「ん? あぁ、時ちゃん。」

「あぁってなんですか、あぁって。」

 そう言いながら時雨は微笑む。

「いいや? なんでもないよ。」

「それにしてもあと1分ですね、小夜さん。」

「そうだね。」

「みんなは?」

「あとの3人はあの人を見張ってるよ。」

「はぁ…あの人は…弟子が頑張っているか潜入監査よ!とか言ってますが…自分が戦いたいのが見え見えです。」

「あの人にとってはただのお遊びでしかないもんね。私も、あの人を見るまではあんなアクティブな女性の人間がいるとは思わなかったよ。」

「…さっき、その人に会ってきた───と言うか助けてきたんですが…立派に成長してましたよ。」

「そうかい。あの人が聞いたら──」

 小夜は、開始まで秒読みとなったトワイラテイルの街並みを眺め、しみじみと言った。

「あの人が聞いたら、喜びそうだね───」



「【鏡楼閣・刃迷じんめい】!」

 相手の服を掠めるように刃を並べ、時を動かす。


シャッ


 布が引き裂かれる音を立てて男の服は細切れになった。

「失礼しましたぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 そう言いながら男はどこかへ走り去って行った。

「さすがですねー悠依さんー。」

「あら、ギリカさん。」

 ギリカがニコニコしてその光景を見ていた。

「てっきり燐さんの方を見てるのかと思いました。」

「あー…燐ちゃんは…」



「くそっどこだ!?」

 俺は辺りを見渡す。が、見える範囲の屋根にはいない。

「下からは狙えない…だが、上にもいない…くそっ!」

「…スナイパーだからと言って、その人がライフルしか使えないとは限らない。」

 俺の…後ろから声?

「誰だ───」

「【イドラルミーナー流拳銃・ExplosiveエクスプローシブWarMineウォーマイン】。」

 燐は両手に持った二丁の拳銃で、男のスナイパーライフルを撃つ。

「俺の…ライフルがぁ…」

 男は茫然自失の様子で、呟く。

「…大丈夫だ、ギリカが直してくれる。」

「こんな…バラバラになっても?」

「あぁ。あいつの腕は一流だ。」

「そうか…ありがとうございます! 負けはしたけれど、あなたの戦い方を参考にこれからも頑張ります!」

 俺は清々しい気持ちで地上に降りる。彼女は屋根の上で誰かを探しているみたいだ──スコープを覗いて(汗)

「えっと…見つけた。」



「せあぁぁ!」

「ぐほぉっ…!」

 

ドサッ


「あ、あれ? ちょっと強すぎ…た?」

 苦笑いしながら咲は、自分の強烈な張り手を腹に喰らい気絶している男を眺める。

「うーん…晓燕ー。」

「師匠なにカー? 」

「うーんとさ…ここら辺に救護班の人って誰かいた?」

 そう聞くと晓燕は思った通りと咲を睨み、

「そうなると思ってさっき連れて来たアル。」

「サンキューな!」

「師匠ももうちょっと加減する事を覚えるアル!」

「はっは、これじゃどっちが師匠か分からないなぁ。」

 そう救護班の人に笑われてしまった。それを聞いた2人も、

「ぷっ。」

「ぷふふふ、あははは!」



「さぁーーーいよいよ人数も減り残り20人! 10人になるとトーナメントが始まるぜ!! 誰が残るか!?」

「もう20人! みんな残ってるかな…バカンス行きたーい!」

 街を歩きながら、夕月はそう言う。 すると、犬の獣人コボルトの子供達の話し声が耳に入ってきた。

「なぁなぁ! 一位の人、誰だか知ってるか?」

「さぁ? どうせ黄昏軍の人達じゃね?」

「もしかしてリールのお父さんじゃない!?」

「ち、ちげーよリリア! 全員ハズレだ!」

「黄昏軍の人達でもねぇのか? じゃあ誰だよ!」

「それがな、名前が分かんない謎の人物Xって話らしいぜ。」

「んーーーーー……ん?」

  それを聞いた夕月は不思議と首を傾げる。

「一位の人が…メギトリアルじゃない?」

 いや、それ自体は珍しい事ではない。むしろ、この大会は実力ある者を発掘しスカウトする目的も地味に兼ねてあるので、メギトリアルより強い者がいるのならそれは喜ばしい事である。

 が、夕月が気になったのはそこではなかった。

「名前が非公開? この大会は軍部が主催しているから、非公開にするなら軍の、しかもクレイブ指揮官ぐらいの将校クラスに頼まなきゃ…でもそんな影響力ある人が一般人だとは考えにくいなぁ…」

