彼女と彼とお酒

神月 一乃

第1話 振られた腹いせにやけ酒ですが?

美冬みふゆってどんな子?」

 と聞かれれば、大抵の人がこう答える。

「おちびちゃんで、特に印象に残る子じゃない。強いて言うなら食いしん坊」

 と。

 まったくもってその通りである。美冬の身長は百五十センチにも満たない小さな身体。そして、あまり凹凸も無い。「色香より食い気」という言葉が似合う四月に短大を卒業した入社一年目の社会人である。


 そんな美冬に初彼が出来たのは入社して数ヵ月後、同じ会社の六つ上の先輩社員だった。

 あまり男に免疫のない美冬は、その男の優しさに絆され、付き合うことになった。

 マメな性格で優しくて……。彼氏である春文はるふみは、ある意味美冬の理想ともいえた性格の男だと思っていた。


 その雲行きが怪しくなり始めたのは、付き合いだして数ヵ月後。春文との「初エッチ」を終えたあたりからだった。

 同じ職場でありながら、恥ずかしさもあって他の同僚には秘密にしていた。

 それが仇となったのだ。


「忙しい」という春文の言葉を信じていた。

 実際、忙しかったのは本当である。しかし、その裏で浮気をしていたというのだから驚きである。

 しかも、浮気相手も同じ職場。知ったとき、ある意味凄いと思ってしまったくらいである。

 挙句の果てには、同じ職場の浮気相手も、美冬も春文から見れば「つまみ食い」程度にしか思っていなかったそうだ。

 本命は別。

 その彼女と付き合えるようになったから別れて、と言われたのはクリスマスイブ。


 本当に最悪のクリスマスイブだと、美冬は思った。



「おいっし~~~!!」

 本来であれば春文と過ごすはずだったクリスマスイブは、同じく彼氏のいない友人に誘われて居酒屋で飲んでいた。

 ちょっと奥まったところにあるこの居酒屋、店長がもの凄く格好がいいんだとか。

 若くしてこの店を持っているんだとか。

 そんな話を友人から聞きながら、美味しく日本酒を飲んでいた。


 美冬はざるである。飲んでもあまり酔わないのだ。

 両親共に飲めないし、兄も姉も飲めない。ある意味美冬のみが異端児ともいえた。


「……あんた、これで何本目よ」

 友人が呆れているが、軽くスルーした。四合瓶で七本目。酒の肴もかなり進んでいる。

 普段はこんな洒落たお店になんて来ない。よくある飲み放題のあるチェーン店に行く。そうしないと、財布があっという間に軽くなるからだ。


 美冬の飲みっぷりに周囲の小父さんがたが喜んで一本ずつ奢ってくれているので、ご相伴に預かっているだけである。

「はい。古酒」

「おお~~。店長さん、普通こういうのって置いてませんよね」

 ただの酔っ払いと化した美冬は、持って来てもらった古酒を見て驚いた。銘柄は「古時計」。

「うん。友人の伝手で入れたんだ。一杯飲む?」

 うわぁ、珍しいお酒だ。どうしよう。美冬の心は思いっきり揺れた。

「……あんたねぇ……」

 友人は隣で日本酒ベースのカクテル、「サケティーニ」をちびりちびりと飲んでいた。

 今日は別会計。だから遠慮はしない。

「いいんですか? 多分持ち込みですよね?」

「まぁね。でも、こんなに美味しそうにお酒呑みながら食べてくれると作ってるほうは嬉しいからね」

 居酒屋であまり食べない人も多いというのは、ビアパーティで知った出来事である。

 美冬は逆だ。呑めば呑むだけ食べる。そういう性である。


「お嬢ちゃん、いい呑みっぷりだ。次は小父さんが奢ってやる!」

 別の小父さんが美冬に声をかけてきた。

「ん~~。そろそろお腹一杯なので、今日は遠慮します。もっと呑みたいお酒はたくさんあるけど、美味しく呑めなきゃ嫌だから」

 古時計を一杯だけ貰って、美冬は周囲にそう言った。

 それが尚更、店主や客の心象をよくしている。

 ただ呑むだけではない。たとえ奢ってもらったとしても、一杯か二杯くらい。そのあと、別のお酒を頼んで、その人にお返しをすることもある。

「やっとおさまったか。この飲兵衛め」

 ふらふらとした足取りの友人に比べ、もっと呑んでいたはずの美冬の足取りはしっかりしていた。

「店長さん、また来ますね。次は泡盛の利き酒やらせてください」

 先ほどどこかの団体さんがやっていたのが羨ましかった。

「楽しみにしてるよ。で、会計はどうする?」

「……いっちゃんがこの調子なので、私が全額払います。どうせ私がほとんどだし」

 友人がカクテル一杯を飲む間に、美冬は四合瓶を二本以上あけている。

「そう。一応明細書いておくよ」

「ありがとうございます」

 いいお酒といい肴、そしていい店主に出会えてよかったと思いながら、美冬は居酒屋をあとにした。

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