エピソード4『大和、出撃!』
大和、出撃!その1
4月15日、パワードミュージックのフィールドで発生したノイズ、楽曲の割り込み現象――それらが話題になったのは、起きてすぐではなく翌日の事。
まとめサイトでもこの情報は掴んでいなかった為か、一部でフライング記事がまとめられた際には『明らかなねつ造記事』とバッシングされた。
フライング掲載されたまとめ記事は、数時間後に削除され、まとめサイト1つが閉鎖される事態になったが、これは別事件の始まりに過ぎなかったのかもしれない。
今回のサイト閉鎖に関しては芸能事務所側の圧力という事がネット上でも言われていたのだが、芸能事務所側はこの件に関して否定している。
だからこそ、別事件に発展した可能性もあるのだが、この段階では大きな事件が起きるなんて想像できなかった可能性も高い。
楽曲のノイズに関しては意図的な演出と言う公式発表があったのだが――それ以外の事例に関しては調査中と発表される。
楽曲の割り込みに関しては流れた曲の関係もあり、ARゲームで禁止されている超有名アイドルの宣伝行為と判定される可能性もあった。
この判定を含め、下手に発表する事は向こう側の思惑に乗る危険性も指摘されたのだが、これを過度の警戒と見る人物も存在している。
この件がテレビのニュースで報道される事はなかった。ローカルニュースでは取り上げている事もあったが、民放は一切報じていない。
テレビ局やマスコミも自分達にとって金の卵にも似たような超有名アイドルをネット炎上させる事は、大損害につながると考えていたからだ。
唯一、アニメがメインのテレビ局は、我が道を行くと言う事でスルーしている可能性が高い。そのテレビ局は別の意味でも伝説を持っていたのだが。
午前11時10分、ファストフード店で動画を見ていたビスマルクのテーブルには島風朱音(しまかぜ・あかね)、木曾(きそ)アスナも座っていた。
いつの間にか大所帯になってしまったが、ビスマルクとしては大きな問題になっていない。
「リザルトの方は――なるほど。そう言う事か」
レースの結果を見た木曾は、何かに納得したような感じではある。その心境に関して、ビスマルクと島風は感じ取れなかったが。
その後、木曾はドリンクバーでカロリーゼロのコーラをコップに入れてくる為に席を離れる。
それを見届けるビスマルクだったが、彼女のコップにはサイダーが入っている。それに手を付けると思ったが、そうではないようだ。
「結局、チートガジェットが使われたような形跡もない。杞憂だったのか――?」
レースが終了し、肩の力を抜いていたビスマルクだったのだが――リザルトに審議のランプが点灯した事で、流れは大きく変わった。
審議のランプは、基本的にフライング失格の判定やレース中の妨害行為、ゴール後の不正行為に関しての審議を行う際にランプが点灯する。
審判がコースの至る所に配置されている訳ではなく、ARゲーム用の監視カメラ、小型ドローン等が審議に利用されているらしい。
『現在、審議のランプが点灯したため、運営側で審議を行っております。対象は第2ラウンドでのゴールドによるプレイ、その後に発生した不正なラグ――』
「第2ラウンド――まさか?」
審議を知らせるアナウンスと同時に、ビスマルクは既に動画サイトにアップされている該当ラウンドの動画を確認し始めていた。
「第2ラウンドの楽曲ジャンルはハンズアップ、曲の内容に関しては――」
動画以外にもレースの解説を行うサイトもブラウザで同時にたち上げており、それを見比べながらの視聴となった。
島風の方も一緒に視聴している状態だが、特に動画を変えて欲しいという発言はない為、レースの方に集中しているのかもしれない。
レースの方は中盤戦、『三倍アイスクリーム』と言う有名な空耳を超えた辺り――それは起こった。
「何だ、これは――」
ビスマルクの方は、目の前に展開されていた光景に閉口する。島風の方は演出だと判断し、わくわくしながら動画を見ているが――この辺りが2人の反応の違いだろう。
この光景に対し、両者ともにリアクションが別れた格好なのだが――このレースで、一体何が起きたのか?
