2 ストーレシア教団とオルト・カレ

 オルガン村の朝は、


 ぱんっぱぱぱぱぱんっ


という爆発音で始まる。

 本日は爆竹バージョンでお送りしました。

「さすがアーマちゃん、祭りの日はそれっぽいねぇ」

 そんな計算ができるんだったら、爆発せんと思うぞ。

「今日も失敗ですうぅ……」

 這い出してきたアーマに向かって村人が一言。

「こないだアーマちゃんとこに研ぎに出したナタ。切れ味良くなったのはいいんだけどさ……」

 まともな仕事もたまにはしているらしい。

「……一歩歩くごとに、数を数えるんだが。ナタが」

「万歩計機能もつけてみました♪」

 やっぱりまともじゃなかった。

「ほらぁ、こないだ作りかけの魔剣とられちゃったじゃないですかあ。だから、魔剣が口をきけば、とられても私のだってわかって返ってくるかなあって♪」

 ……それはそれで新たな伝説が生まれるぞ。

 さてさて、本日はオルガン祭り。非常にローカルだが、このあたりでは結構有名で人出も多い祭りである。

 昔、ストーレシア教団の偉い神官が、なぜかめちゃくちゃ見た目の立派なオルガンをこの村に置いていったという。

 その頃は自動演奏機能付きだったらしいのだが、いつの頃からか音も鳴らなくなり忘れられていた。それが25年ほど前に修理されて鳴るようになったのだ。

「ありゃ、オルトのじさまが村に来て最初にやった仕事だったなー」

「そうそう。どこからか神官様に連れられてふらりと来てなー」

 オルト・カレ。2年前に死んだアーマの祖父である。

 オルガン祭りというのは、せっかく鳴るようになったんだからみんなで聞こう。という集いなのだが……。

「……しっかしこの、つっかえたり音間違ったりで聞きづらいのは、何とかならんのかね、アーマちゃん……」

「おおもとの演奏がヒドいのは、魔力付与術師の範疇はんちゅうじゃないですから♪」

 昔の偉い人、オルガンは下手だったらしい。

 音は間違えるわ途中で弾き直すわで、非常に聞き苦しいオルガンの自動演奏を聞き続けるというある意味拷問のような祭りは、一日延々続いた。

 しかも、一応ストーレシア教団の偉い神官ゆかりのものでもあり、ユン・シュリが来ている前では途中で抜けたり悪口言ったりできない。

「……長い間オルガン鳴らなかったのって、もしかして昔の誰かがワザと壊したんじゃないの? 聞かなくて済むようにさぁ」

 嫌々ながらも一応来たディジーがぼやく。

「えー、もしかしておじいさま恨まれてますぅ?」

 正解。

 何はともあれ、拷問……もとい祭りもどうにか終わり、せっかく近隣の村人が集まったので当然の如く大宴会となり、それもすっかり寝静まった深夜。

「このオルガン……音はひでぇが外見は立派だしな」

「黙って売り飛ばしちまえば音のコトなんかわかんねぇって」

 祭り客に混じってオルガン盗みに来た泥棒たち。どうでもいいが、こんな山奥からどうやって運搬するつもりだ。

「とりあえず、村の外の馬のところまで運ぶぞ。いちにのっ」

 二人で持ち上げて、歩き出す。

