黄昏戦線、侵攻開始!

ねこっちゅ

二極化した戦争

第1話 戦場に月あり

山の上に、私はいた。隣には煙管と酒の注がれた盃を持った女の人が。この人に連れられて、私はここに来た。

「ねぇ…あなたはだぁれ?」

「私かい?そうよな…師匠、とでも呼んでくれて構わんよ。」

そう言って《師匠》は微笑んだ。

「じゃあ、後ろのあの家は何?」

「あれは、これから私達が住むところだよ。私には家族もいないしねぇ…だから、お前さんに私のとっておきを教えてあげようと思ってね。」

「トッテオキ?」

「それよりもほら!お前さんも見てごらんよ!」

そう言って師匠は盃を傾けた。師匠に促されて私は夜空を見上げて見た。そこには、溢れんばかりに輝く星空があった。が、それ以上に私の目を引くものがあった。

「わぁぁぁっ…!!」

「今宵もまた、いい月だねぇ…」

それは、金剛石と見間違うほどに綺麗な、満月だった。



 私が刀を握るのを見ると、彼女は引き金に手をかけた。スコープで狙っているのは絶対に頭だろう。両者の間は500メートル程。風はほとんどなく、周りには中世風の建物が立ち並ぶくらいで、邪魔は入らない。

 ふと、彼女の言葉が浮かんだ。

「あなた…夕月、と言ったかしら?この銃弾は強力なの。頭に穴が空くぐらいじゃ済まないからね。あと…あなた、本当に多銃使いの私に勝てるとでも思ってるの?」

 影詠夕月かげよみゆづき。それが私の名前だ。正確には夕月が元から付いていた名前で、影詠の姓はいまの師匠に付けてもらった。幼い頃に両親をなくし、路地裏で死にかけているところを、いまの師匠に拾ってもらい、【影詠流神楽式夜叉術】を継承した。何故か師匠は、メインのそれとは他にも、いくつかの流派を会得していて、私も同じ様に会得した。やがて戦争が始まると、それに参加し自分の力を役立てたいと思った私は───師匠に言えば絶対に反対されると分かっていた私は、師匠に何も言わずに、家出の様な形で別れた。それ以来、師匠には会っていない。

 私は、誰に言うともなく呟いた。

「あなたこそ、多刀使いの私に勝てると思っているのかしら。だって───」

 その気配は唐突に来た。私の頭目掛けて一直線に、殺意を剥き出しにして、それは来た。私は落ち着いて、冷静に、刀を抜く。

「【飛嶺紅葉一刀流・居合・壱式】!!」

銃弾は真っ二つになり、私の左右に流れた。避けられるとは思っても、まさか銃弾を斬られるとは思いもよらなかったのだろう。彼女のうろたえっぷりが、ここからでも見える様だ。私は、抜いた刀を納めずに、地面を蹴った。

「───だってこの程度の距離。一瞬で詰められるのに。」

 私は、もう一方の腰に掛けてある刀を抜いて、一瞬で距離を詰められたことに激しく動揺している彼女の首に斬りつけた。


ギィンッ‼︎


「…っつ!」

 惜しい。あと十数センチのところでライフルの銃身に遮られた。彼女は素早く後退し、持っているハンドガンで応戦しようとする。すぐさま私は彼女に向かって、いつも隠し持っているナイフを投げた。ナイフに彼女が気を取られた隙に、私はもう一度斬りつける。その時、小さな砂が目に入ってしまった。だが、彼女がどこにいるかは気配でわかる。

「そこっ!」


パキュゥン……


 ────確かに、そこにいたのに。幻でも幻覚でもなく、確かにそこにいたはずなのに。

「いない?」

 目を擦りつつ、周りを見てみる。すると、彼女が倒れている。

「何?バランスでも崩し…」

 私は、目の前の状況を理解するのに数秒を要した。何故か彼女は腕を撃たれているのだ。

「…!」

 私に気配を察知されない距離からの狙撃。私がナイフを投げてから彼女に斬りつけるまでの数秒の間に、致命傷にならない程度にわざと腕に当てる。こんな芸当ができるのは…少なくとも私が知っている中では1人しかいない。

