エピソード9『交差する日常と非日常』

交差する日常と非日常

 4月29日、ローマの電撃デビューの衝撃はこの日になってようやく認識される事となった。

ネット上ではイースポーツ化に消極的な姿勢を見せていた事もあり、パワードミュージックへの参戦は矛盾しているという意見が多い。

確かにローマはARゲームのイースポーツ化に関しては、あまり良い反応をしていないのは事実だろう。

しかし、それもARゲームを思っての事であり――コンテンツ流通の今後を考えての行動なのである。

長門(ながと)クリスやビスマルクもARゲームをプレイしているからこそ、ARゲームのイースポーツ化は慎重な意見を持っていた。

その一方で、最初の導入以前からARゲームのイースポーツ化を反対しているような、にわかファンやエアプレイで二次創作BL小説を書くような勢力――。

彼らはネットを炎上させるだけで、ARゲーム勢にとっては邪魔な存在になりつつある。

「これは――?」

 ローマの顔を見て、ふと何かを感じていたのは大和朱音(やまと・あかね)だった。

見覚えがあると言う訳ではないようだが、何処かの動画で見覚えが――と思ったが、他人の空似と言う可能性もある為に様子見する事にする。

「とにかく、まとめサイトを設立すれば儲けられるという様な一例を完全排除するには――」

 大和は一連の敵に関して改めて考える。

まとめサイトの乱立は需要的な部分ではなく、お金儲けが出来ると言う部分と信者を味方につけてライバルコンテンツを炎上させる事も可能だろう。

つまり、『まとめサイトを設立すれば楽に設けられる』と考えるようなネット住民の意識を変える事、それが一連のネット炎上を止める事にもつながると考えたのだ。

実際に実行しようとすると、一人ではまとめサイトの完全駆逐は難しい。

それに、大和が排除しようと言うのはネット炎上を目的とした絶対悪のサイトであり、普通の大手ニュースサイトの様な所まで潰すと言うのは――。

「いっそのこと、まとめサイト設立禁止を法律化すれば――」

 大和は極論ではあるのだが、法律でまとめサイトの設立禁止とすればネット炎上は起きないと考えた。

しかし、光と闇は表裏一体であり――光だけが存在したとしても、おそらくは地球滅亡のカウントダウンは止められないだろう。

「やはり、アカシックレコードの様な必要悪が――」

 アカシックレコード、それが必要悪なのかは不明だが、書かれている事に関しては一種の警告等に利用されている。

そして、シナリオ通りに進んでいるというのは皮肉かもしれないが、悪しきネット炎上を行う勢力やアイドル投資家等の摘発に貢献した事も事実だ。

大和は本当にまとめサイト勢力を完全駆逐すべきなのか――その判断は迫られている。



 その日のある光景、島風朱音(しまかぜ・あかね)は谷塚駅近くのコンビニの前を通った。

そこでは、コンビニでは見ないようなARゲーム用の端末が設置される所だったのである。

トラックやフォークリフト等で運び出した訳ではなく、アンテナショップが近かったのでアンテナショップに置かれていた端末の移動かもしれない。

「あれって、ARゲームの――」

 ラフな私服の島風は、見覚えのあるような端末を見て驚いていた。

このような形の端末はチケットの予約等でもコンビニに設置される事はあるのだが、ARゲーム専用のタイプは草加市ならではかもしれない。

設置の方は1時間もたたないうちに終了し、コンビニの方も通常営業に戻っている。

「あちらも気になるけど、今は――」

 島風は端末の方も気になるのだが、向こうは既に数人が行列を作っている。コンビニで行列と言うのも珍しい。

行列と言っても、並んでいるのは店の外である。時期が時期だったら、寒さで他の店舗へ移動するような客もいるかもしれないが、そんな事はないようだ。

行列を作っている客の中には、待ち時間の間にアプリゲームをプレイしたり、つぶやきサイトのまとめを見ていたり――様々である。

 店内に入った島風は、周囲を見回してドリンクコーナーの方へと向かう。買い物かごを片手に――こうして見ると、普通のお客と変わりはない。

ARゲームプレイヤーと言っても人間である。アンドロイドやサイボーグでもなければ、亜人やモンスターと言う訳でもないだろう。