「いーち」

 オルガンが数を数えた。

「な、何だっ!?」

 慌てる泥棒、オルガン抱えて走り出す。パワフルな奴等だ。

「に、さん、し、ご、ろくしちはちきゅうじゅうっっ!!」

 いちいち数を数えるオルガン。

「うわあああっなんだこの変なオルガンはあっ!」

 泥棒全力疾走。

「ななじゅうさん、ななじゅうし、……途中とばしてはちじゅうっ!」

 オルガンも負けてはいない。

 その騒ぎに気づいて村人たちが起きてくる。

「ちきしょー、こんなモンいるかあっっ!!」

 泥棒、オルガン放り出して逃げ出す。正しい選択だ。

「えへ♪ オルガンにも万歩計機能つけてみましたぁ」

 普通オルガン持って運動する奴はいない。

「……オルガン無事? 壊れた?」

 ちょっと期待がちな口調でディジーが尋ねる。

「えー、中見てみないとぉ……あれ」

 横倒しになったオルガンの奥のほうに、何か貼り付けてあるのを発見した。

「肖像画、みたいですぅ。昔の下手な人のですかぁ?」

 みんなが言わずにいるコトを言うアーマ。

「もっと新しいよ、コレ。若いし。身なりもいいし、どっかの貴族の子弟とか……。!」

 急に無言になるディジー。

「……多分、オルトさんの持ち物でしょう。だから、アーマさんが持っているのがいいと思いますよ」

「ちょっとユン様」

 ディジーが何か言いかけたが、

「そうしますぅ♪ だってこの肖像画、結構カッコいいですしぃ」

 ……アーマは結構面食いだった。


 ディジー・リンと、ユン・シュリとの会話。

「ちょっとユン様。前から言ってるでしょ。アーマには余計なこと吹き込むなって」

「いやあ怖いですねー、はっはっは。それにしても、あなたのお父さんがオルト師に忠義を尽くすのはわかりますけど、何で娘のあなたがそこまで」

「……あの子のことは、生まれる前から知ってるからね。ウィニーはビアズ村の男と結婚したから、ずっとウチの近所に住んでたし」

「ウィニー・カレ。結婚したからウィニー・ハウさんですか。アーマさんのお母さんですね」

「全く、よく暗記してるねぇ、会ったコトもないくせに。ウィニーとその旦那が事故で死んだのって、7年も前なのにさ。アーマはまだ6つ。最初は、ウチで面倒見ようかって話も出てた。ま、ウチもあたしが2つのときに母親に逃げられてたけどさあ」

「でも、そうならなかった」

「……ちょうどその頃、初めてあの子が魔法の才能を示したんだ。だから、ウチで面倒見るより、やっぱりオルトのじさまが育てたほうがいいってコトになってさ……」

「オルト師は彼女に〝カレ〟の名を継がせた。それはつまり、アーマさんに引き継いでほしいって望んでいたんじゃないんですか」

「じさまだって望んでたわけじゃないよ! ウィニーには魔法の才能なくて、喜んでたんだ、じさまも親父も。

 アーマがオルガン村に行ってから、あたしは初めて親父から〈つるぎの王子〉の話を聞いたんだ。そのとき思ったよ、何の関係もないアーマを巻き込んだりはさせないって。たとえ、相手があんたたちストーレシア教団でもね」

