まほうのかじや

卯月

第1章 オルガン村

1 魔法鍛冶屋アーマ・カレ

 オルガン村の朝は、


 ちゅどぉぉんっっ


という爆発音から始まる。

「いやー、今日も盛大だねーかじやさんとこは」

「毎日壊してるのに、翌朝までになおってるのが不思議だよなー」

 ちっとも驚かない村人たち。

「ふぅぅ……またやっちゃいましたあ」

 ガレキの下からノソノソと這い出してきたのは、二つ結びが盛大に爆発した少女。亡き祖父の跡を継いで、村の魔法鍛冶屋をやっているアーマだ。

 本当は魔力付与術師なのだが、そこは山間ののどかな村。魔法でナタやオノの切れ味を鋭くするくらいしか、仕事がないのが悲しいことである。

「それにしてもアーマちゃん、毎晩毎晩何やってるんだい?」

「魔剣を作ってるです♪」

「ま……魔剣?」

 顔面に縦線の入る村人A。

「だってぇ、魔力付与術師たるもの、魔剣の一つも作って、後世の人たちに恐れおののかれたいじゃないですかぁ♪」

 バックに花が散りそうなくらいさわやかな笑顔で、とんでもないことを言ってのけるアーマ・カレ13歳。。

「ふ、ふーん、でどんな魔剣を?」

 村人Bが何とか話を続ける。

「今作ってるのは、〝斬られたときは何ともないのに、その日の夜ゴーレムに追いかけられる悪夢にうなされて、眠れなくって体力を消耗する〟という剣なんです♪」

 ……やたら指定の細かい剣だ。


 そんなある日。レント王国の兵士がオルガン村へとやってきた。

「この付近に、脱獄囚が逃げ込んだ可能性がある。警戒を怠らないように」

「ほぉー」

 ちっとも驚かない村人たち。

「たとえこの村の中に逃げ込んでても、明日になったらすぐにわかるよなあ」

「だよなあ」

「??」

 悩みつつ兵隊は帰って行ったが――さてその翌朝。


 どごぉおおんっっ


「な、何だっ今の爆発音はっっ!!」

 一人の男が、慌てふためいて外に駆け出してきた。

「お前が脱獄囚だな!!」

 村人たちに取り囲まれ、アーマの家の前であとがなくなる。

「な、なぜわかった……」

「ふっ、この村にはなあ、アーマちゃん家が爆発したくらいで驚くような根性の据わってない奴は一人もいねえんだよっ」

「どーいう村だここはぁ!?」

 お前が正しいぞ脱獄囚。

「……今日も、失敗しちゃいましたあ……」

 何も知らず、ガレキの中から這い出してくるアーマ。その手に抱えていた剣に目をとめた脱獄囚は、

「ええい、それよこせっ!」

 いきなり剣をひったくって構えた。

「お、おい。アーマちゃんの剣ってことは……」

「ああ、まさかアレじゃあ……」

 とたんに村人の顔色が変わる。

「ああっ、何するですかあなた、私の魔剣〈GoGo! ゴーレムくん1号(仮)〉をっっ!!」

「何だそのふざけた名前の剣はあっっ!!」

 脱獄囚絶叫。

「お、おい。ゴーレムだってよ……」

「じゃあ、やっぱり……」

 村人、じりじりとあとずさりする。

「? 何だかわからんが今のうちにっ」

 脱獄囚は、囲みを破ろうと村人Aに斬りつけた。

「何だこりゃ、全然斬れねーじゃねえかっ」

「や、やばいぞ、あいつ斬られたぞ……」

「てことは、今夜……」

「うわあああっいやだああっ」

「……何だかよくわからんが、恐ろしい代物なのは間違いないようだ。頂いていくとするか」

 剣を持ったまま、脱獄囚は逃亡する。

「うわあああっ、ゴーレムに追いかけられるのはいやだああっ」

 叫んでいる村人Aに近づいて、アーマが言った。

「大丈夫ですよ♪ あの剣、未完成ですから♪」

「……本当に?」

「はい♪ ただ……」

「……ただ?」

「斬った人がゴーレムに追いかけられるだけですから♪」


 その夜、脱獄囚が、ゴーレムに追いかけられる悪夢にうなされたことは、言うまでもない。


   ◇


 オルガン村の朝は、


 ばごぉおおんっっ


という爆発音とともに始まる。

「……またですぅぅ……」

 ガレキの中から這い出してくるアーマに、一人の人物が声をかけた。

「はっはっは、今日も元気ですねえ」

「ユン様♪♪」

