決戦前夜!その2

 午前11時40分――改めて記者会見の場面へ戻る。

ニュース番組等では、その詳細が語られる事がなかったのには理由があった。

その理由とは――特殊ジャミングを何者かに展開されていた事にある。

記者会見場にいるのは、一部のカメラマンと正体を見せた西雲響(にしぐも・ひびき)、記者会見の司会のみ。

既に社長と思われていた人物の姿は消えている。隠れている訳ではなく、文字通り消えているのだ。

どうやら、西雲の言う通りにARアバターを表示していただけらしい。

しかし、あの謝罪会見の台詞はどうやって――と思われるが、おそらくは想定していたシナリオをベースに人工知能で考えさせた結果なのだろう。

「あのシナリオを考えていたのは――貴様か」

 西雲が遂にはARガジェットを展開し、チェーンソーブレードを構える。

チェーンソーと言っても工業的に使用されるような物ではなく、SFチックな仕様になっているように見えた。

チェーンソー刃の部分はビームのようにも見えるが――これはARゲーム的な仕様である。

『こちらとしては――あの事務所だけが注目されるのがおかしいのだ!』

 司会進行の人物は、ここぞとばかりにARアバターを召喚して西雲を取り囲むのだが――動じる事はない。

「芸能事務所が永久不変で、全世界を掌握し続ける――それこそ苦痛だ。守られるべきルールも平気で破るような勢力に――」

 次の瞬間、西雲のチェーンソーブレードが回転、瞬時にして周囲のARアバターモブを消滅させた。

『超有名アイドルこそ日本が誇るコンテンツ――唯一無二の存在だと言うのに! そして、超有名アイドル以外の――』

 司会の人物は他にも何かを言おうとしていたのだが、西雲のチェーンソーブレードの一閃で沈黙する。

この場合の沈黙とは、ARデュエルでの敗北であり――いわゆるデスゲーム的な決着ではない。

「守られるべきルールを簡単に破るようなルールブレイカーがARゲームを語るなど――片腹痛いわ」

 西雲は周囲に誰もいなくなっている事を確認し、会見会場を後にした。

その数分後には警察が駆けつけるのだが、その際は司会進行の人物と一部スタッフしかいなかったのである。

警察が駆けつける前にガーディアンが証拠隠滅を行った訳ではなく、実際に警察が先に到着をしたのだ。

ガーディアンは、警察が去った後に調査をしたという情報があるのだが――詳細は定かではない。

「この私、ヴェールヌイがいる限りは――ルールブレイカーを認めない」

 西雲響、その正体はヴェールヌイと言う一人の女性だった。しかし、彼女の本当の職業は明らかではない。

ニートの様な職業ではないようだが――ネット上では元アイドル説なども存在している。、

おそらく、アカシックレコードに書かれている同名人物――そちらと同一人物の可能性を考えているのだろうか?



 その後、この一部スタッフが超有名アイドル競争自体がマッチポンプである事を公表し、芸能事務所AとB以外の事務所に所属するアイドルは次々と解散する流れとなった。

その中には声優アイドルは含まれておらず、それ以外にも歌い手や踊り手等も対象外だったと言う。

あくまでもマッチポンプに加担した芸能事務所に限定されていた。

『ARゲームコンテンツが海外進出する為、超有名アイドルをかませ犬にしようとしている。その手始めに超有名アイドルを強制的に解散させている』

 この報道が流れるようになったのは、一連の検挙から2日経過した辺りである。

しかし、この事件はARゲーム運営等の耳には入っていなかった。

それだけ上手く情報が伝達しないように裏工作をしていたと思われる。

「マッチポンプ騒動が大きな山場と言う訳ではない」

「こちらとしても、連中に任せすぎるのは問題か」

「ガーディアン、ARゲーム運営、アイドル投資家――どちらもやりすぎたのだ」

「何としても、海外に輸出できるようなコンテンツを生み出すのが必須――」

「向こうも一部勢力の仕業と考えている。こちらの足が付く事はないだろう」

 ある料亭、そこでは大物政治家の秘密会談が行われていた。

その内容は――コンテンツ業界に関する事だったのである。

改めて話が書き記された事で、今回の事実が判明したのか――それは不明だが、ある出来事をきっかけに事情が変わったのかもしれない。

「襲撃事件の時は、どうなるかと思いましたが――」

 政治家の一人がヴェールヌイのの襲撃事件に触れる。周囲がざわつく事はなかったが、触れられてはいけない事に変わりはなかった様子。

その後の会談は黙り込む訳ではなかったが、周囲を警戒しての会談となったようだ。

「我々としては、賢者の石に変わるビジネススタイルを確立しなくては――生き残れないのです」

 最後に、眼鏡をかけた政治家の一人がつぶやく。賢者の石とは超有名アイドル商法の事のようだが、それに代わるビジネススタイルが見つかるのか?

