第2話 巨像(ゴーレム)は壊せない

 ────メギドの辺境の村、その郊外。ギルベルト隊が建てた、作戦進行用生活テント。

「痛い…」

「助けてくれ…」

 巨像に負傷させられた者の中でも、特に酷く怪我を負った者達のうめき声が、救護テントの中に響く。

「隊長! 今のところは安定しました!」

「うむ…仕方がない。しばらく安静にさせ、治癒魔法で治せるか月奈殿に打診してみよう。治癒師がいるのが一番いいのだが…」

 ギルベルトの目の前には、ほぼ生死の境を彷徨っていると言ってもいいほどの状態の兵士達も何人かいた。

 

 次の日。ギルベルト達は驚愕した。

「どういうことだ!?」

「私には分かり兼ねます…」

 精鋭部隊も唖然としている。

「どうして全員がたった一夜で完治している!?」

 その時、全員の目に1人の人間が映った。綺麗な黒髪を長めのショートヘアにした、女性だ。「誰だ…? 誰かあの人を知っている者はいるか?」

 兵士達は誰も首を縦に振らない。すると、その女性の方からギルベルト達に近づいてきた。

「どうも! あまりにも酷い有様だったので、治しちゃいました!」

「彼らに変わって礼を言いたい。して、単刀直入に聞くが、貴方は誰でしょう?」

 彼女は少し悩む様な表情を見せたが、次の瞬間には誰の目にもそんな素振りをしたかすら分からないほど跡形もなく、彼女の顔から消えていた。

「イシュメール・エリアナ・グマナ、治癒師です!」



 「私が見た限りでは、マナを利用して動くタイプの巨像みたいね。これは魔法使いがいないと起動と言うか、召喚が出来ないから十中八九ヴァータの魔法使いがやったんじゃないかしら。」

 ギリカ武器店から場所を移し、ここはトワイラテイル中心地近く、メギトリアル拠点の家。作戦円卓に乗った資料や写真を見せながら、月奈が言った。

「ねぇ月奈、この巨像は破壊できるの?」

「出来ることには出来るわ。でも、余程の火力が無いと99%無駄な努力ね。壊そうとするなら連続して攻撃しないといけないのだけど、攻撃の手を1時間休めただけで自己修復してるの。」

「くっそー! どうすればいいんだ!」

 その時、本部のドアを開けて誰かが入ってきた。

「あっ! ギリカちゃん! 研ぎ直し終わったの?」

「ええ、終わりましたよ。それにしても、大丈夫ですか?皆さん。」

 ギリカに研ぎ直してもらった刀を鞘にしまいながら夕月が言った。

「それがね〜なかなか難しい案件になりそうなの。」

 これまでの経緯を聞き終わると、ギリカは少し考える様に、

「んー…マナで動くタイプ…ってことは、封印みたいなのを施して外部からのマナを遮断すればいいんじゃ無いでしょうか? 私、魔法とか全然わかんないんで、多分愚策…」

あはは…と笑いながらギリカは言う。

「おお! 名案だぜギリカ!」

 すると、月奈が「出来る可能性は低いかもしれないわね。」

「なんで!?」

「…大きさか。」

「正解。燐の方が理解しているみたいね。」

「大きさ…ですか?」

「そう。魔法において何事にも、封印する時はその対象に見合った数の魔法陣を重ねないと封印出来ないのよ。まぁ、写真だけじゃ分からないし、実際にかけてみないことには可能かどうか判断し難いわ。」

