交差する日常と非日常その2

 午後2時35分、松原団地駅近くのARゲーム専門アンテナショップ――その店内でローマと木曾(きそ)アスナはとんでもない物を目撃する事になった。

「あの時の再現――いや、逆再現だと!?」

 木曾は驚きを隠せない。むしろ、手が震えているのをローマに見られないように隠しているようにも思えた。

「比叡アスカ――お前がARゲームで目撃した物は、何だというのか――」

 ローマは比叡(ひえい)アスカが何を思って、あのプレイに持ち込んだのか――それが分からない。

「今回のプレイに持ち込む理由が――何だと言うのか?」

 木曾が驚いた理由は、比叡の行おうとしている事にあるのかもしれない。

【どう考えても、比叡が不調に見える】

【違う。向こうは不調でも何でもない。仮に不調だとすれば、ARガジェットの方だ】

【相手が不正ガジェットを使ったとしたら? 反則のアプリを使ったとしたら?】

 2人が目の前で目撃したのは、複数人の相手を比叡が無双するという展開ではなかった。

見た目こそはレースの中盤までで無双していたのは間違いない。

実際、目立ったミスもなかったのは熟練のプレイヤーが見れば一目瞭然である。

しかし、後半は譜面に集中出来ていなかったのように失速し――無名のプレイヤーが1位を取った。

パワードミュージックの場合、レースで1位を取ったとしても勝利にはならない。それはローマと木曾も分かっている。

それに加えて、パワードミュージックをプレイするプレイヤーには知っていて当然という基礎知識でもあった。

実際、その証拠として1位を取ったプレイヤーと2位を取ったプレイヤーはスコアと順位は高い物だが、コンボ数は低い。



 コンボ数を刻んだと言えば3位のプレイヤーもだが、それでも比叡には及ばない。

それほど、彼女の正確な演奏が――他のプレイヤーにとっては脅威だったのである。

ビスマルクやアイオワのプレイスタイルはパワー型であり、コンボ数は後回しにするタイプだ。

リズムゲームではスコア狙いのプレイよりも、フルコンボ等の正確さを求められる事が多い。

プレイスタイルは攻略本と言う物が他のジャンルと違って存在せず、大体が動画サイトのスーパープレイ集やウィキ等で情報を調べるのが――リズムゲームである。

つまり、リズムゲームは攻略本を片手にプレイするようなジャンルではないのだ。

『1位のプレイヤーのプレイに関して、審議を行います』

 他のメンバーもゴールし、フルコンボを決めた比叡も最後にゴールしたのだが――その直後に審議の放送が流れた。

審議内容は1位のプレイヤーに対するプレイである。その内容は審議VTRとしてゲームフィールド内に設置されたモニターにも表示される。

「比叡が1位を狙わなかった理由――そう言う事か」

 フィールドに強制突入し、犯人の確保を考えていたガーディアンのメンバーも、今のタイミングで突入するのはまずいと判断し、突入を見送っていた。

ガーディアンは全員がステルス迷彩をしており、周囲のARバイザーをしたプレイヤーには見えない。

ただし、この様子はARバイザーをしていないプレイヤーからゲーム中のプレイヤーに伝えられる事は分かっていた。

それを踏まえてこその、比叡の行動なのかもしれない。分かっているのは、ガーディアン以外にも木曾やローマも該当するのかもしれない。

意図的に1位を取らせて審議に持ち込み、最終的には――。

『1位のプレイヤーのスコアにツールの使用形跡があり、失格とします――』

 その後には2位のプレイヤーにも審議判定となり、こちらも1位のプレイヤーと同じツールが検出された事で失格となった。

しかし、問題はこの後だった。何と、比叡が別のプレイヤーに狙撃された――。しかも、使用されたのはARガジェットである。

「我々のアイドルグループがARゲーム宣伝用のドキュメントムービーを作ろうとしていたのに――」

 1位を取ったプレイヤーの正体は、何と芸能事務所の所属男性アイドルだった。

何と、このレース自体がアイドルグループの宣伝に利用されていたのである。ある意味でもプロパガンダへの利用に当たるだろう。

この状況に激怒したのは比叡である。しかし、それ以上に怒りを抑えられなかったのはスタンバイ中のガーディアンとも言えるが――。



 午後2時30分、中継されていたフィールドに姿を見せた人物――それは日向(ひゅうが)イオナだった。

しかも、彼女が装備していたARガジェットはアームユニットとブースターユニットと言うガジェットである。

「ARゲームは芸能事務所が勝手に好き放題してもいいコンテンツではない――」

 日向の目は――その他のプレイヤー、比叡の怒りを代弁しているかのような目をしていた。