単純にARゲームをプレイしているという理由だけで差別するような時代ではないのだが――さすがにファンタジー世界でもないので、ファンタジー特有のカースト制度もない。

「いらっしゃいませ」

 島風に気付いたバイト店員の男性が声をかけた。特に何か別のオタク等を見るような眼ではないので、さほど珍しいと思われていないようだ。

ARゲームを町おこしに使った草加市としては、ゲーム市場を盛り上げる以外にも風評被害を受けているゲーマー等の信頼回復を狙っているのかもしれない。

島風は特に珍しい商品も見当たらなかったので、スポーツドリンクと春雨サラダを挟んだサンドイッチ、それにレジでノンフライポテトを購入した。

「それと――これも」

 島風が指を差したのはドーナツが置かれた棚にあるチョコレートのかかっているオールドスタイル――。

その後、島風はARガジェットに記録されている電子マネーで支払いを行い、そのまま店を後にする。

端末に並んでいた行列は相変わらず途切れる事はなく、それも数十人規模に増えていた。

端末ではARゲームのエントリーを行っているようだが、それ以外にもガジェットの予約、電子マネーのチャージ等も行っている。

それを踏まえれば――この人数が並ぶのも納得と言えるだろう。実際、島風の方も電子マネーのチャージを別のアンテナショップで完了したばかりだからだ。



 4月30日、様々な強豪プレイヤーがARゲームへ進出している事に対してアーケードゲームの過疎化と煽るネットのまとめサイトがあった。

しかし、こうした記事はアフィリエイト利益目当てや超有名アイドルファンの増加を狙っていた物であり、ランカー勢等からはスルーされる事になった。

そうでなくても一部のクレーマーやマナーを守らないような勢力だけを名指しして、炎上マーケティングを狙ったような方法が時代遅れである――と証明された瞬間でもある。

後に、こうした炎上マーケティング等を狙ったまとめサイト等を禁止する市の条例が作られる流れとなるのだが――それは少し先の話となる。

それでも、炎上マーケティングその物を絶対悪であり、超有名アイドルにとってのチートという表現を使っての言葉狩りまでは発展しなかったのは、色々と謎が多い。

この辺りにツッコミを入れようと思えば――可能なのかもしれないが、それらを扱うネット記事でさえも規制されるのでは、という懸念も存在する。

何が正義で、何が悪なのか――本当に議論する事は戦争と例えられるような悪なのか、それともネット炎上や炎上マーケティングの身を悪とするのか――それらはネットを扱う者たちにとっても課題なのかもしれない。

「ARゲームを別の信者等を悪用して炎上させ、超有名アイドルが都合よく乗っ取れるようにする――それが芸能事務所のやる事なのか」

 今回の件を含め、激怒しているARゲーマーは多い。しかし、下手に挑発行為や煽り発言を行えば、それこそ芸能事務所側の思う壺だ。

まとめサイトやアフィリエイト系炎上サイト、週刊誌の半数は芸能事務所Aがマッチポンプを行う為に掌握していると考えて間違いない。

「無数の悪意が、やがては大規模な破壊行為へとつながる可能性も――考え過ぎだとしても、警戒する必要性があるかもしれない」

 一部プレイヤーの発言を聞き、物理的な炎上行為を起こそうとすれば――それこそ芸能事務所の思う壺だと言う事を、アイオワは感じていた。

芸能事務所側は、もしかするとアガートラーム対策のチートガジェットを流通させてくる可能性もあるだろう。

だからこそ、資金力を賢者の石と例えられる超有名アイドル商法で無限に手に入れる芸能事務所を――ARゲームプレイヤーやランカーは許さなかった。



 5月1日、ARゲーム人気は他のジャンルにとっても痛手となっていると思われたが――固定ファン層の盛り上げによる格ゲーやマージャン、対戦物は根強い人気を誇っている。

しかし、一部のジャンルではファン層の入れ替えが予想外の展開を生み出した物も存在していた。

それは――リズムゲームである。単純にパワードミュージックに代表されるARゲームに人が流れただけでなく、有名プレイヤーもARゲームの方に流れたのが最大の原因だろう。

そして、立てなおそうと言う動きが出てくるのも当然の流れなのだが――間違った方向に立てなおそうと言う勢力が現れる事になった。

それが逮捕されていないアイドル投資家の残党である。やはりというか、予想通りと言うか――歴史は繰り返されてしまうのか?