「じゃあ、作戦は決まったね!」

「ええ、まずは私わたくし達がギルベルトさんのところへ行き、協力して巨像を抑え込む。そして、その間に月奈さんが魔法陣を張って封印を敢行。こんなところでしょうか。」

「そうと決まれば、行くぞ。」



 トワイラテイルの近郊、トワイラテイルの周りの土地の一部を統治する貴族の屋敷。そこには、その屋敷の主がいた。

「へぇ、月奈ちゃん達、巨像を封印するんだ…。」

 主は鏡を見ながら呟いた。

「…一応、私も行っておこうかな。」



「さてと、みんな準備はいいかしら?」

 家の庭に出て、夕月達は出発の準備をしていた。

「うん! 大体終わったよ!」

「それじゃ、開くわね。」

 そう言って月奈は、一歩前に出る。そして、一冊の本を取り出す。月奈が魔法の研究を書き留めているノートだ。彼女はページをめくり、目的のものが書いてあるページで手を止め、手の平を前に向け、腕を伸ばし唱えた。

「ネチア・メトベリユ・スコーラン・スペトラ・リンギング。【空間連結魔法・ヴァイアデトラ】!」

 すると、楕円系の姿見の様な、青く発光する入口が出来た。不思議なことに、その円のすぐ向こうはギルベルト達のいるテントだった。

「さぁ、行きましょ。」

 そう月奈に促されつつ、夕月達は入口をくぐった。




「おお、夕月殿! 待っていたぞ!」

「大丈夫!? 手紙だと、だいぶ苦戦している様だったけど。」

「ああ、その事なのだがな、とある通りすがりの治癒師が負傷者を全員治癒してくれたのだ。」

「ちょっと待って! それ、どういう事!?」

 ギルベルトの言葉を聞いた瞬間、月奈がだいぶ驚いた様子で聞いてきた。

「全員ですって!? ギルベルトさん、負傷者の怪我の具合は全員腕の骨が折れた程度だったの?」

「腕の骨? ハハハハハ! まぁ、腕の骨が折れたと騒ぐ者はいたな! しかし、真面目な話、その程度の軽傷の者からほとんど生死の境を彷徨っているとも言える程重症の者まで、全員がたった一夜で治癒しきっていたのだ。あれは流石の我でも驚いたわ! ハハハハハハ!」

 すると月奈はとても大切な作戦を、抜かりがないかじっくり確認する時の様に何か考えていた。

「月奈さん、どうかしたのですか?」

「…いえ、少し怪しいなって。」

「どうしてだ…?」

「だって、全員よ!? 怪我人が何人いたか知らないけれど、私だってせいぜい四肢を全て複雑骨折した人を治癒するぐらいで治癒魔力は尽きてしまうわ! …まぁ、私の師匠は、‘もともと君の魔力は人を救う事には向かない魔力だ’ って言ったんだけど。」

「つまり、その人はとてつもなく治癒魔力が大きい人だってこと?」

「…そうね。言うなれば、私の戦闘魔力と同等かそれ以上ね。」

「んー…難しい話は分かんない! いいからテント行こうぜ!」

「そうね。今は考えてもしかたないわ。」

「ギルベルトさん、作戦は明日みんなに伝えるね。」

「了解した。それと月奈殿、そんなに治癒師のことが気になるのであればその人の元へ案内するが?」

「…そうね、一度その人に会ってみたいわ。」

 すると夕月が、

「あ、じゃあ私もー。」

 という訳で、ギルベルト、夕月、月奈の3人が治癒師の元へ向かうこととなった。



 作戦進行用生活テント群の中、急遽立てられた救護テント。

「はい! 終わったよ!」

 エリアナはそこで、治癒を行なっていた。すると、「失礼する。」

「ん? ああ、ギルベルトさん。どうかしたんですか?」

「いや、エリアナ殿に是非会いたいというものがいてな。月奈殿、こちらが、イシュメール・エリアナ・グマナ殿だ。エリアナ殿、こちらは黄昏軍一構成部署メギトリアルの月奈殿と夕月殿だ。」

