5 〈メルペル〉

 カールア大陸東方、エーレハイルに向かって出発した四人と一匹。ウォルフの話だと、オルガンから内海までが徒歩で六、七日、船で三日、上陸してさらに徒歩で数日だとか。片道十数日の行程である。

「遠足、遠足♪」

「……あんたのそのノーテンキさ、たまに羨ましくなるよ」

 ため息をつくディジー。ため息も出ようというものだ、ディジーが〈GoGo!! ゴーレムくん1号〉持ってるんだから。


 きぇーっ


「渡すかぁっ!」

 アーマやウォルフが持っていると、スキを見てグリーデルが持ち去ろうとするのである。しかも、ディジーも〈ゴーレムくん〉そのもので応戦するわけにはいかないし。

「はっはっは、大変そうですねえ」

「そう思うなら手伝え!!」

 言ってもムダだと思うけど。

 まあとにかくディジーは、本日10何回めかの勝利を収めた。

「全く、たかがグリフォンのくせに人間様から刃物を盗ろうたぁ生意気な」

 刃物じゃなきゃいいのか、おい。

「しっかしこの剣も、もう少し刃が研いであって、こうキラーッと輝いてると預かり甲斐があるのにさあ。振るうのはヤだけど」

 ……刃物マニアめ。

 しかし、少々常人でないようなディジーですらそれほどでもなく見えてくるのが、この顔触れの恐ろしいところだ。

 そのとき、前方にモンスター出現。

「うっ、うわああああっ、モンスターだ! 〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉!」


 ちゅどーん ちゅどーん ちゅどーん ちゅどーん


 ウォルフが動転した。

「落ち着かんかお前はぁっ!」

 ディジー、もちろん自分の剣で殴打。

「ふあっはっはっは、出たなモンスターめ!! わざわざこのユン・シュリに殺されに来おったか!!」

 ユン豹変。高笑いしながらモンスターに突っ込む。


 すここここーん


「矢ブスマくん使ってみるですぅ♪」

 矢ブスマくんのあと、近くでノビていたウォルフが魔力の勢力圏に巻き込まれて、モンスターに頭突きした。


 きぇーっ


 今ならもれなくグリーデルがついてくる。

「いやー、私の出番なかったですねえ」

 自分の身の危険には非常に敏感なユン、早くも平常モードに戻って現場を離れた。背後ではウォルフがグリーデルのタックルをくらっている。

「……この面子めんつ、すっごい問題あるよーな……」

 頭を抱えるディジー。

 そんなアーマ一行の珍道中は、船に乗ってからも続く。

「うっ、うわああああっ、海坊主だあぁっ!! 〈火矢〉! 〈火……」

「タコくらいで仰天するなーっ!!」

 早速ディジーにどつかれるウォルフ。新たに見るものには何でも驚くらしい。慣れてしまえ、ばグリフォンがそばにいても気にしないくせに。

「グリちゃん、お座り♪」


 きぇーっ


 非常に成長の早いグリーデル、早くも〝鷲頭の獅子〟にふさわしいサイズに育っている。今度タックルされたら死ぬな。

「……あのう、神官様。本当に大丈夫なんですか、あのモンスター……」

「はっはっは、大丈夫ですよ、多分」

 グリーデル見ながら青ざめている船員に、いっこうに頼りにならない答えを返すユン。神官というだけでこいつを信じるのが間違いである。

 何にせよ、船が着いたらエーレハイルは目と鼻の先だ。ディジーが前々からの疑問を口に出した。

「……ねえウォルフ。このアーマの剣の、どこがそんなにすごいわけ?」

「よくぞ訊いて下さいました!」

 さっき殴られたばかりなのに、立ち直りの早いウォルフが答える。

「そもそも、魔法というものは物質を扱うものであって、精神に作用しないと言われているんですよ! なのに、アーマさんの剣は人間に悪夢を見させることができるんです! そんなことができるなんて、まるでメル……っと」

 ウォルフがちらりと振り返った。

「神官さんの前じゃまずかったかな」

「いえいえ、オルト師がメルペル派だったのは察してましたから」

「メル……何?」

 ディジーの問いに、今度はユンが答える。

「創世神話で、全て一つだった物が〈神々〉と〈世界〉に別れた、とあるでしょう。その、別れる前の〈一つ〉に重きを置く思想の人々をメルペル派と呼ぶんですよ。全ては一つだったのだから、現世での立場の違いなど大したことではない、と言うんです。