「多銃使いは、1人でいい。」

「やっぱり燐だ!」

 茜崎燐あかねざきりん。黒髪のショートヘア。過去に左眼に銃弾を受け、そこに眼帯をつけた自他共に認める多銃使い。出会ってから一度も、大っぴらに感情を出したところを見ない。微笑んだり、落ち込んだりぐらいはあるが、激しく怒ったり、大笑いなどをしたところを、少なくとも私は見ていない。

「夕月の方は片付いたのか?」

「それはそっちに聞いた方がいいんじゃない?」

「あら、やっぱり鋭いわね。」

「月奈、いつの間にいたんだ?」

 死柳月奈しにやなぎるな。少し紫がかった長髪。ごく普通の血筋の生まれなのに、魔法使いの才があり、彼女の師曰く、「千年に一度の稀有な魔力」。そのため、親の方からの頼みもあって、その師から、魔法を習い、魔法使いになった。

「それでね、残りはあの2人が対処してるので終わりよ。」

「ありがと!月奈!」



「───さて!応急処置終わり!あとは…彼らについて行きなさい。」

「街の制圧及び敵性分子の掃討、ご苦労であった。」

「ええと…彼がレイト指揮官。この街の制圧作戦を任されている人よ。まぁ、もう終わったから別の任務に回されると思うけどね。」

「夕月!5時間ぶり!」

「咲!?」

「こっちも片付きました。」

「悠依さん!?って悠依さんは時間止めれるから当たり前か…」

 美桜咲みさくらさき。赤いロングヘアで、兄が2人、姉が1人、妹が2人いる。様々な拳法、格闘技を用いて戦い、メインは桜華拳。兄妹の中で一番才能があったので、前継承者の彼女の祖父から桜華拳を継承した。

 そして、城嶺悠依しょうりょうゆい。長い黒髪を後ろでまとめ、ポニーテールを作っている。月奈と同じ普通の血筋だが、何故か時間を操る力を発現した。時間を止め、次の瞬間には相手を360度ナイフで周りを囲む恐ろしい技、鏡楼閣を得意とする。

「夕月、進めろ。」

「あ、ごめんごめん。ええと…あなた、フェイナって言ったかしら?指揮官、お願いします。」

「ヴァータ軍スナイパー、フェイナ・ルトバード。貴方に我が軍への協力を要求します。」

「協力?どうせ使い捨てなんでしょ。殺すなら、さっさと殺してよ!」

「いいえ、あなたのその狙撃能力はなかなか見所があるわ。それを踏まえた上で、私達に協力して欲しいのよ。」

「ゴホン…決して邪険に扱いはしませんよ。まぁ、こんなところで説得もなんですし、まずはトワイラテイルまで行きましょうか。」


彼女がレイト指揮官と兵士達に連れられていくのを見送ると、悠依さんが言った。

「さぁ!私達も帰りましょうか!」

「はーい!」



黄昏軍領でありメギド王国の王都、トワイラテイル。中世風の建物が多く建ち、亜人族も多々住む都市だ。中心にはメギド王国を統治する王族が住んでいて、その周りを囲むように家々が続いて建っている。メギトリアルの拠点や、黄昏軍の中枢を担う建物もその中心地近くにある。王都の土地の周りにはその辺境を統治する貴族の屋敷があり、村々はその統治下にある。