 ユン・シュリ。時々村を訪れる、ストーレシア教団の神官26歳。

 ストーレシア教団というのは、正義と秩序を重んじる(自称)が故に、秩序に従わないモンスターを積極的に退治して回るという、何だかとても好戦的な宗教である。

 住民からモンスター出現の通報があるとすぐに神官が派遣されるのだが、通報がなくても定期的に神官が各地を巡回していて、オルガン村のあたりの担当がユンというわけだ。

「ユン様、いらしてたんですかぁ♪ でも、まだ早いですよねぇ」

「ええ。定期巡回ではないです。じつは、この辺でモンスターが出たという噂を聞いたものですから」

「そうなんですかぁ♪」

 うっとりするアーマ。以前からユンの大ファンなのである。

 確かにユン、知的で物静かでカッコいいのだ――平常は。

「モンスターが出たぞぉぉっ!」

 叫びながら村の中に駆け込んできた村人Aが、ユンの姿を見て硬直した。

「……なにぃ、モンスターだぁ?」

 ユンの目がキラリと光る。

「何が出た、どこに出た、何匹出た! 言え、言うんだ!」

「お、落ち着いてくださいユン様っ、モンスター逃げませんからっ!」

「東ですっ、東の峠に牛頭の魔人ミノタウロスが出たんですよっ」

「よーし、待っていろミノタウロス。このユン・シュリが、光皇こうおうストーレシアの名において成敗してくれるわ! ふぁっはっはっはっ」

 まるで世界制服を企む悪の科学者のような笑い方である。

「ああ、ユン様が正義と信仰に燃えているです……♪」

 それ何か違うぞアーマ。

 モンスターよりも、モンスターが出たと聞いたときのユンの変わりようのほうが怖い。というのが、オルガン村の村人たちの共通見解だったりする。


 ともあれ、ユンと、アーマと、目撃者の村人で東の峠に向かう。

「そう言えばアーマさん、今何作ってるんです?」

 ユンはすでに平常モードに戻っている。

「魔剣作ってたんですけどぉ……とられちゃったんですぅ」

「おやおや、それは災難でしたね」

 とった人間のほうが災難だった気もするが。

「で、とられたりしないようにって考えて、今朝作ったのがコレなんです。このボールを相手に投げつけると、ネットが広がって相手を包み込んで動けなくするんです。名付けて〈必殺! クモの巣くん1号(仮)〉! ミノタウロスで試してみていいですかぁ♪」

 もー少し穏便なもので試さんかい。

「いいですけど、ケガしないように気をつけてくださいね」

「はぁい♪」

 そのとき、村人が叫んだ。

「出た! あそこです、ユン様!」

「なにぃっ?! 出やがったか!」

 ユン豹変ひょうへん

「ああ、任務に命を懸ける殿方の姿……♪」

 だから違うってばアーマ。

「いちばんっアーマ行きます! 〈必殺! クモの巣くん1号(仮)〉!」

 アーマの投げたボールがミノタウロスを直撃。ミノタウロスはネットに包まれてバタッと倒れた。

「ふっ、とどめはこのユン・シュリがさしてくれるわ」

 ユン猛ダッシュ。

 ……しばらく沈黙。

「アーマさん。この〈クモの巣くん〉、人間には使わないほうがいいですねぇ」

 平常モード復帰。

「死んでます。ミノタウロス」

「えー、やっぱりネットの締め付けキツすぎましたぁ?」

 やっぱりってあんた。

「いやー、本当に〝必殺〟になっちゃいますからねえ」

 あの脱獄囚、実は命拾いしたのかもしれない。


「でも、実は私が聞いた噂はミノタウロスじゃなかったんですけどねえ」

 村に戻ってから、ユンが首をひねった。

「このあたりで、『ゴーレムに追いかけられた』って訴えが頻発ひんぱつしてましてね。でも、現場に行ってみると、実害がないんですよ、毎回。どうしてでしょうねえ」

「えー、悪い夢でも見てたんじゃないですかぁ♪」

 元凶はお前だアーマ。

 ユンも怖いが、アーマはもっと怖い。と思う村人たちであった。


   ◇


 オルガン村の朝は、


 ……しーん あれっ


 昼だった。

「あああっ、寝過ごしたあっ!」

「今日に限って何でアーマちゃんち爆発しないんだあ!」

 ……目覚まし代わりか?

