6 そして、動きだすもの
ここはエーレハイルなのに、朝は
ずごがぁぁんっ
という爆発音で始まった。
「な、なにごとっ!?」
東魔会本部にそのまま泊めてもらった一行。旅先ということで、各自の部屋で安心して熟睡していたディジーとユンが、跳ね起きて音の聞こえた階下へと走る。
「ここの地下室、頑丈ですぅ♪」
建物は頑丈だが、爆発に巻き込まれたウォルフはノビていた。
「ほっほっほ、ウォルはまだ修行が足りませんねえ」
一人だけ魔法で身を守っているエナ。やっぱりこいつも変人だ。しかし、何も防御手段を講じていないのに、アーマはピンピンしている。
「ア、アーマ……何やってんの、こんなトコまで来て……」
「完全版〈GoGo!! ゴーレムくん〉ですぅ♪」
「ほっほっほ、斬った人間が呪われてるようじゃ安心して効果を研究できませんものねえ、最後まで仕上げてもらいましたのよ」
そりゃそうだ。
「そんなもん研究してどーすんだか……」
「あのですねぇ、ディジーさん♪」
にこにこしながらアーマは言った。
「この矢ブスマくん、王子様に向かって撃ったらどうなりますぅ?」
「そりゃ……死ぬんじゃない、王子が」
ディジー、王子を強調して答える。
「じゃ、〈火矢〉みたいな魔法とか♪」
「それも、王子の身体を傷つけるだけでしょうね。死ぬかどうかはともかく」
今度はユンが答えた。「だから、そういう力技は使えないんです」
「教団の浄化魔法は、王子様の身体攻撃してはいないですよね♪」
「ええ、まあ一応。でも、本来異世界のものであるディルムントに、この世界のストーレシアの秩序を真っ向からぶつけて消滅させるわけですから、反発が大きすぎるんですよ。まず間違いなく、王子の身体も消し飛びます」
「じゃ、この完全版〈ゴーレムくん〉で斬りつけたらどうなりますぅ?」
「は?」
ユン、あっけにとられる。しかし。
「そう、か……それなら」
「ちょっとユン様。何一人で納得してんの。あたしにも説明してよ」
「この剣は、斬られた人間の身体は全く……まあ打撃の衝撃はあるでしょうが、ほとんど傷つけることはありません。しかし、斬られた者の精神にはダメージを与えるんです。〝ゴーレムに追いかけられる悪夢を見る〟という、ね。
ディルムントの精神に乗っ取られた王子の身体に関して、これを使えば……」
「……ゴーレムに追いかけられたくらいで、ディルムント退治できるかね……」
「原理は使える、ということですよ。それにしてもアーマさん、あなた昨日の私たちの話聞きながら、そんなこと考えてたんですか」
「えへ♪」
「まあ、問題がないわけではないですけどねえ」
エナがにこやかに口をはさむ。〈
「その、王子の精神がどうなっているか。王子の精神がわずかでも覚醒しているなら、ダメージを与えてしまうかもしれませんものねえ。
もう一つ。そもそもその剣が、〝モンスターの精神〟に通用するか」
「それは、試してみるしかないですねぇ♪」
一瞬の沈黙の後、全員が一斉に同じほうを見た。
き……きぇーっ
青ざめて、かどうかは知らないが、とにかく慌てて逃げ出すグリーデル。
「〈クモの巣くん2号♪〉」
アーマ、そんなものまで持ってきていたらしい。
グリーデルの尊い犠牲により、アーマの〈ゴーレムくん〉がモンスターの精神にも通用することが実証された。
「まあまあまあ、本当に帰ってしまいますの? このままこちらで研究を続ければよろしいのに」
「オルガン村でないと調子が出ませんからぁ♪」
調子が出て爆発しとるのか。
「それではウォル、あなたも行って手伝いなさいな。コレも修行です」
「しかしエナ師、それではこちらがまたお一人に……」
エナの夫はすでに死亡しており、エナの息子とその妻(ウォルフの両親だが、魔術師ではない)は商取引で年中旅行。普段は、エナとウォルフの二人なのである。
「いいんですのよ。帰ったら何かあるかもしれないのでしょう? あんな落ち着きのない子ですけど、魔法の威力だけは確かですから、使ってやってくださいな。手伝いでも護衛でも身代わりでも人質でも。ほっほっほ」
「人質はちょっと嫌だなあ、おばあさま。あははははー」
何か、カレの血筋に問題があるのかもしれない。
「一つお訊きしていいですか、エナ師。あの剣のことなんですけど」
「まあまあ神官どの。あの剣のことならアーマさんのほうがよくはなくて?」
「いやー、アーマさんの場合、本能の赴くままに製作してて、理屈なんか考えてないと思いますから」
そのとおりである。
「どうしてあの剣は、モンスターの精神だけに作用するのでしょう。教団の攻撃呪文は、精神だけでなく肉体も破壊してしまうのに」