該当するシーン、それは俗にBパートと呼ばれる部分で起こった、唐突にブリザードが発生したのである。
本来、ARゲームでも気象を扱うジャンルはFPS系列だけ、他の機種では特に気象がゲームを左右するようなファクターではなかった。
『!?』
リードしていたのは白銀のプレイヤーだったのだが、その彼でさえも目の前の吹雪は予測できていなかった。
白銀のプレイヤーは転倒はしなかった一方で、吹雪と同化して認識出来なかったノートを見逃す事になる。
リズムゲームでも対戦中に妨害アイテムを使用して妨害する事が出来る作品は存在するが、パワードミュージックは妨害可能な作品ではない。
吹雪の方も一種の楽曲と連動した演出という見方が出来るような物――とギャラリーは考えていた。
何故、そう考えていたのかと言うと理由がある。それは――あの空耳が登場するパートだったからである。
「この吹雪は――?」
比叡(ひえい)アスカの方は、レースと言う点で見ると二位だったのだが――それも吹雪で足止めと言う部分が影響しての順位だった。
その為、単純には喜べない状況でもある。アクシデントで順位を上げる事は――実力で勝ち取った順位ではないから。
リズムゲームでもコントローラのボタンが効かない等の影響でスコアを平均よりも落としたり、中には演奏失敗するケースもある。
それも運が左右していると言われれば、それまでなのかもしれないが――。
一方で楽曲割り込みに該当するシーンは、残念ながら動画サイトにアップされている物では確認できない。
その理由として、動画としてアップされるのはギャラリーが聞く事の出来る音源を使用している為とも言える。
レースの映像を見た島風の表情が変化している事に、ビスマルクも気づいていた。
この表情は、どう考えてもパワードミュージックに興味を持った様な顔である。木曾の方は若干複雑そうな表情をしているが。
「どうしてもプレイしたいと言うのであれば、止めはしない。ただし、それなりの覚悟が必要な事は――」
木曾が少し複雑そうな表情で島風を何とか引き留めようとするのだが、それを聞き入れるような気配はない。
ビスマルクの方は何を言っても無駄だろうと開き直っている。しばらくしたらアンテナショップへ行く事も視野に入れるべきか。
『審議の結果を報告いたします――』
木曾が引き留めようとした途中で、先ほどの審議に関する放送が流れた。審議と言っても、失格者なしの報告で形式だけ――と誰もが思っていた。
実際、木曾も実際に失格者が出るようであれば――レース前にチートの存在を見つけているはずだ、と。
『審議の結果、比叡アスカ以外の2名は不正ツールの使用及び超有名アイドルグループの便乗宣伝行為が確認出来たとして――』
まさかの判定に驚きを隠せなかったのは、木曾の方だった。
不正ツールの使用という部分は、明らかにゲーム前のチートチェックがザルだったことの証明になるからである。
ツールの精度は日々進化しているとも言われるが、これはこれでひどい――木曾は考えていた。
「そんな馬鹿な事が――」
木曾は眼帯を握りしめ、歯ぎしりをしながら悔しがる。それ程に今回の判定は非常に不可解としか言えない部分があったからだ。
木曾が不可解と言うのは、チートの部分だけではない。超有名アイドルグループの便乗宣伝と言う部分も該当する。
ここでいう宣伝とは、CDの購買運動、楽曲やイベントの宣伝、CDランキングで特定グループのCDを組織票で購入――と言う様な物が該当する。
作品によっては、他のコンテンツが超有名アイドルよりも劣る、全てのコンテンツは超有名アイドルのかませ犬にすぎないという発言等――そうした物も失格扱いとされる事も。
とにかく、ARゲームでは超有名アイドルのタダ乗り宣伝をされないようにする為、さまざまなガイドラインが組み込まれているのだが、誰が何のために厳しくしているのかは分からないままだ。
一説には運営サイドではなく、ある物を参考にしたという噂まで存在するが、ネット上では否定されている事が多い。
『このレースに関しては、無効と判定いたします。なお、比叡アスカのリザルトに関しては不正がない事を確認している為、データとしては有効とします』
判定放送には続きがあった。不正行為を行った2名のプレイヤーが失格、更にはレースが無効判定とされたのである。
ただし、レースとしては無効だが――比叡のプレイに関しては有効と言う結果にはなっていた。
「これは――他の勢力がとんでもない事を考えなければよいのだが――」
ビスマルクはレースの結果が想定外とも言える判定になった事に対し、何かの懸念を感じていた。
そして、その懸念は別の意味でも現実の物となった。
