第2章 エーレハイル

4 東から来た少年

 カールア大陸、ビアズより東にある町の古物商にて。

「へぇー、これがその剣ですかー」

 十代くらいの少年が、店主がわざわざ裏から出してきた剣を手にとって感動している。形といい柄といい色合いといい、何となくレントの文化圏ではない服装だ。

「お客さん、この辺じゃちょいと見かけない格好だねー」

「ええ、僕、東方から来たものですから」

 さらに東に行くと内海があって、その向こう岸はほとんど別世界の国々なのである。

「しかしすごいですねーこの剣。この呪われた雰囲気!」

 そんなもの誉めるな。

「この辺じゃ〈悪夢の剣〉って言われてるよ。こんなものうっかり買い取っちまって、俺までゴーレムに追いかけられちまった」

 思い出しても顔が青ざめる店主。

「あんたも物好きだねー、そんなのが欲しいなんて」

「だって、すごいじゃないですか。剣なのに、悪夢を見させることできるんですよ。どんな魔剣でも、普通できませんよ」

 つーか、普通は誰もそんな剣作ろうとか考えん。

 そのとき。

「うっぎゃあああっ!!」

 道の向こうから悲鳴が聞こえた。見ると、町の中にモンスターの姿が。

 コカトリス。魔鶏まけい

 姿形は見事にデカいニワトリで、クチバシで触れた物を全て石に変える。もちろん飛べないので、ドドドと突進してきている。

「うわああああああっ、モンスター!」

 客の少年が動転した。

「〈火矢ひや〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉!」


 ちゅどーん ちゅどーん ちゅどーん ちゅどーん


 コカトリスはニワトリの丸焼きになった。

「……あー、びっくりした」

 丸焼きが黒コゲになるまで〈火矢〉を放って、ようやく気が済んだらしい客、ふと周囲を見回す。

「あれ、どうしたんですか?」

 店が火事だった。

「み、水っ! 店っ、火があっ!!」

 今度は店主が動転している。

「まーまー落ち着いてください。〈噴水〉」

 少年が呪文を唱えると、店の真下から湧き出した水流が店を真っ二つにした。

「消えましたよー、火」

「……」

 店主絶句。加減というものを知らんのか、おのれは。

「……あ、あんた、魔術師か」

 数分後、やっと少し立ち直った店主がため息をつく。

「西のほうにおるとかいう魔術師も変人と聞くが、魔術師はそーゆー人種なのかねえ……」

 そう思うことで諦めることにしたらしい。

「西、ですか?」

 このあたり、辺境なので魔術師はあまりいないのである。レントの王都なら何人かいるだろうが、都はここから南。

「一人おるそうだよ。じいさんだとか、ちっこい子供だとかいろんな話が聞こえてくるから、本当か知らんがね」

「へぇー……ぜひ会ってみたいですねー」


   ◇


 オルガン村の朝は、


 どっかーん


という爆発音で始まる。

「……し、死ぬかと思った」

 すんでのところで表に飛び出して無事だったディジー。

「いやー、いい身のこなしですねえディジーさん」

「自分だけ結界で身を守るなーっ!!」