疑問符が残るような秘密会談は1時間で終了したという。



 5月3日、一連の報道が流れる前になるが、アイオワがある人物の謎に迫ろうとしていた。

「明石零――本当に彼女はアカシックレコードへアクセス出来るのか?」

 ネットカフェではデータ検索をするのは間違いなく別の勢力に探られる可能性が高い。

アンテナショップでもアカシックレコード関係を探れない関係があり、彼女がパソコンを使用している場所は――。

「今回はお前の言う事を信じるが――何をする気だ?」

 草加駅の某所にあるシークレットサーバールーム――そこに立ち会っていたのは提督服姿の長門(ながと)クリスである。

シークレットサーバールームはARFPSで使用するフィールドを生成する為に用意したフィールドでもあり、この場所は一部メンバー以外には秘密となっていた。

アイオワは、事前に長門とコンタクトを取って――この場所を借りる事に成功したのである。

ARFPSに関してはサーバー管理もプレイヤーが担当する事もあり、こうした離れ業が可能だったと言えるのだが――。

「アカシックレコードは複数存在する。それはネット上でも何度も言及されているし、その内の3つはARゲームでも利用されている」

 アイオワは明石の使用している物がネットで知られているアカシックレコードとは別の物――そう考えていた。

そうでなければ、ネット炎上を瞬時で消火するのは不可能だと考えていたからである。

ここは現実世界――魔法技術が発展しているような世界でもなければ、ファンタジー技術が流通しているような日本でもない。

その為、どう転んでも明石がやっているネット炎症の鎮火は、アカシックレコードを使っていると明らかだ。

「確かに、いくらなんでも魔法が使われているような状況ではなかった。それに、この世界で魔法とか――あり得ないだろう」

 長門はファンタジー的な魔法を全く信じないわけではないが、明石の行っている行動には、そうした概念とは別の存在が働いていると――そう考えていた。

そのトリックを破る事こそ、一連の事件が解決に向かう為に必要――とアイオワに説得されたのである。

最初は馬鹿馬鹿しいと長門は考えた。しかし、最終的にはアイオワの話を聞き入れて――今回のサーバーを貸す事になったのだろう。

【アカシックレコードE】

 アイオワがブラウザの検索ワードに入れたのは、アカシックレコードEと言う名のアカシックレコードだった。

それがコードネームなのか、サーバーネームなのかは分からない。未知の単語であるのは間違いないだろうか。

「これが発見できれば、明石の正体も――!?」

 パソコンのエンターキーを静かに押したアイオワが画面で見た物、それは衝撃的な結果だった。

「検索結果0だと?」

 その結果には長門の方も驚いていた。

何と、検索結果は0と表示され、この世界には存在しない事が証明されてしまったのである。

アカシックレコードE、それは本当に存在しないのか? 疑問は深まるばかりだ。

「別のワードを組み合わせる必要性があるのか?」

 その後もアイオワは考えられる単語を組み合わせてアカシックレコードEを探った。

しかし、結果は変わらない。検索の結果としては0件のままだったのである。

 


 アイオワが迫ろうとしたアカシックレコードEだったが、それを発見するには至らなかった。

アンテナショップのパソコンでも試そうとは考えた一方で、検索ログが閲覧できてしまうのでは――という懸念もあったのである。

「検索結果0件と言うのは――記事が存在しないのか、それとも――?」

 アイオワはARゲームに近い位置にあるサーバー経由でも情報が出てこなかった事について、本当に存在しないとも考えるようになる。

アカシックレコードにはA、B、C、Dの存在が確認されていたが、それとは別に更なるアカシックレコードの存在も示唆されていた。

ソレにアクセスした事のある人物が明石零(あかし・ぜろ)とは限らないのだが――。

「アカシックレコードEとは、何だ?」

 長門(ながと)クリスの言う事も一理あるのだが、アイオワも単語以外は全く知らないという気配らしい。

それを発見できれば――事件の真相に近づける可能性がある、と言うだけであり、切り札になるかは不明だ。



 5月3日午前12時、また一つのアイドルグループの解散報道がニュースで流れた。

これで何組目だろうか――と考えるのを、ファンは既に止めている。

明日は我が身――と言えるかもしれない状況に、変わりはないのだから。

【既に5グループは解散している。理由はリストラと言う止む得ない物から、まとめサイトの炎上による物という物もある】

【何故、まとめサイトは超有名アイドルグループの擁護をしないのか?】

【下手に擁護すれば、芸能事務所から賄賂を受け取っていると言われる可能性も――】

【結局、自分たちの保身を優先すると言うのか】

【噂によると、政府が公認のアイドルグループを作り、そちらに全力を注ぐような話も――?】

【政府は、カジノよりも超有名アイドルで儲けようという考えを持っている可能性が高い】

【ならば、この解散ラッシュを止める方が先じゃないのか?】

【解散ラッシュは、それぞれのグループに不祥事等がある事を意味している。そう言った事がないグループは、そのまま残るはず】

【結局は政府に賄賂を流して――】

 タイムラインの流れの中で、一部の不適切なワードは削除されているのだが――そのやり方にも限界が来ていた。

おそらく、超有名アイドル勢力も証と似たような能力を持っている可能性が否定できない。

『次のニュースです。日本の観光地アンケートで、行きたい場所として埼玉県草加市が1位となりました』

 自分の部屋でニュースを見ていたビスマルクも、このニュースを聞いた時はテレビ画面を二度見した。

理由に関しては、ニュースによるとARゲームが観光客に人気と言う事だが、特にパワードミュージックだけが人気と言う訳ではなかった。

当然と言われれば当然だが、ニュースの映像としてはAR対戦格闘やリズムゲームが使われ、ARパルクールも少しだけ映っていたが、パワードミュージックではない。

ARゲーム以外にもゲーセンやアニメグッズを扱う専門店が映し出されていたので、決してARゲームだけではないようだ。

しかし、電車でも高速鉄道関連がないような場所に――何故、観光客が集まるのか?

交通が不便でも、そこへたどり着いて得られる物が大きいという事かもしれない。

「これが良い方向に傾くのか――」

 ビスマルクは、本当にARゲームが日本経済にとってプラスになるのか――ニュースの報道を見て、改めて考え直そうと思った。

ネット上では超有名アイドルの勢いが完全に失墜したとは言えず、まだ炎上する可能性は否定できない。

果たして、ARゲームはどのような方向へ進化しようと言うのだろうか?



