録 ――表、1
月も出ていない深夜、コンビニに車が突っ込む事故が発生。
入り口付近にいたひとりの男性が巻き込まれて死亡した。
運転手は軽傷で済んだとのこと。
地元ローカル新聞の記者、浅月としては裏付けを取る必要があった。記事にしても朝刊には間に合わない。
のろのろと布団から這い出し、歯を磨いて、まだ起ききっていない脳みそを刺激する。
事故としてはよくあるパターンだ。どこかの年寄りがブレーキとアクセル間違えたか――巻き添え食ったやつに同情するぜ。
ざっと着替えてカメラを肩に下げ、取材用のカバンを持って家を出る。
現場に到着した。
浅月は周りをざっと見て、状況を確認する。
事故が起きたコンビニは割と前からある店で、一応金属製の車止めは設置してあった。ただ入り口の自動ドアに突っ込まれてはどうしようもないが。
軽自動車はかなり店内に入り込んでいる。床の黒いあとは血か。野次馬も遠巻きにしているが、時間が時間だけにその瞬間を目撃した人はいないだろう。
被害者は既に搬送されていて、加害者も署の方に同行されたのか姿は見えない。
浅月はとりあえず、話を聞けるか責任者に許可を取ろうと考える。制服の店員とスーツ姿の数人が片づけをしていた。
「あの、○○新聞の浅月と申します。お話をお伺いしたいのですが、ここの責任者の方は――」
名刺を受け取った制服を着た店員らしい男が、おそらく本部の人間であろうスーツに目で合図する。スーツは店の奥を指差した。
店員は浅月に向き直ると、頭をかいた。
「俺はついさっき片づけに呼びされたんで――バイトだけど長いから。だいたい夕方のシフトで、事故の時には俺、ここにいはいなかったっす。その時いたやつは店長と一緒に店の奥です。店長に話を通してください」
「ああ、ありがとう。大変だね」
「俺のシフトん時も強盗来たことあったけど、人死にが出たのは初めてっすね」
店員は片づけに戻った。レッカー車が到着し、事故車を移動させるようだ。
浅月はカメラを起動すると数枚の写真を撮る。そのあと店に入った。
「すいませーん、○○新聞の者ですが、取材させてもらっていいですかぁ」
スタッフ専用のドアを開けて浅月は、声をかけた。
警官ひとり、店長らしき男性、茶髪のバイトの三人が一斉に振り向いた。そんなに驚くこと言ったかなと浅月は思った。
奇妙な表情をしていた店長は、浅月に手招きをして、
「きみは仕事柄、いろんな話を聞くんだろうね」
「まあ、そうですね。どうかしましたか」
「――防犯カメラの映像がさ、今確認してたんだけど」
「事故の時の?」
「そう。ちょっと見てほしいんだ。客観的な意見が欲しくてね。お巡りさん、いいでしょう?」
「厳密に言えば第三者に閲覧させるのは問題なんだが。まあいいだろう。きみ、他言無用に頼むよ」
俄然興味がわいてきた。
「もちろんです。ぜひ見たいですね」
(監視カメラの映像。音声はなし)
男が慌てた様子で入ってくる。
店内を見渡し、なにかに気づいた様子で立ち止まるとそちらに大声で何か言っている様子。
茶髪の子が画面を指差して説明する。
「ここ、俺に向かってわめいてたんですよ。部屋まで来てくれ、死にそうなんだ、とかなんとか。でも俺その時間ひとりだったし、店離れる訳いかないじゃないですか」
突然ガラスの自動ドアを突き破って車が飛び込んでくる。後ろからはねられた男は1mほど前方に投げ出された。
「彼、まだ生きてますね」
浅月が言うと茶髪が、
「俺もびっくりしちゃって、でもまだ助かりそうだと思って救急車呼ぼうと――」
男は跪く格好で動きを止めた。いつのまにか少女が
男が顔をあげ、少女に何か言っている。
不意に、車が再び動き出した。
男がタイヤの下に踏みつぶされる。血が床に広がりだす。
浅月は眉をひそめた
「なんだこりゃ、わざわざ念入りに轢いてる」
「運転してた婆さん、70過ぎなんだけど、知りあいなんだよ。穏やかな人でね、車ぶつけて殺そう、とかそんな絶対ないはずなんだ」
店長が信じられないという顔で言う。
「エアバッグが開いて視界が真っ白になって、パニックになったそうなんだけど――ここ、白いでしょ」
車の運転席で確かにエアバッグが開いていた。
――あれ? あの少女はどこだ?
「ちょっと巻き戻すけど、ここ」
店長が機械を操作する。映像が早送りで巻き戻され、止まった。車がガラスを突き破る直前。
運転席が白い。
「おかしいでしょ。なんでぶつかる前からエアバッグが開いてんの?」
映像が動き出す。男と少女。再び動き出す車。男が死ぬ。
「被害者の他に、怪我したのは運転してた人だけ?」
「うん。
「すみません、もう一度ゆっくり再生してもらえますか」
「いいよ」
車が店内に。はねられて男が前方に投げ出される。
男のそばに少女。男が轢かれる。
少女が振り返る。
まさか。
さっき見た時と動きが違う。
浅月と視線が合う。
「うわぁっ」
「どうしたの○○新聞さん」
「ほら、ここに映ってる女の子が――」
「女の子? どこに?」
店長が首をかしげる。
浅月がモニタを指した場所には、何も映っていなかった。
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