死んだ。

 重圧を伴う静寂。

 抱きかかえる住吉と千枝子をなおも血に染めながら、美也子は死んだ。

 心療内科の設備では、首を半分近くも切られ、気道がのぞくほどの傷を手当てすることは不可能だった。

 母親は既に気を失って床に倒れている。


「……あんなのに憑依されてたら、彼女は何度でも自殺させられただろう。残念だ、僕には救えなかった」

 住吉は放心状態のまま固まっている千枝子に話しかけた。

 反応はない。

「彼女の高校に話して注意を喚起するべきだな。いじめていたのは彼女ひとりじゃないはずだ――なにか早く手を打たないと次々に死人が出るぞ。注意したから防げるというわけでもないが……やらないよりマシだろう」

 しかし、こんな話を信じてもらえるか? どう説明すればいいのか頭を抱える住吉に、ようやく千枝子がぽつりと。

「先生……。カウンセラーなのに患者の言うこと、聞いていなかったんですか……?」


「――なんだって?」



 喋っているのは確かに千枝子だが――


 住吉が最後に見たのは、千枝子の手に握られたカッターナイフの、自らの首に迫る血塗れの刃だった。



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