 現在ある教団などを否定するわけではないのですが、特定の教団を認めもしないので、全宗教から反感買ってますね。もちろん国家からも。個人的には、宗教もメルペル派も考え方の差だと思うんですがねえ、はっはっは」

「……あんた、それでも本当に神官?」

「それでですね!」

 ウォルフが割って入った。

「〈神々〉と〈世界〉を、僕たち魔術師は魂と物質だと思ってるんです。魂をいやすとか、浄化するとかいった部分は神に仕える神官さんの領分で、僕らにできるのは〈火矢〉みたいに火を使うとか、そういうのなんです。でも、魔術師の中にもメルペル派がいて、そういう人々は両方の領域にまたがったような魔法が存在してもおかしくない、って言うんですよ。誰も実証したことはないんですけどね。だから!」

 ウォルフ力説。

「この剣は本当にすごいんです! わかりますかディジーさん!」

「わ、わかったからその剣を振り回すなっ! あんまり振り回すと……」


 きぇーっ


 〈ゴーレムくん〉の動きに気づいたグリーデルが飛んできた。ディジーは慌てて伏せる。


 どごっ ぼちゃっ


 グリーデルにはね飛ばされたウォルフ、海に転落。

「グリちゃん、剣返しなさあい♪」

 自分の剣の意味を何も考えてない制作者が、ノーテンキに声をかける。

「……あのう、神官様。本っ当に大丈夫なんですか、あのモンスター……」

「はっはっはっは、大丈夫ですよ、恐らく」

 ユン、全然説得力ないぞ。


   ◇


「ココが東魔会の本部ですっ!!」

「本部って……街の中のフツーの家じゃん」

 途中あったものの、無事に着いたエーレハイル。これは国ではなく地方の名前である。

 中心街のレンガ3階建て、周辺の家より多少立派かなという住宅の門前に、〝東方魔法同好会〟の看板がかかっていた。

「……ずいぶん堂々とした魔術師団体ですねー」

 これはユンの感想。ストーレシア教団は基本的に魔術師が嫌いなのだが、内海の東側では教団の勢力が弱いとはいえ、影響力皆無ではないのである。

「いいんです、〝同好会〟なら誰も文句つけようないですから!」

「はっはっは、それもそうですね」

「……どーゆー理屈だい、そりゃ」

 ディジーの突っ込みは採用されず、一行は本部内に案内される。といっても、中にいたのはおばあさん一人だけ。本当に単なる家だった。

「いらっしゃいまし皆さん、ウォルの手紙でお名前は聞いていますよ。私、この子の祖母で東魔会会長の、エナ・カレですわ。まあまあ、この子落ち着きがなくて道中ご迷惑おかけしましたでしょう」

 魔術師団体の会長とはとても思えないような、話好きでおっとりした感じの老婦人である。

「まあまあまあ、あなたがアーマ・カレさん。ウォルの話できっとそうだろうとは思っていたけれど、本当にオルトの孫なのね。リリスによく似ていること、まあまあ」

「……リリス?」

 アーマはもとよりディジーもユンも初めて聞く名なので首をかしげると、

「あらあら、リリスはオルトの奥さんですよ。知らないの? ……そうねえ、オルトは彼女のことはあまり話さなかったかもしれませんねえ。オルトは2年前に亡くなったそうだけど、彼女はどうしたのかしら。そうそう」

 一人で喋り続けると、突如エナが立ち上がる。

「昔の〈鏡像きょうぞう〉が残っていたわ。お見せしましょうね」

 そう言うと、どこかから古い鏡を持ち出してきた。

「鏡に写った像をそのまま留める魔法がかけてありますの。左右反転してしまうのが難点ですけどね。30数年前のオルトとリリスですわ」

 その〈鏡像〉には、男二人女二人が写っていた。男の一人は明らかにオルトで、若いころのエナもいる。そしてもう一人の女が。

「お母さまみたいですぅ♪」

「本当だ、ウィニーそっくり。でも、じさまの奥さんにしちゃ若いんじゃ」

「オルトが35で、リリスが19だったんじゃないかしら、この〈鏡像〉のとき。そのすぐあとに、二人はエーレハイルを離れたのだけれど」

「……オルト師は、どうしてここを去ったんです? 27年前、フリーダという国に現れるまで、かなり各地を転々としていたみたいですけど」

 ユンの問いに、エナは奇妙な微笑を返した。

「神官どの。あなたは何かをご存じだと思われる。そして、その上に何を求めておいでですか?」

「……知りたいだけですよ。ここを去らなければ、オルト師がフリーダに来ることはなかったかもしれない。フリーダで起きたとある事件も、違う形の結果を見たかも知れませんから。これは、あくまで個人的な興味ですけれどね……。