午前11時15分、アンテナショップへ戻った比叡は落ち込んでいた。ベンチに座り込み、レースの動画を見る事無く。
その落ち込みは相当な物であり、スタッフが声を賭けるのも躊躇するレベルだ。
インナースーツには特に装着時のリスクがある訳でもないのだが、ARアーマーには活動限界が設定されている。
アーマーの方は既に一部を解除をしているようだが、ARメットはそのままだった。
5分位は何もしなかっただろうか? しばらくして、立ち上がったと思ったらコンテナルームの方へと向かった。
どうやら、残るアーマーを解除する為に向かったと思われるが――。
「自分が――甘く見過ぎていた」
比叡も見通しが甘かった事は痛感している。レースの結果は、失格者の影響で無効となっている。
しかし、自分の記録は有効である為、記録の取り消しは出来ない。それに関して悔しがっている訳ではないのだが――。
「これが、ARゲームの現実――。こちらの想定以上にチートが蔓延していたなんて」
比叡は悔しがった。単純に敗北しただけであれば、次回に向けて練習をすればいいだろう。
しかし、今回のレースは不正ツールを使用した事による失格者が出現した。
比叡に責任がある訳ではないし、運営側がツールを発見できなかった事を攻める事も出来ない。
「あれだけのチートを振りかざして、瞬間の勝利の美酒に酔いしれようと言うのか――馬鹿馬鹿しい!」
チートプレイヤーの存在はARゲームだけでなく、リズムゲームにもあった。
それは1人プレイが前提の機種で複数人プレイ、自分より上手なプレイヤーに身代わりを頼むと言ったようなアナログな物が多い。
ARゲームではアナログなチートも存在するのだが、それ以上にARガジェットにツールを組み込む、不正ガジェットを持ちこむ等の不正が多かったのである。
そこまでしてハイスコアを取ったとしても、後に判明してしまえばライセンスはく奪だけでなく――自分の経歴に傷が付くはずだ。
スポーツアスリートでもドーピング問題が切っても切り離せないように、ARゲームでもチートが蔓延していたという事か。
その怒りは爆発寸前であり、ARガジェットに八つ当たりする直前でもあった。
「物に当たったとしても、それで怒りが収まる訳でもない――」
しばらく自問自答をしていたが、その後はARアーマーを解除し、インナースーツを脱ぐ。
身体の方は汗でびっしょり――まるで、本当にスポーツで汗を流したかのような感覚があった。
リズムゲームでも身体を使う物はあるが、ここまで大量の汗はかかない。スーツの下は水着であり、全裸と言う訳ではない。
中には全裸の状態からインナースーツを装着する人物もいるのだが、それらはレアケースと言うべきか。
「チートが悪いのは、今に始まった事ではない。しかし、後味の悪いのは――」
プレイ回数が多ければ、タオルが必要な程の汗はかくかもしれない。シャワーを軽く浴びる程度でも、身体の不快感はある程度取れるだろうか。
その後、比叡はシャワールームを利用して身体を洗い、アンテナショップを出たのは午前12時近くだった。
4月15日午前12時15分、比叡(ひえい)アスカが帰路についた頃、島風朱音(しまかぜ・あかね)がアンテナショップに姿を見せた。
あの後、木曾(きそ)アスナはパワードミュージックをプレイする為に離脱、ビスマルクも別の用事を思い出して店に残留したので、結局は一人でアンテナショップへ向かう事に。
「アンテナショップへ向かうのであれば、この近くにあるショップへ行くといいだろう。マップは――ARガジェットであれば誘導可能だが」
木曾は島風がアンテナショップへ行くと言った際、このような事を言っていた。
しかし、自分は該当するガジェットも持っていなかったので、スマホアプリにARゲームのアンテナショップを検索可能なマップツールを入れる。
そして、それを頼りにして到着したアンテナショップは、比叡が来店していたアンテナショップだったのである。ある意味でも偶然は恐ろしい物かもしれない。
同時刻、太陽光発電エリアに工事車両が止まっていた。どうやら、設備のメンテと言う事らしい。
メンテ以外にも設備の拡張がメインかもしれないが――それを現場の人間が知っている訳もなかったと言う。
太陽光発電システムはARゲームにとっても欠かせないシステムだが、それよりも驚くのは――。
「風力発電、水力発電、それに太陽光か――」
通りかかったARガーディアンの男性提督が、工事車両の方を振り向く。工事車両が不審車であれば、警察が動くのは確実だろう。
しかし、警察も大きくは動いていないので現状では問題なしと考えているのだろうか?