 その時、夕月は大会開始直前に出会った女性の事が思い浮かんだ。

「あ……え? でも……? まさか…まさかいる? かなぁ…。」

「影詠流神楽式夜叉術使い手、影詠夕月とお見受けする。」

 その時、夕月の後ろから声がした。

「誰!?」

 反射的に夕月は振り返り、そう叫ぶ。しかし、その人は何も答えず、ただぽつりと

「…手合わせ願おう。」

「…!(メギトリアルのメンバーに自ら宣戦布告? それだけ自身があるのかな…しかも、見た所何も武器がない。咲と同じ格闘家?)」

 多少の戸惑いを振り払い、刀の柄に手を添える。

「…いきます。」

周りの人達が遠巻きに観戦する。

「やっちまえーねぇちゃん!」

「【影詠流神楽式夜叉術一口・影刃弐式】!」

 しかし、夕月が仕掛けてもその人は何も動く気配がなかった。実際には刀は1本しかないが、その周りに無数の刀の影を作る。そして、それらの刀の影は本体となんら見分けがつかなくなり、夕月は距離を詰める。

「もらった!」

 しかし、刀はその人に掠めることすらなかった。なんと、刀はその人の体をすり抜け遂に貫通した。

(この技は影詠流! まずい! まさか本当にいるなんて…!!)

 夕月はすぐに後ろに跳び、距離をとる。が、それは無意味だった。その人は手のひらを地に向け、手の下に影ができるようにする。すると、手の下の影が濃くなり、伸び、刀の形になり遂に刀と化した。(影詠流! あれは初期動作、現刀!)

 そして、その人は呟き

「【影詠流神楽式夜叉術中道・影刃えいじん─黒紫牢こくしろう─】。」

 

シャッ


 何が起こったのか、誰にも分からなかった。当事者の夕月ですら分からない程、その人の一閃は速かった。鈍い音を立てて夕月の腹に当たった。刀はまさに影が散るように、黒い煙と共に消えた。

 そして、夕月は倒れ、意識を失った。意識を失う直前に夕月が気付いたのは、その人が女性だということだけだった。

 