「初めまして。」

「初めまして。あなたが怪我人を全員治癒する偉業を成し遂げた人?」

「偉業って…そんなにすごいことはしてないですよー。」

 そう言ってエリアナは笑う。それを見た月奈も笑って、

「そう。私からもお礼を言うわ、彼らを治してくれて本当にありがとう。」

「いえっ、私は別に恩を売りたかった訳では…!」

「いいえ、たとえ小分隊だとしても、命令を受けて集められただけの兵士達でも黄昏軍にとっては貴重な人達よ。まぁ、人の命を無駄にする様な作戦は上が許さないと思うけど。」

「…そうでしたか。なんにせよ、お役に立てたなら嬉しいです!」

 すると、それまで黙って会話を聞いていた夕月が口を開いた。

「あなたは、人を助けることが好き?そして、これからも助けたいと思っているの?」

「そんなに怪我人が出てくるのは嬉しいことではないですが、怪我をした人々が私を求めているのなら、私はそれに応えたい。」

 彼女は決意を秘めた表情で語った。

「…そう。それを聞いて、安心したわ。」

「ほえ?」

「突然でごめんね。でも、あなたはヴァータに与する気は無いのでしょう?」

「えぇ。不老不死は人類にとって一つの夢、そして今までの学者や魔法使い達が追い求め叶うことのなかった一つの終着点でもあります。だけど、それを枯らそうとするのは…。まだ何かの動機があり、その動機次第では納得することも出来るかもしれません。」

 彼女は、自分でも無意識のうちなのか、だんだんと雄弁になりながら語った。

「ですが、それを自分達の利益の為だけに独占するのはタチが悪い。言語道断です。だから、私は───もし私も戦争に参加する事になれば───黄昏軍に協力します。」

「なら、本当に黄昏軍に協力してくれないかしら?…あなたがそう望むならでいいのだけど。」

 彼女は少しも迷う風はなく、即答した。

「協力します! 黄昏軍の為、そして何よりも、メギド・ル・ヴァータの為に!」

 それを聞いた月奈は即座に対応した。

「なら、あなたの為の一構成部署──名前は…とりあえず治癒師団としておくわ───を設立しましょう。あなたにはそこの指揮を執ってもらってもいいかしら?」

 エリアナはそれを聞いて少し驚いた様だが、すぐに落ち着きを取り戻し

「わかりました!」

「それじゃ、これからよろしく! 歓迎するよ! イシュメール・エリアナ・グマナ、ようこそ黄昏軍へ!」


 