「莫大とも言えるようなARゲームに使用する電力、それを太陽光などで80%近くフォローできるようになったからこそ――」
彼は太陽光発電システムが確立されたからこそ、ARゲームが運営可能になったと考えていた。
そうでもしないと、市民から理解を得ることなんて不可能だったからである。
そして、この太陽光発電システムを独占しようと考えているのが――アイドル投資家や芸能事務所の存在だ。
その目的は使用料を徴収しようと考えている可能性。徴収した利益で超有名アイドルの劇場等を建設しようと考えているのかもしれない。
一方で、一連のレースを動画で視聴していたのは大和朱音(やまと・あかね)だった。
彼女は運営本部で視聴していたのではなく、ゲーセンの店内で動画を視聴している。
今回は上着を着用しているが、これはARゲーム用のインナースーツを隠すためらしい。
あえて下着代わりにインナースーツを着用する理由は不明だが。
「やはり、一連の騒動はまとめサイトが芸能事務所から賄賂を受け取り、芸能事務所の超有名アイドルを力押しで神コンテンツにしようという路線か――」
過去にも同様の騒動があり、それがつぶやきサイト上等で拡散した事でネット炎上した事は日常茶飯事となっている時期もあった。
大和は一連のネット炎上も一種の『戦争』であると位置づけている人物として、ある勢力からブラックリスト入りされたほどである。
それこそ、瞬時に騒動を鎮静化させるネット神とも噂される明石零(あかし・ぜろ)と並ぶほどのレベルだ。
明石に関してはネット神について自分は該当しないと否定をしているようだが、それでも明石の能力は神に等しい能力を見せている。
「日本政府は超有名アイドルファンであるとされる約10万人規模のアイドル投資家だけで、日本経済をバブルの時期まで戻そうと言うのか」
この程度の話で動揺しているようでは、ARゲームをプレイするのは至難の技だと言う事は自分も知っていた。
過去にもARゲームで起こった騒動、それは間違いなく富裕層の一握りと断言出来るアイドル投資家――それを生かす為に政府が起こした騒動と考えている人物もいる位である。
しかし、大和はそうした過激派思想には便乗せず――自分なりの考え方でARゲームを変えようと考えていた。
それも、ARゲームのガイドラインやARゲームのルールに様々な物を加える事で。
「――違うな。おそらく、そう言うシナリオを望んでいる人物がいると言うのだろう。第4の壁の向こうに」
大和は自分のタブレット端末を見つめながら、ふとつぶやく。
今回の一連の事件は確かにパワードミュージックの評判を落とそうという意図は感じ取れる。
しかし、ロケテスト当時に盛り上がらなかったような作品を潰す理由が何処にあるのか?
情報解禁時の盛り上がりを踏まえれば、考えを変えたとも受け取れる。
「こちらが大きく動けば、それこそゲームの運営そのものに支障が出る。ここは、証拠集めを含めて地道に動くしかないか――」
しばらくして、大和はゲーセンを後にする為に出入り口の自動ドアへと向かう。
その際の表情は無表情に近い物だが、それは周囲に何かを悟らせないようにするための配慮だろうか。
その後、大和はゲーセンを後にして別の場所へと向かう事にした。一体、何処へ向かったのかは本人にしか分からない。
そして、彼女が言う『証拠』が何を意味しているのかは予測も難しい。彼女が見ている先とは、一体どこなのか――。
「どちらにしても、まとめサイトがマスコミと手を組んで超有名アイドルの神コンテンツ化――それが第4の壁で行われない事を祈るばかりだが、こればかりはどうする事も出来ない」
ゲーセンを出た大和の目の前には、トライク位のサイズのホバーボードが置かれていた。
デザイン的にはボードと言うよりはホバーバイクと言えるかもしれない。これもARゲームに使用するガジェットだろうか?
バイクと言うにはレバー等が存在しない為、どうやって乗るのか――と周囲のギャラリーも気にしているようだ。
大和がボードに乗る直前、両耳にヘッドフォンにも似たようなガジェットを装着する。
そして、装着後には大和の周囲にはARアーマーが装着される際のエフェクトが発生し、全身にARアーマーが装着された。
アーマーの形状は汎用と言う物ではなく、ワンオフと言うべき様なデザインをしていた。
その形状はモチーフがはっきりと分かるような気配がある。分かる人物が見れば即座に分かると言うレベルのデザインなのは明白――。
「全ての鍵を握るのは、アカシックレコードと言う事なのか――全ての発端となった鍵と言うのは」
大和はアカシックレコードがあるとされるビルへと向かおうとしたのだが――。
しばらくして表示されたメッセージは、大和も驚くような内容だったのである。
【この場所にアカシックレコードはありません】
大和のARバイザーには精密なマップと高性能レーダーを搭載していた。この手のカスタムバイザーにはよくある装備だが、大和の装備している物は精度のケタが違う。
しかし、そのバイザーが示したのは向かおうとしたビルにはアカシックレコードがないという結果が表示されたのである。
「ビルの解体が終了している――だと?」
大和も思わず驚きを隠せずにいた。
アカシックレコードがあるとされていたビルは1年前に解体工事が行われ、今は全く別の施設が立てられている。
その施設とは――何とARゲームのアンテナショップ。一体、これはどういう事なのか?