次の瞬間には、ブースターユニットとアームユニットが変形し、日向のARアーマーとして装着される。

その姿は全身装甲と言える物だった。ある意味でも日向の本気とも言えるだろうか。

「お望みとあれば、ARゲームで徹底的に潰してあげるよ!」

 その後、アイドルメンバーは日向が強制的に起動したARゲームシステムに強制参加となり――最終的には敗北する。

このシステムは本来であればチートプレイヤーの制裁プログラムと言う位置づけになっているのだが、何故に日向が存在を知っていたのかは分からない。

制裁システムの存在は、ガーディアンに所属しているメンバーでも一握りしか分からない物であり、禁則事項とも言われていた。

そのシステムを、何故に日向が知っていたのか。偶発的な発動にしては、システムの動作方法も知っていたのが気になる。

このシステムに関して言えば、アイオワの使用するアガートラームとは根本的に異なるのだが――。

「これで一勢力は消えた。残るは3つか、4つか――」

 日向は比叡の方角を少し見るのだが、次の瞬間には比叡の姿はない。

別のゲームフィールドへ移動した訳でもないようだが――。



 午後2時40分、松原団地駅近くのARゲーム専門アンテナショップ――その店内でローマと木曾(きそ)アスナは衝撃的な物を目撃する。

それは、日向(ひゅうが)イオナによるARFPSの無双展開である。使用しているのは普通のARガジェットのようだ。

ここでいう無双とは、WEB小説にあるようなチート無双の類ではない。敢えて言うならば、逆チート無双だった。

日向自身はARゲームではランカーと言う位置づけに該当する程のプレイヤーではないが、隠れた実力者なのは事実と言ってもいいだろうか。

相手の方はチートを使用しているはずなのだが、それが全く作動せずに倒されていく。

見た目としてはワンサイドゲームである。しかし、これはチートを使用したプレイヤーにとってはブーメランとも言える光景だ。

「あれが日向の実力と言う事か」

 木曾は改めて日向の実力と言う物を知った。以前にも彼女のプレイは見た事があったのだが、今までのは全力ではなかったのか?

逆に言えば、彼女の場合はARゲームのライセンス凍結を頻繁に受けている印象もあるので、リハビリとか調整中とか言われる事もある。

もしかすると――木曾が目撃していたのはリハビリ中だったのかもしれない。

相手がチートプレイヤーだった事を差し引いても、その実力は上位ランカーにも対抗できるだろう。

ARゲームはフェアプレイを掲げている以上、チートプレイは許されない物である。

ARゲームがオンラインゲームに該当するような回線を使っているのもその理由だろうか。

「チートと言うズルを使っている段階で――負けフラグが確定しているのは、ARゲームではお約束だと言うのに――」

 ローマの方はさりげなくメタっぽい事を言ってのけた。

チートを使うプレイヤーの傾向は、楽して全面クリアと言うような気持ちでプレイしている為と彼女は考えている。

そんな事をして、本当にARゲームを楽しめているのか――それに関しては個人の問題だろう。

その一方で、個人使用等を含めたチートを全面的に禁止しているARゲームもある。

パワードミュージックを含めたリズムゲーム系、一歩間違えると大事故になるレース系、こちらも大事故につながる対戦格闘系等は全面禁止になっているだろう。

しかし、チートを個人の自由としているジャンルがあるのも事実だ。それは、ARゲームでもイースポーツ化していないジャンルである。

その中でもRPG系が顕著だろうか? こちらは公式でチートに類するようなアイテムも存在し、これらならば使用可能としていた。



 同刻、草加駅近くのARゲームアンテナショップ――そこには一連の事件が決着した後の日向の姿があった。

《血が流れるような紛争に発展する事は望みません。だからこそ、ARゲームで決着を望むのです》

 このメッセージを受けて日向は動いていた。しかし、本当にこれで良かったのか――と思う節もある。

日向としてはARゲームの環境を荒らすだけの未プレイ二次創作フジョシや夢小説勢、迷惑行為を起こすフーリガンを排除出来ればよいと考えていた。

しかし、実際には超有名アイドルや芸能事務所、更には事業買収等を専門とする業者などもいたのである。

いつの間にか、自分は反政府組織にでも加担しているのではないか――と思い始めていた。

《それ以上に、チート以前の禁じ手を使う事に他なりません》

 あのメッセージにあったチート以前の禁じ手とは何なのか? 薬物の様な物か、それとも本当にテロ行為なのか?

