第2話 人の酒を勝手に開けるな


 それから三十分ほどたった頃、その居酒屋に一人の男がやって来た。

「お疲れ、桐生きりゅう

 入って来た男は百八十五センチという日本人にしては大きめの身長で、目鼻立ちも通っている、いわゆる「美形」よ呼ばれる顔立ちだ。そして、着ているスーツもきちっと仕立てられたオーダーメイドのものだと分かる。

「……なんで古時計が開いてんだよ、時任ときとう

 店主に向かって不機嫌に桐生が言う。

 桐生と時任は「腐れ縁」に近いくらいの親友だ。互いに三十六歳になったものの、独身であることもこうやって一緒にいる由縁だろう。

「悪い。いい呑みっぷりの女の子がいたんで、おすそ分けした」

「はぁ!?」

 人の酒を何だと思っている! そう叫びたくなるのをようやく抑えた。

「いい子だったよ。もう二十一歳だって言って免許証見せてもらったけど、中学生でも通りそうだった。

 でも、酒の呑み方は最高だったよ。うちの常連さんたちがこぞって奢ったくらいに」

「……マジで?」

 年甲斐も無くそんな言葉遣いをしてしまった。

「本当ですよ、坊ちゃん。俺も奢りましたが、奢られるだけの子じゃなかった。こっちにも一杯つけてくれましてね」

 桐生の家で庭師をしている常連があっさりと返してきた。

 この庭師が言うなら間違いない。

「来た時はちょっと荒れてたけど、あっという間にご機嫌になって四合瓶七本くらい空けたかな?」

 半分くらいは常連さんの奢りだけどね、そう言ってきた時任に思わず眩暈がした。

 この店で他者に奢るということは少ない。よほどここに通いなれた者達がやるくらいである。それを一見さんと常連がやったということに驚きを隠せなかった。

「で、お前もつい古時計を出しちまったと」

「そういうこと。次の時は泡盛の利き酒をやりたいって言ってたから、また来るんじゃない?」

「来るね、あの子は。ここの肴も気に入ってたみたいだし」

 よくここに来る売れっ子作家が付け足してきた。

「坊ちゃんももう少し早くいらっしゃればよろしかったのに」

「来れるわけがない。やっと抜け出せたんだから」

 いつもより酒の呑むペースの早い周囲に驚きながらも、桐生はゆっくりと古時計を呑みはじめた。

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