そして、中心地からさほど離れてはいない住宅街の中に、メギトリアル本拠点、つまり、夕月達の家があった。


「はぁ〜疲れたー!カ○ピス〜カ○ピスはないかー!」

「それなら、この前夕月が、咲の為に買ってきたカ○ピスだけど、稽古で疲れたし飲んでもいいよね♪って言って、飲むのを見た。」

「ちょ、 燐!見てたの!?」

「あぁ。」

「なんで言っちゃうのー!今度の買い物の時にこっそり買ってこようと思ったのにー!!」

「その前にバレるだろ…」

「いや〜咲って戦闘だと動物並みの勘の鋭さなのに、普段だとおっとりしてるからさ〜、意外とバレないんじゃないかなぁ〜って…」

後ろにただならぬ殺気を感じ、夕月は恐る恐る振り返る。

「ゆぅ〜づぅ〜きぃ〜…」

「は、はいぃなんでしょう…」

「い………こい。」

「はい?」

「今すぐ買ってこーい!!!」

「ご、ごめんなさぁーい!」

 謝りながら私は家を飛び出す。バレたものは仕方ない。夕月はしょぼんとして言った。

「買いに行きますかぁ〜… 」

そう、メギトリアルはこんな感じの5人を筆頭に活動する黄昏軍の一構成部署である。


一方、その頃の拠点。


「──相変わらずですね、夕月さんは。」

「あぁ。私の予想だともうすぐ帰ってくる。」

「それって!もうすぐでカ○ピスが飲めるってことか!?」

「いや…」

 その時、十中八九体当たりでもしただろう。そう思うほどの勢いでドアが開いた。見るとそこには夕月がいる。

「おお!夕月!早く!早く私にカ○ピスをくれぇ!」

 カタカタしてる。

(やっぱりな…)

「さ…………すれた。」

「なんだって?どうかしたのか?」

「サイフ忘れたぁ〜〜〜!!!」

「なんだってーー!」

…そう、こんな感じである。



「────結局みんなで行くのかぁ〜。」

 王都の中でもいろいろな店があるところへの道を歩きながら、咲が不服そうに言った。周りには、猫の耳が付いたり、ワニみたいな風貌など、いろいろな亜人族が歩いている。

「別にいいだろ。私と夕月はギリカのところに用があるし。」

「私はちょうど研究の為に新しい魔導書が欲しかったし…」

「私はナイフの補充に…」

「で、私はカ○ピスと。んんん…でもやっぱり不満!」

「子供かお前は…」

「…あら?夕月さん、あれギルベルトさんじゃありませんか?」

「ん?ホントだ!おーい!ギルベルトさーん!」

「おぉ!夕月殿!」

 ギルベルト・B・エグゾディア。夕月達が入隊する前から、戦績優秀の将軍だった、私達の上司筋にあたる人。一見、話しかけるのを躊躇うほどの強面だが、話してみると意外と気さくな人で、部下思いの人。自分は、兵士達と同じ立場でありたいと、みんなとはタメ口で話している。夕月達は戦績がいいので、素でタメ口だが、こればっかりは性格ですので…wと、いつもみんなに対して敬語の悠依さんだけはタメ口ではない。

「どうしたの?装備なんか着込んで。」

「…何かあったのですか?」

 みんなの間に緊張が走る。

「うむ、それがどうやらヴァータの分隊が、メギドの辺境の村を占領しているとの情報が入ったのでな。レイト指揮官に討伐命令を言い渡されたので、今から赴くところなのだ。」

「兵を送ればいいだけじゃないのか?」

「レイト指揮官も最初はそう考えたらしいのだが、その村はメギド・ル・ヴァータの近郊にあってな、しかも、古くから【メギドの守護者】がいると噂されている村だと聞き、我も送ることにしたのだ。ヴァータが何か企んでなければいいのだが…」

「臭いな…守護者を探し出し、木へ行く計画じゃないのか?」

「それを防ぐ為に、我が赴くのだ。」

 メギド・ル・ヴァータは、古い言い伝えで「その木に滴りし露を飲みし者、永遠の存在とならん」と言われている、つまり、不老不死になれる木で、昔から【メギドの守護者】と言われる種族が、枯らさぬよう守っているという。