「教団、だけならいいんですけどねぇ……」

「何?」

「いえ、何でも。でも遅かれ早かれ、ゆがみは正さざるを得なくなるんじゃないですか。ストーレシアは〝待ち〟の嫌いな宗教ですしね」

「……何考えてんの? 教団のお偉方は。アーマをどうしようっての」

「さあ。私はお偉方じゃありませんしね、はっはっは」

「笑ってごまかすなーっ!!」


 その頃。

 昨夜盗まれかけたオルガンを、村人が元の場所へ運んでいた。

「さんじゅうさん、さんじゅうし、さんじゅうご」

「……アーマちゃん、このオルガンが数を数えるの、何とかならんかね」

「ついでにウチのナタも、気持ち悪くてしょうがないんだが……」

「えー、万歩計機能はずしたほうがいいですかぁ?」


   ◇


 カールア大陸某所にて、ある男と、若い女との会話。

「最近、面白い話を小耳にはさんだのでございますよ。〝魔剣〟の噂なのですがね」

「……〝魔剣〟? 〈ディルムント〉に関係あるのかしら?」

「さあ、そこまでは。ただの噂でございますから。しかし、その剣で斬り付けると、ゴーレムに追いかけられる悪夢に死ぬまで苦しめられるそうでございますよ」

 話がデカくなっているぞ。

「……確かに、魔剣は魔剣ね。そんな剣で斬られたくはないわね」

「いえ、斬ったほうが、でございます」

「……」

 女沈黙。

「……その剣、いったい何の役に立つの……?」

「面白い話でございましょう」

「ま、まあとにかく、調べるだけ調べたほうがいいわね。あの魔術師がまだ生きている、なんて可能性もあるわけですもの」

「御意」

 男が頭を下げる。

「ところで、もう一つ面白い話があるのでございますが」

「……まだあるの……?」

「今度は魔法の斧、〝魔斧まふ〟とでも申しましょうかね。ひとたび相手に向かって投げると、地の果てまでもその相手を追いかけていくのだそうでございますよ」

 やっぱり話がデカくなっているぞ。

「……追いかける話が多いわね……」

「面白い話でございましょう?」


 同刻。カールア大陸ビアズ山中、オルガン村。

「……ア、アーマちゃんっ、こ、今度はナタがずっと追いかけてくるんだがあぁぁっっ!!」

 村人全力疾走。続いてナタ。

「万歩計機能はずしただけじゃ面白くないので、持ち主自動追尾機能つけてみました♪」


   ◇


 オルガン村の朝は、


 ひゅうぅーんっっぽぽんっ


という爆発音で始まる。

 本日は打ち上げ花火バージョンである。

「よっ鍛冶屋!!」

 〝鍛冶屋〟は花火屋の屋号ではない。

「まぁた爆発したですぅ……」

 相も変わらずガレキの下から這い出てくるアーマ。そんなに毎日毎日、何を作っているのだろう。

 さてさて、村人がひそひそと数人で話しこんでいた。

「やはり知らせないとまずいんじゃないか?」

「だがなあ、下手に『モンスターが出た』なんて言ってみろ、ユン様のことだ、目を爛々らんらんと光らせて『どぉこぉだぁぁーっ!』って突進してくるぞ。俺はそっちのほうが怖い」

「けど、知ってて言わなかったとバレたら、それこそ地の果てまでどつき回されそうな気がするんだが……」

 どういう目で見られているんだ、聖職者。

「どうしたですかぁ?」

 ユンと聞いて、アーマが首を突っ込む。

「いや、北の沢にグリフォンが出たらしいツツキ跡が……」

 グリフォン。獅子の身体にわしの頭と翼を持つ。

 鋭い鉤爪かぎづめとクチバシがあり、光りモノが大好きで突っつき回すというモンスターなのだが。

「あ、じゃあ、この改良した〈必殺! クモの巣くん2号〉試してみていいですかあ♪」

「おいグリフォンだぞっ、あんなんに襲われたら死ぬぞっっ!!」

 馬や牛くらいならくわえて飛び去るって話だし。

 だが結局、アーマにひきずられ、目撃者の村人が北の沢に向かうことになった。

「光りモノはダメだぞ、突っつかれるからなっっ」

「出ーておいでー、〈光球こうきゅう〉♪」

 村人の訴えを無視してワザワザ明かりの呪文なんぞ唱える。

 そのとき! 背後でガサガサガサッという音が!

「出たあっ!! グリ……フォ……ン?」

「かわいーですぅ♪」

 鷲頭の獅子……には違いない。

 ただしサイズが、どう見ても子猫。〈光球〉にじゃれついてるし。

「おいでーグリちゃん♪」

 グリフォンに名前がついた。

「村連れて帰るですぅ♪」

 一応モンスターだからやめとけという村人の説得を無視して、グリフォン抱いて村に戻るアーマ。が。


 ばちばちばちっ


 村の入り口でグリフォンがはじき飛ばされた。

「あれ? ……なんでぇ?」


「あのですねえ、アーマさん……」

 モンスター出現の報を聞いて、やっぱり『どぉこぉだぁぁーっ!』とオルガン村に駆けつけてきたユン。村の外で、アーマがしっかと抱いて離さないちびグリフォンを見て、ため息をつく。

「小さくてもモンスターですよ、きっと災いになります」

「グリちゃんと犬や猫と、どこが違うですかぁ?」

「モンスターは神の秩序に従わないからです」

「どーして従わないですかぁ?」

 これは、中途半端な説明では説得できないと判断したユン、周囲に他の村人がいないことを確認して、話し出す。

「コレはあくまでストーレシア教団内の教義ですから、よその宗教の方に聞くと別のことを言うかも知れませんけどね。

 我々が住んでいるこの世界の外にも、世界はあるのですよ。その世界には、その世界の〝神々〟がいて、その世界でのみ通用する秩序があります。

 モンスターは、我々の世界ではなく、その別の世界の住人が、何らかの原因でこの世界に出現したものであり、だからこの世界の秩序には従わない、とされているのです。存在そのものが、すでに我々と相容れないのですよ。