「教団さんのほうは詳しくは存じませんから、推測になりますけどねえ」
にこにこ笑いながらエナは言う。
「確かにアーマさんは、何も考えてませんわねえ。人間とモンスターに違いがあるなんて思ってもないんでしょう。それが逆によかったんじゃないですか? 働きかける力が、この世界のものだからとか、異世界のものだからとかいう差のない、普遍的なものなのでしょう。
ストーレシア教団は、そもそもモンスターの存在を認めてませんね。異世界のものに、この世界の秩序を強要する。ある程度までは、モンスターも抵抗するでしょう。その限界を超えたときに、存在そのものが崩壊する」
「……それは、秩序を司る神ですからね、ストーレシアは」
「まあ、教団の性格上当然でしょうけれど、教団の神官は個人的にも何だかモンスターを目の敵にしているような方が多い気がしますね。その点、ユンどのは珍しい。あのグリフォンを受け入れてらっしゃいますものね」
「……私も、世のモンスターは全て仇だと思ってますよ。ただ、グリーデルだけはなぜかそんな気が起きなくて。自分でも不思議なんですが」
「アーマさんがいるからじゃないですか。やっぱり、リリスの血ですねえ」
「ディジーさん、グリちゃんが逃げるですぅ」
「そりゃ逃げるだろ、手にその剣持ってちゃあ……」
光りモノ好きのグリーデルも、その剣だけはさすがに学習したらしい。
◇
数日グリーデルの回復を待ってエーレハイル出発、早くも帰ってきましたビアズ山。およそ三十日ぶりである。
「真っ暗ですねえ、はっはっは」
「ねえユン様、本っ当に、オルガンに帰って危険ないわけ?」
帰路の途中、ユン一人で神殿に接触して情報を仕入れてきている。
「目に見えて変わったことはない、という話ですけどね。安全という保証は、できかねますねえ。……しかし、仕方ないじゃないですか」
「オルガン、魔剣、もうすぐお家っ♪」
「着いたら早速研究にかかりましょう、アーマさんっ!」
何も考えてない魔術師二人であった。
「アーマさん、自宅じゃないと気が乗らないそうですから」
頭を抱えるディジー。ウォルフがレギュラー入りして頭痛倍増。
何はともあれ、この森を抜けると村だ。ストーレシア教団の例の結界も、そのあたりからである。
きぇーっ
突如グリーデルが猛スピードで突進した。
「グリちゃん、何発見したですかぁ♪」
「ちょ、ちょっとヤバいよ、誰か村人歩いてたんじゃないの?」
慌てるディジー。つくづく苦労性だ。しかし。
どがごっ
グリーデルが、何かにはね飛ばされて遠くに飛んでいった。
「え!?」
全員一瞬沈黙。
「……誰です、そこにいるのは」
ユンの問いに、森の中から男の声が返ってきた。
「やれやれ、せっかく隠れていたのに、あのグリフォンのおかげで見つかってしまったではございませんか」
何か大きな物を抱えて、道へと歩み出てくる。
「うわあっ……」
「黙らんかい」
機先を制して、先に一発ウォルフを殴っておくディジー。
「〈
冷静とはちょっと違う気もするが、とにかく何事にも動じないアーマが、明かりの呪文を男のほうに飛ばした。
そこにいたのは3、40代に見える、執事みたいな風貌の男。その顔は、
「あれ、僕あの人の顔、見たことあるような気がしますよ」
どつかれて立ち直ったウォルフの言葉に、ディジーもうなずく。
「〈鏡像〉の奴だろ、キオーとかいう。でも、年配が違うけど……」
30何年前の〈鏡像〉で20代後半。生きていれば60前後のはずである。
「下がってください、アーマさん。ディジーさんたちも気をつけて」
ユンの表情が険しくなった。
「どしたの、ユン様」
「あの男が、〈鏡像〉の人物と同一人物かどうかはわかりません。ただ、私が教団から聞いているキオー・ナムという名の男は、フリーダ王国の人間なんです」
「!!」
「おや、私をご存じですか」
ユンの言葉に、キオーが薄笑いを浮かべた。
「成程、ストーレシア教団の情報網も馬鹿にはできませんねえ。私は、フリーダでは何ら公的な役職には就いていないのでございますが」
「現執政の一人娘、サイア・ベル嬢の客分みたいなものだと聞いています。ところで、執政のハザーどのはここ何年か病気がちで、実質サイア嬢が国を動かしているようなものだそうですね。最近、かなり派手に手駒を動かしているみたいじゃないですか」
「そこまでご存じですか。それでも人間相手には動きを取れないとは、ストーレシア教団も因果な教義をお持ちでございますねえ」
「それで、フリーダの方が、こんなところで何のご用ですか?」