「ARゲームのアンテナショップであれば、申請が必要のはず。この場所には申請がなかったと聞いていたが――?」
大和は何かが引っ掛かり、地図データの更新を改めて行う。
すると、アカシックレコードを示す地図の中心点があったのは――。
「谷塚駅の近辺――そう言う事か」
申請がなかったのではなく、おそらくは運営に事後申請、あるいは申請自体がない違法ショップと言う可能性もある。
大和は即座に向かおうとも考えたが、場所が場所なので現状では泳がせる事にした。
下手に動けばガーディアン組織や別勢力にも気づかれる可能性があり、まとめサイトの管理人やマスコミなどに知られれば――そちらの方が大惨事となる。
違法のショップだった場合、運営とは別にARガーディアンが動き出すのは間違いないだろう。それを踏まえると、放置されている理由は――。
午前12時20分、島風はアンテナショップを見て回る。昼ごろと言う割には、客足が少ない訳ではないようだ。
ショップ内にフードコートのあるアンテナショップもあるが、ここが該当するアンテナショップなのかは島風には分からない。
店内には最新のARガジェットや関連オプションなども販売されているが、彼女の目当ては――。
「先客――?」
島風がコーナーの近くまで進むと、パワードミュージックのコーナーの一角で男性スタッフと話している人物の姿が見えた。
身長187センチ、黒のロングヘアーと言ったら――彼女しか考えられない。
島風でもネット上でARゲームのプレイヤーを検索する事がある。
それは、自分がコスプレイヤーと言う事もあって、衣装の着こなしやデザインのヒントになれば――という意味合いがあった。
その中でも高い身長でアスリートを思わせるような外見の人物は、ついこの間見たばかりでもある。
「長門クリス? どうして、彼女が――」
長門(ながと)クリス、ARゲームをプレイしているユーザーで新規や初心者ではない場合、あるいはARリズムゲーム等の特定ジャンル以外で彼女の名前を見ないユーザーはいないだろう。
彼女はARゲームのイースポーツ化に関して、周囲を動かすような発言はしていない。おそらく、長門なりの配慮だろうか?
島風が遠目から様子を見ている中で、長門はARガジェットの品定めをしていた。
「ARFPS等のガジェットも使用可能ですが、大体の方がガジェットを別に用意していますので――」
男性スタッフが長門に別のARガジェットを薦めるのだが、特に強制力がないような口調の為、長門の方も若干困惑している。
「ARリズムゲームでは専用のガジェットがあると聞いている。そちらをお願いしたいのだが――」
長門は直球でパワードミュージック用のガジェットを要求する。
しかし、スタッフの方はさまざまなクレームなども来ている作品を薦めるよりは、他の作品を――という心情があるのかもしれない。
それに加えて、ノルマと言う物は存在しないが、別の売れ筋ガジェットがあるのならば、そちらを売って人気が出た方が良いともスタッフは考えていたのだろうか。
「こちらとしては、別のARゲームよりも――優先してみて見たいと言う事で、ここにいるのだが」
長門としても後には引かないような気配である。
男性スタッフの方もパワードミュージックを薦めたくない事情はあるのだが、お客的な事情もあって、スタッフの方が諦める事にした。
「とりあえず、マニュアルの方はこちらですが――後でプレイして後悔するのはなしにして下さいね」
引き下がった男性スタッフだが、長門に対して釘を刺した。その後、彼はマニュアルを長門に手渡し、別のコーナーへと案内する。
この警告とも言えるような発言は長門にとって、後々に重要な意味を持つ事になるのだが――それはもう少し後の話となる。
午前12時25分、遠目で様子を見ていた島風朱音(しまかぜ・あかね)はパワードミュージックのスペースへと足を踏み入れるが――。
「また先客――?」
数メートル位まで到達した所で、またしても先客が現れる。
しかし、よく見ると服装がアンテナショップの制服だった為、別のスタッフが配置されたらしい。
どうやら、島風の早とちりだったようだ。それを知った島風は、ほっと一息。ようやくお目当ての商品が買える――と言う様な安堵の表情を浮かべた。
「いらっしゃいませ」
先ほどとは雰囲気も違う様な男性スタッフが島風の前に姿を見せる。
明らかに怪しいスタッフではないのだが――身構えてしまうのは仕様と言えるかもしれない。
その後、島風は色々なやり取りをしつつも何とかガジェットは買えたらしい。
その値段は5000円程度。彼女は値切りをした訳ではなく、自身が軽装型ガジェットを選択した事による物だ。
重装備は自分でも動きにくいと試着して感じた一方で、パワードミュージックでは不向きとスタッフに言われたからである。
「軽装、重装で安全性に違いはありません。ただし、ARガジェットの重さと言う事を踏まえれば――重装備はスピード系には不向きですね」