 メギトリアル最強決定戦受付の建物。そこで指揮官2人がコーヒーを啜りながらテレビで中継を見ていた。

「ふぉっふぉっふぉ。皆健闘したようで、儂も嬉しいぞい。」

 いつもほぼ閉じているクレイブ指揮官はより目を細め、心底感心したように言う。

「はい、これだけの人が参加するのには私も驚きました。」

 クレイブのそばに立つレイト指揮官も、そう言って笑う。

「にしても、だ。まさかあの人が参加するとはのぉ!」

「どうかしたのかと聞いても、別に何もない、弟子の参観日みたいなものよ、と言われまして…」

「クレイブ指揮官! レイト指揮官!」

 すると、兵士が1人かなり動揺した様子で走ってきた。

「どうした。何かあったのか?」

「ノートが…奪われました!」

「なんだと!? 基地はどうした!」

 しかし、兵士はただ黙って首を振る。

「なんと…」

「夥しい数の死体、及び尋常でない量の血溜まりから推察するに、ブラッドシーカーが率いる隊に襲撃されたようです。」

「うむ。了解した。イーライ様には連絡したか?」

「えぇ、連絡、しかと受け取りましたよ。」

 いつの間にかイーライがいた。

「イーライ殿、ノートが奪われたようです。」

「うん、どうやらヴァータのブラッドシーカーだそうですね。それもかなり上位の。おそらく長老級エルダークラスの悪魔と契約したのだろう。」

 イーライは続けて、

「しかし、相手の消耗も大きいはず。多分、今後1ヶ月は動きが少なくなるでしょう。だから、当面の心配はないはずですよ。」

「そうか…なら、とりあえずはこの大会の行く末を見守ろう。」

 すでに、残っている名前は10人になっていた。



「あぁーーっとぉ! ここでメギトリアル所属影詠夕月脱落ぅー! どういうことでしょうか!?」

「なんだって! 夕月が脱落だぁ!?」

「そんなに強い人がいるということでしょうか…?」

「それだけじゃないわ。」

「あぁ、私達もそいつと戦うことになるわけだ。」

 街中で一旦合流したメギトリアル4人の間に、重たい雰囲気が漂う。

「しかも、夕月は戦意喪失か気絶したということよ。あの子が戦意を失うとは考えにくい。」

「まじかよ…気絶したのか。」

「…後でお見舞いに行きましょう。」

「まぁまずはあの子の為にも勝たないと、よ。さっ、闘技場へ行きましょ!」

 メギトリアル4人は闘技場を目指して歩んでいった。



「晓燕!? お前、残ったのか!?」

 闘技場へ行くと、なんと晓燕がいた。

「そんじょそこらの一般人とは少し違うアル!」

 晓燕ははにかみながらそう言った。

「負けないぜ!」

「こっちこそ下克上アル!」

「晓燕なら充分可能性ありそうだな。」

「うっ…燐、そんなこと言わないでくれよ…」

「ふふっ、青春に近いものを感じるわね!」

「それは…まぁ、一応高校生ですし!」

 夕月達の5人は軍の一構成部署所属の身でありながら、高校にも通っているのだ。もちろん、晓燕も小学校に。しかし、メギトリアル所属は先生達を除いた生徒達は知らない。特に言う必要も感じないのだ。

「トーナメント表はあるか? 月奈。」

「はいこれ。燐は…Bブロックね。相手は一般人、頑張ってね!」

「まずは月奈からだろ。」

「そ、そうね。」

 月奈は苦笑いする。トーナメントはA、B、C、Dブロックに分かれ、Aブロックは月奈対同じ魔術師。Bブロックは燐と一般人のハンドガン二丁使い。Cブロックは奇しくも、咲対晓燕の師弟対決。Dブロックは悠依対夕月と同じ多刀使いとなっていた。

「げっ、まじかよ1戦目晓燕とか…」

「フッフーン! 師匠、絶対勝ってやるアル!」

「多刀使いって…珍しくないか?」

「えぇ…少し気にかかりますね…」

 その時、Aブロックのアナウンスがかかった。

「Aブロック出場の選手は、控え室においでください。」

「さぁ月奈! 出番だぜ!」

「頑張ってくださいね!」

「ギリカとのバカンス、頼んだぞ。」

 期待した横目が月奈を見つめる。

「燐…あなたの目的はそれなのね…」

 月奈は呆れ笑いした。



 月奈が控え室に行くのを見送った4人は、別の話題で盛り上がっていた。

「でさー! 響が落ちてるゴミ拾おうとしたんだよ! そしたらさ、別の男子がタイラントあたぁーっく!とか言って響を後ろからドーン!」

「バカだな、その男子。」

「響さんも災難ですね…w」

「だが話はまだ終わりじゃないんだなぁー。響が倒れた先にね!なんと!」

『なんと…?』

 その時、月奈が戻って来た。

「疲れなかったーーー!」

「早くね!? もう終わりかよ!」

「疲れなかったって…そんなに簡単だったんですか?」

「えぇそうよ。束縛魔法で動き封じて服燃やしておしまい! 相手が男だったから幸いしたわ。女性だったら心苦しいもん。」

「お疲れ。」

「さっ次は燐よ。ギリカちゃんとのバカンス、行きたいんでしょ?」

(それよりも先に続きが知りたい…)

(多分燐さん私と同じこと思ってる…)

「いってくる。」

「いってらー。」



「それでね、師匠と家でゆっくりしてた時にね、師匠が急に私の部屋に来て“僕の本知らないか?リエル・ファンボイル著の「魔鉱石の利用法」って本“って言ったのよ。私も一緒に探し始めたの。」

「でも、あの家ってかなりの本あるから難しかったんじゃね?」

「そうなのよ。だけど、普段過ごしてる分には気付かない程度の本があってね、なんか不自然だったのよ。師匠は結構几帳面だから、一冊だけ逆さまに入れてしまうはずがないと思って、その本を取ろうとしたんだけどいかんせん本棚が高くて高くて! 」

「本棚が積み上がって大図書館みたいになってますもんね…」

「かなり上の方にあって届かないから仕方なく軽い呪文で引っ張ろうとしたんだけど…どうやらマナに反応してカラクリが作動する仕掛けだったのね。なぜかその本があるあたりの本棚が後ろに引いたの! そした中にね…」

『一体何が…?』

「ただいま。」

「あ…お帰りなさい、燐。」

「お疲れさまです! 燐さん。」

(なんというタイミング…!何があったんだよぉ!)