 午後1時、竹ノ塚駅に私服姿で現れたのは、比叡(ひえい)アスカだった。

「特にゲリラロケテ等もない――のかな?」

 比叡が周囲を見回していたのは、駅近くのARゲームフィールドである。

ここは商店街も併設されており、客足が全くない時は整備などで一部エリアが休業になるときだけだろう。

それでも店舗によっては、その方が行列を作っていたりするので――ARゲームが経済的にプラスとなっているとは限らないケースに当たる。

今回は、フィールドがメンテの際に行列が出来ると言うスイーツ店――そこに50人単位の行列が出来ていた。

このスイーツ店に興味がある訳ではないのだが、せっかくなので列に並ぶ。しばらくすればゲリラロケテ等の方にも動きが出ると考えていたのである。



 10分が経過し、比叡は気が付くと店前に到着した。スマホ操作をしながらではないのだが――あっという間である。

行列は10メートル位だったのだろうか――いまいち感覚がつかめないでいた。

他の店舗と紛れる事はないのだが、並び方としてはマナーが守れているかは疑わしい。

店内に入った比叡は奥のテーブル席が空いているので、そこに座る事にした。それ以外の客は比較的にテイクアウトが多い。

テイクアウト専門店ではないのだが、テーブル数などを踏まえると自然な流れとしてテイクアウトが多く、自宅やアンテナショップで食べると言うケースが多いのだろう。

「ご注文は?」

 そこにいたのは、メイド服姿の身長170位の女性なのだが――比叡には見覚えがないようにも見える。

実は、髪の色なども微妙に違うと言うか――決定的な特徴がない為に気付かないと言うべきだろう。

比叡も最初は誰なのか全く気付かなかった。他のお客も気づいていないので、そう言う事なのだろうか。

「レモネードと、この焼きチョコを――」

 比叡は素で気づかない状態のまま、注文をするのだが――実は、さりげなく1品だけ注文ミスをしている事に気付かない。

メニューに指を指して注文した事もあって、一見すると間違ってはいないようだが、比叡はメニュー名を間違えていたのである。

おそらく、メイド服姿の女性を見て何か思う所があったのだろう。さりげなく、肩で笑っているようにも見える。

しばらくして――比叡は正体に気付いたのだ。何故、あの段階で気づかなかったのか?