重装備に関しては、どちらかで言えばFPSやTPS向けであり、スピード系ARゲームには不向き――そう言及された。
その結果として島風は軽装型を購入した。そのデザインに関してはカスタマイズ自由――と言う事もあって、白い汎用スーツを渡されたも同然である。
コスプレイヤーとしては、カスタマイズ自由なガジェットの方が自分を表現するにもうってつけだろう。ただし、カスタマイズを自分で出来ればの話だが。
同刻、長門(ながと)クリスが向かっていたのは、特殊な部屋である。しかし、長門には何度も見覚えのある光景なのは間違いない。
案内された部屋はARガジェットの試着室とも言える場所であり、ここでサイズの確認やアーマーのカスタマイズも行う。
しかし、 今回はパワードミュージック専用のガジェットと言う事もあって確認項目は他のARゲームよりも多めだ。
「なるほど――ここまでのカスタマイズが要求されるのか」
長門が装備していたのは、ホバーブースターを装備した脚部アーマー、それ以外のアーマーはSFと言うよりはファンタジーの意匠に近い。
ARメットに関しては全体を覆うタイプなのだが、ユニコーンの角を思わせるような頭部アンテナ、ファンタジーの騎士を思わせる装飾が特徴だ。
ARガジェットは、リズムゲームのキーボードを思わせるようなシールドビットを6枚と特殊すぎる傾向がある。
ARガジェットに関しては男性スタッフも、ここまでの仕様を要求するケースはないと言う事らしいが――。
インナースーツのカラーはグレー系で、普段のARFPS等で使用している物とは違うようだ。
「ここまでのガジェットを揃えても、1万円を超えないとは――」
高性能なガジェットは、その性能によっては1万円オーバーもザラである。
それに加えて、ジャンルによってはARガジェットとは別にカスタムアイテムで費用がかかる場合も――ソシャゲで言うガチャとまではいかないが、感覚としてはそちらに近い。
「しかし、ARゲームはガジェットの善し悪しや予算等で決まるものではない。無課金は不可能だが、最低限の投資だけでどれだけ楽しめるか――」
長門は早速プレイしようと言う様な気分でいたのだが、それは無理だとスタッフに制止される。
『現在、パワードミュージックは登録制限が行われているようです。解除されない事には――』
登録制限の原因は、一部ユーザーのチートプレイの様な物ではない。チートプレイが問題視されているARゲームは他にもあるからだ。
長門は自分でも登録制限の理由を考えた。人数制限で制限をかける作品もあるが、パワードミュージックの登録者数が100万人を突破した訳でもないように感じたからである。
チートを使用していないがモラルの欠けたプレイで怪我人が出た、違法なギャンブル、サクラが問題視、売名行為――他のARゲームではあり得そうなものばかり。
しかし、実際に聞いてみると違う理由だった。その理由を直接聞かされると、長門は別の意味で言葉を失ったと言う。
「――イースポーツ化を前に、様々なARゲームでガイドライン変更案が出ている噂は聞いていた。しかし、こういう輩が現れるとは――」
この話を聞いた長門は、何としてもARゲームを快適にプレイ出来る環境を整える事が自分の使命だと感じていた。
午前12時50分、アンテナショップのセンターモニターの前に陣取っていたのはローマだった。
モニターに流れるニュースに一喜一憂する様子は、他のプレイヤーにも察知され、中にはその動画を動画サイトにアップしようと言う人物もいた位。
しかし、それを行おうとしてもアンテナショップ内では出来ない理由があった。それは――。
「またあなた方ですか――」
ローマが腕を掴んでいた人物、それはネット上でスクープ画像をSNSで拡散し、アフィリエイト系サイトに売り込むと言う勢力――いわゆるネット警察や悪目立ち勢力とも言える連中だった。
彼女の方は口調からは落ち着いているように見えるが、腕を掴む力は相当なものである。
本来ならば、ここまでの事をすればネット炎上は避けられない――と言うよりも、炎上するのが当然な流れだろう。
当然、それをローマも知っている上で――この行動に出た。
「貴様、そんな事をすればネットが炎上するぞ」
既に決まり文句である。この男性は、発言をした段階で負けフラグを立ててしまったと言えなくもない。
別の男性はこの様子を動画にして拡散しようとしたが、やはりジャミングでスマホが使用できない状態だ。
ジャミングと言うよりは、特定エリア以外ではスマホが使えないという可能性も高いが――彼は確認すらしなかったのである。
「ここはARゲームのフィールド――貴方達では勝ち目はないわ」
ローマの腕を掴む握力が上がっているような錯覚を男性の方が感じ、男性の方は悲鳴を上げる。
しかし、その悲鳴を聞いて駆けつけるような様子もなければ――周囲のギャラリーが加勢する事もない。一体、どういう事か?