しかし、ARゲームも含めて命に危険が及ぶようなデスゲームは一切禁止されている事は――日向でも知っているし、ネット上の常識でもある。

それをメッセージを発信した人物は知っていて【禁じ手】という単語を使ったのであれば――。

「それこそ――ARゲームをプロパガンダにしようという誘導があると考えるべきか」

 超有名アイドルファンやアイドル投資家が超有名アイドルをプロパガンダに利用し、全ての世界を掌握しようとしているのと――同じ原理で。

それに対し、日向は拳を握って怒りを抑えようとしていた。下手に八つ当たりをしても、ソーシャルメディアに動画としてアップされ、ネット炎上するだけの話だ。

ARゲームをプロパガンダにしようと言う様な話はネット上でも笑い話としてスルーされるレベルのネタであり、タブーではないがタブーとして暗黙の了解がされている。

芸能事務所は自分達のアイドルが出演している番組をテレビ放送時は無料だが、いざ見逃し配信となると有料になる。

更に言えば、円盤リリースもされないという状況なのだ。これはバラエティー番組に限定されるのだが――。

その為か、つぶやきサイトでは違法配信サイトの誘導等が目立つようになり、遂には啓発CMが出来ることとなった。

自分達のやっている事を棚に上げて、他のMAD動画勢や別勢力を名指し攻撃し――と言う状況もある。

しかし、これらは芸能事務所が円盤を売る為に仕掛けた宣伝行為――要するに炎上マーケティングだ。

こうしたマッチポンプが繰り返された事が、テレビ局は特定芸能事務所のアイドルが出演するバラエティー番組しか放送しなくなった。

あるテレビ局は例外だが――こうしたコンテンツ流通は芸能事務所しか得をしないと考えている人物もいるのである。

「ARゲームは特定勢力がタダ乗り宣伝をする為の広告塔ではない――」

 日向は思う。他の上位ランカーも同じような考えで動き、芸能事務所のやっている事が独占禁止法違反である事を――。

そして、特定芸能事務所だけが無限の利益を得られるような炎上マーケティングシステム『賢者の石』――それの完全消滅がコンテンツ流通の為にもなる。

「他のアカシックレコードでも言及されていた事が現実化する前に――止めなくてはいけない」

 他のアカシックレコードには、「1ドル=1円の世界が来る」や「超有名アイドル以外のアーティストが世界から消える」等の記述だけを摘出し、ネット市民の不安をあおるようなまとめサイトも存在する。

こうしたアフィリエイトまとめサイトとも言えるような存在や、超有名アイドルグループを上げる為だけに特定勢力を貶める二次創作――こうした勢力を、ガーディアンは徹底的に根絶していく。

