変化していく環境、その行方その2

 今回の状況に関して様子見を決め込んでいたのは、意外な事に明石零(あかし・ぜろ)だった。

一連の騒動はARゲームの遠征をしている際に気付いたのだが――移動中の段階だった事もあり、そちらへ行く事が出来なかったのである。

「これはどう考えても――」

 明石はARバイザーではなく、全く別のスマートフォンでブラウザを開いて中継を見ていた。

ARバイザーだとログイン履歴等を含めて、記録が残ってしまう為である。

スマホやタブレットであれば、プレミアム会員等でない限りは――。

「そして、アカシックレコードの正体を知る者も現れるだろうな。近い内に、それが何を示すかも――」

 明石はアカシックレコードが絶対悪の象徴である事を既に知っていたような――そんな口調で動画を視聴し続ける。

彼女は、何故に悪となりそうな存在をあえて放置し、それさえも使用して芸能事務所などと戦おうとしたのか?



 午前10時50分、大和朱音(やまと・あかね)が遠く見ていた黒服の人物を補足し、肩の主砲を突きつけていた。

「ARゲームは特定個人が利益を独占するようなコンテンツではない――。資金力のある芸能事務所だけが生き残るような時代は、終わりにするべきだ」

 ARバイザーを装着し直した大和の表情を確認する事は出来ないが、はらわたが煮えくりかえるような気持ちで黒服の人物に迫っているのは間違いない。

その一方で、黒服の人物が抵抗するような事は一切ない。それを見た長門(ながと)クリスは違和感を持つ。

「あのARプレイヤーも――まさか?」

 長門は何かに気付き、大和に対して黒服から離れるように呼びかけようとするのだが、突然のジャミングでバイザーへのメール送信なども出来ない状態だ。

その中で、ある人物が超高速とまでは言わないが、接近しているのをARバイザーで確認した。

それを確認出来たのはジャミングが解除された直後である。つまり、回避が間に合わない状況――。



 大和が主砲を突きつけている間も黒服の人物は動かない。動揺でもしていれば、震え等は確認出来るはずなのに――。

その人物は、まるで人形であるかのように動きを止めている。大和もARバイザーがジャミング状態の為、生体反応等を確認出来ない状況だ。

「超有名アイドルを強者、それ以外のコンテンツを弱者として排除していく時代――それこそ、超有名アイドル商法が無双していた――まるで、WEB小説で――」

 大和が何かを言いかけた矢先、突如として黒服の人物を掴むようなアームが大和の目の前を横切る。

一体何が起こったのか――それは、目の前にいた大和にも把握できていない。

「やり口が卑怯過ぎるだろ! 金に物を言わせ、アフィリエイターを買収し、自分達だけが儲かれば他の状況はお構いなし――芸能事務所の金はマネーロンダリングされているっていう話は本当だったようだな!」

 黒服の人物をアームで掴んでいたのは、何と日向(ひゅうが)イオナだった。先ほどのアームも、バックパックが変形した伸縮式アームの様である。

しかし、掴んだというよりは――捕縛したと言うべき様子に、遠目で見ていた長門も驚きを感じていた。

「コンテンツ流通を本気で考えれば、ユーザーの意見を100%受け入れる事は不可能でも意見を聞くだけでも――違うのか!?」

 日向のARアーマーも重装甲タイプよりは更に軽量化した上で装甲を強化した――パワーアップバージョンになっている。

別のゲームで例えるならば、改二と言うべきバリエーションだろうか。そして、日向は何かの違和感を感じていた。

「お前達のやっている事、それは一部政治家と組んでアイドルファンだけを生かそうとするマッチポンプ――その為のネット炎上――」

 日向の感じた違和感、それは黒服の人物が実体をもたない事だったのである。

「マネーロンダリング? 一体、どういう事だ――」

 大和の方も若干混乱しているが、それでも日向が黒服の人物を離す事はしない。離さないというより、離せないという可能性も高い。

そして、数秒後には黒服の人物はCGエフェクト共に消滅をする。どうやら、全ては向こう側の策略にはめられたと言うべきか?