 5分後、最初にテーブルへ運ばれて来たのはタンブラーに入った特製レモネード、揚げたてフライドポテトのてりやきソース味である。

ポテトに関してはチョコソース等も存在するのだが、こちらは注文を間違えていない。そして、比叡の方もタブレット端末でネットを閲覧し始めた。

ネット閲覧は禁止されてはいないのだが、混雑状況によっては制限される事もある。今回はテイクアウトが多いので、そう言った流れはないようだが。

「ふむ――悪くない味だな」

 ストローはなく、そのままタンブラーに口を付けてレモネードを飲む比叡は、弱炭酸のレモネードに少し驚きつつも、ネットで情報を探していた。

【今回はゲリラロケテはないのか?】

【西新井でリズムゲームのロケテがあるようだが、特に目新しい物ではない】

【舎人方面でレースゲームのロケテがあるが、これはゲリラではないのか。高速道路も使うと言う事で、200人以上が来ている話も――】

【しかし、今回は竹ノ塚方面のゲリラロケテがないのか】

【ゲーセンの方で格ゲーのロケテが行われているのは知っているが――それ以外でもキッズ向けカードゲームもロケテをしているのを大型スーパーで見た】

 一連のタイムラインを見るが、今回は空振りだったようだ。

ゲリラロケテはARゲームでも毎度恒例となっており、こうしたロケテスト形式でユーザーへのサプライズを行い、ファンを驚かせる――。

しかし、一連の超有名アイドル商法を巡る事件や襲撃者、更にはネット炎上――こうした事件が、ARゲームへの風評被害を広めているのかもしれない。



 更に5分が経過した所で、メイド服を着た女性が何かを持ってきた。湯気が出ている訳ではないが、出来たてと言う事の様である。

この出来たてをテイクアウトするのが、竹ノ塚ではスタンダードになっていると言うべきか。

各所のスイーツレビューでも高いポイントを獲得しており、草加市内でも同じ物を販売している店がいくつか存在するスイーツ、それは――。

「お待たせしました。チョコ焼きです」

 比叡のテーブルに置かれたのは、見た目がたこ焼きである。

ソースがはちみつ、青のりがチョコチップに変わったようだが――湯気が見えるとたこ焼きと間違えるだろう。

普通は割り箸か楊枝で食べるような物だが、ここではフォークが用意されている。

「えっ!?」

 思わず、メイド服の人物に聞き直そうとした所で――比叡は目の前の人物をようやく自覚した。

胸の名札には分かりやすく、名前が平仮名で書かれていたのである。しかも、丸文字風に――。

「まさか――木曾、アスナ?」

 実は、このメイド服のアルバイトは――木曾(きそ)アスナだったのである。

今回は色々と事情があって、このスイーツ店の臨時バイトをしていた。名札の名前も『きそ』と書かれている。

何故、注文のタイミングで気づかなかったのか。木曾と言うとアカシックレコードでも同じ名字を名乗る人物がいた。

それらを踏まえると――コスプレイヤー説もあり得ない訳ではなかったのだが。

「注文した時、指差していたのは――間違いなく、このメニューだ」

 木曾の一言を聞き、メニューを再確認する。どうやら、自分で注文したメニューを微妙にミスしたらしい。

「まぁ――ここでは人気のスイーツだからな。味は保証する。自分も食べた事はあるし」

 その後、木曾は別の客に注文を聞く為、この場を離れる。若干、顔を赤くしていたようだが――。

色々な意味でもその場から逃げたとも考えられるが――あえて気にしては負けだろう。



 比叡(ひえい)アスカの目の前にあるスイーツ、それは見た目こそはたこ焼きに見えるのだが――実際は違う食べ物だった。

これはチョコ焼きといい、たこ焼きの生地に当たる部分はパンケーキらしい。中にはチョコが入っていると言うらしいが――。

「まさか、こういうスイーツがあるなんて」

 比叡は驚くのだが、中にはうどんやラーメンなどの様なスイーツに見えないような物もスイーツ化したりするので、その辺りは諦めている。

しかし、見た目はたこ焼きと思わなければ――そこそこいけるのだろう、と考えて――。

「熱っ」

 フォークで1個をすくい口に入れたのは良いが、中に入っていたチョコが熱く――どうやら、比叡は猫舌のようだ。

熱いと言っても、熱湯レベルのような物ではないのでやけどはしないのだが――。

その辺りは食べる前に注意事項がメニューに書かれていたりする。それを見なかった比叡が悪いのかもしれないが。



 一連の解散ラッシュに関しては、ネット上で言及されている芸能事務所の不祥事等が本当の原因なのか――それに対し、疑問を思う人物もいた。

【本当に芸能事務所の不祥事が原因なのか?】

【特定の事務所の圧力と考える人物もいるが、それは尚更あり得ないだろう】

【第4の壁で言及されている事案が、こちらに影響したと拡散しているつぶやきもあるが、それの信ぴょう性は非常に薄い】

【第4の壁は――いくらなんでも違うだろう。それは、フィクションの作品で言及された事件がノンフィクションとしてこちらの世界で起こっている事を意味する】

【第4の壁を認識など出来るはずがない。それが出来るのは――】

 つぶやきサイトの方も相変わらずだが、ある人物のつぶやきが数個あった。

第4の壁を認識出来る人物について言及したとされるつぶやきが、何とまるごと削除されていたのである。

まるごと削除と言うのは、あまり良い話ではない。これが一種の監視社会等を連想するからだ。

その為、コメントの一部が読み取れない部分が出るのが一般的なパターンである。それでもつぶやきが削られるのは、何かの陰謀を感じるだろう。

「第4の壁か。それを認識出来る人物がいると、一時期は話題になった事もあるが」

 そのタイムラインを見ていたのは、大和朱音(やまと・あかね)である。今回は、何故か眼鏡をかけているが――。

彼女もアカシックレコードEを検索していたのだが、その結果はアイオワと同様に0件である。

「アカシックレコードE、こちらも知らないようなシークレットコードがあると言うのか――ARゲームに」

 アカシックレコードを起動すればARゲームを掌握できる――と言う訳ではない。

しかし、ARゲームも元はアカシックレコードに記載されたデータが元になっている。

未確認のプログラムで掌握されるような懸念は存在するのだが、それがアカシックレコードEとは限らない。

大和もため息のひとつやふたつ出るほどに、この件は難航している。

それはARゲームに関係する人物で、アカシックレコードに関わっていれば――。



 その一方で、別のルートで真実にたどり着こうと考えている人物もいた。

「現実とは非情な物だが――これも、受け入れるべきか」

 ARアクションのフィールドに入る前の飛龍丸(ひりゅうまる)は、ARメットを被らずに準備をしている。

本来であればARメットを被り、正体を他人に見せないような人物――と思われたが、彼女の控室には1人しかいない。

「影の黒幕――そう思われていた存在が、最初からいないというのは」

 飛龍丸も最初は、この事実を目撃した時には言葉にならなかった。

今まで超有名アイドル勢力が黒幕と考えていた彼女にとっては、この事実を受け入れるのには非常に難しい物がある。

まさか、そう言う風に誘導されていた――ネット炎上ではよくあるような錯覚が、全ての元凶だったと言えるかもしれない。

こんな事が可能な人物と言えば、明石零(あかし・ぜろ)と考えるのだが、それも違うと意外な人物から連絡を受けたのだ。

【黒幕と言う概念自体、最初から存在はしなかった。大手ウィキサイトにあるような編集合戦やネタバレ――そうした物が、全てを歪めていたのだろう】

【一部勢力が悪目立ちをしている現状を、あたかもその勢力がコンテンツ業界を崩壊させる元凶と言う風に仕向けた人物がいる】

【おそらくは、悪目立ち勢力と超有名アイドル投資家を同時に一掃し――ARゲームを守ろうとしている人物が、犯人かもしれない】

 このメッセージは比叡から送られて来たものだ。一体、どのような意図があって送ったのかは不明だが。

しかし、比叡も肝心な事を飛龍丸には伝えていない。それを伝えればこちらの意図を読まれてしまうからである。

「しかし、こうしたネットの情報を鵜呑みにして危険な行動をとるような人物がいる限り――」

 全ての元凶が人物ではなかったとしても、それを行うのは人間である。

最終的には情報が偽物であるかどうかは関係なく、ネットを炎上させてストレスを発散したり、自分の存在を周囲に知らせたり、悪目立ちをしてテレビに映ろうと考えるのだ。

「そして、コンテンツ流通で様々な障害が出るのは――避けられないか」

 テレビ番組の違法アップロード、それを違法と知らずに行う人間が多い。これも闇のアルバイトだろうか?