 私は亡くなる前の1年ほどしかオルト師に会っていませんが、彼がメルペル派の思想を持っていたのは知っています」

「そのことを、あなたは教団に報告しましたか」

「いいえ。私は別に、メルペル派をそれほど問題と思っていませんから。でも、教団や国家などがメルペル派を目のかたきにしているのは知っています。特にこの東方地域にメルペル派が多くて、それ故に激しく敵視されるのも。

 ここを去ったのは、そういうことに関係があったのではありませんか?」

「あのオルトが、どういう縁でストーレシア教団の神官どのとお近づきになったのかは存じませんが、あなたは神官にしては融通の効く方のようですわ。私の話も、〝個人的〟興味を満足させるだけにしてくださるでしょう」

 エナはにっこりと笑うと、アーマを見た。

「それでは、あなたのおじいさんとおばあさんについて、私が知っている限りのことを、お話しましょうね」


「その前に、神官どのがご存じかどうかは知りませんが、このあたりでは、あまり魔術師はストーレシア教団にはにらまれてませんのよ、ほっほっほ。教団さんの勢力が強くないというのもありますけど、何で強くないかと言えば、隠れメルペル派の人間が多いものですから。だから、教団さんとしても、魔術師よりメルペル派のほうが気になるのですわ。

 東魔会は、教団さんとは暗黙の了解みたいなものがございましてね。教団さんの領域を侵さない限りは黙認されてますの、ほっほっほ」

「……教団の領域?」

「魔法の解釈の話になりますけど、よろしいですか」

 おっとりしているように見えても、そこはさすが会長、何となく威厳があった。モンスターのグリーデルまで萎縮しているように見える。

「〈神々〉は、〈世界〉の火、水、土、風から人間や動物を作って、生命、魂を与えたとされていますね。そこで、神に仕える神官の方は、たとえば迷っている霊を浄化するとか、死にそうな人を治癒するとか、神の教えを説くことによって人々の魂を導くとか、そういう生死とか、精神面のようなことをなさるわけですよね。

 モンスターと戦うときに攻撃呪文をお使いになるようですが、あれもどちらかというとモンスターの肉体を攻撃して殺すというより、こちらの世界の秩序である神の教えを説くことにより、モンスターのこの世界での存在基盤そのものを崩して、精神ばかりでなく肉体まで崩壊させているようにお見受けしますが」

「……その通りです」

「それに対し、魔法は〈世界〉そのものが最初に持っていた力、火、水、土、風を扱う。いわば物質のみに作用するものである。魔術師は〈浄化〉などできない代わりに、神官もたとえば〈火矢〉のような呪文は使えない。そう言う風に住み分けているわけです。……タテマエはね」

「タテマエ? じゃ本当は違ったんですか、おばあさま」

「ウォル、考えてもごらんなさいな。いくら生死に関すると言っても、実際に病んだり傷ついたりしているのは、肉体、物質ですよ。神官はそれを治癒しているんです。だったら、魔術師にだって精神に作用することができて当然じゃありませんか」

「……それでは、エナ師、あなたも」

「ええ、神官どの。私も隠れメルペル派ですわ。同じ考えの魔術師は多いのです。ただ、教団と共存していく関係上、おおっぴらにそういうことは言えないし、そういう領域に手を出さないようにしているのです。

 だから、オルトも自身がメルペル派の思想を持っていた、というだけなら何もここを去る必要はなかったのですよ。全てはリリスに出会ったから……。

 神官どの。あなたなら、メルペル派と〈メルペル〉の違いはご存じですね」

「!! まさか……」

「メルペル派にとっては思想に過ぎません。しかし〈メルペル〉は、自身が全てが〈一つ〉だった頃の名残そのものの存在。全ての物と強くつながったままの者。自然や動物とも心を通わせ、人の心の中を理解し、〈メルペル〉同士であれば心で会話を交わすことすらできる。

 リリス・メイは、正真正銘の〈メルペル〉でした」


「……〈メルペル〉は、その能力ゆえに多くの人に忌み嫌われます。けれども私たちは、リリスが〈メルペル〉であることを知っても大好きでした。彼女から、いろいろなことを教えてもらいました。