 午前10時、やはりというかまとめサイトが動き出した。その内容は、超有名アイドルの芸能事務所が大型コラボを展開すると言う物。

しかし、大手ニュースサイトが報道するのであれば信ぴょう性等を含めても大きいのだが、アフィリエイターの運営するまとめサイトという点が事件を思わせる。

「どちらにしても――警戒の必要性はないか」

 この記事を興味半分でチェックしていたのは天津風(あまつかぜ)いのりである。

彼女としてはアイドル投資家の勢力に関して警戒をしていたのだが――その当ては外れたようだ。

ARメットは外した状態でタブレット端末を片手にネットサーフィンをしている。その状況を振り向きざまにチェックしようと言うギャラリーはいなかったという。

天津風のいる場所、それは松原団地の集会場である。ここでは、ARゲームの同人誌等を販売するイベントがあり、天津風もゲストとして呼ばれていたのだ。

ARゲームのプレイヤーは主に18歳以上である為、平日でも同人誌即売会等は行われている。

何故、平日にイベントを開催するのかは――ARゲームが抱える事情もあるのかもしれないが、海外の観光客は日本の祝日などに合わせてくるとは限らない。

そうした観光客等に向けた平日イベントを開催し、リピーターを増やそうと言う趣旨もあるのかもしれないだろう。



 午前10時30分、草加駅近くのコンビニ前、そこにはいかにも――と言う外見の人物がレーザー刃の刀を振り回している。

その人物の外見は明らかな水着姿というか――警察が駆けつけて逮捕されそうな気配もするのだが、そんな様子は一切ない。

彼女は単純に剣舞を披露していた訳ではない。プレイしていたのは、リズムゲームだったのである。

リズムゲームと言っても、パワードミュージックの様に街をフィールドにして走るタイプではなく、こちらはコロシアム形式のクローズフィールドを使用した物だ。

現在ロケテスト中と言う事で、注目度は非常に高かったようだ。しかし、楽曲に関しては特定の5曲しか回されていないように思える。

「ARゲームでも、VR系や過去の筺体タイプに迫るようなリズムゲームが出ている以上――」

 プレイしていたのはARゲーム系に近いタイプだったが、実際は無線形式の刀型コントローラを振り回して演奏するタイプ。

チャンバラアクションとリズムゲームを足したような物である。稼働するかどうかは不明だが、こうしてロケテストを行って情報収集を行う。

「ここまでの技術を筺体型でプレイ出来るとしても、魅力ある楽曲がなければ――」

 本当に水着姿でプレイしていたのは、ローマである。水着と言ってもスクール水着の様なタイプではなく、セパレートの様だ。

何故に水着姿でロケテストに参加していたのかは――罰ゲームと言う訳ではない。

いわゆる、客寄せパンダ的な意味合いがあるのかもしれないだろう。実際、ゲームをするのに水着を切る必要はなく、普通の服装でも問題はないかもしれないが。

余談だが、水着に関してはメーカー指示ではなくローマが独自に行った物である。

水着姿で街を歩く事は草加市内では禁止されていないが――きわどいタイプならば警察に声をかけられる位だ。

「楽曲が超有名アイドルばかりなのは――」

 ロケテストでは30曲ほどがプレイ可能になっていたのだが、そのほとんどが超有名アイドルの楽曲であり――特定グループの宣伝に利用されたような気配さえ感じる。

リズムゲームも、超有名アイドルのタダ乗り宣伝に利用されてしまうのだろうか?