「マネーロンダリングは忘れてくれ。しかし、芸能事務所側は無尽蔵の利益を得るためにグレーゾーンと言われる手段に手を出している」

 その後、日向は姿を消した。一体、何を伝えたかったのか――。それが分からないままに大和は別の人物がいないかARバイザーで確認する。

【アンノウン、急速接近中】

 まさかの乱入展開には驚きを隠せないが――大和が改めてARゲームのジャンルを確認した所、まさかのジャンルが表示されていた。

「ARアクション――そう言う事か」

 表示ジャンルはアクション、対戦格闘や対戦シューティングであれば乱入プレイと言うのは日常茶飯事である。

おそらく、長門と島風朱音(しまかぜ・あかね)のパワードミュージックに関してはレース不成立と処理されたのだろう。



 それから10分後、大和は別件で捜索をしていたビスマルク、アイオワ、飛龍丸(ひりゅうまる)と協力し、アイドルプロデューサーと名乗る人物を発見する。

実際に何が起きたのかは不明だが、激闘の様な物は展開されず――ビスマルクとアイオワ、大和のフルバースト攻撃と飛龍丸のブーメランの連携でガジェットを無効化する事に成功した。

その後、彼が第4の壁というサイトの記事を目撃し、そこから様々なビジネスに使えるであろうノウハウを――この世界でも運用しようとした。

この事が権利侵害と判断された訳ではないが、特許権侵害として芸能事務所の家宅捜索を受け――事実上、この事務所のアイドルグループは解散と言う事になる。

【色々とありもしない事を押し付けられ、解散したような気配もする】

【その真相を、我々は知る事が出来ない】

【結局、一部のアイドルファン以外を切り捨てると言うネット上の噂が本当なのか?】

【真実は、何処にあるのか?】

【悪は芸能事務所じゃないのか。一部の事務所は政治家と組んで莫大な利益を――】

 家宅捜索を受けた芸能事務所が侵略戦争を起こそうとしていたらしいというのは、アカシックレコードに書かれている事だったのだが――。

その話がニュースで報道される事はなかった。WEB小説のプロットでも書かれているような話を事実として信じるのか――と言うのもある。

ネット上のつぶやきでも、一部の書き込みが削除される展開になっていたのだが、それもネタバレと言う事を含めて限界に来ていた。

ネット炎上を意図的にコントロールし、超有名アイドルを神化しようというビジネススタイルは、もはやマッチポンプと疑われている段階だ。

「こちらとしては――こういう事はしたくなかったが」

 明石が書き変えていたのは、アカシックレコードの情報だった。侵略戦争の項目に関して、微妙に記述を変更したのだが――。

誰の目から見ても明らかな情報を歪める事――それがネット上で炎上する事態になる事は痛いほど分かる。

しかし、そうでもしなければ、彼らは理解する事が出来ないだろう。

自分達の書き込みが、どのような未来を生み出す事になるのか。悲劇の結末を生み出す事になろうとも――明石は、それを辞める事はしない。

「ARゲームが、超有名アイドル商法に対するカウンターコンテンツである事――それを自覚できる者もいるのだろうか?」

 明石は考えていた。ARゲーム運営でさえも把握している人物がいないとも言われている――ARゲームの存在意義を。

「ウィキやまとめサイトの様な存在が絶対悪と言われるのは、こういう事も意味しているからだ」

 しかし、明石の考えが杞憂で終わる事は――この段階では知る由もなかった。 


 明石零(あかし・ぜろ)、彼女はある懸念を抱いていた。襲撃者事件、今回のプロデューサー逮捕――。