日向は、こうした勢力を根絶できるのであれば――自分がARゲームのアカウントを凍結されてもよいと思っていた。俗にいう必要悪の考えだろうか。



 超有名アイドルをプロパガンダにしようと言うWEB小説はいくつかがアカシックレコード上にアップされている。

しかし、こうした話は受け入れられない状況であり――万人向けでもなかった。むしろ、マニア向けと言えるかもしれない。

そんな中で――アカシックレコードの記述に不信感をあらわにしている人物もいた。

「アカシックレコードの名を騙るまとめサイトが現れたか」

 比叡(ひえい)アスカのチートプレイヤー暴露事件と同刻、明石零(あかし・ぜろ)は偽物と言えるアカシックレコードの存在を突き止めた。

本来であれば、このアカシックレコードも発見は若干遅いと思われたが、ここでも明石はあるトリックを使って装機に発見する事に成功する。

「不正ツールや非合法手段に訴える程――こちらも落ちぶれてはいない。向こうが卑怯な手を使うのであれば、こちらは正攻法で――」

 アカシックレコードの力を甘く見ていたまとめサイト管理人に鉄槌を下す為、明石はサイトの場所をある組織に通報した。

その場所とは、思わぬ勢力とも言える存在のいる場所でもあった。



 午後3時、木曾とは別れる事にしたローマは電車で草加駅へと移動する事に。

さすがにARインナーのままで行動する事も可能だが、メイド服に着替えての移動となる。

「おや――?」

 松原団地駅に到着し、駅の改札を通過した所である人物を発見した。

外見的にはビスマルクにそっくりだったのだが――ただのコスプレイヤーだったようである。

服装は改造軍服ではなく、ジーパン姿であり――ARFPS時代を思わせるようなバックパックに帽子もかぶっていたと言う。

「ビスマルクと言う名前自体、各所で聞く事もあるから気のせいか」

 ローマは何も気にする事無く、駅のホームへと向かう。

その一方で、ビスマルクのコスプレイヤーはローマの後ろ姿を確認している。

「なるほど――彼女がローマね」

 実は、彼女はビスマルクではなかったのである。

ローマのストーカーをする事無く、彼女は松原団地のARゲームのアンテナショップを見て回った。

その人物が、西雲響(にしぐも・ひびき)であると認識するのは――。 



 午後3時15分、松原団地駅の周囲を散歩していたのは先ほどローマと遭遇したジーパンの女性だった。

「パワードミュージックは対抗手段――か」

 彼女は散歩の途中で遭遇した連中を見て、どう考えても超有名アイドル勢力の可能性が高いと考えていた。

彼らの暴挙を許せば、金を積めば何でも許されるような時代になる――そう彼女は懸念している。

過去にも同じような事例が報告され、今でもループしている可能性が高い物――。

【最終的にはARゲームが戦争に利用され、ゲーム感覚で国を滅ぼすようなチートを平然と使用する――そんな時代も来るだろうか】

【さすがに、こうした流れは既に別会社がアニメ化なり特撮化している事もあって、こちらでは扱わないだろう】

【この世界はゲームで全てを決着させ、それは正々堂々と行われる――そうした世界だ。流血を伴ったり、それこそデスゲーム化すると言うのは望まない】

【WEB小説や流行のテンプレに便乗するだけが――創作の世界ではない】

【我々が求める物は――我々が手探りでも見つけなければいけない。ネット上のつぶやき等に流されるような作品は――】

「――唐突なメタ発言。それに第4の壁をあたかも操っていると思わせるまとめサイトの動き――そう言う事か」

 タブレット端末で一連のタイムラインを見ていた女性は、改めて超有名アイドルファンがやろうとしている事を認識した。

それは超有名アイドルを唯一神にするという計画を超えた計画――全次元世界を支配する超有名アイドルコンテンツによるプロパガンダである、と。

そうした傾向はアカシックレコードにも記されていたが、その思想が第4の壁の先に影響するのは非常に危険と言える。

「そこまで知っている以上、消えてもらおうか?」

 最初は彼女をスルーしていたアイドル投資家と思わしき人物の一人が、彼女の目の前に姿を見せた。

しかし、それを見て彼女が動揺するような気配を見せないだけでなく――視線をそむけようとせず、堂々と目の前を見つめている。

彼女の方はARガジェットを彼に向けようとせず、向こうの出方を見る事にした。

逆にアイドル投資家の方は、問答無用でハンドガンを突きつける。

「これはARガジェットじゃない。お前達の言うチートにも引っ掛かる事はないだろう――」

 しかし、アイドル投資家がエアガンと思わしきハンドガンを見せたと同時に――どうなるかの末路は決まっていたと言っていい。

次の瞬間、近くの交番から警察官と思わしき人物が駆け寄ってくる。アイドル投資家の持っている銃を本物の銃と認識した事による物だろうか。

その後、アイドル投資家は警察官の職務質問を受け、そこからライブチケットの転売等が発覚し、緊急逮捕される事になった。