 ガレキの中、一人だけ悠々と立っているユン。どうでもいいが、二人ともアーマは見捨てたらしい。

「……今日も芸術は爆発ですぅ……」

 ノソノソと這い出すアーマ。昨夜のユンの話のあとも、いつもと変わらず工房で製作に励んでいたのだが。

「……なぁんか、結局全部あんたの思い通りになったみたいだね」

 ちろっとユンを見ながらつぶやくディジー。

「あの子、どうやらやる気になったみたいだし。満足?」

「ディジーさんはご不満のようですね」

「当然だろ。せっかくフリーダとも〈つるぎの王子〉とも無関係に暮らしてたのに、うまーく教団のあんたの派閥の思う方向に、誘導されてったよーな気がするんだよね」

「気のせいですよ、はっはっは」

 この笑い方が信用性ゼロである。

「……で、あんたは王子蘇らせて、それでどうしたいわけ?」

「どうするって、私はただ〈剣の王子〉の命を助けたいだけですよ。せっかくまだ生きてるのに、殺されちゃ気の毒じゃないですか」

「信用できないねー。だいたい、あんた自分ではお偉いさんじゃないって言うくせに、エラく情報に通じてるじゃんか」

「私自身は偉くないですけど、偉い人の直属なんですよ、オルガン村の担当はね。それでいろいろ耳に入るだけですよ、はっはっは」

「ふぅーん」

 ジト目のディジー。まるっきり信用してない。

「それはともかくディジーさん、あなたしばらくこの村でアーマさんについてたほうがいいかもしれませんよ。店閉めっぱなしでよければですが」

「言われなくてもそーするよ」

「お願いしますね。じゃ、私しばらくいなくなりますから。お偉いさんに報告に行かないと」

「勝手に行けば? 別にあんたいなくても困らないし」

「冷たいですねえ、はっはっは」

「あーグリちゃん、それ持ってっちゃダメですぅ♪」

 耳に入ったアーマの言葉に振り向くと、グリフォンのグリーデルがガレキの中から何かをくわえて飛び去るのが見えた。

「何持ってかれたの、アーマ」

「片付けてあった〈必殺! クモの巣くん1号〉の残りですぅ♪」

 〈必殺! クモの巣くん1号〉と言えば……。

 グリーデルがくわえていたボールを民家の上で落とし、ネットに包まれた民家がひしゃげて壊れた。

「うっぎゃあああっっ!!」

 どうやら中の住人、まだ寝ていたらしい。見事に巻き込まれる。

「……ねえユン様、アレって生きてると思う……?」

「はっはっは、私の出番あるみたいですねえ」


   ◇


 オルガン村の朝は、


 ずがががぁぁんっっ


という爆発音で始まる。

「何を作るとそんなに爆発するんだろうね……」

 この十日ほどの間に早朝の散歩の習慣が身に着いたディジー。爆発から逃げてるだけだけど。

「……試作品完成ですぅ……」

 成功しても爆発するのか。

「……ねえ、アーマ」

 ガレキの中から這い出してきたアーマに声をかける。

「あんた、別にやめてもいいんだよ? ユン様はあんなこと言ってたけど、あんたが〈剣の王子〉を助けなきゃなんない義理はないんだ。フリーダやら教団やらに巻き込まれるのが嫌なら、この村離れてどっかへ行くとか、魔力付与術師やんなきゃいいわけだし」