「リズムゲームで一番重要なのは楽曲の質。超有名アイドルの様な稼げればよかろうな楽曲が収録されるのには、違和感を感じる」

 ローマは何としても、芸能事務所の暴走を止めようと考えていた。それこそ、海外からブーイングが来る前に。



 まとめサイトの記事等では、超有名アイドルコラボが独占している状況下だが――その一方で別の目的があるのだと言う。

それが、パワードミュージックに対する風評被害だと言うのである。しかし、それを信じようと言うネット住民はいない。

【これは釣りだろう】

【今までも釣り記事だと言う事が運営からも告知されている。今回も同様と言えるだろう】

【釣り記事乙だな。書き方も明らかに、一連のまとめサイトが書いているような書式だな】

【アフィリエイターの使いそうな手だ。それに、迷惑メールでアルバイトを募集している一例で超有名アイドルの宣伝もあった位だ】

【99%は釣りと確定だとしても――1%の事実があったとしたら?】

 一連のつぶやきサイトでも、大体は信じていないという意見が半数以上であった。

そこまでは予想出来ていたとしても――1割弱が本当に釣り記事なのか信用していないようでもある。



 午前11時、まとめサイトの記事をおぼろげにスマホでチェックしていたのはローマだった。

既にロケテストで着ていた水着ではなく、メイド服に着替えているのだが。

「嘘にしても作り込み過ぎ――真実だとしても、ソースが足りない。中途半端な記事ね」

 ローマは、まとめサイトの内容に関して中途半端な印象を受けた。

確かに釣り系のテンプレも使用されているのだが、所々でテンプレとは違う記述も存在している。

一体、何がどうなっているのか――ローマにも判断がしづらい物があった。

ビスマルクやアイオワのようなメンバーであれば偽物と断定出来そうだが、ローマでは滅多にまとめサイトを利用しない関係もあって――見分けがつかない。

「これを事実とするには、やはり何かが足りない――」

 結局、この記事は現状で放置するしか選択の余地はなかった。

しばらくすると、別のゲームのロケテストでふんどし+さらし姿だったり――スク水な女性コスプレイヤーの姿も見かける。

ふんどしで警察が逮捕しないというのは、さすがに警官もスルースキルを使っているのではないか、と言う疑惑もあるのだが。



 午前12時、ニュース番組ではまとめサイトの一部で著作権侵害があり、その管理人が逮捕されたというニュースがトップで取り上げられた。

しかし、逮捕された人物は未成年と言う事で名前は不明のままだ。どのような理由で逮捕されたのかも、詳しくは触れられないまま。

別のサイトのコピーサイトを立ち上げ、ネット炎上を誘発したというのが逮捕の理由らしいが――ARゲームに関しては一切触れられていない。

「芸能事務所側の作為を感じるようなニュースだったな――」

 このニュースを見て、疑問に思ったのはビスマルクだった。見ていた場所はゲーセンである。

何故にゲーセンへ足を運んでいたのかは、様々な理由があるのかもしれないが。

「それに、今回逮捕された管理人は全ての元凶ではない。おそらくは便乗商法的な――」

 ビスマルクが懸念していたのは、逮捕された人物は一連の事件に関係した真犯人ではない事だ。

結局は、真犯人に踊らされているだけの人物にすぎなかったのである。

「この調子でネット炎上をビジネスモデルにしようという人物を魔女狩りしていくつもりか――」

 彼女が思う懸念、それはネット炎上を利用したビジネスモデルを海外へ輸出し、それを利用して儲けようと言う政治家と芸能事務所のやり方である。

このビジネスモデルが悪用されれば、それこそ流血のシナリオが待っているのは間違いない。

この世界の日本では過去に起こった戦争で多くの物を失っている。それ以上の物を失えば、日本は間違いなく――。

「芸能事務所が日本滅亡を早めようと考えているのであれば――何としても、阻止しないと危険と言う事か」

 ビスマルクの懸念は現実化してはいけない――そう思っている。

しかし、それを現実化させようと動くのが、今回の事件の黒幕なのだ。



 午後1時、一連のまとめサイトにあった事例が事実だと言う事がユーザーからの投稿写真で判明する。

それは超有名アイドルファンが物量戦でパワードミュージックのランキングを独占しようと言う事だった。

この流れは数週間前ほどから兆しがあったのだが、それを見破れた人物はいなかったらしい。

1人のプレイヤーが複数のアカウントを持つ行為、チートプレイヤーに対する部分は対策済の一方で、組織ぐるみのランキング工作には脆弱性があったという事のようだ。

ここまで調べ上げて超有名アイドルによるコンテンツ独占を考えていたとは――。

改めて、その無限とも言える資金力が脅威と認識される事となった。このままでは超有名アイドルに独占される――と思われたが、その流れはわずか10分弱で覆された。

「資金力と言うチートを使う芸能事務所――やはり、歴史は繰り返されるのか」

 違法ガジェットを使っていないが、組織ぐるみでランキング工作を行っていたARゲーマーをARアクションゲームで倒したのは――飛龍丸(ひりゅうまる)だった。

その一方で、飛龍丸とは別のデザインを持ったARプレイヤーも彼女と手を組んで、100人以上と言われる組織のゲーマーをあっという間に撃破する。

その武装――ギャラリーは『道路からのビーム射撃』だと言う。相手ゲーマーも射撃ポイントに気付かぬまま、撃破されていた事に由来するが――。

固定砲台が道路から出現し、それが迎撃したとも言える状況にも見えるかもしれない――ARゲームで施設に干渉する機種があっただろうか?

あるいは別のアトラクションで使用するつもりだった物をARゲームに転用したのか? 謎は多く残る。

「お前は無口か。しかし、礼だけは言っても罰は当たらんと思うが」

 飛龍丸は別の場所へ向かおうと考えているプレイヤーの方を向くのだが、何も語る事無く姿を消した。

しかも、ステルス迷彩等ではなく――瞬間移動と同じような演出である。ARゲームの演出とはいえ、瞬間移動はあり得ない。

「瞬間移動――?」

 飛龍丸は目の前の人物が文字通り消えた事に驚く。その演出は瞬間移動と言う様なエフェクトではなく、アバター消滅にも思えるのだが――?

その一方で、ARガジェットの試作型であれば瞬間移動もテストされている可能性も考えた。

「向こうは向こうで動いている以上は、詮索不要と言う事か」

 おそらく、あちらは別の任務で動いている可能性もあるだろう。

それを踏まえると――こちらが下手に介入するのは、芸能事務所側に炎上のネタを提供するような気配がして、かえってマイナスであると考えた。




 午後1時5分、コンビにより少し遠めのアンテナショップ、そのフードコートで休憩をしていたのは島風朱音(しまかぜ・あかね)だった。

彼女が口にしているのは、先ほどコンビニで購入したサンドイッチである。先日も買ったばかりだが、気にいっているのだろうか?