しかし、

 そしてメギド・ル・ヴァータは、黄昏軍が戦う目的でもある。メギド・ル・ヴァータはその昔、王族との契約により王都を厄災や疫病から守ってきた。そのため、黄昏軍は木を守る為に結成されたのだが、木を独占しようとするヴァータが戦争を仕掛けてきて、【黄昏戦争】が始まったのだ。

「まぁ、気を付けてね!ギルベルトさん。」

「うむ!」

 そう言って彼は去っていった。

「じゃあここで待ち合わせって事で!燐!行こ!」

「わ、分かったから!頼むから引っ張らないでぇ!」

 そんな燐の抗議も虚しく、夕月はギリカ武器店へ走っていった。

「本当に騒々しいな、夕月は。」

 そういって咲は笑う。

「じゃあ、そろそろ私もウディネーゼ魔導書店へ行くわね。」

「ええ!もう行くのかよ!」

「別にここで固まる必要もないでしょ。」

と、月奈は微笑む。

「そうですね、ではみなさんまた後で!」

 月奈に同意を示すと、悠依は唐突に消えた。

「本当に便利そうだよなぁ、時間を操れるって。」



チリリン…


ベルの音だ。もはや条件反射に等しいものを感じながら、私はいつもの文句を言う。

「いらっしゃーいませー。」

「相変わらず間延びのする声だな。」

 聞き慣れた声だ。顔を上げるとそこには、嘲笑も含んだ様な笑みを浮かべた燐ちゃんがいた。

「ハロー!燐ちゃん!」

「マイペースなヤツめ。」

そう言って燐ちゃんは笑う。

「ハロー!ギリカちゃん!」

 ギリカ・E・エレリア。燐の幼馴染で、燐曰く、「いつもの気だるけでマイペースなやつ」。もとは燐と一緒に、トワイラテイルの近くの大きな街に住んでいたのだが、燐が黄昏軍に入隊する時、一緒について来た。それほど大きい武器店ではないのに、おおよそ揃えられないものはない。