全ての事件はアカシックレコードがカギを握ると明石は思っていた。一部の反超有名アイドル勢力も思っていたのだが――。

「ARゲームが、超有名アイドル商法に対するカウンターコンテンツである事――それを自覚できる者もいるのだろうか?」

 運営でさえも把握している人物がいないとも言われている――ARゲームの存在意義、それを知ってこそのARゲームであると。

しかし、明石の考えが杞憂で終わる。

「ウィキやまとめサイトの様な存在が絶対悪と言われるのは、こういう事も意味しているからだ」

 数十分後に報道されるニュース、それが全てを物語っているのだが――。



 4月28日午前12時――何と、今まで報道されていなかった事件が全国区のニュースで取り上げられたのである。

『ニュースをお伝えします――』

 国営のテレビ局でも最初に表示されたテロップは――。

【不正パーツ流通の容疑で、芸能事務所を家宅捜索】

 他局では交通事故、豊洲のアイドルイベントホールに関する裏取引、株の不正操作、バラエティー番組でニュースなし――。

唯一、あのテレビ局は通販枠でスマートフォンを紹介していたのだが――別の意味でも衝撃が走る。

『先日に起きた不正パーツの流通に関して、埼玉県警は東京の芸能事務所数社を独占禁止法及び著作権法違反として――』

 他局では数日前から報道していたニュースを、国営のテレビ局――それもトップニュースである。

まるで、独占入手の様な感じにも見える気配だが、実際は独占ではなく出遅れと言うべき状態だった。

国営のニュースでは、芸能事務所の指示で報道を差し控えていたらしい。これに関してもニュース内で触れられていたのである。

「あの時の事件を繰り返すような報道――それに何の意味があるのか」

 アンテナショップでニュースを見ていたのは、比叡(ひえい)アスカである。ARインナースーツではなく、今回は私服だが。

アンテナショップに立ち寄ったのも、ニュースで気になるテロップを見かけたのが理由だった。

「超有名アイドルと言っても、強制捜査を受けたのはシェア4位と5位――1位の所を強制捜査でもしないと、状況は変わらない」

 比叡が懸念しているのは、シェア1位の芸能事務所がWEB小説のチート主人公物のように無双展開になることだ。

それを阻止しないと――ネット炎上が広まるのを食い止めるのも不可能に近い。

「超有名アイドルと言うコンテンツ自体が絶対悪であり、完全に駆逐すべき存在なのだ――」

 比叡は超有名アイドルの存在を絶対悪と感じており、必要悪とは考えていない。

むしろ、超有名アイドルの今までやってきた事は――比叡にとっては百害あって一利なしという判断なのだろう。



 それとは別にARゲーム用のセンターモニターでニュースになっていた話題、それも一つの勢力が壊滅したのを知らせる物となった。

【ARゲームプレイヤーを題材とした夢小説をイベントで販売していた勢力を摘発。中には未成年も――】

 このニュースに関しては詳細が触れられていなかった為、全容としては不明確な部分もある。

しかし、ARゲームプレイヤーを題材にした夢小説が存在し、それを実際のプレイヤーが見て通報したとしたら――。

その結果として夢小説勢とフジョシ勢が両者とも自滅すると言う展開となり、ARゲームフィールドからは姿を消す事になる。

「ARゲームも、ある種の2.5次元作品と言える。3次元の実況者や有名アイドルを題材とした夢小説、非BL作品をBL化しようという風潮――そうした流れは立ちきるべきだろう」