「ここで待っているばかりじゃ、情報は来ないのかな」

 パンに挟まっている物は、春雨、チャーシュー、きゅうりと人参のスライス、レタスである。

それに中華風味のドレッシングで味付けをしたのが――彼女の食べていた春雨サンドだった。

味の方は――普通に春雨サラダを食べたほうが早いのかもしれないが、くせになるような味に仕上がっている。



 午後1時15分、ローマは草加駅よりは松原団地駅に近い道路にあるアンテナショップまで来ていた。

場所的に混雑していないような場所を狙っていたのだが、観光客の姿が若干目立つだろうか?

「ARメットとVRゴーグル――どちらを使っても問題はなさそうに見えるが、何か違いがあるのか?」

 ローマはアンテナショップで展示されていたVRゴーグルの新型を手に取っていた。

デザインはARメットよりもかっこいい印象を抱くのだが、安全性と言う部分ではARメットの方が上だろう。

ARゲームが実際の市街地等をフィールドにしている事に対し、VRゲームは動作こそは必要だが――必要最低限のスペースがあればプレイに問題がない。

VRでは12歳未満がプレイすると斜視になるとも言われているが、ARゲームでは安全性等を考慮し、17歳未満のプレイその物を禁止している。

17歳未満でプレイ可能な作品は、あるとしてもどちらにも属さないようなハーフARゲームと言うカテゴリーの作品だろうか。

「ARゲームの危険性や課題を踏まえ、再設計したのがARゲームと言う話もある。しかし、本当にARゲームは安全なゲームなのか――」

 ローマは改めてARゲームが本当に安全なのか――考える部分があった。

それならば、あまり派手な動作のないVRゲームの方が安全ではないか、と。それでも人々がARゲームに熱狂するのは何故なのか?

しかし、ローマはARゲームの全ジャンルを把握している訳ではない。

他のジャンルでは安全なゲームがある可能性もあり、特定ジャンルだけを指して危険だと言うのは――ネット炎上を面白半分で起こす連中と変わらないだろう。

だとすれば、自分が選ぶべき行動は何なのか? 全ジャンルを無理も承知で制覇するべきなのか、それとも別ジャンルを敢えてスルーして現在プレイ中の作品を極めるべきか?



