我が輩の名は。

 我が輩は幽霊である。名前はまだない。気がつけば公園の桜の木の下に立っていた。近くを通りかかる人にやあやあと声をかけていたがとんと気付かれぬ。はて妙なことであるよな、と首を傾げて考えていたら、ある日小さな子供に指をさされ「パパ、あそこにゆーれいがいるよ!」と言われたので、我が輩は我が輩が幽霊なる存在と知ったのである。

 ちなみに、我が輩を幽霊と看破した小さな子供は、パパに「何を言っているんだ。それより砂場で遊ぼう」と手を引かれて行ってしまった。小さな子供は砂場と聞いて目を輝かせ、我が輩を一顧だにしなかったことを書き添えておく。

 我が輩は幽霊である。幽霊というものは、その存在に気付く人と気付かない人がいるらしい。

 春爛漫の季節、草木も眠る丑三つ時に桜の木の下でちちくりあうアベックの様子を間近でじっくり観察しても、彼らは我が輩に気付かない。ちちくりあうのに夢中で眼中になかったのかもしれないが。

 付き合い始めたばかりといった様子のうら若いアベックは、娘の方が我が輩の存在に気付いてきゃーと声を上げて少年に抱きついていた。少年は何もいないのに急にどうしたんだよと言いながら娘の腰に腕を回していたので、やはり我が輩という存在は認知のされやすさにばらつきがあるのである。ちなみにその後、うら若いアベックは過日の真夜中のアベック同様ちちくりあい始めたこと、娘の方は後日別の少年とともに我が輩のいる桜の下にやってきて、先日と同様にきゃーと言って少年に抱きつきほどなくちちくりあい始めたことを書き添えておく。

 我が輩は幽霊である。幽霊というものは、人間が死んだ後になるものであるという。我が輩の存在に気付く人々の話をつなぎ合わせると、そういうことらしい。

 だがしかし、我が輩には人間だったときの記憶がない。さっぱりない。桜の花びら一枚ほども思い出せないので、元々なかったのではないだろうか。

 我が輩はきっと、生まれながらの幽霊なのである。

 霊能者とやらが、おぼろげな人の形をした白い影のようなものが見えます幽霊に間違いありません、と我が輩を見て言ったことがある。なので、やはり我が輩は幽霊なのである。彼か彼女かわかりませんがこの世に強い未練を残して死んだのですわかります、と続けて言っていたので、やや信頼性に欠ける霊能者ではあるが。

 公園の桜の木の下にたたずみ、何度も花が咲き散っていく様子を眺める日々も悪くはなかった。我が輩の認知のされ具合にばらつきはあるものの、我が輩に気付かない人がまったくいないわけではない。我が輩の存在に気付き、驚く人、怖がる人、話しかけてくる人と、様々な人がいてなかなか愉快な日々を送っていた。

 だがしかし、桜の木の下にいることにも少々飽いてきた。公園を訪れる人々に入れ替わりはあるが、すっかりなじみとなった顔も少なくはなかった。それに、そろそろ違う場所を見てみたい。ところが我が輩は、桜の木から離れられないのである。桜の幹からおよそ五メートルの位置に見えない壁があり、我が輩の前進を阻むのである。

 これは困った。

 我が輩は幽霊である。幽霊というものは、時に人間に取り憑くものである。ゆえに、我が輩は適当な人間に取り憑くことにした。それで桜の木から離れられなければ、また別の手立てを考えればよかろう。

 我が輩は取り憑くのに適した人間を待った。探しに行きたいところであるが、あいにく我が輩はここから離れられないので、取り憑いていいよと言う人間が現れるのを待った。双方の合意の上で、取り憑き取り憑かれなければならないのであある。

 人間に取り憑こうと決めてから、何度も桜は咲き散っていった。我が輩を指さしてゆーれいだと言った小さな子供は、いつの間にか小さな子供を伴って公園を訪れるようになっていた。

 よもや、取り憑いていいという人間は現れないのではないか。

 小さかった子供の小さな子供に、いつかのようにゆーれいだと指さされてから数日後のことだった。

 花より葉の方が目立ち始めた桜の木の下に、真夜中、一人の男がふらりとやってきた。

 コンビニのビニル袋を提げ、見た目もスーツもくたびれた様子だった。ようやく花見に行く時間が取れたのに葉桜だし、とぼやきながら、男は缶ビールを開ける。

 敷物も敷かず腰を下ろした男は、一気に缶ビールを飲み干すと、深々とため息をついた。もうイヤになっちゃったなあ、などとのたまっている。何がイヤになっているのか定かではないが、何かがイヤになっているのならちょうどいい。我が輩が取り憑いてもいいかな。

 男には、我が輩の声だけが聞こえたようだった。声しか聞こえない人間もいることを、我が輩は長年の経験で知っていた。

 男はさほど驚きもせず、桜を見上げた。

 巷にはこの桜の木の下に幽霊がいるという噂があって、男はそれを知っていた。その幽霊があんたなのか、と尋ねる。我が輩が見えない彼は、我が輩のいない方を向いていたが。

 我が輩は幽霊である。人間に取り憑いて、桜の木から離れたい幽霊である。ゆえに取り憑かせてほしいと頼むと、男は爆笑した。そして、取り憑くなんてまだるっこしい、どうせなら乗っ取ってしまえよ、と気前のいいことを言った。

 我が輩は幽霊である。人間が我が輩に乗っ取られてしまうとどうなってしまうのか、やってみたことがないのでわからないが、男にとってよい状態とは言えないのではないだろうか。

 ところが男は、そんなことは構わないらしい。もうイヤになっちゃったから取り憑かれてもいいし、なんなら我が輩と入れ替わって自分が幽霊になってもいいとさえ言う。

 奇矯な男であったが、せっかくなので我が輩と入れ替わってもらうことにした。これで毎年花見ができる、と男は嬉々としてその肉体を明け渡した。我が輩も、わくわくしながら男の体に我が輩を重ね合わせた。

 我が輩は幽霊であった。我が輩に気付く人がいたりいなかったりと、認知のされ具合にばらつきのある曖昧模糊な存在であった。だがしかし、今や我が輩は肉体を得たのである。

 缶ビールを飲み干した直後の体はほろ酔いであった。なんだか全身に倦怠感があり、眼精疲労、頭痛、肩こり、腰痛などの諸症状を感じる。これが人間の体なのか。男がイヤになっちゃった気持ちがちょっとだけわからなくもなかったが、せっかく入れ替わったのだから人間の体を謳歌せねばならない。

 我が輩に体を明け渡した男は、自由になったと喜んでいた。嬉しそうでなによりだが、桜の木から遠く離れられないことを教えていなかった。だがしかし、それにはすぐに気が付くであろう。

 我が輩は晴れて人間となった。曖昧模糊としていた我が輩という存在は、血の通った肉体を得て、誰もが認知できる実体となったのである。

 我が輩が得たものは肉体だけではなかった。幽霊であった時の我が輩には名前がなかった。だが今は、この肉体に名前がある。我が輩と入れ替わりで幽霊になった男の名前が。

 我が輩と男の体が徐々になじんでいき、男の記憶が我が輩の中に流れ込んでくる。

 我が輩は幽霊であった。名前はなかった。しかし今、我が輩には名前がある。

 我が輩は人間である。我が輩の名は――。

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