 リリスの話では、この世界だけでなく、別の世界も最初は〈一つ〉だったそうです。教団がモンスターと呼んでいる生物さえも、彼女にとっては大きな〈一つ〉の身体の中の一部みたいなものだった。だから」

 エナはグリーデルを見た。

「アーマさん、あなた自身は〈メルペル〉ではないですよね。でも、本来異世界の生物であるそのグリフォンを飼い慣らしていられるのも、もしかしたらリリスの血なのかもしれない。あなたとあのグリフォンがつながっているから」

「名前、グリちゃんですぅ♪ グリーデルのグリちゃん」

 自分の身体より大きくなったグリーデルをなでながら、アーマは笑った。

「……そーいやウィニーも、ちょっとそんなトコあった。はっきりわかってるわけじゃないけど、誰の気持でも何となく理解してるよーな。誰にでもやさしくて、それであたしもウィニーのコト大好きで」

 ディジーの言葉に、エナもうなずく。

「〈メルペル〉本人は、多分みな、とてもやさしいんですよ。でも、〈メルペル〉という存在そのものは、排斥の対象になるのです。

 オルトは、リリスと結婚することを望んだ。しかし、東魔会の人間としては、そういう、教団を刺激するようなことはできなかったのです。当時リリスが〈メルペル〉だと知っていたのは、その〈鏡像〉の仲間だけでした。けれども、いつかバレて、今の教団との平衡状態を崩してしまうかもしれない。

 結局オルトは、東魔会を危険にさらさないために、リリスとともにここを去りました。でも、リリスはもともと病弱だったから、その後あまり長くは生きられなかったかもしれませんね。

 二人が去ってしばらくして、今度はキオーも姿を消した。彼もリリスのことが好きだったから、リリスの存在を認めないような世界など許せなかったのでしょう。〈鏡像〉の仲間でここに残ったのは、私一人になってしまいました」

「……この人、キオーさんというんですか?」

 ユンが〈鏡像〉の中の若い男を指さした。

「キオー、何とおっしゃるんですか」

「キオー・ナム。彼は、別の世界も〈一つ〉だったというリリスの話を聞いて、強く感銘を受けていたわね。それならば、私たちこの世界の者だけでなく、異世界の存在にも作用する魔法を開発することができるかもしれないって。オルトと私と3人で、魔法談義に花を咲かせたわ。リリスは黙って微笑みながら聞いていた。30何年も前のことです。オルトは、そして多分リリスももうこの世にはいない。キオーは、生きていれば私と同じで60近い歳になっているはずだけれど……」

「……どこかで結婚して、子供がいる可能性はありますよね」

「それはあるでしょうけど、どうして?」

「……同一人とすると、聞いているのと合わないものですから」

「何の話だい、ユン様」

 ディジーの問いに、ユンは首を振った。

「いえ、こっちの話です。お構い無く、はっはっは」


   ◇


 カールア大陸北方、フリーダ王国。

「サイア様。つまらない話を耳にしたのでございますが」

「……密偵の報告でしょ」

 どうやらサイアにも、自分の側近の『面白い』『つまらない』の判断基準が読めてきたようである。

 キオーはもともとこの国の人間ではない。妙な情報に通じているところがあってサイアに気に入られたのだが、彼自身の情報網の他にもともとベル家のほうでも使っていた密偵のルートというのがある。ただし、こっちは情報の精度は高いもののそんなに守備範囲が広くないので、今のところキオーの情報網にひっかかったのをさらに詳しく調べるとかいう感じだ。

 キオーが完全にサイアに信用された今では、こちらの報告もキオーが受けてサイアに伝える形になっているのだが、このベル家ルートのほうが彼には『つまらない』らしい。明らかにこちらのほうが重要情報のはずなのだが。

「で、どうなったの。前の話だと、アーマという娘、オルガンから消えてたそうね。こちらに気づいて逃げたの?」

「違うようでございます。娘のところに東方から訪問者がありまして、その者と一緒に旅行に出かけたとか」

「何者なの、その来客ってのは」

「東方風の服装の少年。魔術師です。十中八九〝東魔会〟の者でございましょう」

「〝東魔会〟? 初めて聞く名前ね」

「内海の東岸にある、魔術師団体だと聞いております」

 こういう妙な知識を持っている点を、サイアも買っているのである。

 それに。

「さすが、自分も魔術師だけのことはあるわね」

「いえいえ、私なぞ魔術師としては初歩をかじった程度でございますから」

 だが少なくとも、魔法に関する知識を持っているのは確かなのだ。

 滅多に魔法を使わないキオーの、魔術師としての技量はサイアも知らない。歳は見たところ30代から40代、数年前初めてこの国に姿を見せたときに名乗ったキオー・ナムという名も本名かどうか怪しいものだが、そのことはサイアは特に気にしなかった。魔剣〈ディルムント〉を相手にする都合上、多少怪しかろうが魔法に通じている人間が欲しかったのだ。この辺、魔術師は数が少ないのである。