「夕月さん!」

「まぁでも、こんなマイペースな店主なのに、ここまで大きい店なのが不思議だよ。」

「って言っても、トワイラテイルの中で10番目くらいだけどねぇー。」

「充分すごいよ!こんな良い刀も置いてあるんだし!」

「燐ちゃん、今日はどんな用で?」

「あぁ、そろそろフルオート系にも慣れておこうと思って。」

「燐ちゃんハンドガンとかスナイパーライフルとか、単発系しか使えないもんねぇ〜。」

「使えないんじゃなくて、使わないんだ。」

「えー燐フルオート使えないのー?」

「イメージ的に野蛮だろ!」

「あはは〜燐ってば照れてるー!」

「う、うるさい!」

「はいはい。燐ちゃん、これ持ってみて。」

「え、これって扱い難しいやつじゃ…」

「燐ちゃんのスナイパーライフルの方が難しいじゃん!」

「え!?燐そんなに難しい銃使ってたの!?」

 夕月さんがそう言うと、燐ちゃんの顔が翳った。まずい、余計なこと…言っちゃったかな…。

「あー…夕月さんは、どんな用で?」

「私?私はねーこの前の戦いでスナイパーライフルの銃身で刀が欠けちゃって、研ぎ直してもらおうかなーって…あれ?燐は?」

 いつの間にか燐ちゃんが店内にいなかった。

「あちゃー…夕月さん、ちょっと燐ちゃんのところ行ってくるんで、店番しててもらっていいですか?」

「え?いいけど…居場所分かるの?」

 そう言うが早いか、私はもう店から出ていた。



トワイラテイルの街並みを一望できる【諱の丘】に彼女はいた。【諱の丘】は彼女の思い出の場所。肩を震わせている。どうやら泣いていたようだ。

「燐ちゃん!」

「ギリカ…?どうして…?」

「どうしてって、燐ちゃん悲しくなったら必ずここに来るじゃない。」

 そう言って、ギリカは私に笑いかけた。もう、街の端に夕日が沈みかけていた。

「…そうだな。」

 と、私も笑った。

「彼…今頃どうしてるんだろうね。」

 私の口から一つの名が漏れる。

「ブラック…」

 涙が溢れてくる。その時、いつの間にか隣に座って一緒に夕日を眺めていたギリカが、私の頭を優しく抱え、撫でた。

「大丈夫。きっと取り戻せるよ。」

 3年前、私はヴァータに大切なものを奪われた。そして1年後、予定よりも少し早く黄昏軍に入隊した。

「あの頃は…よく笑っていたな…。」




 ───3年前、私は、将来を約束した彼氏を、奪われた。



 ルシア・V・ブラック。それが彼の名だった。私達はいつも王都から少し離れた街から諱の丘まで出かけて、デートしていた。

「僕はね、ここから見る夕日が大好きなんだ。」

「どうして?」

「だって、純粋にとても綺麗じゃないか。」

 そう言って、彼は微笑んだ。

「そうね。」

 私も笑い返した。

「それよりも、どうだい?最近の稽古は捗ってるかい?」

 この頃の私は、3年後に黄昏軍への入隊を控えていた。そのため、今も師である人に、より一層厳しく訓練してもらっていた。

「ん…まぁまぁね。」

「そうか。」

 そう言うと、彼はいきなり笑い出した。私が呆気にとられていると彼は、

「いやぁごめんごめん。ちょっとしたサプライズがあってね。」

「さ、サプライズ?」

「今日は君の誕生日だろう?ほら、少し前から君のお師匠さんに無理を言ってスナイパーライフルを借りていただろ?プレゼントフォーユー!」

 そう言うと彼は、私が持っていたスナイパーライフルと似ているものを渡した。

「これは…?」

 「君のスナイパーライフルをベースに、射程距離、命中精度、その他諸々の性能をいろんな銃のパーツを組み合わせて改良したんだ。戦闘能力は格段に良くなったよ!おかげで扱いも難しくなったけどね…。でも、君は多銃使いじゃないか!このぐらい余裕だろう?」

 私はその褒め言葉が可笑しくて、

「そうね。せいぜい頑張るわ。」

と言って笑ってしまった。

「…それは、僕が改良して人に渡す初めての銃でね。ずっと最初の改良型は君にもらって欲しいと思ってたんだ!」

「……!!」

 嬉しかった。彼に、いつか結婚しようと言われた時ぐらいに。

「さ、もうすぐ日が暮れるよ!街に帰ろうか。」



「あはは…すっかり日が沈んじゃったわね…。」

「そうだね…でも、まだ沈みきっていないから周りはよく見えるよ!」

 ────その時だった。周りの草むらからヴァータと思しき兵士達が出てきて、私と彼を取り囲んだ。そして2人の兵が輪に切れ目を作り、そこから1人のスナイパーライフルを背中にかけた女が出てきた。

「えー…ルシア・V・ブラック。貴方を我が軍の兵器性能向上の為、連れて行きます。」

「え…?」

 理解が出来なかった。何故彼が連れて行かれなければならないのか。それ以前に、何故、彼の才能をヴァータのやつらが知っているのか。

「そんなこと言って、僕が大人しく連れて行かれるとでも?」

「無理に抵抗しないほうがいいわ。あなた、それほど戦える訳でもないでしょ。まぁ、隣のお嬢さんなら別かもね。いいスナイパー対決が出来そうだわ。」

「ふざけないで!誰が彼を貴方達なん…!」

 そう言いかけて、彼に止められた。彼は小声で、

(君はまだ手を出さないほうがいい。)

(ブラック?)

(僕が輪を乱す。君はその隙にここから走って離れて、こいつらを狙撃してくれ。)

 私は反対せず同意した。私も、それ以上にいい案を思いつかなかったのだ。

(分かったわ。…気を付けてね。)

(大丈夫。やつらに捕まるようなヘマはしないさ。君と結ばれるまではね。)

(……!)