(こう…ワンテンポ置かれちゃうと実は冷術庫があって大量のプディンが入っていたなんて言えないわ…)

「次、咲だろ?」

「お、おぅ! 弟子なんざちょろいちょろい!」

(不安…だな)



ザッ


「さぁーーー! 次はメギトリアル所属美桜咲vsその弟子、晓燕! 師弟対決だぁぁぁぁぁ!!!!」

「負けないぜ…晓燕!」

「師匠ーーー! 絶対倒す!」

 サイトウがカウントダウンをする。

「5…4…3…2…1…開始!」


オオオオオオオオオ………


 観客が沸き立つ。

(私が教えてる限りではあいつは押しに弱い! 距離を詰めて一気に決める!)

「【桜華拳・疾宝刺拳しっぽうしけん】!」

「ふうぅぅ…せやぁ!」


バシッ


「なっ…!」

「もうその弱点は克服済みアル!」

 咲の拳は晓燕の手の平でしっかり掴まれていた。


ブォンっ!


 咲が唖然とした隙に、晓燕が大きく上体を回しながら地面を蹴る。そして、咲の胸に蹴りを入れる。

「【桜華拳・朱雀覇聾すざくはろう】!!」

「ぐうぅっ!」


ザザザザザ……


 反動で咲は数メートル後ろへ押された。

(なんてパワー! とっさにガードしたけど…ちぃ、腕がビリビリする!)

「ふぅぅぅぅやっ!」


ドガッ!


(二撃目への派生が早い!)

「…能力か。」

「正解アルネ。これは私の能力、【疾拳しっけん】。」

「その名の通り、ありえない速度で拳法が出せる能力だぜ。お前そんなのあったのかよ。」

能力。それは、その人の特性の様なもので、生まれ持つもの。後天的な現れはほとんど事例がなく、持っている人と持っていない人がいる。持っている人の方が少ない。

「ふっふっーん。見せてあげるアル。」

そういうと、晓燕は両手を握り、豪速で拳を繰り出す。


ガガガガガガガガ


咲は腕を交差してガードしている。

「どうしたアル? 手も足も出ないアルか?」

「手は出ないけど足なら出せるぜっ!」

咲は軽く蹴りを入れる。が、難なく晓燕に避けられる。

「甘い!」

「読み通りぃ!」


ガッ!


「くふっ!」

 避けた先を予測して咲は拳を突き出す。それは効果ありのようだった。見事拳は晓燕の腹に当たり、晓燕はよろめいた。

「まだまだいくぜっ! 【桜華拳昇華一段・風陣神図ふうじんしんず】!」

 拳を突き出した姿勢からそのまま地面を蹴り、もう一度拳を当てようとする。しかし、足を巧みに使って晓燕はそれを去なした。


シュッ…


「【桜華拳去派生一式・巨刹尖頭きょせつせんとう】!」

「いっ!?」


ゴッ


 晓燕の頭突きが咲の頭に当たる。

「くぅぅぅぅぅ…目が…チカチカ…する。フラフラ…」

「ふふーん、手こずらせてくれたアルね師匠。」

「まだ…終わっちゃねぇぜ…」

「もちろんヨ!」

 2人はしっかりと向き合い、構える。

「ここで向き合ったぁ! これで勝負が決まるのか!?」

アアアアアアアアアア…

 タナカの実況に群衆が呼応する。

「【桜華拳昇華二段・玄武咲百花塚げんぶざきひゃっかつか】!!!」

「【桜華拳昇華二段・朱雀羅刹桜開すざくらせつおうかい】!!!」


──────────



「いやー残念アル。負けたアル。」

 そう言いながらも、晓燕は特に残念そうでもなく、むーという感じで喋っていた。

「危なかった危なかった(汗)。あと数センチ足が前に出てなかったら負けてたぜ…」

「ふーん。結局どういう状況だったの? 観客は全然分からなかったらしいわよ。」

「私は足技で、晓燕が拳。」



「【桜華拳昇華二段・玄武咲百花塚】!!!」

「【桜華拳昇華二段・朱雀羅刹桜開】!!!」

 咲は足を円の形に回し、そのままの勢いで一直線に晓燕に向かって刺す。晓燕は両の拳を腰のところで力を込め、向かってくる咲に右の拳を入れようとし、左の拳は追撃に構えた。