 一方、その頃の燐達────


「ここがテントかー! 広〜い!」

「なかなかだな。」

「えぇ、快適そうですね!」

「燐! 悠依! 冷術庫!冷術庫はどこか知らないか!?」

冷術庫とは、単純に冷却魔法が常時かけられている箱で、人々は物を冷やす時これに入れる。

「冷術庫…ですか?」

「なんでそんな物を…」

燐と悠依はその時気付いた、咲が両手に抱えている物を見て絶句した。

「なんでそんなにカ○ピス持ってきてるんだ!?」

 咲は10本程のカ○ピスを抱えていた。

「いや〜作戦長引いたら嫌だなーって…あはは…」

「と、とにかく! 冷術庫を探さないと荷物が片付きません!」

「これは金庫だよな…これはクローゼット…これはトイレ…これは・・・さっきの金庫だぜ!」

「ない! どうするんだ?」

「待ってください! この金庫、なんか少し冷たくないですか?」

 それを聞いて燐は金庫(?)を開ける。

「あ…これ冷術庫だ。」

「え…このぐらいしかない? うそ?」

 3人の間に気まずい空気が流れる。すると、悠依が

「後で月奈さんに大きくしてもらいましょうか。」

「はーい…」



「キシシシシシ! よく働いてくれるね! この人形は!」

 村が静まり返る頃、巨像に近づく人影があった。その人影は月明かりに照らされながら、その日に巨像ゴーレムが受けた微細な傷を修復していく。

 修復が半ば程に差し掛かった頃、人影に近づく者がいた。その者は人影に向かって軽く会釈をし、

「どうも。君がこの巨像の親つくりぬしかな?」

「あぁ? うっせぇなお前。一般村人がこの史上最強の魔法使い、ドン・イリリアーア・ベルベルに近づく事が許されると思ってるのかぁ?」

 その者は笑って、

「あはは、ごめん。私はその巨像を破壊し(片付け)ようと思っただけなんだ。」

「だぁかぁらぁ〜、お前みたいな一般人がこのさいきょ〜の巨像を壊すことは無理だっての。」

 ベルベルはだんだん苛立ちを隠せなくなってきた。

「ん〜、棒ようなものとかで壊せないかなーって思ったんだけどなぁ…無理かな?」

「ふん! 無理に決まってる! まぁ、壊そうとする前にお前がペシャンコさ!」

「でもさ、マギとかならいけるんじゃ───」

「うるさいうるさいうるさい!!!!!! お前みたいな一般市民に僕のゴーレムが壊せるもんか! もーアッタマきた! 殺してやる!」

 その者は落ち着き払って、

「おやおや、殺されたら困るなぁ。」

「もう遅い! お前は死ぬんだ!!」

 そう言ってベルベルは、殺傷魔法を詠唱し出した。「エユムフル・ギーカ・ギーカ・エストレム────」

「君は致命的だね。相手の『存在』を決めつけ、否定し、認めようとしない。同じ魔法使い相手に、君は致命的すぎるよ。」

 その言葉を聞いた瞬間、ベルベルの長い詠唱がはたと止まった。

「…え…?」

「そこも致命的だよ。どんな状況であろうと詠唱をやめるな。自分が死ぬことになるからね。」

 そう言うと、その者は猛烈なスピードで詠唱し出した。

「ヒニチリン・イーイーラ・チニットレア・ハサイアム・ネグトレア・ヘレメネン・マジットエレメント。燥きよ空間となれ。 空気に満ちその者を虚無に帰さん。【イーヴァ・イーゥア・ネゲレトア】」

 そして、声もなくベルベルは身体中の水分が乾燥し灰となっていた。一陣の風が吹き、その人の形をした灰の塊を虚しく散らした。

「…予想通り。親を殺しても自立して動くよう作られているのだな、これは。」

 その者は散ってゆく灰には目もくれず、ゴーレムを見上げていった。

「子供っぽい、と言うか最早子供だったが多少の技量はあったようだ。……少し、月奈ちゃん達に任せてみようかな。」

 言葉を残して、その者は消えた。



「と言うことで、皆さんが巨像の気を引き、抑え込んでいる間に私が封印を試みます。」

 招集された兵士達を前に、月奈は作戦の説明をしていた。

「何か、質問は?」

 夕月ははその様子を遠目から眺めている。

「はい。」

「どうぞって……あら、エリアナさん。」

「どうも。えっと…負傷者は私が治療してもいいんですよね?」

「えぇ、あなたは晴れて黄昏軍の一員なのですから、別に構いませんよ。」

「わかりました。」

「他には?」

すると、兵の1人が手を挙げた。

「もし封印が失敗した場合は?」

「…その時は、意地でも破壊するか、後日再挑戦です。他に?」

 誰も手を上げないのを確認すると、ギルベルトが、

「よぅし! これにて作戦会議は終了! 作戦の開始は1時間後だ、それまでに準備を済ませろ!」

「了解!」

 兵士達は一斉に返事をし、準備に取り掛かった。



1時間後、メギトリアル、ギルベルト精鋭部隊を含む彼等は村の門前へ到着した。村人達は先に避難させておいた為、閑散としている。巨像は村の中央に位置する広場で胡座座りしていた。

「うわ…デカイ…」

 咲が圧倒された様子で呟く。

「そ、そうね…予想よりも大きいわ…」

 月奈も不安そうに言う。

「よぅし! 隊列を組めぇ!」

 ギルベルトが号令を出すと、兵士達が一斉に集合、隊列を組んだ。そして、全員が巨像を見据える位置につくと、

「作戦開始ぃ!!」

 夕月は、相対する巨像に向かってナイフを投げる。

「っと!」

 巨像は腕を振り、難なくそれを弾く。その隙に夕月は巨像の足元5メートルまで詰め、渾身の力で斬りつける。

「はぁっ!」


がギギギきキィィィィ!!