中には、超有名アイドルばかりが目立ち、解散してしまう様なアイドルの動画を芸能事務所に無断でアップロードする事例もある。

こうした犯罪行為をガーディアンは黙っていない。彼らは容赦なく、該当するような人間を逮捕していくだろう。

しかも、2次元以外のアイドルコンテンツは一掃すると言わんばかりの魔女狩りに悪用する勢力もいるのだ。

「様々な解釈を持つのは、個人の自由かもしれないが――それが風評被害を呼び込んだり、ネット炎上に加担する事も気づかなくてはいけない」

 飛龍丸は一連の啓発CMも一部勢力がコンテンツ狩りをする為に悪用し、それこそ超有名アイドルの芸能事務所と同じ事の繰り返しを行う――それを恐れていた。

それを踏まえれば、とあるCMのインパクトは想像を絶したのかもしれない。



 午後1時、比叡はアンテナショップに到着する。そこには自分の知っているような人物はいない。

逆に言えば、それが彼女にとっても都合がよかったのかもしれないだろう。

「ネット炎上勢力は――光と闇の闇にはなりえない。あれは、チートその物」

 自分が今まで見てきた物、自分が受けた妨害工作等――それを踏まえれば、ARゲームにも結局は自分だけが良ければよいというプレイヤーがいると言う事だ。

こうした悪質プレイヤーの排除、ルールを守って正しくゲームをプレイする人間が現れる事――それが彼女にとっての理想のゲームフィールドである。

【ルールを守ってこそ、正しいゲームは成立する。そのプレイに観客が声援を送る――それが理想のARゲーム】

【ルール無用のチートでも何でもありのゲームは、ゲームとは言えない。それは単なるWEB小説のメアリー・スーやチート無双に近いだろう】

【それに、ルールを無理やり作り変えてドヤ顔をするような勢力は――非BL作品をBL掠るような勢力と同じ――】

【正しい意味でコンテンツ流通を広めるためには、間違った広め方を改めなくてはいけない。それを主導するのは一部の芸能事務所や政府、私利私欲の塊ではない】

【だからと言って、ネット炎上や混乱を目的とした一部の悪目立ち勢力の無双を許す程――我々は甘くない】

 これらのコメントは、比叡が突き動かされるきっかけとなった物だが――何者かが書き変えた痕跡が存在する。

「ゲームはルールを守って、正しくプレイする物! ゲームで命を奪うのも――間違っている!」

 比叡のこの一言は、後に大きな流れを生み出すきっかけとなるとは――この段階では本人も知る由もなかった。

どんな事にもルールが存在し、それが守られるべきと比叡は考える。だからこそ――彼女は悩みつつも決断をしたのだ。



 5月4日、更なる衝撃的なニュースがワイドショー経由で伝えられた。

『アイドルメンバーの一人が、芸能事務所のスタッフにネット炎上を指示していた事が判明しました』

 ガーディアン等も想定していないような、衝撃の走るような展開である。

芸能事務所の名称は言及されなかったが、アイドルグループのメンバーがネット炎上を指示していた――。

この事実だけでも衝撃だと言うのに、ネット上では更に衝撃的なニュースが拡散されている。

【一部の非BL作品をBL化させる勢力が動く。WEB小説サイトでランキング無双も?】

 これはまとめサイトの記事タイトルだが、これが1億総超有名アイドルファン化計画とも言及されるような記事内容の為、どう転んでもアフィリエイト狙いと見破られた。

ガーディアンもこのまとめサイトはスルーし、一般ユーザーがテレビ局へ情報提供した位なので――お察しと言えるのだが。

しかし、実況者や歌い手等の夢小説も小説専門のWEBサイトでランクインしている状況は、どう考えてもコンテンツ流通として正しい物とは思えない。

自分の考えと言うかカップリングの拡散は、もはや――と言えるだろう。

なお、この詳細に関しても第4の壁の先で同じ事が行われている関係もある為、詳細は省く。

「芸能事務所のスタッフがネタバレを利用して、ネットのコンテンツ炎上を――とは考えにくい。あなたの意見は、我々の想定を凌駕している」

 この結論は一般人であれば、誰もが思う事である。

ライバルつぶしとして卑怯な手や犯罪スレスレのグレーゾーンへ手を出す事も容易な連中が、ネタバレを利用するのか――と。

これは運営スタッフの人物の代表が発した言葉だが、他のメンバーも同意見だ。

この状況下で、運営本部の会議室を使って行うような重要案件なのか――周囲の誰もが思う。

「ヴェールヌイと言う名前、アカシックレコードには記述があったのです。彼女は偽名を使って、一連の超有名アイドル騒動を利用し――ネット炎上が戦争にも匹敵する悲劇を生み出すと、警告しようとした」

 白衣の下にはARインナースーツ、それに眼鏡を賭けていたのは大和朱音(やまと・あかね)である。

今回は彼女以外にも木曾(きそ)アスナと長門(ながと)クリスにも参考人として、この会議室に姿を見せていた。

木曾は相変わらずの黒マントに眼帯という特徴的な姿をしているが――黒マントの下はメイド服の為、それを隠す為だろうか。

「古代ARゲームでも、さまざまな原因が重なって大きな災いに発展した結果――人類滅亡の一歩手前になったという」

 龍にも似たようなヒーローのマスクをしている男性スタッフが言及するが、会議参加者は古代ARゲームこそフィクションだと反論し始める。

一方で、古代ARゲームが学校の必修科目であるような記述は嘘である――と言う案件に関しても、一部参加者から発言があった。

「古代ARゲームこそ、フィクションだと言うのは芸能事務所も言っていただろう。それを悪用し、さまざまな事件を起こしたのもご存知でしょう!」

「超有名アイドルが海外人気を得ようとして、今回の炎上事件を発案した――とは考えにくい」

「アイドルグループも次々と卒業しているように思えますが、あれらは全てトカゲのしっぽ切り――」

「証拠は、どこにある? 芸能事務所が政府に裏金を渡している事も週刊誌の売り上げ上昇目的の虚構記事だと聞く」

「では、その週刊誌の記事を書いた記者の正体が誰なのか――そこまで言う以上は、証拠があるのですか?」

「証拠がなくても、雑誌の売り上げが不自然なのはつぶやきサイトのタイムラインを見れば明らかだろう」

 ヒーローマスクの人物と、参加しているスタッフの議論が続くのだが、矛盾や証拠不足などで平行線と言うのが現状である。

その状況を見て、長門のストレスが最高潮になろうとしている。

木曾に関しては、自分は無関係と言う様な表情で話の流れを見ているのだが――。

「超有名アイドルが一連のネット炎上にタダ乗りし、その宣伝で莫大な利益を得ようとするような事こそ――ご都合主義と考えています」

 その流れを止めたのは、大和の発言だった。

これによって、長門のイライラは下がって行く事になる。木曾の方は反応がなかったのだが――。

ある意味でも大和が言いたい事を代弁してくれたのかもしれない。

その後も大和は身振り手振りを使用したり、木曾や長門の発言を認めたりして自分の流れに持っていく事に成功した。

会議に参加しているメンバーも、大和の発言を一定は理解し、遂には作戦をゆだねる事になる。

「既にARゲームのガイドライン設定を強化する事で、一部の勢力に関しての活動を停止していますが――未だに一部勢力は残っています!」

 大和の発言は、はっきりとしている。そして、その視線の先も――。

周囲にいた議員の発言とは違い、下手に会議を長引かせようと言う意思は全く感じられない事も大きい。

おそらく、会議の参加者の一部には敵勢力から大和をある場所へ向かわせないように足止めするように――という指示が出ているのかもしれないが、そんな事はどうでもよかった

「我々が叩くべきは、超有名アイドルを神化するような勢力ではなく――ネット炎上で利益を得ようとする勢力でしょう。どのような――」

 その後、大和は詳細な説明を行う。

本当の敵は一部が拡散したメッセージを悪用し、ネットを炎上させて悪ふざけをするような人間である。

それはネタバレと言う単語を悪用し、不安をあおるような――虚構サイトを立ち上げ、混乱させようと言う全ての元凶だろう。

「結局は、一連のネット炎上はアカシックレコードをヒントに得たという事か。まるで、過去にあった脅迫事件――それらのヒントを漫画等から参考にしたのと同類か」

 木曾は思う。過去にあった事件の数々、その時はアカシックレコードと言う概念がなかった。漫画や小説などを参考にして起こした事件――それらがコンテンツ流通の阻害と言う意味では元祖かもしれない。