 こちらのニュースを見ていたのは日向(ひゅうが)イオナである。

ちなみに先ほどまではインナースーツ姿だったが、今は私服に着替えているのだが。

先ほどの有名アイドルのARアバターを利用した一件は、まさに一部勢力による風評被害やレッテル貼り――つまり、ネット炎上の縮図とも言える物だった。

「これで残るは、反超有名アイドル勢力とARゲーム反対派――」

 別の場所から同じニュースを見ていたのは、こちらも私服姿のアイオワである。

既にARゲームの方は終えて、別のエリアへと向かおうとしていたのかもしれない。その中で、今回のニュースを目撃する事になったのだ。



 アカシックレコードがどのような経緯で生み出されたのか、それは誰も暗黙の了解と言う事で調べようとしない。

分かる事と言えば、ある廃墟ビルに残されていたデータをサルベージした結果――というのが七不思議サイトで取り上げられている物だ。

以前に大和朱音(やまと・あかね)はアカシックレコードを探していた事があるのだが、残念ながら本体を見つける事は出来なかったのである。

アカシックレコードのサーバーと言うのは間違いなく存在し、今も百万人規模のユーザーが閲覧していると言う。

「アカシックレコードが、いつまでも尻尾を掴めないと思ったら大間違いだ」

 コンビニでタブレット端末を片手に、何かをネット上で検索していたのはローマである。

メイド服にも見慣れているのか、コンビニの店員や周囲の客もローマに指差す事はしない。

「迷宮入りや真相の語られない案件も、あるのかもしれないだろう。しかし、決着すべき案件は――完全決着すべきだ」

 ローマは超有名アイドル商法を巡る事件が、迷宮入りや未解決のままで終わる事を望んでいなかった。

アカシックレコードでも超有名アイドル商法は放置すべきでない案件として、解決を望んでいる声が存在する。

しかし、ローマはアカシックレコードに振り回される事こそ――懸念すべき案件とも考えているのだ。

「アカシックレコードと言う、ネット上のつぶやきサイトにも似たような存在――おそらくは、生みの親はネット炎上と言う非日常を体験させる為に生み出した必要悪と思っているだろうが」

 ローマの方も、アカシックレコードの存在が必要悪に該当すると薄々だが気づいている。

彼女は、誰がアカシックレコードを生み出したのかは把握していないようだが。

一連のニュースはARゲームランカーの耳にも届いており、明石の考えが杞憂で終わる事を物語る。

しかし、一部勢力が懸念していた事案は――。



 午前12時15分、ARゲームの方でも大きな動きがあると思わせるあのニュース――。

プロデューサーの一件は、思わぬ形で触れられる事になった。

【まさか、2次元アイドルに進出しようとしたプロデューサーが――】

【これも唯一神思想と言うべきなのか?】

【確かにコンテンツである以上は、頂点を目指す事は間違っていない。しかし、あのプロデューサーは――】

【自分の生み出したコンテンツ以外はかませ犬、あるいは炎上マーケティングの為のネタにしか思っていない】

【こうした勢力を完全排除しなければ、ARゲームに未来はない】

【あのプロデューサーは、自分がこの世界、第4の壁、全銀河を支配しようと言う思想さえ持っていそうだ】

【まさか、超有名アイドルに本来持ちだすべきではない思想を持ち込んでいると?】

【そうでなければ――あそこまでの事はしないだろう。ARアバターというドローンに例えられる様な兵器を使って――】

 例によって、つぶやきサイトは一部ファンの炎上狙いと言う発言が相次ぐ。

それをまとめサイトに乗せる事で、アフィリエイト収入を得ようと言うのかもしれない。

こうした収益システムを生み出したのも超有名アイドル商法とマスコミだと言う事を――彼らは気づかないし、反省をしようとしないかもしれないが。

炎上マーケティングと言うマッチポンプまがいの行為、ネット炎上を自分達が正義だと言う事で聖戦と明言したり――。

彼らの行為知らない所で大量破壊兵器を行使することと変わらない状態になっていたのである。

「しかし、このニュースから派生して生み出されたネット炎上案件――これもさほど変わらないだろうな」

 このニュースとまとめサイトをあっさりと切り捨てたのは、天津風(あまつかぜ)いのりだった。

何故、彼女が超有名アイドル商法に対しての思いがあったのに――冷めてしまったという訳ではないのだが、何かの心情変化があるのだろうか?