「ウソッ!?」

 振った刀は巨像の手に阻まれ、耳障りな不協和音を発する。後ろの月奈から、

「巨像は目がいいわ! 普通に斬り込んでも止められる!」

「了解!」

 一旦巨像から離れ距離をとる。そして夕月は刀を納刀しまい、握り直す。そして巨像との距離を詰めながら、

「【影詠流神楽式夜叉術一口・影刃えいじん】!!」

 最前と同じ距離で、居合の形に刃やいばを抜く。そこに巨像の手がまた阻みに来る。


ブォンッ


 しかし、そこに刀は無く、巨像の手は虚しく空を切るだけだった。

「残念その刃じゃありませんよっ!」

 見ると夕月の持つ刀は朧げに揺れ、どの辺りに刃身があるか読めなくなっていた。そして、振られた刀は寸分違わず巨像の指を斬り落とした。

「ふっ、私も負けてられないな…」

 村の門の上からスコープでその様子を見ていた燐は、そう言い、

「【イドラルミーナー流・SystemSnipeシステムスナイプ】。」

 放たれた弾は巨像との距離の中程で分裂し、個々別々に巨像の至る所を撃った。

「ナイスです! 燐さん!」

 燐が撃った弾が穿った巨像に空いた隙間に、悠依が短刀で精確に刺す。

「咲さん!」

「うっし! 【桜華拳・不可避の千手】!」

 悠依が刺した短刀を、咲が桜華拳でまっすぐ叩く。

「うらららららららら!!!」

 すると、巨像に少しばかりヒビが入った。

「我々も援護するぞぉ!!」

 雄叫びを上げながら、両手大剣を持ったギルベルト率いる兵士達が突撃する。ギルベルトは、持っている得物からは想像も出来ない俊敏さで、巨像を翻弄している。

「はぁっ!」


ズン!


 隙を突いて繰り出したギルベルトの大剣が巨像に刺さる。 「してやったり!」

 しかし、巨像は自身に刺さった大剣を片手で摘まみ、ギルベルトを宙に投げ飛ばした。

「ぐはぁっ!!」

「危ない! 」

そう叫び、月奈は唱える。すると、彼女が前にまっすぐ掲げている手の平に、魔法陣が浮かぶ。

「【フュレア】!」

 月奈が唱えた魔法は、今にも地面に叩きつけられそうなギルベルトの落下速度を緩め、そのまま地に下ろした。

「助かった月奈殿!」


「さて、始めましょう。」

 そう言って、戦闘の場から一つ離れたところで月奈は封印を始めた。

「封印魔法陣解放。」

 すると、巨像の足元に陣式が現れた。

「【ニトレーナ・イルト】。」

 巨像に向かって三本の暗い紫色をした巨大な矢が飛んでいき、刺さった。すると、そこから矢と同じ色をした鎖が飛び出し、巨像に巻きつき動きを止めた。

  そして、月奈が封印呪文を唱え出す。

「サンドリガ・ファンベイル・ハース・クロセズ────」


バキャィィィィンンンンン……


「え!?」

 見ると巨像は魔法陣を破壊していた。「四百陣巻いても無理なんて! どれだけなの!?」

 他のみんなはまだかろうじて抑え込んでいるが、兵士達はギルベルトどれだけ精鋭部隊を除いてほとんどがダウンしている。

「縛り矢はもう見切られてしまう! かと言って動きを止めないと陣の外に逃げられる!」

 どうすれば…もう動きを止める術はない───いや、あと一つだけならあるが、みんなを巻き込んでしまう恐れがある。

「どうするの……!」


 その時、村の広場を囲むように建っていた家の屋根の一つに月奈にとって見覚えのある人影を見つけた。

「あれは…!!」

 すると、その人影の口元が微かに動く。

「うわぁっ!」

「え!?」

 叫び声が夕月達から上がる。見ると、みんなが巨像から10メートル程離されていた。月奈はもう一度人影を見ると、その人影は彼女の方を見て口を動かした。(今だよ。)