 同刻、飛龍丸が遭遇したARアーマーを谷塚駅で目撃したというネット情報を頼りに、アイオワが目撃エリアへと急ぐ。

使用しているのはホバーガジェット――ARレースゲームで使用するようなゴーカート等ではなく、ホバーボードとも言うべき形状をしている。

スノーモービルのような形状ではなく、SFアニメに出てきそうなデザインなのだが――それに突っ込むギャラリーもいない。

一部のホバーガジェットはARアーマーと合体し、更なるパワーを発揮できると言う。

ただし、その機能もチート疑惑があって使用不能となっていた。別のARゲームでは使用可能なのだが――。

公式チートと言う単語もあるのかもしれないが、下手をすればどちらも同じチートとしてひと括りにされる危険性があった。

そうした影響もあり、やろうと思えば合体時のパワーを使用すれば、すぐにでも目標地点へたどり着けるのだが――こうした事情で時間がかかっていると言える。

「あれが、ARアーマー? まるで、あのデザインは――」

 アイオワが何とか目的地にたどり着く。その場所は足立区と草加市の境目にあるアンテナショップで、どちらかと言うと毛長川辺りにある。

そして、アイオワの目の前にいたのはARアーマーと言うよりは――どちらかと言うと現実に開発されていそうなミリタリー系のパワードスーツにも見えた。

そのデザインは中世とか西洋という部類ではなく、現代ミリタリーに近いのだが、これと似たような部類のソーシャルゲームをアイオワは見た事がある。

アカシックレコードにも類似ゲームは複数あり、そのデザインを流用した疑惑も浮上しそうだが――第4の壁のデザイナーがこの世界に干渉できるのか疑問が――。

「ウォースパイト……まさか?」

 アイオワは、あるワードをつぶやいた。そのアーマーデザインはアカシックレコードにあったウォースパイトと類似していたのだ。

しかし、次の瞬間にはウォースパイトは消滅した。間違っても証拠隠滅での消滅と言う部類ではない。目撃情報にあった瞬間移動と同じである。

「あの消え方は――何かに似ている」

 アイオワはウォースパイトの消滅演出に関して、何処かで見覚えがあったのだ。

何処で見たのかは――即座に思い出す事は出来ない。



 アイオワが様子を見ている事も気づかず、一人の女性が周囲を警戒しつつも姿を見せた。

帽子を深く被っているので、その正体は確認できないが――体格はぽっちゃり系にも見えそうな気配もする。

しかし、遠目では体格に関しても誤認識と言う可能性も高い。

「こちらが密かに発見した物――これほどの能力があったのか」

 彼女が周囲を確認し、深く被っていた帽子を指で少しパチンと上げるのだが――。

「まさか、あの人物は――!?」

その目を見たアイオワは、彼女の正体に驚くしかなかったのである。



 午後1時15分、足立区と草加市の間にあるアンテナショップ――そこは定休日と言う訳ではない。

人の姿もある程度は確認出来るだろう。しかし、それらの人物がある人物の行動にはスルーをしているようにも――感じられた。

あるいはARバイザーを装着していない人物には何も見えないという事なのか?

「まさか、あの人物は――!?」

 遠目からでも、その目を見たアイオワは彼女の正体に驚くしかなかったのである。

その人物とは比叡(ひえい)アスカだった。何故、彼女がウォースパイトにそっくりなARアーマーを使用していたのか?

しかし、彼女はARアーマーを装着したような形跡はない。これは何を意味しているのか?

「テスト段階としては――まずまずと言うべきなのか。あるいは、アンテナショップが放置していたのか」

 比叡はアカシックレコード経由で手に入れたシステムをARガジェットにインストールし、そこからウォースパイトを操っていた。

イメージとしてはリモコン操作で動くロボットと同じような原理だが、こちらはARゲームの技術を使用したアバターの様な物であり、ARアーマーとは違って実体はないと言ってもいい。

厳密に言えば、実体はあって触る事も出来るが――試作段階と言う事もあり、不完全な部分が多いと言うべきか。

AR技術を使ったアバターと言う意味では、二次元アイドル等をそのままARで映像化してライブを行うという展開も行われていた。

それ程の技術なのだが、こうした形でARゲームに転用されるとは予想していなかっただろう。

「まさか、3年前のあの事件が影響して――?」

 比叡はARガジェットのタブレット画面でブラウザを確認する。しかし、その記事を見ようとした矢先――向こうがアイオワの存在に気付いた。

アイオワの距離的には人影に気づいた程度の認識であり、その人物がアイオワだとは分かっていないようにも思える。

その後、比叡はARバイザーで周囲のプレイヤー反応を確認し、何も反応がなかった事を確認し、別の場所へと向かった。

おそらくは方向からして谷塚駅のアンテナショップだろうか?

「とりあえず、向こうは自分だと気づいていないようにも見えたけど――」

 アイオワは呼吸を整え、別のエリアへと向かう準備をする。彼女の追跡を行う事も可能だが――。



 午後1時20分、比叡の目的地と思われるアンテナショップにいたのは、意外な事に天津風(あまつかぜ)いのりである。

何故、彼女がいたのかと言うと――フードコートでお昼を食べる為でもあったのだが。

「新鋭プレイヤーは増えつつあるかもしれないけど――」

 メットを外し、ココアを飲む光景は普通の女の子である。周囲も、あの天津風とは誰とも思わないだろう。

テーブルの上には既にカレーラーメンを食べたと思われるような空のどんぶりが置かれている。

他には餃子と一般的な半チャーハンも――と思ったが、先にラーメンだけを完食したのかもしれない。

「芸能事務所も、あの事件を忘れたかのような」

 芸能事務所の不祥事は多くあれど、莫大な金があっただけに独善的な活動の末に暴走――遂には、テレビ局の買収やイベントにおける出来レースを仕掛ける。

その番組の視聴率は100%――と誰もが思ったのだが、放送10分前のニュースでCD大賞の大賞を金で買ったとするスクープを暴かれ、そこから芸能事務所は文字通り炎上した。