こういう事例に元祖と言う言葉は使いたくないのだが――これがあったからこそ、グロ表現や事件を連想させる作品が次々と姿を消す事になったと言う。

一部勢力は『表現の自由の侵害』と言えば、別の勢力は『大規模なテロが起きてからではは遅い』という。

こうした保護主義的な流れを打開したコンテンツが超有名アイドルと言うのであれば、おそらくは間違いだと――。



 これよりも衝撃的な話題と言えば、一部勢力には致命的であろう案件だった。

その事実に辿り着いたローマが、該当の人物を追い詰めるのだが――そのフィールドはARゲームのフィールドである。

同日午後1時――竹ノ塚駅近くのARゲームフィールド、そこではある意味でもARゲームを変えるかもしれない事件が起ころうとしていた。

「あなたが一連のつぶやき――超有名アイドルが唯一神であるという案件を拡散した――」

 ローマの武装はARゲームのジャンルが違う為、一部が反映されていないという状態である。

その為、レンタルガジェットである両手剣タイプのガジェットを構えているが――その刃はチェーンソーに似ていた。

「だったら何だと言うのだ? 日本の借金が、どの位の規模なのか――お前も分からない訳ではないだろう?」

 喋り方が明らかにラスボスを思わせる人物だが――黒いスーツにシルクハット、明らかにこの世界の人間ではないと言いたそうなARアーマーを装着している。

彼は武器を一切持たず、主に魔法等でローマを追い詰めるのだが――その魔法はローマには通じない。

「愚かな――チートを使えば、その反動はプレイヤー自身を破滅に追い込む事になる。それは今までの事件を踏まえれば、分かっただろうに」

 彼の使用する魔法はローマをすり抜ける。

既に同じような光景を何度も見ている為、彼はそろそろ自分の身に何が起こっているのか自覚してもよいのだが――。

魔法が命中したエフェクトが発生しないという事は、あの人物はチートを使用している証拠である。

Bというゲームで使用する魔法でAというゲームの相手に効果があるかと言うと――それは【ない】と断言出来るだろう。

おそらく、その原理で彼はチートを使用している可能性が高い。

「私は――アカシックレコード以上の力を手に入れたのだ! 世界を滅ぼせるような力を得て――全ての人間が超有名アイドルに絶対服従する世界を――!」

 神を自称する人物を、ローマはチェーンソー型ロングソードで一刀両断にする。

あくまでエフェクトで一刀両断されたように見えるだけであり、実際には斬られた訳ではないが――。

そして、八つ裂きにされたようなエフェクトが発生した後に――彼はARアーマーが解除された状態で倒れる。

「かみはバラバラになった――と言うべきか。別のゲームで例えれば」

 ローマは、あまり冗談などは言わないのだが――今回ばかりはジョークも口に出る。

それ程に彼女は、一連の元凶とされる人物を倒した事に安堵していた。

しかし、この人物がローマの想定していた人物でなかった事は、後の事情聴取などで判明する。

超有名アイドルの解散ラッシュが止めらなかった事、一部コンテンツに対して批判的な意見を拡散するまとめサイト等も――こうした流れを止められなかったと気付く事になる案件だった。

彼が『ネット神』の一人と言う事も判明するのは――これより後の話になる。



 午後3時、大和の言う作戦は実行に移されようとしたが――その前に事件は解決してしまった。

ネット炎上を誘導していた人物がローマによって撃破された事も理由の一つだが、それ以上に――。

「まさか、お前が真犯人だったとは――」

 比叡(ひえい)アスカが不審者の様な動きをしている人物を草加駅へ向かう途中で発見し、その人物を尋問した。

その結果、彼は自分が一連のネット炎上を誘導していたことを白状したのだ。

「超有名アイドル事変――お前達が、そうネット上で伝えている事件、それは我々――」

 その先は言わせないとばかりに、瞬時に気絶させたのは比叡ではなかったのである。

拳の一撃による気絶なのは、比叡にも分かっていたが――その拳とは白銀の右腕ことアガートラームだった。

「アイオワ――せっかくの復讐を無駄にしたと言うのか」

 比叡の言う復讐、それは超有名アイドル事変で自分が被害を受けたコンテンツに対する風評被害である。

これによって、比叡はトラウマを残すような傷を受ける事になったという。

「あなたのARゲームフィールド展開は、明らかに不自然だった。不審者も逃走されるのを防ぐ為にARガジェットを使用した――」

 アイオワは比叡が今回使用した事例がARゲームの禁止しているネット炎上を誘発する行為と考え、アガートラームでチートプレイヤーを沈黙させたのだと言う。

アガートラームがチートキラーと言う位置づけなのは、アカシックレコードにも記されている。比叡も――分かっていたはずだが。

「今回の事は大和には黙っていてあげる。それと、アガートラームの事は他言無用よ」

 そして、アイオワは姿を消した。一体、何を彼女は知っていたのか?

比叡には分からずじまいだったのである。せっかくの復讐のチャンスを――潰された事に。

その怒りの矛先は――誰に向けられようとしているのか?