「っつ! マナ! 【フリーズ】!!」

 そう月奈が叫ぶと、彼女の前方3メートル辺りから巨像までの間が凍りつき、巨像は足を凍らされ全く動けなくなった。

「今よ!!」

 月奈は人影に向かって言う。すると人影は、よくやったと言わんばかりに微笑み、屋根から降りるとともに唱えた。

「【ストレヴィ】。」

 そう人影が言うと、巨像の足元に夥しい数の魔法陣が現れた。その光景を何度も見ている月奈は呆れて、

「一気に千陣も巻けるなんて、相変わらず強大過ぎる魔力ね。」

「サンドリガ・ファンベイル・ハース・クロセズ・ファフネル・ニーヴィリィゥア。貴殿の魂貰い受ける。【ヴァラムスルナエンド流封印陣・ニーヴァクルスヴェレリアス】!」

 巨像の足元の封印陣式から紫紺色の波導の様な、オーラの様なものが噴き出し、巨像を取り巻いていく。



 ────波導が消えた時、そこには波導と同じ色に金色の十字架が描かれた、手の平程の大きさの棺桶しか無かった。


パチ パチ パチ…


「…お久しぶりです。」

 月奈が音のする方を向き、言った。

「いや〜、良くやったよ! 君も、みんなも。」

「えと…月奈の知り合い?」

 状況を飲み込めていない兵士達、ギルベルト、及びメギトリアルの4人を代表して夕月が言った。

「えぇ、この人は私の師匠であり、魔術【終焉の月・ヴァラムスルナエンド】の使い手、その始祖であり、また、ヴォームラムス辺境伯です。」




「お初にお目にかかります、イーライ・スレイデン・グレイ・ヴォームラムス・エンド・フェントラー・ニールス様。」

 メギトリアルの4人が挨拶した。

「そ、そんなに畏まらなくてもいいよ…!月奈ちゃんぐらいの感じで接してくれ。」

 そう言ってイーライは微笑む。

 イーライ・スレイデン・グレイ・ヴォームラムス・エンド・フェントラー・ニールス。とても紳士な人柄で、誰にでも対等に接する優男。メギド王国辺境を統べる貴族でもある。月奈の師で、魔術【終焉の月・ヴァラムスルナエンド】の始祖。黄昏戦争に始まった時から参加していたと言われている。己の魔法を駆使し、ヴァータの衛兵詰所が隣接する関門を1人だけで壊滅させたという逸話というか噂があり、挙げ句の果てには実は数百年生きているとも噂される。が、その事を本人に聞くと、それとなくはぐらかされるので冗談でもなさそうである。