 午前12時30分、足立区と草加市の中間にあるアンテナショップ――そこにはアイオワがいたのである。

「これ以上、無関心でいる事は――無理か」

 今まで知的な雰囲気を見せていたアイオワも、これ以上は自分自身を偽る――とでもいう様な表情でモニターを見つめていた。

そのモニターには比叡(ひえい)アスカのプレイしている様子が映し出されていたのである。

その実力は、数日前は初心者プレイヤーだったのが信じられないような動きを見せており、その成長スピードは想像を絶していた。

彼女がプレイしている動画には、一定の信者が付いていたり、動画再生数も気が付くとミリオン再生になるような存在に変わっている。

ARゲームをプレイし始めた頃には、誰もが初心者であり――チートプレイの様な存在は許されないという環境にあったのだが。

「さすがにソシャゲで言う廃課金とは違うみたいだけど――と言うより、ARゲームにそうした概念はないか」

 アイオワの方はARインナースーツを装着しており、すでに臨戦態勢と言うべきだろう。

しかし、アイオワの場合は対戦相手待ちではない。むしろ、アイオワと対戦しようと言うプレイヤーがいないのである。

チートプレイヤーやアイオワの実力を知らないような初心者狩りが挑む事はあるが、それでは全く相手にはならない。

ビスマルク、木曾(きそ)アスナ、日向(ひゅうが)イオナ辺りもかなりの実力者になっており、ARゲーム事情を知らない人物でない限りは――挑もうとは思わないだろう。

それにアイオワはアガートラームと言うチートキラーも存在する。チートプレイヤーが、アイオワに挑むのは自分がチート使いなので逮捕してくださいと言っているような物だ。



 10分後、比叡が待機ルームに姿を見せた頃、アイオワの方も待機ルームに姿を見せた。

どうやら、アイオワの目当ては比叡だったようだ。アイオワの場合は、降格等が関係する訳でもない。

パワードミュージックは、昇格や降格と言う概念もないので――その辺りにこだわる必要性がないのも特徴である。

しかし、アイオワは何故に比叡をピンポイントで待機していたのか?

「比叡アスカ――あなたに話がある」

 アイオワは自身のARバイザーを装備する前、比叡に確かめたい事があった。

それは、とある事件の事であるが――彼女が簡単に言う可能性は非常に低い。逆に、それを理由に疑いをかけられる可能性さえある。

「この人物に――見覚えはないかしら?」

 アイオワがARガジェットに表示した画像を比叡に見せると、彼女の表情は変化する。

その人物の顔はARバイザーを装着している為に素顔は不明だが、そのバイザーのデザインには特徴的な部分があった。

それは――西洋の騎士を思わせる物である。最近になってネット上でも話を聞く為、ニワカでない限りは名前を知っているだろう。

「西雲響――まさか?」

 彼女が口にした名前、それは西雲響(にしぐも・ひびき)である。

しかし、アイオワは聞き覚えがない名前にふと疑問を抱く。彼女は自分から聞きだしておいて、西雲の名前を知らないのか?