「言い忘れていたけど、ARフィールドを展開した以上は、ARガジェット以外の通信機器はジャミングで使用不能よ――」
ローマから告げられた事実、それは彼らにとっては寝耳に水であった。
それに気付かず、アンテナショップで動画を撮影しようとしたからである。自滅をしたのは、男性の方だったのだ。
最終的には駆けつけたガーディアンに引き渡され、ネット炎上を狙った人物の野望は阻止されたが――。
午後3時、大和朱音(やまと・あかね)は思い当たる場所を手当たり次第調査していた。
その目的はアカシックレコードである。しかし、決定打となるような情報は発見できない状況でもあった。
1人で調べるには限界がある――そう感じるのは間違いないだろう。
アカシックレコードとは、それだけ大規模な存在であり、創作作品では神にも匹敵すると言及される存在でもあるからだ。
「アカシックレコードが神に匹敵するのは、何度も言及されて来たが――それを見つけるにも、ここまで苦労するのか」
大和はアカシックレコードを単独で発見しようと考えていた。それも運営側などに相談する事無く。
そうしなければいけないのには、理由が存在する。それは――アカシックレコードの悪用による事件だった。
過去に起こったネット炎上に関係した事件はアカシックレコードを誤った使い方――それが原因と言う結論が大多数である。
この報道が下手に電波へ――となれば、地球全土が火の海になりかねない。一部の過激派であれば、そう発言するかもしれないだろう。
4月15日午後5時、周囲は暗くないのだがARゲームフィールドにはLEDライトが当てられる。
暗闇では周囲を認識しにくいという事で、周囲を照らす為に使用されているのだが――時にはストーカー対策や不審者発見などのも役に立っているようだ。
このLEDライトは昼間の太陽光発電で生み出した電気を利用した物であり、他の電力を使用する訳ではない。
ある種のエコ技術と言えるのかもしれないが、この技術自体がARゲームと言う存在が異質なのかを語るのには重要な要素となる。
LEDライトに関しては、ドローンが周囲を飛行して飛行範囲でライトを照らすと言う案も出されたのだが、ドローンの場合は墜落事故が起こると被害が大きくなる可能性も――という観点で断念された経緯がある。
【こうした技術が、街の為にもなるとは――】
【この他にも特殊水力発電システムは、大雨や台風時の水を利用した発電手段だが――あれもARゲームで使用される技術を応用した物だ】
【その大元が、バックパックの発電システムだ。アーマーのクリスタル部分が太陽光パネルの役割を行い、エネルギーを生み出しているという話もある】
【まさかと思うが、あの技術は異世界の物ではないのか? あるいはファンタジー的な】
【それこそ、Web小説の世界だろう。アレらの技術は全て科学的な物であって、オカルト的な技術ではない】
【これらの技術が全てタダで提供――どう考えても話が出来過ぎているだろう?】
【彼らとしてはARゲームに使用出来るかと言う部分に関して、一定のデータを集めている。WIN―WINの関係なのかもしれない】
これらのつぶやきを見ていたのは、アンテナショップでガジェットの修理を行っていたビスマルクだった。
その後、別のARゲームをプレイしていたのだが、まさかのアンノウンに襲撃を受け、使用していたARTPS用のガジェットは大破――。
それ以外のガジェットも中破している物もあり、しばらくはパワードミュージックのみになるだろうか。
「あの襲撃者――手際が良いとは思えなかった。まるで、ARゲームに慣れていないような感覚もあった」
ビスマルクを襲撃したのは複数規模のグループなのは間違いない。
その装備は最新鋭とまではいかないが、ショップでは来週以降に流通するであろうタイプ――しかし、扱うプレイヤーの腕は初心者以下だった。
まるで、適当に裏サイト等で集められたような人間をプレイヤーに仕立て、ネットを炎上させる目的だけに――。
午後7時、国営のニュース番組でも草加市で発生した一連の襲撃事件は取り扱っていない。
怪我人が出ていない点でローカルニュース扱いなのかと言われると――そちらも疑問が残る。
『日本政府は、新たなコンテンツ流通の為に――』
ニュースで取り上げない理由、ネット上では芸能事務所から報道制限がかけられている、芸能事務所が買収、芸能事務所が政治家へ報告して圧力――中には無茶苦茶な物もあった。
案の定、トップニュースは超有名アイドルに関係するニュースで始まった。重大事故などであればトップニュースは変更されるだろうが――。