 結果的には、判断基準に若干の難アリではあるが役に立っているほうだろう。

「その東魔会は何をしに来たの?」

「東魔会がこれまで西岸に手を出してきた形跡はありませんから、特に〈剣の王子〉の件で何か知っているとかいうことはないと思われます。単純に、アーマ・カレという魔術師に関心があったのではないでしょうか。

 そうそう、その東魔会の者とアーマ・カレの他に、同行者が二人あるそうでございます。一人は例の騎士の娘ディジー・リン、もう一人はストーレシアの神官で、ユン・シュリという若い男だそうでございます」

「……ユン・?」

 サイアが眉をひそめた。

「若い男って言ったわね。歳はいくつなの」

「25、6くらいだそうでございますが、正確にはちょっと」

「……27年前。それに、シュリ……まさかとは思うけど、考えられない話じゃないわ。キオー、すぐにその男の素姓を調べさせなさい」

「御意」

「もしそうだとしたら……その男の顔、私も見てみたいわね」


   ◇


 今から3年前、即ち、〈剣の王子〉の事件より24年ののち。

 カールア大陸ビアズ山中、オルガン村。

「初めまして。あなたが、魔法鍛冶屋のオルト・カレ師ですね」

「お前さんは……」

「今度、この地域担当の巡回神官になった、ユン・シュリと申します」

「……プライ・シュリどののご子息、かね」

「よくおわかりですね」

「わかるさ。プライどのによく似ておる」

「ビアズでロバーさんにもお会いしましたけど、彼は気づかなかったみたいでしたよ」

「ロバーは、プライどののお顔を知らんだろう。あの頃はロバーは地方に飛ばされておったし、プライどのもまだ正式に婚約してはおらんかった。もっとも形式だけの問題で、城の連中でプライどのが将来の妃になるのを疑う者はなかったろうがな。

 ……ときに、プライどのはどうしておられる」

「亡くなりました。私が4つのときに、病気で。慣れない土地で、幼い私を抱えて苦労したんでしょうねえ。

 母一人子一人でしたから、その後ストーレシア教団の孤児院に厄介になりましてね。それで今に至ると言うわけです」

「フリーダにはおられなかったのか?」

「国で私を産んでいたら、未婚の母になっていましたよ。仮にも貴族令嬢が、そういうわけにはいかなかったんじゃないですか」

「……ユンどのと言われたな。今、歳は」

「23、になります」

「……失礼じゃが、君のお父上は」

「あなたのご想像の通りですよ、オルトさん」

 しばしの沈黙。

「……わしを、恨んでおいでるのかね」

「いいえ。あのとき、オルト師は最善の方法を尽くされたのだろうと思いますよ。それに、彼だって、自分が生きて戻ることはできないかもしれないと、覚悟はしていたんじゃないですか。

 教団の中には、私の素姓を知っている人間もそりゃいますよ。でも、教団は世俗には関心ありませんから、それでどうこうとかは考えていないはずです。私も、フリーダに対し何の感情もないと言ったら嘘になりますが、『もし何も起きていなければ今頃自分は』、とかは思っていません。ストーレシア教団の中で育ちましたしね、今はあくまで教団の人間のつもりです。ただ……」

「ただ?」

「〈剣の王子〉、ジェダ・ローの命を救ってほしい。教団が彼を殺すようなことにだけはなってほしくない。それだけは、強く思います」

 オルトは窓の外を見た。

「……わしだって、ずっとそうしたいと思っておる。だがな、わしも歳をとった。わしの代では間に合わんかもしれん……だがそのとき、あの子を無理に巻き込むことだけはせんでくれるか。あの子には何の責任もない」

「お孫さん、ですね」

「あの子に魔法を教えたのがよかったのか悪かったのか、わしにもよくわからん。だがあの子は、きっといい魔力付与術師になる……」

 窓の外では、10歳のアーマが、早くも爆発させていた。

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