実際の所は違っていた。この人物の名前は、西雲ではなかったからである。その人物の本当の名前は――。

「どうやら、クロだと言うのが――証明できたみたいね。彼女の名前は――ヴェールヌイ」

 アイオワは自分が見せた写真の人物がヴェールヌイだと種明かしをした上で、この人物が女性だと言う事を明かしたのだ。

アイオワは西雲の名前もある程度は知っていたのだが、アーマーの形状は微妙に異なっている。

それこそ、カラーバリエーションと言われるようなレベルでの違いだ。これを分かった上で見破るのは難しいだろう。

「パワードミュージックで、上位ランカーに名前を載せているプレイヤーが全員――?」

 比叡は逆に驚いた。中堅のプレイヤーであれば男性プレイヤーもいるし、男女比率は5分5分――。

しかし、パワードミュージックの上級ランカーは――作為的な物を感じるほど、女性しかいなかったのである。

メタ的な視点で見れば――フジョシ勢の完全敗北を宣言するかのような光景であるのは間違いない。

そして、アイオワが次に見せたのは――。



 午前12時40分、比叡(ひえい)アスカは――思わぬ所でボロを出してしまう事になった。

「この人物に――見覚えはないかしら?」

 比叡の前に現れた女性、アイオワがARガジェットに表示した画像を見せる。

人物の顔はARバイザーを装着している為に素顔は不明、その一方でバイザーのデザインには特徴的な部分があった。

それを見た比叡は――ある人物を思い出し、こう答えた。

「西雲響――まさか?」

 彼女が口にした名前、それは西雲響(にしぐも・ひびき)である。

しかし、アイオワは何かの核心を持ち、ニヤリと――。実は、人物の名前は西雲ではなかった。

「どうやら、クロだと言うのが――証明できたみたいね。彼女の名前は――ヴェールヌイ」

 アイオワは見せた写真の人物がヴェールヌイだと種明かしをした上で、この人物が女性だと言う事を断言する。

これによって、アイオワが思っていた疑問は確信に変わったのだ。

「パワードミュージックで、上位ランカーに名前を載せているプレイヤーが全員――?」

 比叡は逆に驚く。周囲には男性プレイヤーもいるだけに、別の驚きがあったのだろう。

「確かに西雲と言う名前はネット上――それもまとめサイトや掲示板では言及されているかもしれない」

 次にアイオワが見せたのは、パワードミュージックの月間ランキングリスト。

そこには5位にヴェールヌイと言うネームが登録されていた。その下には、ビスマルクの名前もある。

「ARゲームでは、実際にプレイヤーネームとして使用している物とネット上で名乗っている名前が違うのは日常茶飯事、あるあると言ってもいい――」

 アイオワは比叡がARゲーム初心者でも説明書やマニュアル、初心者ガイドとも言えるサイトを見れば分かる事――それを知らなかった。

彼女がガイドラインなどを隅々までチェックしたとは言い難い事である。

「これを知らないという事は、ARゲームをマニュアルなしでプレイしているか――全く別のルートからARゲームを始めたパターンのどれか」

 アイオワの言う別パターンとは、プレイ動画やつぶやきサイト上の話、まとめサイト等の事を言う。

ガイドラインは公式サイトやアンテナショップでも閲覧可能だが――比叡が公式以外の情報経由でプレイしていた事を意味している。

あくまでも未プレイの人物によるARゲームプレイヤーの二次創作等を経由している訳ではないのだが――。

「はめられた?」

 比叡の方はアイオワの誘導尋問に引っ掛かってしまう結果にはなったが、まだアイオワは真相を話していない。

つまり、まだ自分の目的が見破られた訳ではないのである。



 次にアイオワは一連のネット炎上案件について話すのだが、これは簡略説明にすぎない。

下手に自分の知っている事を話せば、余計に不利な状況になりかねなかったからだ。

「襲撃者事件を含めて、全てが仕組まれていたと?」

 比叡の方は驚きこそあるのだが、既に知っている情報が多いので驚き方としては非常に小さい。

アイオワの方も、この反応には大体知ってたと言わんばかりの表情をしている。

「全てはアカシックレコードのシナリオ通り――誰が生み出したとも知らないような予言書に、いいように動かされている」

 アイオワの切り出した発言、それはある意味でも今までの事件は神が操っているかのような発言だった。