双方言葉遣いは丁寧だが、間に火花が散っている。
「いえね、あなた方の顔が見てみたいと仰せになった方がございまして、ここで待っていて、この鏡にこっそり写そうと思ったのでございますよ。あの、光りモノ好きのグリフォンに見つかってしまいましたがね。本日のご用は、本当にそれだけでございますよ」
そのとき、キオーの抱えていた鏡から若い女の声がした。
「構わないわ、キオー、写しなさい。顔が見たいと思っていただけだけど、話ができるのならそれも一興だわ」
「御意」
そう言うと、鏡面をアーマたちのほうに向ける。
鏡の中には、アーマたちではなく、着飾った女の姿があった。
「多分あの鏡もう一枚あって、あっちとこっちで話ができるですね♪」
「……てこたぁ、もしかしてあの女がフリーダの執政の……」
「そう、サイア・ベルよ。どうぞよろしく」
サイアは鏡の中から一同を見渡した。
「ふうん、お前がオルト・カレの孫娘。それからそっちが、あの逃亡騎士の娘ね」
「逃亡っ……!」
いきりたつディジーをユンが制する。
「後ろの東の魔術師は誰か知らないけれど、まあいいわ。そして、お前が、ストーレシアの神官ユン・シュリ」
そして、ユンの顔に視線を止める。
「なかなか綺麗な顔ね。目の保養になるわ」
「私もお目にかかれて光栄ですよ、サイア嬢。まさかあなたと直接話す機会があるとは思わなかった。もしお会いできたら、ぜひ一言言いたいと思っていたんです」
「何?」
「〈剣の王子〉から、手を引いて下さいませんかね。わざわざ王子を死に追いやらなくても、何年か待てばフリーダはあなたの手の中に転がり込むんでしょう」
「あら、だめよそれじゃ。王子が生きている限り、執政は玉座には座れないんだもの。……そうねえ、たとえばお前が私と結婚する、とかいうと、少しは話が違うかもしれないけどね」
「……ちょ、ちょっと、どこからそういう話になるのさっ」
ディジーが妙に慌てふためいている。
「あら、だって〈剣の王子〉ジェダ・ローの息子と執政の娘なら、そう悪い縁組ではないでしょ? 私生児とはいえジェダ・ローの息子なら、王位についても国民納得するでしょうしね」
「!!」
息をのむディジー。しばらくの沈黙の後、ユンが言い返す。
「……あなたは、〝王妃〟で満足するような方じゃないでしょう。あなたがなりたいのは〝女王〟だ。違いますか?」
「どうやら間違いないようね。プライ・シュリの肖像画そっくりなのは、見ればわかったけど」
サイアは笑いながら言った。
「もういいわ、キオー。ユン・シュリが王子の子だという確認も取れたし、あとはお前にまかせます」
「御意」
鏡の中からサイアの姿が消えた瞬間、戦闘が始まった。
「〈
キオーの手から放たれた幾筋かの炎がアーマたちに迫る。
「今の言葉で、フリーダにとっての危険人物のランキングが入れ替わりましたよ。〝王子を助けるかもしれない〟者より、実際に王子の血を引く者のほうが圧倒的に邪魔でございますからね」
そのほとんどが、一番前にいたユンを狙っている。
「それはよかった。とりあえずアーマさんの危険が減ったわけですから」
結界で身を防ぐユン。精神が領分の神官だが、神が地水火風を使って人間や動物を作ったくらいだから、物質的危険から身を守ることも一応できるのである。
しかし。この〈炎蛇〉、〈火矢〉よりよっぽど威力の強い呪文なのだ。さすがのユンも防ぎきれなかった。
「ユン様!」
「……だ、大丈夫です。それより今のうちに、皆さんは逃げてください」
「んなことできるわけないだろ!」
そう言うとディジー、ユンの前に出て再び襲い来る〈炎蛇〉を剣で薙ぎ払おうとする。
「ダメです、ディジーさん! タダの剣じゃ無理です!」
ウォルフが叫んだが、
「〈
アーマが、剣に一時的に魔法の刃を与えた。ボウッと淡く輝く剣で、次々に炎を斬り捨てる。
と次の瞬間、あっという間にディジーがキオーのそばまで駆け寄った。キオーに、その剣閃をよける余裕はない。
「〈
しかしキオーは、魔法で剣そのものを作り出すとそれを受け止めた。はるかに〈光刃〉より高度な呪文である。
思いがけず受け止められた拍子に、ディジーの剣が弾かれて飛ぶ。
「しまった!」
「ディジーさん、これ!」
アーマが投げた〈ゴーレムくん〉を受け取るディジー。改良が済んでいて本当に良かった。これはそもそも魔剣なので、〈光剣〉と渡り合える。