この人物が関係している物では、少年グループも関与しており、どんな手を使ってでも超有名アイドルを利用したプロパガンダが――という気配を感じさせる。

今回の行動を取った段階で、アイドル投資家は負けフラグと言う物は既に白呈していたとも言うべきだろう。



 午後3時30分、谷塚駅に到着したローマは周囲を確認してスパイ等が紛れていないか確認する。

最終的には問題がなかったので、そのまま電車を降りて駅近くのアンテナショップへと向かった。

不審人物がいれば、竹ノ塚まで様子を見る事も考えていたようである。

そして、不審なパパラッチを駅のホーム近くで発見した。しかし、このパパラッチは何か通常のパパラッチとは違う気配もした。

「一連のスパイは産業スパイと言うよりは、芸能記者からの鞍替えと言うべきか」

 ローマもスパイの装備が色々と気になっていた。スパイ映画の様な装備はやり過ぎとしても、パパラッチの様な装備は明らかにスパイではない。

何故に、このような装備になっているのかは謎だが――ネット上でスパイとして疑われる装備リストを見て、それとは違う物を持っていけば怪しまれないと思っているのだろう。

ローマは芸能人と言う訳でもないので、特に写真を撮られるような事はないと思うが――彼らの行為を迷惑だと思う人物もいるかもしれない。

通報をしようかとも考えたのだが、それをした所で一連の勢力が一掃できるとは限らない為、とりあえずは様子を見る事にする。

実害が確認出来ない以上、手が出せないという事なのだろう。

ここでいう実害とは、ARゲームの運営等に障害が出た場合を指す。ガーディアンと言えど、未遂で拘束をする訳にも行かない。

ガーディアンとしては妨害を起こしたという証拠が必要なのだ。さすがに証拠もない人物を捕まえれば、それはネット炎上を呼ぶと考えているのだろう。



 午後4時、明石零(あかし・ぜろ)の通報を受けてある情報を調査していたのはARゲームの運営本部だった。

運営本部は草加駅寄りは少し離れた場所にあるのだが、その規模は大手スーパーよりも広いレベルである。

ビルも耐震構造、洪水、落雷対策も万全な上、太陽光発電等の発電施設もあるという――ゲーム会社とは思えないレベルだ。

こうした耐震技術等は建築業界にもノウハウが提供されており、今後の高層マンション競争等に影響するかもしれない。

 そのサーバールームとは別に用意されているメインシステム、その場所は一部スタッフ限定のトップシークレットと言う。

「謎の人物から、アレだけのデータが送られてい来た時は正直――」

 男性スタッフの一人は、デスクでパソコンのデータと向き合っている。そのデータ量はHDDにして100GBに相当するのだが――。

それだけの量を処理するのに経過した時間は、わずか10分と言う。

一定のデータであれば、あっさりと仕分けられるかもしれないが、明石が送った量は常軌を逸している。

その量を瞬時にデータ処理が可能なのも、ARゲームに使用しているコンピュータであるメインシステムの実力だろうか。

「しかし、このデータがあれば――町おこし計画を妨害する勢力を半数以上は摘発可能だ」

 別の男性スタッフも、明石が送ったデータの価値に関しては高く評価している。

炎上商法を展開する人物、転売屋、更にはそうした勢力と協力してマッチポンプを展開した芸能人等――。

ある意味でもチートを使った勢力を完全駆逐しようと、ARゲーム運営は考えている。

それでも完全駆逐というのは不可能に近い為、可能な限りで減らそうと――今でも努力を続けていた。

その努力の結晶とも言えるのが、ARゲームの悪質なネット炎上を防ぐ為のシステムでもある。



 その一方、運営本部とは別の場所でアイドル投資家を摘発していた人物がいた。

「不正ガジェットを順調に摘発できている一方で、その大元を立つ事は出来るのか――」

 提督服姿のARガーディアン、彼女の名は加賀(かが)とネームプレートに書かれている。

彼女はクロスボウ型のARガジェットにパッチワークとも言えるようなARアーマーを装備し、周囲を取り囲むアイドル投資家と戦っていた。

草加市を初めとして埼玉県ではジャパニーズマフィアは完全一掃され、彼らの本拠地は壊滅しつつある――つまり、絶滅も一歩手前だった。

しかし、それに代わるような組織が埼玉県には存在していた。

それが超有名アイドルファン――アイドル投資家とネット上で言われている存在だったのである。

いつしか、埼玉県内には超有名アイドルファンが武装化しているという噂も流れだし、そうした誤解が一連の事件を生み出す土台だったのかもしれない。

「ここで超有名アイドルファンを止めなければ、日本は再び悲劇の連鎖を迎える事になる」

 加賀は何としても止めようと考えていた。超有名アイドルファンの暴走、超有名アイドルをプロパガンダに利用した全世界征服を。

彼らの目的が達成した時――世界は滅ぶとも言われているが、それはネット上で一部勢力が炎上商法として拡散している情報である。