「でも、魔力付与術師じゃない私は私じゃないですぅ」

 ホコリまみれの顔でにっこり笑う。

「おじいさまも、この村も大好きですしぃ。それより見てください、コレ♪」

 そう言いつつ、這い出すときに抱えてきた弓矢のセットを見せる。

「ふーん、今日はマトモそうじゃん」

「名付けて、〈続け! 矢ブスマくん1号(仮)〉ですぅ♪」

 ディジーは前言を撤回したくなった。

「……で、どーやって使うの、コレ」

「とりあえず一本うってみてください♪」

 言われた通り、とにかく矢を放つディジー。


 すこーん


 少し離れた立ち木に、見事に突き刺さった。


 すこーん すこここすこーん


 続いて、他の矢も次々同じ的に突き刺さった。


 どぐわしゃっ


 なぜか、アーマの家の家具の木のイスまで、立ち木に激突して粉砕した。

「関係ない物まで巻き込んじゃうのが玉にキズですぅ♪」

「……いや、玉にキズってレベルの問題じゃないと思うんだけど……」


 きぇーっっ ばごっ


 さらに、光る矢ジリを追いかけるグリーデルも激突した。

「もれなくグリちゃんもついてくるですぅ♪」

 十日でまたもや成長したグリーデル、立ち木をブチ倒して飛び去っていった。

「……ねえアーマ、一つ訊くけど、あんた本当に〈剣の王子〉助ける気ある……?」

 今のままだと、もれなく殺しそうである。


 さてさてその日の昼過ぎ。

 位置を記憶する魔法でもとの位置に戻ったアーマの家に、一人の来客があった。


 コンコン


「はーいですぅ♪」

 アーマが扉を開けると、そこには見慣れない格好の一人の少年が立っていた。

「あ、君がアーマ・カレさんですか!」

 妙に声に気合いが入っている。

「いや、僕ぜひ君に会いたいと思っていたんです! 君でしょ? この剣の作者!!」

「あーコレ、私の〈GoGo!! ゴーレムくん1号(仮)〉ですぅ♪」

「やっぱりそうでしたか!! いやー本当にすごい剣ですね、コレ。僕感動しました! 普通作れないですよ、こんなの!」

 だから普通誰も作ろうと思わないってば。

「ちょっと」

 アーマのすぐ後ろに立っていたディジーが口をはさんだ。

「人のウチに突然訪ねてきておいて、いったいあんたは何者なのさ」

「あ、すみません、申し遅れました。僕、〝トーマカイ〟から来ましたウォルフ・……」

「お帰り、グリちゃん♪」

 そのとき、開いていた窓からグリーデルが家の中に入ってきた。

「うわあああっ、グリフォンがあぁっ!!」

 名乗りかけたウォルフ少年が動転した。

「〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉!」


 ちゅどーん ちゅどーん ちゅどーん ちゅどーん


「〈火矢〉! 〈火……」

「ええい、落ちつかんかおのれはぁっ!!」

 ディジーが自分の剣で、少年の後頭部を思い切り殴打した。見事にノビてしまったウォルフ。

「全く、家の中に向かって火矢なんか放って……何か燃えてない?」

「火事にはなってないですぅ。ただ……」

「ただ……?」

「家が崩れそうですぅ♪」

「そーゆーことは早く言え!!」

 言っておくが駄洒落ではない。


 がらがらがら、どしゃっ


 もとの位置に戻ってただけのアーマの家、再び崩壊した。

「し、死ぬかと思った……」

 玄関近くにいたのが幸いして、脱出成功したディジー。でもやっぱりアーマは見捨てている。まあいいか、アーマは慣れてるし。

 しかし、慣れてない来客はたまったものではない。ディジーの強打の上にガレキの落下が重なって、当分起きそうになくなってしまった。

「……そーいや、こいつさっき、魔法使ってた?」

 アーマとオルト以外の魔術師を見るのは、ディジーも初めてである。アーマがいるのでこの辺の人々は魔術師の存在に何となく慣れているが、実際のところは辺境で魔術師は珍しいのだ。