神様と言う概念が存在するかどうかは全く別の次元の話であり、今回の話とは関係がないのだが――。

「神様なんて馬鹿馬鹿しい。アカシックレコードも、それがシナリオだとしたら――そこに書かれた役割を演じるまで」

 比叡の発言は、別の意味でもメタ発言だった。しかし、アイオワがメタ発言と突っ込む事はなかった。

それを知れば――アイオワは更に別の何かを疑いかねないから。

 他にもやり取りがあったと思うが――周囲にジャミングがあった訳ではないのに、録画されていないという障害が発生して詳細は不明である。

分かっている事があるとすれば、比叡の正体をアイオワが探ろうとしたのだが――それに失敗したという事か。

それに加え、自分に勝てたら目的を話すとも言ったが、言質が取れた訳ではないので裏切られる可能性はある。



 午後1時、アイオワのガジェット調整や混雑でプレイの順番が来なかった事もあり――お互いに昼食を食べてからのプレイとなる。

それでも、順番が回らなかった関係もあって、午後1時20分予定枠になったのだが。

【サーバーの故障か?】

【そう言う訳ではないようだ。臨時メンテナンスがあれば告知があるだろう】

【一体、何が怒っているのか】

 ネット上でも、順番が回らないという報告が相次いでいるのだが――それが不具合なのか、いわゆるハッキングなのかは分からない。

周囲の人物が慌てるような事がなかったのは、下手に動揺をすればネットが炎上すると言う事で意識を強化した結果なのだろうか。



 午後1時15分、もうすぐ順番が来ると言う事もあってアイオワはスタートライン近くの待機ルームで待っていた。

既にARアーマーは装着済で、ガジェットも機動をしている状態である。

「比叡アスカ――最近参戦したプレイヤーの中では、油断できない相手だが――」

 アイオワは本当に比叡が強いのか疑問があった。さすがにチート疑惑がある訳ではないのだが、それでもネームドランカーに入るかと言われると、何かが足りない。

パワードミュージックではアクションゲームの様な運動神経や体力よりも、リズムゲームで求められる直感やリズム感等が必要となってくる。

アイオワの方はアスリートほどではないにしても体力には自信がある。しかし、リズム感は――まだ成長途中と言ったところか。

そのほとんどはARガジェットのサポートアビリティ等に助けられているだろう。

サポートアビリティは、公式のオプションであってチートと言う認識はされていない。

便利すぎるアイテムは何でもチートと言えばネットが炎上すると考えている人間はいるのかもしれないが。



 比叡の場合はリズム感が圧倒的なのだが、それと同じ事は木曾(きそ)アスナにも言える。

木曾もかつてはリズムゲームのトップランカーに近いともネット上で言われていた中、唐突な参戦だった。

それに関してはアイオワもネット上のニュースで知ったのだが――。

「彼女のプレイ経歴は、木曾アスナに似ている――と言うより、ほぼ同キャラに近い」

 プレイ回数は木曾に及ばないが、プレイしている譜面傾向やプレイタイプと言った一部に違いがある。

しかし、それ以外は木曾のコピーと言ってもいい位だ。それに関して、アイオワは疑問に思う部分が――。

「ARゲームは十人十色――プレイヤーが目指す部分は同じだとしても、攻略本をなぞるようなプレイは推奨されない」

 この考えは、さりげなくだがビスマルクとも同じである。ARゲームはあくまでもリアルなスポーツと似ている物だ。

決して、攻略本を片手にプレイしてクリアするような――それこそ作業ゲーと呼ばれる事を非常に嫌うゲームでもある。

「ARゲームは作業ゲーの類ではない。それを、私は証明したい」

 アイオワは思う。ゲームは自分がプレイしたいと言う意思を持ってプレイする物だ。

誰かに命令されてプレイする者でもなければ、政治や一部アイドルグループのプロパガンダで利用していいという物でもない。



 午後1時20分、比叡(ひえい)アスカがアイオワの待っているフィールドに姿を見せた。

その装備は初心者用のARスーツとは全く違う、ワンオフ系と言ったようなデザインである。

比叡の方もカスタマイズガジェットを使用しているという証拠なのだろうか――?

ただし、カスタマイズガジェットやいわゆる改二と言う訳ではない様子。一体、どうやってガジェットを入手したのか?