結局、ARガーディアンも一部の情報を疑う様な人物でない限りは、アカシックレコードのレールの上を走る電車と同じだった。

情報だけを手にしていたとしても、結局はそれを自慢するだけや自分語りをするだけでは――エアプレイ勢の二次創作小説等と同じだろう。

本当にコンテンツ流通を考えているのであれば、現状の流通方法以外で海外などと対抗できる手段を考えるべきである。

安易な超有名アイドルを起用した人気漫画作品の実写化等は炎上のネタにしかならないし、何よりも芸能事務所側のコンテンツ潰しとも言えるかもしれない。

だからこそ、ARゲームプレイヤーは心を一つにする事は不可能でも――コンテンツ流通が抱える問題を改善していく方法を考えなくてはいけないのだ。



 午後3時50分、比叡(ひえい)アスカが姿を見せたのは竹ノ塚駅より徒歩10分程のARゲームオープンフィールドである。

この施設は主に対戦格闘等のような大勢の観客を収容するタイプのARゲーム専用で作られたフィールドだった。

この施設に関しては特に貸し切り等の様なシステムはなく、誰でもARゲームのジャンルを指定してプレイする事が可能――。

しかし、一部ジャンルはフィールド確保と観客動員などの関係で不可能と入り口にも書かれていた。

ARリズムゲーム、ARレースゲーム等が代表例なのだが――ライバル店も近くにあるので、そちらへ流れる関係もあって問題はなさそうである。

そして、パワードミュージックはリズムゲームではなく、カテゴリーとしてはARパルクールの為に問題はない。

【フィールド構成はトラックタイプではなく、フィールド外も使用する複合タイプとなります。雨天の場合は中止の可能性がある事をご了承ください】

 パワードミュージックの受付近くには、このような立て看板も存在した。

なお、ARパルクールは複合タイプだが雨対策は問題ないようで、こちらは客足が多いように感じる。

雨天でも問題なくARパルクールがプレイ可能な場所として、このアンテナショップは一部のプレイヤーには有名らしい。

「その程度か? 既に、こちらは別の場所で遠征もしてきた後と言うのに――」

 比叡の方は若干余裕相場表情を見せる。ただし、ARバイザーの影響で素顔は見えないのだが。

実際に比叡は別所でチートプレイヤーの暴露を行い、その後でこの場所へ来ている。

ARボード等を使えば短時間でフィールドを自在に移動でき、比叡もARボードを使用してこの場所まで来たようだ。

「馬鹿な――1曲勝負でも勝ち目がないと言うのか?」

 ある男性プレイヤーは叫ぶ。3曲単位等では勝ち目がないと判断し、1曲勝負を仕掛けたのである。

このプレイヤーはチート装備や課金装備の類はない。無課金プレイヤーと言う訳でなく、カスタマイズは特に行わないタイプだろう。

しかし、ARゲームへの自信はあったし、動画等でも研究済みと言う中で比叡に挑んだ。

「チート兵器などもなし、廃課金装備も所持していないと言うのに――この差は何だ!?」

 その結果は、無残と言う一言がふさわしいのか――?

あるいは不正ガジェットや廃課金装備を使わなければペナルティもないと慢心していたのか? 

「差があるとすれば、ARゲームにどれほど熱意を注げるか――その差よ」

「熱意だと?」

「あなたたちの様なFX投資とか、転売屋の様に資金を単純に回すだけでもうけようと言う魂胆の人間には――負けるわけにはいかないから」

 男性プレイヤーの正体が、実はアイドル投資家でなくてもFX投資等の様な手段でもうけようと言う人物だった為――比叡に負けたのだと言う。

まるで、比叡に負ける勢力が最初から決まっているような――それこそ、デウス・エクス・マキナを連想するような展開だった。

その後に動画が公開されたのだが、比叡と言うだけで再生数が上昇しているだけと言う状況であり、相手プレイヤーはCPUなのでは――という意見が多かったようである。

まさかの動画視聴者からも眼中なしと言う展開になるとは予想もしていなかっただろう。

彼の野望を考えれば、文字通りのブーメランだったのかもしれないが。



 午後4時10分、ニュース番組の速報で芸能事務所の一つが破産となった事が伝えられた。

そして、そこに所属しているアイドルを別の芸能事務所が引き受けると言う話になっていたのが――中止になったと報道される。

【中止?】

【一体、何が起こっているのか】

【あの芸能事務所は特に不祥事とかなかったはず。それが唐突に破産と言うのもおかしい】

【まさか、芸能事務所Aが買収する為に――?】

【海外進出を狙っている芸能事務所がライバルつぶしをしているのかも】

【あの芸能事務所はCD大賞の大賞を金で買ったと――】

【破産? 圧力でつぶされたの間違いじゃないのか】

【アイドル事務所を一つにして、国際スポーツ競技イベントも超有名アイドル一色にする気か?】

 やはりというか、炎上マーケティング目的のつぶやきばかりがピックアップされ、まとめサイトに掲載――。

例によって炎上している状況になっている。結局、この光景はテンプレとなる程に繰り返されてしまうのか?