 ですから、安易にグリフォンのグリちゃんなどと名付けて……」

「あ、じゃあ本名グリーデルのグリちゃんですぅ♪」

「いや、そーゆー問題ではなく……」

 ユン、説得の方法を変えることにする。

「とにかく、アーマさんがそのグリフォンを飼うのは無理です。だいたい、村の中に連れて入れないでしょう?」

「そうなんですぅ、入ろうとするとばちばちって弾かれるですぅ」

「この村は、オルガンの件でもわかるとおり、教団とはつながりが深いところでしてね。モンスターを防ぐ結界が張ってあります。もっとも、村人も誰一人知らないことですけれどね。

 だから、村の周囲ではモンスターを見たことはあっても、村内では一度もないはずですよ」

「……結界、ですかぁ?」

「そうです。だから、村の中で飼うのは不可能なんですよ。

 さあ、放してください。今日のところはもう退治しませんから」

 今日のところは、ってところが非常に怪しい。

「……はぁい」

 仕方なく、グリフォンを空に放す。

 翌日。

「今朝は、アーマさんとこ爆発しませんでしたねえ……」

 村長宅に泊まったユンが、アーマの家の前に来て硬直する。

「おいでーグリちゃん♪」

 アーマがグリフォンにハムをやっていた。

「……ど、どうしてグリフォンが村内に……」

「足輪つけたですぅ♪」

 見ると、グリフォンの足に、きらきら輝く石をつけた輪が。恐らく、魔力を帯びているものと思われる。

「……ストーレシアの結界を、無効化している……?」

 グリフォンと無邪気にたわむれるアーマを眺めつつ、ユンがつぶやく。

「……アーマさん、あなた、やはりオルト師の血筋ですよ。とんでもないもの作りましたね」


   ◇


「……結界の無効化!? できるの、そんなもん」

 その日の夜。ユンから事情を聞いて驚くビアズ村のディジー。

「不可能、とは言いませんけどね。そう簡単にできたら困りますよ」

 でも、笑ってると本当に困ってるかどうかわからんぞ、ユン。

「ストーレシア教団で言うところの創世神話は知ってますよね。

 最初、全ての物は一つだった。

 それが、あるとき〈世界〉と〈神々〉に別れた。

 〈世界〉は、火、水、風、土でできていた。その4つを使って、〈神々〉が人間や動物を作って、生命を与えた。まあ、どの神サマが何を作ったか、ってトコで、いろんな教団が争ってるんですけどねー」

「……あんたさあ、自分の教団、本当に信じてる……?」

「信じてますよー神官ですから。はっはっは」

 ちっとも信じてるようには見えん。

「でまあ、ここからは教団でもあまり認めたがらないんですが。〈神々〉が手を加える前の、4つそのものが持っていた力、それがこの世界にある全てのものの中には少しずつ含まれている。それを扱うのがいわゆる〝魔法〟だと。

 つまり魔法は、神による制御の外のものだと言うんですね。それでもこの世界の秩序のうちではあるので、モンスターみたいに排除しようとはさすがに言わないんですが。

 ま、アーマさん、そんな理屈わかった上で作ったわけじゃないでしょうけどねー」

 そりゃそうだ。アーマは何も考えてない。

 逆に、ひどく考えこむディジー。

「……つまり、教団から見ればそもそも魔術師なんて存在は面白くない?」

「そうなりますね。特に今は、〈剣の王子〉の一件もありますし」

「教団はオルトのじさまをオルガン村に連れてきた。で、あんたたち巡回神官は監視役。今はアーマを見張ってるってわけだ」

「否定はしませんがね、〝保護〟もしてるつもりですよ」

「それだって、いつまで続くか。教団がかけてる結界無効にできるよーなもん作ったら、教団だってほっておかないだろ」

「悪印象持つのは確かですけど、人間に危害加えるようなマネはしませんよ。それより、アーマさんが村でグリフォン飼ってる程度ならいいんですが、あの効力を知って悪用を考える者が出るんじゃないかと、気になりましてね」

「悪用、つったって、対モンスター用の結界の無効化だろ? 普通の人間、使い道ないじゃん」

「……ま、それもそうですね、はっはっは」

 ディジー、じっとユンを見る。

「……ねえ、何であたしにそんな話するわけ? 今の話、結構教団の部外秘のネタ入ってたんじゃないの?」

「……私だって、一応アーマさんの心配してますよ。好き好んで危険な目にあわせたいわけじゃないです。

 それでも、世の中どうにもならないこともありますけどねえ……」

「ユン様?」

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