 その後、超有名アイドル事変に関する犯人が逮捕されたとネット上では速報されるも、その熱は30分もしない内に冷めてしまう。

ネット上では別の事件が話題となり、超有名アイドル事変はどうでもよくなったのだろう。

あるいは、それを取り上げれば超有名アイドルの宣伝にもなりかねない。

結局、超有名アイドル事変が引き金となったネット炎上は――別のネット炎上に話題を奪われる結果となった。

一連の超有名アイドルに関連した事件は、これで全て解決し、アイドルグループ解散ラッシュも止まる。

しかし、それでも一時的な物に過ぎず、同じような事が起こる可能性も――と言うのはネット上でも既に話題となっていた。

それを止める為のアイディアは、ネット上でも話題には上がるのだが、決定的な物がない。

第一、ネット炎上を一種の戦争であると例えるような勢力がいる限り、コンテンツ流通も正常なネット文化も実現できないのだ。

一連のネット炎上事件の解決により、様々な部分で憎しみは減りつつあったのだが――ごくわずかな勢力は現実を受けられていない。



 その中で、比叡は悔んでいた。

本来、ARゲームに触れた理由は純粋にゲームを楽しみたいと言う意思だったのに――。

気が付くと彼女は、そのARゲームでネットを炎上させただけではなく、自分が他のコンテンツで目撃した風評被害を――自分の手で起こしてしまったのである。

「どうして――」

 彼女は苦悩する。何時の段階で、自分はネット炎上をさせてしまったのか?

ある意味でも無自覚な荒らしと同じ事を、彼女は行ってしまったのかもしれない。

「アカシックレコードが全てを――違うわね。超有名アイドルに対する復讐心が、ネット炎上を呼び込むような――」

 果たして、本当に自分の行動が変わってしまった理由はアカシックレコードなのか――。



 午後4時、比叡(ひえい)アスカは――まだ落ち込んでいる状態にあった。

その理由は自分が一連のネット炎上に肩入れをしていたという事実――そこにある。

気が付けば、一部のネット炎上勢力に反応した事が理由で炎上勢力一掃を宣言し、更には襲撃者事件や他の事件を含めて関わっていた。

その他にも一部ネット勢力の掃討などにも加担し、事実上の手駒として利用された格好である。

彼女自身、一連の事件に加担してしまった事に対して落ち込んでいるだけであれば――深刻な表情はしていないだろう。

「何処で――こうなってしまったのか」

 比叡が深刻化しているのには別の理由もある。それが、アカシックレコードEに関する事だ。

一部の人物がEの領域へ近づこうとしたが到達できていない。それは、明石零(あかし・ぜろ)も同じ状況である。

「ウェースパイト――その正体が、アカシックレコードEだったのか」

 ウォースパイト、それを手に入れたのはある情報を検索していた時だった。

ある種の偶然で手に入れ、その力は想像を絶する存在――チートに近い存在だったのである。

しかし、それはチートとは判定されず、ARゲームでは正常のデータとして認識されていた。

「あるいは、ウォースパイトは将来起こるであろう事件を想定したデータだったのか」

 現状でも最新と言われるようなARガジェットを所持するプレイヤーでさえ、ハンデを付けても勝てる――それ程の能力を持っていたのだ。

他のプレイヤーからはチート呼ばわりされる為に――俗にいう公式チートと同然だった。

一部のARゲームではバランスブレイカーと言う物も存在するのだが、それとウォースパイトは全く違っていた。

何故かと言うと、このデータはARアバターと言う存在なのだが――ARアバターはARゲームで使われている気配がない。



 その正体が主人公属性なのか――と言われると、その答えはNOである。

【ARゲームに主人公属性などない。ARゲームでは誰でも主人公になれる】

【だからこそ、超有名アイドル等の露骨な宣伝を禁止にしていたのか】

【それこそフェアではない――そう言う事だな】

【超有名アイドルの芸能事務所は、デウス・エクス・マキナ――それよりも上の存在になろうとした】

【それこそ、自分の思う通りに世界を操れる――と】

 つぶやきサイトでもARゲームに主人公はいないという意見が多い。

これは、既にガイドラインに記載されており、逆に言えば――それを知らないでARゲームをプレイしていたという事は説明書を読まずにクレームを付けるユーザーと同じ原理だ。

ARゲームで得られる力は全てが自分の思うように出来るような物ではない。あくまでも、ARゲームはみんなで楽しくプレイする物であり――特定の個人が独占していい物でもない。

「これが、ガイドライン――」

 比叡はタブレット端末でARゲームのガイドラインを見ていた。

理由として、今回の一件がライセンス停止に当たるのか調べる為でもあったのだが――。

「自分も関係がありそうな部分しか見ていなかったけど、こんな事が――」

 そこに書かれていた文を見て、比叡の腕は震えていた。

超有名アイドルによる宣伝禁止等の理由がネット炎上を防ぐ為の目的だけだと思われていたのだが、更に別の理由もあったからである。

それに加えて、数多くのガイドラインを見て――自由があるように見えて、実は彼らが想定しているであろう自由は違っていたのかもしれない。

その認識の違いこそが、一連のネット炎上の原因となった。

確かに不正ガジェットや違法なチートを使うのは許される事ではない。

しかし、その辺りの禁止行為はガイドラインにも書かれており、それを知らないで使用していたのは明らかな認識ミスである。

一部のチートクラスなガジェットや武装もチートと認識されており、それを知らずに使えば彼らもチート使いと言う事になるだろう。

「何としても、運営の認識を変えさせないと」

 そこで比叡は――今まで頼ろうとしなかった声を頼ろうと、つぶやきサイトへと書き込みをする。

【ARゲームの現実は超有名アイドルが使用する事を想定している手段を封じるために――他のゲームでは認められている行為でさえも禁止されている現実がある】

【だからこそ、ARゲームの未来を変えようと考えているのであれば――意見を聞かせて欲しい。その声を運営本部へ届け、本当にルール厳守を考えているのであれば、ガイドラインを改めて欲しい――と】