しかし、分かっている人物にとっては今回の一件が大きな事件を誘発する為の罠である事は百も承知らしい。



 午後4時20分、ARゲームとは若干無縁なゲーセンの近所、そこには丁度ARゲームのアンテナショップが目の前にある。

特別な店舗環境だが、このゲーセンが閉店に追い込まれた訳ではない。

むしろ、客足はARゲームのアンテナショップがオープンしてからも変わっていなかった。

追い打ちをかけるとすれば、逆に客足は時間帯によってはゲーセンの方が多い位。

「あれは、もしかして――?」

 ゲーセンから出てきたのは木曾(きそ)アスナである。相変わらずの眼帯に黒マントだが、特に不審者と言われるような事はない。

ハロウィンでも場所によっては不審者と言われるかもしれないが、草加市ではそんな事はないのである。

 アンテナショップでARFPSをプレイしていたのはアイドル投資家である事が、装備などで分かった。

理由としてはチート装備と言う訳ではなく、肩のマーカーである。

デザインが超有名アイドルグループAの物をそのまま使っていたからだが――そのまま使えば、本来であればアウトのはずだ。

「そのままのデザインを転載しているのに、ARゲームの方でエラーが出ないのは――」

 木曾はプレイしている様子を見て、何かおかしな光景に気付いた。本来であれば、不正なガジェットがあればエラーを吐くはず。

それが全くないのはおかしいのに加えて、スーツのデザインでも不適切であれば強制終了もジャンルによってはある。

ARアーマーの安全性が保証できないケース等では強制終了になるが、それ以外でも明らかな宣伝行為等が確認されると――。

「これが、超有名アイドル勢力のプロパガンダと言う事か――」

 木曾は超有名アイドルの行おうとしている事が非常に危険であるか――改めて知る事になった。

以前にもプロパガンダ疑惑は何度も疑問に思う事があった。しかし、今回の一件で事件は加速するだろう――そう感じたのである。



 午後4時50分、各テレビ局がニュースを伝えるのだが、芸能事務所倒産のニュースを取り上げていたのは1局だった。

他局では都議会の動向等がメインで、それどころではない――と言うべきなのだろうか?

あるいは――芸能事務所の圧力なのか? その真相はネット上でも偽情報が多く、特定が出来ない状態だ。

【芸能事務所のニュースが報道されていないのは、あの事務所が圧力を賭けたのか?】

【4時40分頃は続報を伝えていたような気がしたのだが、10分で買収などの準備が出来るとは思えない】

【他局では、芸能事務所の所属アイドルが不祥事を起こした事で謝罪に追い込まれたと報道されている】

【都議会の動向と言う事は――今回の芸能事務所側の不祥事が国際スポーツ大会に影響を与えているのかもしれないな】

【おそらく、都議会は一連の超有名アイドルファンによる事件を悪質と判断し、最終的には――】

 都議会が何をテーマにしていたのかは不明だが、大抵はネット上で容易に予想できる。

ニュース等では豊洲の市場問題や不祥事等を取り上げているのだが、ネット上は国際スポーツ大会の東京開催を取りやめようという物だ。

その原因は超有名アイドルファンが起こした事件が海外ではサイバーテロと同格の事件が起きたと報道しているからだ。

今やネット炎上は世界共通語となりつつあり、これに関して日本政府が対応に乗り出す事になる一歩手前と言える。



 午後5時10分、谷塚駅付近のアンテナショップに姿を見せたのは――何と比叡(ひえい)アスカだった。

入店しようとした比叡を止めたのは、意外な事に大和朱音(やまと・あかね)だったのである。

これには比叡も少し驚いたような表情を見せていた。

「古代ARゲームや歴史認識問題――それは、ありもしないような捏造。WEB小説からネット炎上に使えそうなネタを引っ張り出したに過ぎない」

 比叡はARガジェットを大和に突きつける事はなく、早速ネットで話題となっているニュースサイトのページを大和に見せた。

タブレット端末に表示されたニュースの内容、それはARゲームが日本の芸能界すらも変えてしまう可能性があると言う記事なのだが――。

実際には、芸能界を変えてしまうとする記述よりも、一部のエアプレイ勢力の夢小説や二次創作等がARゲームの商品価値を落とし、超有名アイドルの進出を妨害しているという物だった。

しかし、比叡はこの記事に関して全く信用しておらず、逆にアフィリエイト収益を狙ったネット炎上記事であると断言する。

「だが、どんなものにも裏が取れなければ動く事が出来ないという事情がある。違法ARガジェットの裏取引、RMT、不正ツール……事例は無数にある」

 大和の方は記事に関して否定するような事もしなければ、肯定をするような事もなかった。

彼女が比叡の視線を逸らすような事はなく、比叡の目を見て話しているようでもある。



 その後、いくつかのやり取りがあったようだが、それに対しても大和は明言する事は避けた。

おそらくはネット炎上を回避する為、あえて推論でしか過ぎない事を真実と言えない可能性もあるのだろう。

「これから起こりうるだろう大規模テロ――それを止める為にも、我々は動くべきなのだ。力を持つ者が力を暴走させようと言う超有名アイドルをせん滅するべき」

 比叡が指を鳴らした瞬間、大和の背後を取ったのは――何と、ウォースパイトである。一体、どういう事なのか?

ウォースパイトの方は武器を構えている様子もなく、ただ大和の背後を取っただけにすぎない。逃げ道をふさいだという事か?

一部のギャラリーにとっては、状況が全く読めないのだ。そして、最終的には通り過ぎていく。自分達には関係ないと思いながら。

 唐突に姿を見せたウォースパイトに対し、大和が驚くようなリアクションをする事はなかった。

既に見慣れている――と言う可能性はないと思うが、ギャラリーとのリアクション差はどういう事か?

