目覚まし時計はうるさくない

 懐中時計で時刻を確かめると、蓋を閉じてバッグにしまった。

 嘘つき。今日こそ遅刻しないって言ったのに。

 約束した時間からもう二十分たっている。どうせ遅刻の理由は、寝坊かのんびりしていて家を出るのが遅れたかだろう。

 懐中時計は、去年の誕生日プレゼントだ。

 正確に動き続ける時計が好きで、たくさん持っているくせに、当の本人は時間にルーズとはどういうことだ。


 息を切らして彼が現れたのは、それから十五分後だった。

「遅い!」

「ごめん。寝坊した」

「目覚まし時計、三つ仕掛けたんじゃないの」

「止めた後、二度寝しちゃって」

「呆れた」

「で、俺、名案思い付いたんだ」

「今度は十個仕掛けるの?」

「一緒に暮らそう」

 私は目を丸くした。なるほど、そうすれば外で待ち合わせる必要はない。でも。

「……目覚まし時計が三つもあったら、うるさそう」

 眉間にしわを寄せていたはずだけど、今はきっとにやにやとしているだろう。

「そうでもないよ」

「二度寝するくらいだから、そうかもね」

 繋いだ彼の手は、走ってきたせいで熱くて少ししっとりとしていて、冷えた私の手にちょうどよかった。

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