「本題に入りますけど師匠、何故ここに?」

「うん、屋敷で君達が巨像を封印する事を知ったからね。もし封印出来なかった時は手助けしてあげようかなって思ったんだ。」

 それを聞いた月奈は微笑んで、

「それは助かりました。で、師匠、私が師匠に習ったことの中に巨像には親がいると聞いたはずですが、親は?」

「灰にした。」

 その場の全員が凍りついた。

「あ、あー…ともかく、貴殿が来てくれて助かりました。やつを封印出来ていなかったら、今頃我は死んでいたでしょう。」

「そうならなくて良かったよ。」

 イーライは屈託のない微笑みを見せた。

「これから我らは事後処理があるのだが、メギトリアル、イーライ殿、エリアナ殿はどうする?」

「私達は一旦王都へ帰りますか!」

「賛成です!」

「私も賛成よ。それと、エリアナさんも指揮を執る部署設立の為、私達と一緒に帰った方がいいんじゃないかしら?」

「そうですね。私も黄昏軍の本部に行かないとですね。」

「じゃあ私も屋敷に帰ろうかな。」

「了解した。」

「じゃあ私は荷造りしてるわね。」

「あ、お願いね、月奈!」

 月奈がテントから出て行くのを見送ると、夕月がふと思い出したように言った。

「あれ? ギルベルトさん。」

「なんだ、夕月殿?」

「この前、分隊が占領してるって言ってたよね?」

「あぁ、だが分隊はいなかったな…。奴らも巨像が破壊されることはないと思っていたんじゃないか?」

 だが、夕月は納得がいかないらしく、

「…イーライさん。」

「ん? なんだい?」

 魔導書を読んで、すっかり自身の世界に閉じ籠っていた彼はとぼけた。

「イーライさんは、ヴァータの分隊を見たりしました?」

「いいや? 見てないねぇ。…ふむ、これは少し警戒した方───」

「きゃあぁぁぁぁっ!!」

 その時、鋭い悲鳴がギルベルト達のいるテントまで響いて来た。

「あれは…!!!」

「月奈殿の悲鳴!」



「月奈殿っ!」

「ハァッハッハァーーーー!!!」

 見ると月奈は巨像と戦った広場で、ジャックナイフに肩を刺されて倒れていた。

「誰だ! お前は!」

 夕月はおそらく月奈にナイフを刺したであろう、高笑いしている男に向かって叫んだ。

「マヌケな奴らめ! 俺たちがあんなガキと木偶人形だけに任せて村を離れると思うかぁ!?」

「…我々の話を聞いていたのか。」

イーライが切迫した様子で尋ねる。

「あぁ!? うるせえ!」

「っつ、エリアナさん!」

「は、はい!」

「あなたは月奈の手当てをお願い! ギルベルトさん! 兵士達を緊急招集!」

「心得た!」

「イーライさん! 掃討を手伝ってく───」

 その時だった。


ザザザザザザッ!


「何!?」

「…。」

 家の影から飛び出て来たヴァータ兵士に、夕月、月奈、エリアナ、イーライの4人はあっという間に囲まれてしまった。

「さぁ! この村から出てけよ! ここは俺たちが占領したんだ!」

 すると、イーライが前に進み出た。「そう簡単に手放すと思うかい?」

「イーライさん!」

「あぁ? 誰かと思えば、こぉんな優男かよ! 黄昏軍も堕ちたもんだなぁ!」

 周りの兵士達も笑い出す。そして、兵士の1人が、

「おい優男! 死にたくねえならさっさと家帰って糞して寝やが────」

 