「おや?何か勘違いをしているようだねレディ?銃の改良に長けている者が、銃の扱いは下手と?」

 私は身構えた。

「見くびらないでくれよ!【ヴィルマクスヴェンヴェリス弾!Groundethグラウンデスtriggerトリガー.M5(マグニチュードファイブ】!」

 彼が、隠し持っていた二丁の拳銃を地面に向かって撃つと、そこから亀裂が走り、ヴァータのやつらの足元で衝撃波を放った。

「燐!走れ!」

 私はその場から離れる。40メートル程離れると、すぐさま振り返り、スナイパーライフル───何よりも大切で愛しい彼がくれた───のスコープを覗いて兵士達を狙う。そして、冷静に頭を撃ち抜く。

「まず1人っ!」

 すぐさまリロードし、別の兵士を狙う。

「2人!」

 彼もいくらか倒しているようだ。彼の足元には何人か転がっている。

「3人!」

 

 ───その時、私は恐ろしいことに気付いてしまった。

「女が…いない!」

 すぐにスコープを覗いて女を探す。彼女もスナイパーライフルを持っていた、ということは…

「見つけた!」

 おそらく彼女も私を狙っているはずだ。私はスコープの倍率を上げ、女の頭に照準を合わせる。しかし、予想は違った。女は、ブラックを狙っていた。

「………私じゃない!ブラックだ!」

 しくじった。やつらの狙いは最初からブラックだったのだ。女が最初に言っていたではないか。今から女を撃つのは間に合わない、そう判断した私は顔を上げ、彼に向かって叫んだ。

「ブラック!逃げて!」

 

 ───彼が振り向くのと、腕を撃たれて倒れるのは、同時だった。

「ブラック!!!」

 私は殺気立ち、怒りを弾に込め女に向かって撃たんばかりに、リロードした。が、私が彼に気を取られている間にリロードを済ませていた女の方が、引き金を引くのが早かった。

 銃弾は、スコープを覗いていない方、つまり私の左眼を正確に撃ち抜いた。そして、私は気を失った。



 ─────気を失う直前、私は女に応急処置をしてもらって、連れて行かれる彼の後ろ姿を見た。



 目を覚ましたのは、病室と思しきところだった。病室のベッドの側には、ギリカがいる。

「ギリカ…?」

「燐ちゃん!?目を覚ましたのね!」

 まだ頭がぼんやりしていて、うまく考えられない。ただ、何かとても大切なものを忘れている気がしてならない。それがなんなのか見極めようと、私は病室を見回す。

「燐ちゃん?どうしたの?」

 その時、ギリカのカチューシャが目に止まった。

「珍しいね…ギリカが黒いカチューシャを付けるなんて。」

「え?あぁ、お気に入りなの。あんまり付けないのにね。」

 そう言って、彼女は苦笑いした。だが、私の頭は別のことを考えていた。黒を見た瞬間、何か思い出しかけたのだ。

 そして、その忘れている何かがなんなのか知った瞬間、私は戦慄した。そして、起き上がってギリカに聞いた。

「ギリカ!ブラックは?彼はどこなの!?」

 ギリカの顔が悲しげに曇る。

「燐ちゃん…あのね、燐ちゃん達が襲われた後、銃声を聞き付けた王都の衛兵が現場に行ったのよ。そこにはね───」

 ギリカの口から出てきたのは、認め難い、認めたくない、だが心のどこかでもうそれを自覚していた事実だった。

「───そこにはね、眼から血を流した燐ちゃんと、燐ちゃんのスナイパーライフルしか無かったわ。軍の人が言うには、やっぱりヴァータに連れて行かれたんだろうって。」

 どうしようもなく打ちのめされ、涙が溢れた。すると、ギリカが私の頭を抱え撫でた。「大丈夫。彼は無事だよ。」

 そして、ひとしきり泣いた後ギリカが、もう一つ、恐ろしい事実を言った。

「それとね、燐ちゃんの眼がね───」

 私は驚いて、起き上がり鏡を見る。左眼を帯が覆うように包帯が巻かれているだけで、特に目立ったところは見当たらない。するとギリカが、

「安心して!手術は無事に終わって弾の摘出も終了、後遺症も残らないだろうって。ただね…燐ちゃん、自分で見てみて。」

 私は恐る恐る包帯を取っていく。そして、眼が露わになった時、私は愕然とした。

「ただね、弾の摘出の時にね、どうしても眼の中に術式を張らないと大量の出血をしてしまうらしかったの。それでね、魔術師を呼んで術式をかけたの。無断でしてしまって済まない、そうお嬢さんに伝えてくれって魔術師の人が…」