ドスッ


「…あ…。」

 そうとしか言えなかった。咲の足は晓燕の拳の間を抜き、晓燕の腹に当たった。対して、晓燕の拳は咲の腹数センチ手前で止まっていた。


ドサッ


 晓燕は片膝をついて、お腹を抑えた。

「ウィナー、美桜咲!」



「というわけでアル。結局は成長の違いアルずるいアル!」

「その点も含めて師匠ってことよ!」

 咲は自慢げに言う。

「自分で師匠っていうのもどうかしら…」

「ん、次悠依さんじゃないか。」

「ええ! いってきます!」

「頑張ってね、悠依さん!」

「頑張れよ!」

「私みたいに負けないでくださいアルー。」



「メギトリアル所属城嶺悠依。お手並み拝見しよう。」

 対する多刀使いは、外套を羽織り、その下には軍服に似た様なものが見える。マリンキャップに似た形の帽子を目深に被り、悠依の方からは表情が見えない。しかし、余裕振りは悠依にも分かった。

「ええ、よろしくお願いいたします。(こんなに勝つ気満々とは…確かに夕月さんを倒す可能性はありそうですね。)」

 静かに2人は構える。すると、悠依はある事に気付いた。

(あら? 武器が…ありませんね。咲さんと同じ格闘術でしょうか?)

「さぁ! カウントダウン…5…4…3…2…1…開始!」

オオオオオオオオオ………!!!

「先手! 【鏡楼閣・磁質鋭具じしつえいぐ】!」

 普段の様に時を止める。そして、止まっている相手の横を駆け抜けながらナイフを並べ立てていく。くるりと方向を変え、さっきの逆側も同じ様に。

「時止解除!」

 ナイフは、時間が止まっている時に投げられた反動はそのままに相手へと刺さる。すると、ナイフ同士が反発し合ったり、引き付け合い、複雑に相手を刺し出した。しかし、

(…なるほど、夕月さんが負けるわけです。)

 ナイフは相手に刺さっている…はずなのに、どういう訳か貫通し、少し影を薄くした様に見える相手の体の中で絡み合っていた。

「ふむ。それが 卿の能力か。」

「【時間操作】、です。」

 帽子のつばの下で、相手は意味ありげな笑みを浮かべる。しかし、悠依からは目までは見えなかった。

「今度はこちらからだ。」

(来る!)

 悠依は身構える。


スッ…


(!? 消え…た?)

 相手の体は影が薄くなる様に、日の光に溶けていった。

(どこに?)

「ここよ。」

 相手は、後ろに回り込んでいた。

(速い! 十数メートルあったはずなのにこの数秒間に…!)

「ふっ!」

 相手は鋭く息を吐きながら、刀を大きく鞘から抜き、振る。

「時止!」

 かろうじて時を止めるのに間に合った悠依は、目の前の光景に愕然とした。

「刀…だけ!?」

 相手の影はどこにもなく、刀だけが浮いていた。そして辺りを見回すが、相手は文字通り影も形もなかった。つまり、今の刀を振り時が止まる一瞬に刀を手放し、姿を消したという事。まるで、時が止まるのを見越していたかのように。

 そして、

(さっきまで何も持っていなかったのに…外套の膨らみ方から隠し持っているとも思えない。つまりなんらかの方法で刀を手に入れた、ということですか。)

 依然として相手の姿は見当たらない。

(それなら…)

 悠依は自分の立っている周りにナイフを置く。そして、時を動かす。

「時止解除。」


カキィーン!


「案の定…ですね。」

 自分の右に並んだナイフが弾かれ、それをいち早く察して攻撃を回避した悠依は言った。

「ほう? なかなかやるではないか。」

「それほどでもっ!」

 返答しながらナイフを投げる。相手は、また姿を消す。

「次はどこからでしょう?」

 半ば呼びかけるように悠依は言う。

「ここだ。」

 相手は、悠依から10メートル程離れたところにいた。そして呟き、

「【影詠流神楽式夜叉術昇華壱・詠歌千本桜えいかせんぼんざくら】。」


シャッ


 突然、悠依の足元から円状に刀身が突き出てきた。不意打ちをまともに喰らい、悠依は狼狽える。

「ぐぅっ! なんで…」

「後ろを見てごらん。」

「なっ…これは、刀?」

 悠依の背後には地面に突き刺された刀があった。

「…そろそろ幕引きとしようか。」

 相手はそう言い、高く飛ぶ。

「【飛嶺紅葉一刀流・唐紅紅葉舞からくれないもみじまい】。」

 相手の刀が影分身したように、周りに無数の刀が現れる。そして、悠依を斬ろうとひらひらとまさに舞い散る紅葉のように、しかし確かな速度を保って落ちてくる。

「これぐらい避けれます!」

「捉えた。」

「え?」


ザッ…


 相手は悠依に向かって斬りおろす。悠依は左腕の袖を切られ、倒れた。倒れる寸前まで、悠依の目は舞う紅葉を見ていた。

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