 さてその頃、アーマはユンにくっついて、ふもとのビアズ村まで買い出しに来ていた。

 入った武器屋では、女店長と客が会話している。

「どうだいお客さん、この盾! これを見た敵が笑ってしまうために戦闘意欲を喪失するという代物だよっ!」

「そんなの、盾に変な絵が描いてあるだけじゃないか」

「ちっちっち、甘いね。コレはただの絵じゃない、魔力があるのさ。コレを見たものは誰でも笑ってしまうという……ぷっ、くくく……」

「んな馬鹿な……くっくっく……」

「くっくっく、あーはっはっはっ!」

「ぎゃーっはっはっは!」

 二人で大笑いしております、少々お待ち下さい。

 10分後。

「はあ、はあ……どうだいお客さん、大したモンだろ」

「こんなん買ったら自分まで疲れるじゃねーか!」

「じゃあコレはどうだ! 相手の前で切れると不安になる靴ヒモ!」

「いるか!」

「かぶって踊ると相手が顔色を変える、まがまがしい仮面!」

「こっちも変わるわ! ガラクタしかねーのかこの店は!!」

「……あのう、コレ全部私が作ったんですぅ♪」

 客が背後を振り向くと、にっこりと微笑んで手にオノを持ったアーマが。

「こんなのはどうです? こーやって投げると相手を自動追尾するオノ♪」

「うっぎゃああ、助けてくれぇっ!」

 客と、それを追いかけるオノが店の外に出ていった。

「アーマさん。あれはさすがに危ないんじゃないでしょうかねえ」

「心配しなくていいよ、ユン様。あれの有効距離は5mだから」

 店長が笑いながら言った。

「それ、1号の話ですぅ。あれはRXだから、50m♪」

「……え?」

 道の向こうのほうから、絶叫が聞こえてきた。

「……私ちょっと、治癒呪文かけに行ってきますね」

「〝蘇生〟の間違いじゃないかい?」

「えへ♪」


「よかったねえ、死人でなくて……」

 戻ってきたユンにしみじみ言う、武器屋の店長ディジー・リン。23歳、女一人で武器屋を切り盛りしている。もっとも、商品があんなんばかりなので全っ然儲かっちゃいないが。

「アーマさん、あんまり気にしてないみたいですよ」

 通りで犬と遊んでいるアーマを眺めつつ、ユン。ちなみにこの村もユンの担当なので、ディジーともなじみである。

「ところでユン様、知ってるかい? 最近この辺で流れてる、〝魔剣〟のウワサ」

「……〈つるぎの王子〉ですか」

「いや、それとは違うみたいだけど」

「〈剣の王子〉って何ですかぁ♪」

 いつの間にか店内に戻ってきていたアーマが尋ねる。

「……それよりディジーさん、どんな噂です? その剣って」

 ユンはにこやかに話を続ける。

「ん、ああ。あたしも人から聞いたんだけどね。何でも、その剣で人を斬ると、その日の夜からゴーレムに追いかけられる夢を見続けて、おとろえてくんだと。一週間くらい続いた人もいるって話だよ」

「あ、じゃ私が聞いたゴーレムの噂も、ルーツは一緒ですね、多分。しかし、その〝魔剣〟ってのが本当だとすると、ちょっと問題ですねぇ……」

「あーそれ、多分〈GoGo! ゴーレムくん1号(仮)〉ですぅ」

「は?」

「だからぁ、この前私が作りかけてて、途中でとられちゃった魔剣ですぅ♪」

 二人硬直。

「……そ、そうですか。アーマさんの作品ですか、はっはっは」

「ディジーさん、その剣、今どこにあるかわかりますぅ?」

「そこまではちょっと。ウワサだからねぇ」

「えー残念♪」

 そう言うと、何事もなかったかのようにまた犬と遊びに行く。

「アーマが魔剣をねぇ……」

「さすがに、血は争えませんか」

「ちょっと、ユン様。あんたあの子に余計なこと吹き込んでないだろうね」

「言ってませんよー。ディジーさんににらまれるのは怖いですから」

「あんたのそのすっとぼけた笑顔が、信用ならないんだよねえ」


   ◇


 オルガン村を訪れた旅芸人の話。


 むかぁし、昔のお話さ。

 昔と言っても、ほんの2、3年前かもしれねぇし、何百年前の話かもしれねぇなあ。

 ま、こういうときは昔々って話し始めるのが筋ってもんさ。

 とあるところに、小さいが平和な国があってな、立派な王様がいた。

 が、やっぱり王子様がいねぇと話にはなんねぇよなあ。

 頭が良くて、剣の腕もたって、おまけに顔もいいという、それこそおとぎ話みたいな王子様だ。

 しかし、平和だったその国に、あるとき魔物が現れた。

 国中の兵が束になってかかったって、敵いやしねぇ。

 そこで王様は、高名な魔術師に頼んで、魔法の剣を作らせた。魔物を倒すことができるような、強力な魔法のかかった剣だ。

 そんな剣を使いこなせるような奴ぁ、王子しかいねぇ。

 んで、王子がその剣でもって単身魔物に戦いを挑み、そしてついに倒した。メデタシメデタシさ。

 そこまではな。

 だがその剣の強力な魔力は、王子にまでも災いをもたらした。剣から手を離すこともできねぇどころか、しまいには完全に剣に支配されちまいやがった。

 王様は悩んだ。剣に支配された王子を、このまま野放しにはしておけねぇ。かといって、王子を死なせたくもねぇしな。

 悩んだ挙げ句、神殿の力も借りて、王子を眠らせることにした。災いをもたらした剣も一緒にな。そうしておけば、いつの日か王子を剣の呪縛からとく方法が見つかるかもしれねぇもんなあ。

 今でも、この世界のどこかで、剣にとらわれた王子が年もとらないまま眠り続けてるって話さ。


「その王子様、起こすことはできないんですかぁ?」

「起こすことはできるかもな。けど、何の解決法もねぇまま起こすと、その剣が世界に災いをもたらすかもしれねぇなあ」

「どーやったら剣から解放できるんですかぁ?」

「そんなんわかってたら、誰も困らねぇって」

「じゃ、作った魔術師って人、どーしたんですぅ?」

「さーな。ま、ただの伝説だしな」

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