 この書き込みは瞬時に拡散していき、ARゲームをプレイするユーザーの目に留まることとなった。



 午後5時、ネット上ではARゲームに改善を求める提案が次々と送られていた。

これはウイルスの類と言う訳でも、F5連打の様な迷惑行為に該当する物でもない。

【ARガジェットの種類を増やすべき】

【ジャンルが思ったほど少ないので、緩和をするべきである】

【初期投資が負担になるので、もう少し軽くして欲しい】

【施設の増加を求む】

【24時間は無理でも、プレイ出来る時間を増やして欲しい】

 単純に意見が多いのは、この辺りだ。

ガジェットの種類はカスタマイズ用素体を増やすという意味、カスタマイズ済で種類を増やして欲しいという意見がある。

【ネット炎上がするようなシステムでないのは理解できるが、ガイドラインが恐ろしい程に厳しい】

【ネット炎上の項目が、説明書の途中で書かれているが――明らかに読むのを放棄するような仕組みなのが――】

【明らかに説明書を見るのを放棄しそうなガイドラインは――明らかに罠だ】

【あの説明書を読まなければ分からない部分もあり、不親切すぎる部分があるのは事実】

【これが超有名アイドル勢力を一掃する為に仕組んだ事であれば、コンテンツ炎上は起こるべくして起きた物ではないのか?】

 こちらも説明書の内容を見た上で、反応している意見だ。

説明書を簡略化し、それを解説するウィキサイトもあるのだが――それはARゲーム運営の非公認サイトに当たる。

こうした行為をARゲーム運営側は禁止していない一方で、外部ツールや不正プログラム等の配布が行われる事もあって一部ジャンルでは禁止にしている事がある。

【プレイヤーのプライバシー保護のレベルが異常としか言えない】

【一部フジョシの暴走によるBL化等を防ぐという目的もあるが――】

【プレイヤー同士の交流が重要なジャンルもある以上、ARゲームでもプレイヤーの交流はあってしかるべき】

 この辺りも、今までARゲームでは一部ジャンルで解放されている部分のあった要素である。

しかし、FPS系やTPS系、一部アクションゲーム系限定解放のみであり、ライバルシステムのあるリムズゲーム等では何故か交流と言う概念がなかったと言う。

この他にも多数の意見が投稿され、サーバーはパンク寸前になっていた。

その状況を利用し、一部勢力がハッキングを仕掛けてくるとも考える人物がいた。

それは意外な事に日向(ひゅうが)イオナだった。

「一部勢力の暴走で、ARゲームその物が終了するのは――」

 今までも日向はチートハンターだけでなく、ARゲームを守る為に動いていた。

しかし、過度な干渉等は時としてライセンス凍結と言ったペナルティ等に直結し、彼女の行動は何時しか過激派と同類と見られるようになる。

それを踏まえると、実は比叡の行っていた事も同じなのではないか――と思われるのだが、これは日向と比叡では行動のレベルが違う事だろうか。



 午後7時、特に想定されていた非常事態は発生しなかった。

ニュースを放送しているテレビ局でもARゲームを大きく取り上げなかった事が理由の一つかもしれない。

【テレビ局が不思議とARゲーム運営側に協力的だったのは、どういう事だ?】

【協力的と言うよりは、視聴率が取れるニュースではなかったという判断をしたのだろう】

【結局、テレビ局は金で動くと言う事か。アニメを放送していたあのテレビ局以外は――】

【明日にでもワイドショーが取り上げる可能性は高い】

【そんな短時間に解決できる事案ではない。もう少し時間を置く必要性がある】

【それに、ゴールデンウィーク中と言う事もあってARゲームで満員状態のジャンルもある以上――】

【仮に対応できたとしてもゴールデンウィーク後か】

 ネット上のつぶやきでは、テレビ局がARゲームの話題に触れなかった事についての言及があった。

実際は別のニュースを放送していて、ARゲームを取り上げる暇がなかったという認識のようだが。

「これで良かったのか――アカシックレコードEの一件を含めて」

 比叡は自室で見ていたのはアニメの再放送である。

ニュースには一切興味を示さず、パソコンでつぶやきサイトの記事で追っていたにすぎない。

そして、様々な意見を受けて運営も改善をする必要性があると公式サイトで発表したのは、午後8時ごろである。

その際は速報レベルとして、例のガイドラインを改善し、それ以外でもユーザーが希望している物を実装するとも言及したと言う。



 これにより、1人のARゲームとは無関係な人物による不用意な発言を巡るネット炎上は、一応の決着を付けることとなる。

最終的に怪我人等を出さずに決着で来た事を奇跡と言う人物もいるのだが、精神的にネットを断とうとした人物もいる事を踏まえれば、被害は甚大だったと言えるだろう。

結局、一人の悪目立ちによる発言が日本全土を巻き込んでのネット炎上――コンテンツ流通の根底を覆すような事件を起こすとは、誰も予想していなかったのかもしれない。

今回のネット炎上で脚光を浴びる事になったアカシックレコードと言う単語も、ネット上で引き続き言及される事にはなるが――ピーク時よりはアクセス数も減っている。

熱しやすくも冷めやすい――ネット炎上でしか注目されないようなコンテンツでは、今後のコンテンツ流通を生き残れないという事を実証する機会にもなった。

「こうした事案が繰り返されれば、規制法案が考えられる可能性も高いだろう」

 大和朱音(やまと・あかね)は一連の事件が繰り返されれば、規制法案が国会に提出される可能性も否定できない。

ネット炎上は、ある意味でも戦争と同義と明言するまとめサイトも出ている為、このままでは――と思う。

その一方で、ARゲームに関する誹謗中傷等をテレビ番組風にMAD動画としてアップロードするネット炎上勢力もいたのだが、こうした勢力は違法動画のアップロードを行ったとして逮捕される。

中には未成年もいたらしいのだが、それらも問答無用で実名報道された――というのはネット警察が警察とは別に勝手な行動を行い、自分達が正義と主張する為だろう。

結局、こうした法律さえも逆に自分達の目立つ為に使われる『ツール』となっている以上、ARゲームにおける保護主義的な過剰なガイドラインも改訂すべき――という声が上がるのも無理はない。



 それから2週間後には、ARゲームの構造改革が本格的に始まったのである。

超有名アイドルの様な露骨なメディア展開は行わないものの、未だに観光客の足は途絶えない――そんな街並み。

『リズムゲームプラスパルクール』とタイトルを改めたパワードミュージック、それが再始動しようとしていた。

それは草加市側の意向があったのか、それともARゲームのランカー勢が関係していたのか、それはまだ分からない。

今度こそ、悪質なネット炎上が発生しない事を――ファンは願っているだろう。

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