住吉には自分の見ている光景が現実のものかどうかすら判断できなかった。

 これはもう僕の知識や常識で対処できる相手じゃない。

 確かに霊能者か――悪魔祓いエクソシストが必要だ。

 問題は、住吉にはその手の心当たりが全くないことだった。


「ねえ、先生? あたしを可哀そうだと思う?」

 ――そうだ、僕はカウンセラーだ。対話し、説得するんだ。

「もし、君が自殺を考えるほど追い詰められた時に誰かが手を差し伸べていれば――」

「なにも知らないのね。同級生ならそいつも一緒にいじめられるだけよ。教師は教育委員会に追及されると面倒だから、体裁だけ整えて放置。誰も助けない」

「しかし……なにか方法があったはずだ」

「先生、勘違いしてない?」

 と、”あやか”は言った。からかうような口ぶりでさえあった。

「あたしは追い詰められて、逃げるために自殺したんじゃない。あたしをいじめた奴らを全員殺すためよ。普通に襲ったってせいぜい二、三人で止められて檻の中でしょう。そんなのはとうてい


 住吉にはとうてい信じられない言葉を少女は口にした。


っていうのか、君は!?」

「そうよ。この女があたしのことを何と呼んだか知ってる? よ。ただそこらを汚染して回ってるだけの存在。ばい菌ならまだ病気を起こすだけの力があるけど、それすらできない役立たずだって」

「……」

「だったらあたしは本物の災厄になってやる。そう決めたの。あたしに関わったもの全てが死に絶えるような、最悪の<わざわい>に」

「――全員殺してしまったら、その後はどうするんだ?」

「気まぐれに知らない誰かを殺すわ。<わざわい>ってそういうものでしょう」

 もう彼女はではなく、闇の底に蠢く魔物としか思えなかった。それも、ひどく危険な。


「ねえ、先生にこの女が死ぬところを見せてあげようか」


 そう言うと、”あやか”は引っ込んだ。らしい。

 美也子の表情に怯えが走る。

「やめて。おねがい、あやか。死にたくない――死にたくない――許して!」

 涙ながらに懇願する言葉に反し、カッターを握った右手が徐々に首元に上がっていき――。

 体内にひそみ絡みついた髪が操っているのか。マリオネットのように。

「やめてって、あたしも何度も頼んだよね、美也子。笑ってたんだ、あんたは。だから――やめない」

「よせ!」

 住吉と千枝子は美也子に飛びついた。

 だがそれよりも早く――美也子は自らの喉を掻き切った。恐るべき強さで。

「いやぁぁぁぁ――」

 母親の絶叫が響く。

 そして住吉は見た。

 ショック症状で痙攣を起こす身体、鮮血が吹きだすを。

 それはすぐに消え、代わりに口元のようなものが見え。


 ――はにやりと笑ったのだ。


 

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