炎上と言ってもネット上における炎上であり、リアルで芸能事務所が火事になった訳ではない。リアルの火事にでもなったら、テロ行為を疑われても不思議ではない。

「繰り返すのか――あの展開を」

 天津風は思う。超有名アイドルを抱える3次元の芸能事務所は――歴史さえも金で買えるような時代を求めていたのかもしれない。

それはWEB小説のフィクションと思われたが、超有名アイドル事変がノンフィクションへと変えてしまったのだ。

「日常と非日常が交差する世界――か」

 改めて天津風はため息を吐く。芸能事務所が一定の利益を得ないと運営できないのは分かっているが、物には限度と言う物がある。

あの芸能事務所が展開しているのは、権利の独占で無限の利益を得ようと言う――暴走とも断言出来る行動だ。

古今東西の放送されているバラエティー番組の権利を特定の芸能事務所が独占する世界――。



 午後2時、松原団地でコースやARゲームのチェックをしていたのはローマだった。

ARゲームフィールド上では飲食物の持ち込みは禁止の為、フィールド外でチョコ焼きというたこ焼きに似たようなスイーツを口にしている。

青のりはチョコチップ、ソースはチョコソース、入っているのはたこではなくて溶けたミニチョコレートだ。

焼きたてがおいしいという事だが、チョコで口の中がやけどするような――そんな熱さなのである。

さすがに、それを出す訳にはいかないのである程度は冷ました状態の物を出している。実際のたこ焼きではあり得ない光景だが。

他にも珍しい食べ物が売られており、お好み焼きに見えるのはパンケーキ、チョコパフェと思ったらメインにちくわがトッピングされていたり――どのようなセンスか疑うラインナップだ。

しかし、客は珍しいスイーツに集まる傾向があるらしく――順番待ちが激しいのである。

「ARゲームは、道路の整備計画や周辺地域の美化計画等にも貢献し――いつしかARゲームは町おこしを超えたとまで言われた時期もあった」

 ローマは周囲のきれいな環境を見て、ARゲームのプレイ料金が思わぬ所で役に立っている事実を知る。

自然災害が起こった際、募金活動よりもARゲームを――と言う様な活動も行われ、その際には1億以上の義援金が集まったと言う。

ゲームをプレイして義援金と言う発想は別のゲームでも行われた実績があり、それを更に分かりやすくしたのがARゲームでの義援金活動だった。

これはすでに過去の話にはなっているが今でも伝説化しており――超有名アイドルが金の力で無双するよりも、よっぽど印象がいいという反応もある。

「周辺環境をきれいに出来るのであれば、ARゲームを薦めれば――と言う訳にはいかないのだろうか」

 ローマの言う事も一理あるが、ARゲームで道路が占拠される事で混雑をしてしまう道路も存在する。

都心でARゲームが展開されているのが歩行者天国や一部エリアに限定されるのも、こうした事情があるからだ。



 一連の義援金活動を思いついたのは、1人のARゲームプレイヤーだったと言う。

木曾(きそ)アスナでもなく、ビスマルクやアイオワでもない。その人物とは、意外な事に長門(ながと)クリスだったのである。

彼女のARゲームを盛り上げようと言う動き、それはとんでもない爆弾発言とも言われ、ネット上が炎上した事もあった。

しかし、長門は美化活動や道路の整備計画等のARゲームと無関係に見えるような事も提案し、最終的には運営をも動かしたのである。

今でも――この活動に関しては反対していた勢力が存在し、それらが超有名アイドルファンと手を組んでARゲームを炎上させている噂もあると言う。

本当に一連のアイドル投資家は壊滅したのか――疑問が残る中、何かの歯車が動き出す音が聞こえていた。

「いよいよ――あの勢力が来るか」

 ARバイザーでアンノウンと思わしき存在をキャッチしたのは、飛龍丸(ひりゅうまる)だった。

彼女は何をする為にアンテナショップへ向かっていたのか――?



 午後2時10分、第一報がARゲームの各種センターモニターで速報される。

《パワードミュージックでランキング工作をしているプレイヤーに関して》

 やはりというか、予想通りと言う表情を見せるギャラリーもいるが――何も事情を知らない人にとっては困惑するのかもしれない。

何故かと言うと、ランキング工作と聞くとCDランキングにおける超有名アイドルグループの常套手段で有名だったからだ。

《強行手段と言う物は使いたくはなかったのですが、今回は状況が状況だけにガーディアンをはじめとしたランカーに討伐依頼を出しました》

《警察の様な国家権力を使ってまで一斉摘発を行えば、芸能事務所側の報復も想定以上の物が予想されます》

《我々は――国家権力や金の力の様な物を使ってまで討伐をするつもりはありません》

《それは、我々が否定しているチートを使うと言う事と同じ――》

《それ以上に、チート以前の禁じ手を使う事に他なりません》

《我々は、あくまでもARゲーム上での決着を望みます》

《繰り返します。我々は、当事者に対してARゲームでの決着を望みます》

《血が流れるような紛争に発展する事は望みません。だからこそ、ARゲームで決着を望むのです》

 運営を名乗る人物と思われるメッセージ、それはあくまでも音声を使った物ではなく文章のみだった。

こうした理由は諸説あるだろうが――あえて音声を使わない事で、何かを訴えようとしているのだろうか?

