21~30

ゼンマイ仕掛けの思い出

 貴族の血を引いてるとか、昔は飛行機乗りで今は会社をいくつか持っているとか。彼は詐欺師というよりほら吹きだった。

 私はいつも「すごいね」と相槌を打っていた。


 ほら吹き男はもういない。

 彼から贈られたオルゴールだけが手元に残っている。

 色とりどりの宝石で飾り付けられたそれは、家宝なのだと彼は言った。


 一族に伝わる大切なものを、誰よりも大切な君に。


 その言葉と共に手渡された。

 私は、彼の言葉はすべて嘘だと知りながら、相槌を打っていた。オルゴールの宝石が全部ガラス玉であることも、気付いていた。


 ゼンマイ仕掛けの凛としたメロディを聴くたび、私は彼の温もりを思い出す。

 彼がくれたものの中で偽りのないものは、それだけだった。

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