 唐突に兵士の声は途切れた。私達は言葉を失った。

「死にたくない?」

 さっきの兵士が何故か忽然と姿を消していた。

「なら、君達こそ逃げるんだな。」

 今までに感じたことのない程の、悍ましい怨念と耐え難い殺気を感じて夕月は震え上がった。

「まずいわ…夕月!」

 エリアナに治癒してもらっている月奈が怯えた様子で叫んだ。「彼を止めて!」

「イーライ殿! 夕月殿!」

 兵士達を引き連れて来たギルベルトがその場を見て駆け出した。

「どうして!?」

「彼は普段あまり怒らない。けれど、一度怒らせると…下手すると私達もろとも村が消し飛ぶわ!」

「大丈夫。君達には傷一つつけない。ただ、私の愛弟子を傷つけた罪、私の守るべきもの達を危険に晒した罪はお前達の死でも贖えないよ。」

 静かに彼は唱えた。

「【ムゾルナ呪術・ゾァーィーゥァ・ル・ガンドラュゥアヴア】。」

 兵士達は消えていた。

「さぁ、帰ろう。」

「またやったしまったのね…」

 恨めしそうに月奈が呟く。

「おや? 勘違いしないでおくれ。さすがに無益な殺生はしないさ。」

 そう言い、イーライは苦笑いする。

「彼らは別の所へテレポートさせただけ。それに、愛弟子を傷つけられたら怒るよ。」

 そう言って、イーライは最前の微笑みを見せた。

「…ありがとう。」

「あれ?もしかして月奈照れてる?」

 月奈の顔を覗き込みながら、夕月が笑う。

「ううるさい! いいからさっさと帰るわよ!」

「はっはっはっは!! いつも通りに戻って良かった!」

 ギルベルトが笑い出すと、兵士達やメギトリアル、果てにはエリアナとイーライ本人まで笑い出した。

「んーもう! なんで師匠相手に照れなきゃならないのよ!って話!」



 トワイラテイルの街中で、5人で買い出しに行っていると、咲が誰かを見つけたようで、

「んお? あれは…ああ! おーい、晓燕シャオイェン!」

「ああああ! 師匠!」

 みんなが唖然とした。そして、図らずもみんなが同時に叫んでしまった。

「師匠!?」

「あ、そういえばみんなに言ってなかったのぜ。」

 咲は苦笑いする。

「この子は晓燕。じいじから修行の一環として、一番素質あり、継承候補の妹弟子を教育せいって言われたんだよ。」

劉リュウ 晓燕シャオイェン。桜華拳の門下生で、咲の祖父も認める素質の持ち主。下克上が好きな様で、たまに自分より実力がある他の門下生を倒して怒られることがしばしば。

「晓燕ちゃん。咲師匠は教えるの上手?」

 茶化すつもりで夕月は聞いてみた。

「はい! とっても優しく教えてくれるアル!」

「でも、やっぱり美桜翁の弟子だから、厳しいのだろうな。」

「クレイブ指揮官!」

 シャトル・クレイブ。レイト指揮官と立場を同じくする、あごに豊かな白髭を湛えた老人。将校の役職におり、前に、メギトリアルの指揮を執った事もある、経験豊富な老指揮官。

「ふぉっふぉ。晓燕とやら、そんなに堅くなるでない。わしはただのじじい、そう思うてくれて構わんよ。」

 クレイブ指揮官は、初孫を見るような優しい目で話しかける。

「あれっ? 師匠、いつも私より先に疲れるアルネ?」

「なんとなんと。ほっほっほっほ。」

「え? 咲、怠けてるの?」

「あ、あはは〜…いや、私はじいじから言われてる稽古は毎日してるんだ。でも、晓燕ってば私よりもずっと体力あるぜ! ひょっとしたら私よりも素質あるなぁ…」

 咲はしょんぼりしていった。

「え?でも、じい様はお前は確かに素質はある。しかし、我が孫には勝てんな。って言ってるアル!」

「そ、そなの?」

「はい!」

「な、なんか弟子に褒められるって恥ずかしいな…」

「ふぉっふぉ。よく修行に励んでおるようでよろしい。では。」

「さようなら、クレイブ指揮官!」


 クレイブ指揮官が去るのを見送ると、咲は、

「ああ! そう言えば明日じゃないか!」

「ああ! 忘れてた!」

「え? 明日何かあるの?」

「夕月、忘れたの? 私達も参加するじゃない。」

「えーっと…」

「ほら、お前が誘ってきただろ。」

「分かんないよ燐!」

「訓練大会ですよ! 一般人から、兵士までメギドの人達の腕自慢大会です!」

「ああ! え!? 晓燕ちゃんもそれに出るの!?」

「アイヤ!? 夕月さん達も出るアルか!」

「楽しみだな。」

 燐が珍しく面白がった。

「でも、こっちも負けてられないアル! 全力でいかせてもらうネ!」

「うん! 楽しみにしてるよ!」

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