「貴女に聞きたい事がある――」

 お互いに選曲をしている最中、アイオワが切り出す。

「古代ARゲームについて――」

 その単語が出たと同時に比叡の手が止まる。そして、次の瞬間にはアイオワの方を振り向いた。

「そんなものは存在しない。超有名アイドルの芸能事務所が風評被害や炎上マーケティングを展開する為の――口実に過ぎないわ」

 比叡が全力で否定する所を見ると、何かを隠していそうな雰囲気はあるのだが、それを現段階で聞きだすのは不可能とアイオワは判断した。

アイオワの方は既に選曲を完了させているのだが、その曲を選んだのはマイベストフォルダーからである。



 その一方で、木曾(きそ)アスナは――別の場所から2人のレースを見ていた。

本来であれば見届け人として名乗りを上げようとも考えていたのだが、気が変わったらしい。

「あのアイオワと言う人物――何か違和感がある」

 木曾はアイオワのレベルに関して――何かの違和感を持っていた。

ARゲームのレベルは、基本的に複数機種をプレイしていても合計される訳ではない。

あくまでも1機種でのレベルで扱われる。スキルレベルと言う様な概念とは違うのだが――。

「どちらにしても、この勝負は――アイオワが勝つだろう」

 木曾は考えていた。この勝負はアイオワが勝つのではないか、と。

「今の比叡には、何かの迷いがある様にも感じられる。慢心等とは違うような――」

 比叡のスキルは決して低い物ではないのは誰の目から見ても分かるが、ARゲームに対する熱意の差で――不確定要素が発生する。

木曾がアイオワの勝利を確信したのも、こうした不安定な比叡では敗北する可能性が高いと踏まえた上での物だった。


 

 午後1時50分、比叡とアイオワの勝負はアイオワの勝利と言う幕引きとなった。

しかし、これは一連の事件が決着し、次のステージはパワードミュージックによるバトル――と言う予感さえ感じさせる。

【あのレースは、明らかに比叡の方が勝っていた】

【今までの動きとは全く違っていたのに加え、的確に譜面も演奏出来ていたな】

【しかし、それでもアイオワには勝てなかった】

【向こうがチートを使っているのか?】

【向こうはチートではない。単純に――向こうの実力が上だった】

 つぶやきサイトでは、レースの動画がアップされたと同時に様々な感想が拡散していた。

比叡の動きも確かに以前と比べると凄かったが、それでもアイオワには勝てなかったのである。

その理由として、比叡とアイオワではARゲームをプレイしていた経験が違う。

結局は、比叡のレベルとアイオワのレベルでは違いがあったと改めて証明されたのだ。

それでもネット上の人気が低下するかと言われると、プレイの技術とネット上の人気は比例しない。

「アイオワの勝利は、プレイ時の集中力による物。比叡の集中力では、あの高難易度譜面に対抗できなかった。それだけの事」

 比叡の隣に姿を見せたガーディアンの一人は、アイオワの勝利に関して分析していた。

しかし、ARゲームは分析だけで攻略できるような物ではない。ウィキの情報を鵜呑みにしたとしても、100%勝てる訳でもない。

つまりは――その情報を、どれだけ自分流にアレンジしてフィールドで生かせるかが問題になっているのだ。



 午後2時、今回のレースを受けてパワードミュージックに参戦する人物が現れる事になった。

それは――何とローマである。彼女は別のARゲームをプレイしようとも考えたが、一連のイースポーツ化に対して色々と悩まされていた。

その外見は北欧神話を思わせるアーマー、ARバイザーもデュアルアイという異色デザインだ。

今までのARゲームとは違うアーマーカスタマイズには、ローマも考えている部分があるのかもしれない。

「ローマ、参加しないのではなかったのか?」

 ローマの姿を見かけ、声をかけたのは私服姿のビスマルクである。ビスマルクも比叡のレースに興味があったのだが――。

「あなたには分からないでしょうが――」

 彼女が本格的に参戦する理由、それは黒幕の存在でもあった。

ローマが黒幕の正体に気付き始めたのはネット神の逮捕――それに加え、襲撃者事件である。

これらの事件が、ローマにある人物が黒幕だと言う事を告げているようでもあった。

それに加えて、彼女自身が疑問に思うアカシックレコードの存在も――理由の一つかもしれない。

「大和――あなたが黒幕ではない以上、改めて参戦するわ」

 ローマは、別の画面に表示されたある人物のレース映像を見て、確信をしていたのである。

全ては――アカシックレコードとは別の何かを見せようとしている人物が、暗躍してシナリオを変化させている、と。

その人物こそが、アカシックレコードを生み出した可能性も否定できない。


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