はっきり言って、剣の腕前ではディジー有利である。防戦一方のキオー。しかし、この〈ゴーレムくん〉には刃がなかった。キオーも何発かくらって打撲くらい負っているかもしれないが、完全に引導を渡すほどの怪我にならないのである。今夜ゴーレムに追いかけられることは確実なのだが、今の役には立たない。それに。
「〈火矢〉」
防戦一方でも、簡単な呪文なら唱えられたらしい。当たりはしなかったが、体勢を崩したディジーにキオーが〈光剣〉を振り下ろす。
ばきぃっ……
〈ゴーレムくん〉が折れた。と同時に〈光剣〉も消滅したが、こっちは魔力に余裕があればまた出せるのだ。
「〈噴水〉!」
キオーの足下から、ウォルフの呼んだ水が吹き出した。一瞬視界を失うキオー。その隙に、何とかディジーはその場を離れる。
水がおさまると、そこにはズブ濡れのキオー。最初から期待はしてないが、やっぱり〈噴水〉程度じゃダメージになってない。
「いろいろやってくださいますねえ……」
そのとき。
きぇーっ
最初にキオーにはね飛ばされたグリーデルが、村の方角から猛スピードで突進してきた。アーマたちに相対しているキオーには、背後である。
「な……どうしてグリフォンが、村の中から」
完全に不意をつかれたキオー、見事にグリーデルのタックルをくらった。どうやらこれが一番ダメージになったようである。そりゃそうだ。
「……仕方ない。ここは退きましょう。〈帰還〉」
事前に魔法陣を用意しておいた場所に帰れる呪文である。鏡とともにキオーは姿を消した。
「ディ、ディジーさん、大丈夫でしたか」
「ああ、ありがとウォルフ、助かったよ。でも……」
あとには、真っ二つに折れた魔剣〈GoGo!! ゴーレムくん〉完全版だけが残されている。
いくらなんでも今夜また襲撃されることはないだろうと、とりあえずオルガン村のアーマの家に入った四人と一匹。一行の中で唯一〈治癒〉の使える神官のユン自身が怪我人なのだから、そう遠くへ行けないのである。
「自分には効かないのかい?」
「そういうわけではないのですが、怪我でただでさえ体力の落ちているときに使うと、怪我は直っても疲れ果てて動けなくなりまして……」
ということで、アーマの家に入ってから怪我を直したユンだった。顔は青いが、こんなのは一晩寝れば回復する。
「……それより、驚いたでしょう」
自嘲気味のユンの言葉に、ディジーは沈黙した。
アーマはもともと何考えてるかわからないし、ウォルフは〈剣の王子〉事件にはあんまり関係がないのでそれほどショックじゃないようだが、ディジーにはほとんど天地が引っくり返るような事態である。
「……マジなわけ? あんたが、〈剣の王子〉の息子って……」
「マジ、ですね」
冗談めかしてユンは答える。
「私の母プライ・シュリはフリーダ貴族で、当時王子ジェダ・ローの恋人だったんですよ。そのことはオルト師とか、知ってる人は知ってるんですよね。それに、私はよほど母親似のようですから。26歳という年齢と考え合わせると、割に見当がつくみたいですね、はっはっは」
「……じさまは知ってたんだ」
「ええ」
しばし沈黙。やがてアーマが口を開いた。
「ユン様、お母さまは?」
「ずいぶん前に亡くなりました。病気で」
「ユン様はずっと、お父さまを助けようとしてたですね?」
「……ええまあ」
ふっと、ユンが笑う。
「フリーダの王位とか、そんなことはささいなことなんですよねえ。私はただ、生きている父に会ってみたかったんです。……もっとも、今や私のほうが年上になってしまいましたがねえ、はっはっは。
私の個人的な感情に、アーマさんを巻き込んですみませんでしたね」
「……私のお父さまとお母さまは、事故で亡くなったですぅ。ユン様のお父さまは生きてるですから、会わせてあげたいですぅ。でも……でも、〈ゴーレムくん〉、折れちゃいました」
「……いや、まだ剣はあるよ」
それまで黙っていたディジーが、机の上に自分の剣を置いた。
「コレは本来はアーマの物なんだ。じさまが死ぬときにウチの親父が預かって、それをあたしが引き継いだ。いつか……アーマが〈剣の王子〉のことを知って王子を救うと決めたときに、渡してくれって。
オルトのじさまは、魔剣で起きた事件の締めくくりは、やっぱり魔剣じゃなきゃと思ってたみたいだね。でも、どんな魔剣を作ればいいのかがわからなかった。この剣には刃がない。何の魔法もかかってない。だけど、どんな魔法でも、最大限かかりやすいように作ってあるって話。この、何にでもなる可能性のある剣を、じさまはアーマに託したんだ」
「ディジーさん? どうしてこれを、今……」
ユンが不思議そうにつぶやく。
「あたしはずっと、アーマが〈剣の王子〉に関わるのに反対してたのに、だろ?