実際、このニュースの注目度はARゲームのニュースを見ないような観戦オンリーの人物でも、注目する位である。

ニュースをスルーしたのは、自分には関係ない話題としてスルーするようなプレイヤー位だ。



 午後2時20分、松原団地駅近くのARゲーム専門アンテナショップ――そこに姿を見せたのはローマだった。

ある程度の作品を見て回ったので、改めて――作品を再チェックしようと言うのである。

見てきた作品は体力を使う様な物もあれば、あまり体力は使わないような頭脳系もあるのだが――。

「少し話がある――」

 再チェックをしようとした矢先、入口の前でローマを待っていたと思わしき人物――。

黒マントに眼帯という外見で周囲の冷たい視線も刺さるような物だが、ここはARゲームで町おこしをしようという草加市である。

一部のマナーを把握していない人物からは指を指されるような場面もあったが――それ以外は問題なかったようだ。

「この人物に見覚えないか? 人物と言うよりは、ARアバターと言えるかもしれないが」

 木曾(きそ)アスナがタブレット端末で見せた画像は、数時間前からネット上にアップされて話題の人物でもある。

その姿は、ARゲームが拡張現実を使ったゲームであっても異質の存在――そう断言出来る物だった。

「ウォースパイトか? 名前はネットで知ったが、見覚えはない」

 ローマもウォースパイトの存在は全く知らなかったようで、ネットのつぶやきサイトで少し話題だった事により、そこの経由で名前は知ったらしい。

ただし、そこまでしか把握しておらず、この人物が何をしようとしているのかまでは分からなかった。

次に木曾が特定の単語を出すまでは――。

「では、このアバターを動かしている人物が比叡(ひえい)アスカだとしたら?」

「!? それは、どういう事だ?」

 さすがのローマも木曾に詰め寄ろうとしたのだが、そんな事をしても彼女が情報を吐くとは思えない。

もしかすると、木曾が正体を知ったきっかけがネット経由で、真相は知らないとも考えられた。

「複数ある超有名アイドル事変――その一つに関係した人物が、比叡だと言う」

 しかし、ローマの態度を見て何かを感じ取った木曾は、唐突に話を始めたのである。

ローマの態度は最初こそは変化する事はなかったが、とりあえずは落ち着く事にした。

下手に周りの人物に迷惑をかければ――それはネット荒らしと変わらないからである。

「確かに。比叡はARゲームをプレイしたのは浅い。それを踏まえたとしても、あの超人プレイはおかしい部分もある」

 ローマは落ち着いて比叡を独自に分析し、そのプレイ技術の向上が一般人のそれとは明らかに違っていた事に気付く。

「過去にARゲームの元となったと言われるゲームがロケテストを展開していた。しかし、そこにあるアイドルグループが現れ、ゲームのロケテストではなくゲリラライブが始まったという」

 木曾はあまり語りたくはなかったが、それでも比叡という単語に反応したローマは何かを知っていると考える。

もしかすると、彼女ならば一連の黒幕の正体を把握しているのでは――と。



 5分後、立ち話も――と言う事でローマは近くのコンビニでペットボトルのコーラを購入し、それを木曾に手渡す。

そして、アンテナショップの待機席に座って話の続きを始める。

「超有名アイドル事変に複数存在するのは――こちらも最近把握したばかりだ。それに――」

 木曾はコーラを少量口にして、その後はARゲームのセンターモニターを見ているようだった。

「一部の事件は意図的な改ざんもあって、事実は未だに判明していない――と」

 ローマも木曾の方を振り向く事はなく、自分で購入したフライドポテトを口にする。

「比叡が一番介入していたのは、西暦2017年の事例――未だに真相も明らかにならない、あの事件」

 最初に話を切りだしたのは、何とローマの方だった。この時は超有名アイドル商法を巡る事件だったか?

この事件に関しては、ローマの方が詳しいという訳でもない。

「ロケテストをアイドルのゲリラライブで上書きされ、その結果として比叡がアイドルグループのメンバーをせん滅したという」

 木曾の話を聞き、ローマは何かの矛盾を感じていた。

確かにロケテストがアイドルのゲリラライブに差し替えられたのは事実だが――。

「実際には、少し違う。ゲリラライブに差し替えられたのは事実だけど――本当は、その後に別の出来事が――」

 ローマが、その話を出そうとした矢先、ARゲームのセンターモニターに映し出されたのは、ARアーマーの集団に単身で戦う比叡の姿だった。

ジャンルはパワードミュージックと書かれているのだが、それだと10人以上のマッチングと言うケースはあり得ないはずだ、と。

もしかすると、数人単位のマッチングを複数回――数セットとも考えたのだが、それだと10人以上のプレイヤーがモニターに映っている理由にはならない。

この場面は明らかに本来のレギュレーションと違うルールで行われている可能性があった。

「あの時の再現か――」

 ローマは口にしていたポテトをかみ砕きながら、過去に起こった事件のトラウマが再現される――と懸念していた。

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