「ARシステムを使用するのが100%善人とは限らない――とは会議でも言われた事だが」

 大和は一言しゃべった後にARバイザーを取り、比叡に素顔を見せる。

しかし、ARゲームの会報誌等でも見る顔の為、大和の顔を見覚えがないという事はなかった。こちらも驚きは少ない。

むしろ、最近になって顔を覚えたという可能性もあり得るが――それ程に比叡は大和の知識が不足しているのかもしれない。

おそらく、知っていたとしても会報誌等の情報やネット上のまとめサイトレベルだろう。

「ARゲームで命のやりとりをするデスゲームを全面禁止し、それを今後も撤廃しないという事――それを忘れてはいないだろう?」

 そして、大和はウォースパイトの方を振り向く。ARバイザーなしではウォースパイトを認識出来ないはずなのに――である。

周囲のギャラリーもARバイザーを身につけていなかったり、それに類するシステムを起動していない人物にはウォースパイトの姿は見えない。

それなのに、大和はウォースパイトを殴り飛ばそうとするようなリアクションを見せたのだ。

「比叡アスカ、人は誰にでも光と闇の感情を持っている。しかし、闇の感情に飲まれてARゲームを使用すれば、その用途はネット炎上等に悪用されるだろう」

 大和の拳はウォースパイトの顔面スレスレで止まる。おそらく、意図して寸止めをしたのかもしれないが。

当然、大和はARバイザーを外している為にウォースパイトの姿は見えていないはず――それなのに、彼女にはウォースパイトが見えていたのか?

「あなたは――あなたは、超有名アイドルが何をしようとしているかを知っているの?」

 比叡は大和に向かって叫ぶ。そして、何もない空間から別のARゲームで使用するソードビットを呼び出した。

何故にソードビットを比叡が持っているのか? おそらくはパワードミュージックをプレイする前にも別のARゲームをプレイしていた可能性を大和は考えた。

しかし、比叡はソードビットを放とうとはしない。おそらく――。



 5分後、他にも2人のやり取りはあったのだが――周囲のギャラリーが拡散する事はなかったと言う。

強力なジャミングを展開していたというよりは、運営側が情報のシャットアウトをした可能性もあるだろうか。

しかし、実際には運営がシャットアウトしていた訳ではなかった。

断片的ではあるのだが、SNS上にやりとりの動画がアップされていたからである。

その中身を下手に拡散すれば、それこそネット炎上を煽る可能性を懸念していたのかもしれない。

「やっぱり――予感は的中したみたいね」

 SNSの煽り方等を見る限り、悪い予感が現実化したとスーパーの買い物帰りだったローマは思う。

悪質なアイドル投資家が何者家から資金をもらい、ネットを炎上させ――ライバルを潰していく構図は、まるでだまし討ちである。

一体、この流れはどうしてこってしまったのか? アイドル投資家等は逮捕されている状況なのに、この勢いが衰えないのはどうしてなのか?



 午後5時30分、SNSで大きな事件となったのは比叡の言動ではなかった。

それは、悪質なアイドルファンの行動が海外で問題視され、遂にはネット炎上する寸前だったからである。

「ここまでの展開になるとは――情報の提供が遅すぎたのか、あるいは別の何かが大物を釣り上げようとしているのか」

 コンビニ前でタブレット端末を片手にタイムラインを見ていたのは、私服姿のビスマルクだった。

「超有名アイドルファンが起こした事件の爪痕――それは、マスコミも反省するべき側面を持った事件になるのは間違いない」

 ビスマルクの懸念、それは超有名アイドルファンの言動がネット炎上を起こし、遂には――と言う箇所だろう。

自分が動画で投稿したメッセージも無駄に終わってしまったのか――今は、それを考えても仕方はない。

「こうなってくると、連中はARゲームを敵視するどころか、自分の思うがままに改悪してくる事も避けられないだろう」

 ネット炎上が次第に大きくなると、それは戦争状態と変わりがない――とはアカシックレコードに書かれていた事ではない。

後からネット上でつぶやきとして拡散したメッセージである。

日本の混乱、超有名アイドル以外のコンテンツを完全駆逐する――そうした流れが再び動き出そうと言う瞬間なのかもしれない。

「今まで動画を投稿してきた流れは――無駄になってしまうのか? それ以外に――出来る事はあるはずだ」

 ビスマルクは改めて考える。今は起こってしまった事を悔やむよりも――何とか阻止しようと動く方が先のはずだ。

5月2日――ビスマルクの懸念していた事件は現実となる。

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