 

 ─────私の左眼は、右眼の黒色とは全く合わない、血を連想させる真紅色になっていた。




 その日から、だんだん燐ちゃんは感情を出さなくなり、ぶっきらぼうになっていった。ただでさえ左眼を隠す眼帯のせいで怖いのに。

 そして、あの事件から一年後、燐ちゃんは黄昏軍に入隊することになった。燐ちゃんの銃の腕前が、軍の偉い人の耳に入ったらしいわ。

「燐ちゃん、黄昏軍に入るのよね。」

「あぁ。」

「やっぱり、彼を取り戻すため?」

「…そうだ。」

「………決めた!私、燐ちゃんについてく!」

「なんでだ?」

「燐ちゃんが彼を取り戻せるように、私は武器でサポートする!」

 そういって私は燐ちゃんに向かって笑ってみた。すると、

「……ありがとう。」

 そういって、彼女もうっすらと微笑んだ。

「あ!燐ちゃん笑った!」

「別にいいじゃん!」

「あはは!照れてる〜!」

「もう……」

諱の丘から見える夕日が、もうトワイラテイルの端に沈もうとしていた。

「さ、燐ちゃん帰ろ!(夕月さんに店番させちゃってるし…)」

「そうだな。」



チリリン…

「あ!燐!ギリカちゃん!」

「遅れてすみません!お客さん待ってます?」

「大丈夫!誰も来なかったよ!」

「(´・ω・`)」

 

 その時、店の扉が勢いよく開いた。そこに、月奈と咲、悠依がいた。

「あれ?どうかしました?みなさんお揃いで。」

「夕月、燐、今ね兵の1人がたった今ギルベルト将軍から手紙が届きましたって言って、ウディネーゼにいた私のところに渡しに来たの。」

「内容は何?」

 すると、月奈は深刻な顔をして、

「落ち着いて聞いて頂戴。」

 みんなの間に緊張が走った。



「強い…!」

 そう言って、目の前に立ちはだかる巨像ゴーレムを見据える。周りでは、負傷した兵士達が片膝をついている。

 どうする。まだ兵士達は動ける者の方が多い。しかも、大分攻撃したのだから、そろそろ倒れるはずだ。だが、動けるとはいえ、辛うじてなだけ。皆、疲労困憊でこのまま戦えば間違いなく死者が出る。

 我が判断しかねている時、ふと、夕月殿達に何故皆に対して敬語なのか、と聞かれた時の我の返答が胸に浮かんだ。

“我は、将軍である前に一介の兵士だ。一介の兵士が、何故立場を同じくする者から敬われなければならぬのだ?…我は、彼らの苦労を理解し、分かち合える立場でありたいのだ。“

 我は、はっとした。そうだ、彼らはもう充分苦労し、巨像を相手して来たではないか。我は決意を固めた。

「退却するぞ!動ける者のは自力で退却!ギルベルト精鋭部隊は、我と一緒に負傷者の救出にあたるぞ!」

 大丈夫。この巨像相手に、作戦が低迷し始めた時に、すでに手は打ってある。彼女達がいれば、彼女達と協力すれば…

「この化け物も、倒せるやもしれぬな…」

「隊長!何か仰いましたか?」

「いや、なんでもない。とにかく今は急いで救出だ!」

「はっ!」



 手紙を月奈が読み終わると同時に、ギリカを含むみんなが驚いた。

『ギルベルトさんが苦戦!?』

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