「本当にこいつ、何者? 〝トーマカイ〟とか言ってたけど……」


「ふあっはっはっは、どぉこぉだモンスターめ、このユン・シュリが光皇こうおうストーレシアに代わって成敗してくれる!」

 悪鬼のような高笑いを響かせながら、神官ユン・シュリがオルガン村の中へとなだれ込んできた。怯えて避ける村人。

「……いないよそんなもん。最初っから」

 ディジーの一言に、ユンの動きが止まった。

「……いない?」

「そ、デマ。あんた村に呼びつけるには一番早いと思ったからさ」

 おい。

 昨日、謎の少年来訪直後にモンスター出現の話を流して、今は翌日の早朝。そんな手段で呼ぶほうも呼ぶほうだが、実際に来るほうも来るほうだ。

「いやー、嬉しいですねえディジーさんに呼んでいただけるとは」

 ユン、早くも平常モード復帰。

「ふん。別にあんたに用はないけど、あんたの情報に用があっただけだよ」

「それはどうも、はっはっは」

 だから誰も誉めてないってば。

「それって、もしかして東国風の少年のコトですか?」

「!」

 ディジーが驚く。

「……確かに、早いね。あんたんとこの情報網は」

「一昨日行った村で、魔術師を探している少年の話を聞いただけですよ。で、その少年が来たんですか?」

「来た。つーか、今アーマの家にいる。やむを得ない事情で夕べ一晩面倒見たんだけどさあ」

 そりゃ後頭部殴打した上にガレキに埋めちゃ、介抱くらいしないと気がひけるというものだ。

「さっき、そいつが起きたらまぁたワケわかんなくなっちゃって。いいトコに来たよ、あんた本当に」

「頼ってもらえてありがたいです、はっはっは」

「べ、別にたよってないよあたしは」

 とか何とか言いつつ、アーマの家にユンを招き入れる。

「すみませんね、朝御飯までごちそうになっちゃって。……ところで、そのスプーン狙ってるグリフォンどうにかなりませんか?」

「グリちゃんが狙ってるのはフォークですぅ♪」

「それは失礼しました、あははははー」

 少年とアーマが何だか談笑していた。

「……」

 力の抜けたディジー。少年がディジーと、その隣のユンに気づく。

「神官さん、ですか。ストーレシア教団、ですよね」

「ええ。そちらこそ、もしかして〝東魔会〟の方ですか」

「よくご存じですねえ! あははははー」

「いいえどうもどうも。はっはっは」

 丁寧なんだか腹探ってるんだかわかんない会話を交わす。

「何? ユン様〝トーマカイ〟も知ってんの」

 ディジーが尋ねる。

「確かすごく遠くにある魔術師の団体だ、ってコトくらいは聞いてます。内海の向こうはこちらほど教団の勢力強くないので、詳しくはないですが」

「知ってるだけでもすごいです! 何せ僕らマイナーな団体ですから! さすがストーレシア教団です!」

 少年が変なところで感動した。

「あ、申し遅れました。さっきアーマさんとディジーさんには名乗ったんですが、僕、〝東魔会〟から来ましたウォルフ・カレと言います。よろしく!」

「……カレ、ですか」

 さすがにユンが驚いた。ディジーも、だから言ったろという感じでユンを見る。

「あーグリちゃん、どこから見つけたですかぁ、サバイバルナイフなんて♪」

 全然動じてないアーマ。そんなもんがこの家にあるのが不思議だぞ。


「えー、〝東魔会〟というのは内海の東側の、エーレハイルという地方にある魔術師の団体です。正式名称は〝東方魔法同好会〟と言いまして」

「……どーこーかい……」

 ウォルフの話に、ディジーがめちゃくちゃうさんくさそうな顔をした。学校のサークルかお前らは。

「団体って言ってもそんなに規模は大きくないんですが、歴史は古いんですよ。今は僕の祖母のエナ・カレが会長やってます。自分で言うのも何ですが、カレは、東魔会内じゃ結構名門なんですよ!」

 言葉の端々に気合いの入る、ウォルフ・カレ少年17歳。

「で、その遠くの名門の魔術師さんが、こんなトコまで何しに来たの」

 ウォルフ自身に悪意は全然感じられないのだが、それでも何となくうさんくさそうに訊くディジー。

「ウワサを聞いたんですよ! ものすごい魔剣があるっていう。剣なのに悪夢を見させるコトができるって話で、コレはすごいと思って」

「……んーまあ、確かにすごいんだけど」

「祖母もその話聞いてかなり関心持ってまして、僕がその剣を見に行きたいと言ったら快く許してくれましてね。見つかったら持って帰ってこいとまで言ってくれたんです!」

「うれしいですぅ♪」

「いやーだって本当にすごいですよあの剣!」

「……物好きな」

 ディジーがぼそっとつぶやいたが、ウォルフもアーマも聞いちゃいない。

「祖母は、その剣の作者にも関心があったみたいです。そういう物を作れそうな魔術師に、一人心当たりがあると言ってました。その人物じゃなくても、少なくとも弟子か関係者じゃないかって」

「誰だい、その人物って」

「祖母のイトコだそうです。30年か40年前くらいにエーレハイルを去ったそうですけど、本来ならその人が会長になってたのにって言ってました」

「イトコって……まさか、名前オルト・カレとか言わない?」

「いや、名前までは聞いてこなくって。残念です!」

 なぜそこに!が入るんだ。

「ユン様」

 ディジーがちらっとユンを見たが、ユンも首を横に振った。

「教団も、フリーダ以前のオルト師のことは知りませんよ。魔術師に東方の出身者が多いのは確かですが、こちらで弟子をとる人もいますから」

 この辺はストーレシア教団の勢力が強いので、あまりおおっぴらに魔法教えてる人間はいないのである。それでも、魔術師そのものは国家とかが重宝してたりするが。実際の役に立つから。