……ウチの親父、フリーダじゃ下級貴族の出だったらしいんだよね。ただ剣の腕だけは良くて、出の割には出世してたらしいんだけど、それを逆にやっかまれて何かの濡衣着せられたらしいんだわ。
そのとき親父をかばってくれたのがじさまでさ。別にもともと知り合いだったわけじゃなくて、道義的にほっとけなかったかららしいんだけど。とにかくそれでも〝無罪〟ってんじゃなくて、〝証拠不十分だから罪に問わない〟ってのが精一杯だったらしくてさあ。おまけにその後左遷されるし。
そんなこんなで、ウチの親父自体が、フリーダにいい感情持ってなくてさ。〈剣の王子〉事件が起きたとき、そんな国おん出て、自分を助けてくれたじさまに忠義を尽くすことに決めたらしいんだ。
だからさ、フリーダってのは親父の故国なのは間違いないんだけど、そんな風に親父に罪を着せた国、あたしは大嫌いだったんだ。そんな国とは一切関わりを持ちたくなかった。だからアーマも関わらせたくなかった……あんたと同じ、個人的な感情って奴だよ。
だから、あんたがあんたの親父に会いたいっていう、そっちの理由なら、理解できるってこと」
「……ありがとう、ございます」
「ふん」
わざとそっぽを向いて、ユンと目を合わせないディジーであった。
「……あれ、どういう意味だったんでしょうねえ!」
いい雰囲気とかそういうのに全く気づかないウォルフが、自らの疑問を述べる。
「ほらあの男、どうしてグリフォンが村の中から、って言ってたじゃないですか! あのときはあれで助かりましたけど」
「あ、そうか、ウォルフくんは知らないんですね」
ユン、教団の結界と、グリーデルの足輪の説明をする。ちなみに足輪は、グリーデルが成長してもベルトの長さを調節できる。
「へえ、アーマさんそんな物も作ったんですか! すごいですねえ!」
ウォルフ感動中。
「……てことはあいつ、オルガン村に結界かかってること、知ってたんだ」
「変ですね。教団の結界は人間に関係ないですから、滅多に気づかれないんですけど。いくら相手が凄腕の魔術師でも……」
◇
カールア大陸北方、フリーダ王国。
サイアに帰還の報告だけして、自室に引っ込んだキオー。キオーの魔法の力量が本当は結構すごいことを知らないサイアは、すごすご逃げ帰ってきても特に文句は言わなかったが。あの鏡や〈帰還〉が、どれほどすごい魔法かというのも理解していないのである。サイアにとってはキオーは、少し魔法に知識のある情報屋に過ぎないのかもしれない。
だがその情報屋のキオー、今ではベル家ルートの密偵も自由に動かせる立場にあった。ついさっき届いた密偵からの報告を読み、ほくそ笑む。
「成程。やはり、あそこの可能性が高いようでございますね、〈ディルムント〉の封印場所は」
そう言うと、背後を振り返る。室内には、何人かの人影。彼自身の情報網である。
「いや、このベル家ルートの密偵も、なかなか役に立ってくれました。何せ世の中、〝人間〟でなければ入れない場所、というのも存在しますからねえ」
そう、背後の人影は、人間ではないのである。
ドッペルゲンガー、鏡像魔人。全く人間そっくりに化けることのできるモンスターである。彼は大量のドッペルゲンガーを各地に放っていたのだ。
キオー・ナムは、本来異世界の存在であるモンスターを制御する術を操る魔術師なのである。
「さて、と。そろそろ、この国ともおさらばしましょうかねえ。あのお嬢さんは全て自分の思い通りになると思っているようですが、世の中そう甘くはないのでございますよ」
なおこの後、キオーがゴーレムに追いかけられる悪夢にうなされたことは、言うまでもない。
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