「ところで、アーマさん。君、一度エーレハイルに来ませんか?」

 突如ウォルフが提案した。

「祖母もあの剣の作者に一度会ってみたいと思ってると思うんです。もしよかったら、僕と一緒に、ぜひ!」

 熱心に勧誘している。

「グリちゃんも連れてっていいですかぁ?」

「喜んで!」

 喜ぶな。

「……ユン様、どう思う」

「いいんじゃないですか、ディジーさん。もしかしたら、オルト師の話が聞けるかも知れませんよ。

 ウォルフくん、私たちも一緒でいいですよね」

「どうぞどうぞ!」

「……ちょっ、ユン様、私たちって」

「もちろん私とディジーさんですよ、はっはっは」

「そりゃあたしはアーマの行くトコにはついてくけど、何であんたまで! 巡回神官の仕事はどーした!」

「あ、言ってませんでした? 巡回神官って言っても、私の担当はオルガンとビアズだけなんです。本当に監視役だったんですよね、はっはっは」

「そーゆー重要なコトをさらっと言うなー!!」

 絶叫しているディジーの横で、グリーデルとたわむれるアーマ。

「遠足、楽しみですぅ♪」

 違うって。


   ◇


 カールア大陸北方、フリーダ王国。

「サイア様。つまらない話を耳にしたのでございますが」

「……珍しいわね」

 そういう始まりで話しかける奴は滅多にいない。

「で、どんな話なの?」

 気のなさそうにサイアが聞くと、キオーが答えた。

「オルト・カレに孫がいたらしいという話なのですが」

「へえ、そう」

 いい加減に相づちを打ったあと、一瞬遅れてサイアが怒鳴った。

「何ですって!? その話のどこがつまらないの!!」

「はあ、実は昨夜レント方面に放った密偵から報告が参りましたのですが」

 密偵の報告は、彼にはつまらなかったらしい。

「そーゆー話はさっさと報告しなさい。で?」

「レント領内のオルガンという村に、アーマ・カレなる娘が住んでいるのだそうでございます。その娘の、二年前に死んだ祖父の名がオルト」

「あのオルト・カレに間違いないの?」

「恐らく。25年前に、ウィニーという幼い娘とともに住み着いた、という話でございますから。この娘ももう死んでいるそうでございますが」

「確かに、オルト・カレは娘と一緒にフリーダを離れたらしいものね。娘の母親は、フリーダに来た当初からいなかったらしいけれど」

「それと、もう一人。オルガンの近隣のビアズという村に、同じ頃ロバー・リンなる若い男もやってきたそうでございます」

「……ロバー・リン? あの逃亡騎士、やっぱりオルト・カレに同行していたの」

 さもありなん、という感じにサイアが一人うなずく。

「〈ディルムント〉事件の直後に、国を出奔したのでございましたね。それ以前からあまりいい評判はなかったようでございますが」

「下級貴族の出で、まだ若かった割には、剣の腕前のおかげかかなり出世してた人間だけれど、一度横領の疑いかかったらしいわ。証拠不十分で罪にはならなかったそうだけど、それもオルト・カレがかばったとかで」

「もっとも、そのロバー・リンも去年病死して、今は娘が一人いるだけだということでございます」

「そう……とにかく、あの魔術師は死んだのね。研究は完成してたのかしら」

「さあ、そこまでは。ただ、その孫娘というのも魔力付与術師だということでございますから、もしかすると引き継いでいる可能性も」

「魔力付与術師なの? 歳は」

「13歳。まだ子供でございますよ」

「でも、放ってはおけないわね?」

「……御意」

 サイアの意味ありげな笑みに、キオーも頭を下げる。

「ところでサイア様。面白い話もあるのでございますが」

「……さっきのがつまらなくて、今度は面白いの?」

「魔法の網、魔網まもうとでも申しましょうかね」

 毎回無理に魔をつける必要はない。

「その網にかかると、全身をくまなくくすぐられて、笑い死にしかけるのだそうでございます。しかもさらに恐ろしいことに、その後も突発的に笑いのフラッシュバックに襲われて、周囲の人間に(何あれー)という白い目で見られてしまうのだとか」

「……フラッシュバックって……」

「密偵B氏(仮名)の体験談なのでございますが」

 おのれは健康食品の折り込み広告か。

「面白い話でございましょう?」

 こいつの『つまらない』と『面白い』の基準は何なんだろう。

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