【あのニュース、何故に取り上げない?】
【超有名アイドルを神コンテンツにする為に、芸能事務所側に不利なニュースは報じないのだろう】
【逆に芸能事務所が不利になっている時は、都合よくファンマナーに関するニュースや事実を捻じ曲げたニュースを報じて、超有名アイドル以外は悪の存在と言う事を植えつける――】
【ある意味でもマインドコントロールと言う事か?】
【過去に問題視されたカルト集団があるだろう? それの超有名アイドル版は言いすぎかもしれないが、過去の事例は――】
このつぶやきでさえも、ある台本小説の筋書きをコピペして適当に切り取っている――まるで夢小説等を思わせるような気配もあった。
ネット上の動きに対し、ため息交じりにチェックしていたのは、自室でテレビを視聴していた長門(ながと)クリスである。
「一連の襲撃事件、それがパワードミュージックの登録制限に繋がっていると――」
長門は、あの時に男性スタッフから話のあった事を思い出した。
彼が言うには『ARガジェットを使用した襲撃事件の影響で、類似ガジェットを使うARゲームに登録制限がかかっている』と。
ARゲームと言っても、アクション系やサバゲ系、リズムゲームや格闘ゲームなどもある位だ。
使用するガジェットもジャンルによっては異なるのは当然だが、それらもひとくくりでARゲームと言う事で制限をかけるように指示したのか?
色々と疑問が出てくるかもしれないが、報道されない以上は問題なしと政府は思っているのだろう。
「どちらにしても――芸能事務所側は何が狙いなのか」
長門は芸能事務所の狙いが分からずじまいと言うよりも――あまりにも過去事例のテンプレ過ぎる所に疑問を持った。
もしかすると、ARゲームで大規模なストーリーモード、あるいはイベントでも行うと言うのか?
午後10時、ここまで来ると民放でもニュース番組が放送される。
しかし、そこでも一連の襲撃事件のニュースを取り上げる事はなかった。
国営放送が取り上げない理由は、別にあるかもしれないが――民放の場合は極めて異例である。
スポンサーや広告会社の指示で報道できない可能性も指摘されるだけに、どう考えても報道の自由が形骸化しているとしか思えない。
『芸能事務所は、一体何を考えているのでしょうか?』
ある民放ニュースのコメンテーターも、芸能事務所の暴走に関しては疑問を持っている。
しかし、そうした発言を炎上させようと言うアイドルファンが束になって炎上させた結果、この10分後には謝罪をする羽目になった。
炎上させようと主導したのは、特定芸能事務所のアイドルファンと言う事になっているが、明らかにアイドル投資家か芸能事務所Aのスタッフだろう。
こうしたネット炎上マーケティングを禁止しようと言う法案も提出されるような話も出ているのだが、実際に誰たと言う話はない。
その理由に政府を陰で操っているのが芸能事務所Aであり、全てのネット炎上を主導している人物である――とまとめサイトで言われているが、詳細は不明だ。
「ここまで来ると――物の見事としか言いようがない。報道機関や広告会社、それに一部のアイドル投資家が国会を掌握すると言う展開は――」
パソコンの画面を見ながら、私服姿でつぶやきサイトのタイムラインを見ているのは、天津風(あまつかぜ)いのりである。
さすがに自宅でもメイド服と言う訳ではなく、メイド服は出かけるとき限定のようだ。それに、ARバイザーも家の中では装着していない。
1日中装着していると、それだけで虚構の世界に居続ける事になる。時々だが現実空間に戻らないと、架空とリアルの区別もつかなくなるだろう。
それこそ、ゲームが風評被害を受ける原因となっている――あの事例につながるのだが、天津風にとっては、あまり言及されたくない部分のようだ。
「この世界における絶対悪、それは超有名アイドルコンテンツなのか――」
天津風は、ふとつぶやく。ARゲームだけではなく、他のコンテンツも超有名アイドルの売り上げを異常と考えている勢力は多い。
中には、彼らの売り方等に対して批判的な発言をしたり、それらを反面教師として様々な展開を行うジャンルも存在する。
それだけに、天津風にとっては気になる話題でもあった。
4月15日、一連の襲撃者事件はネットのサイト上のみでしか取り扱われなかったという。
テレビのニュースでは事件性が小さい、視聴率が取れる事件ではないという事で扱いが小さくなっていた。
当然、こうした流れは何か陰謀論があるのではないか、と考える勢力が存在したのは事実である。
結局は芸能事務所もARゲームを自分達の都合のよいコンテンツにする為――と言うのが有力だろうか。
そうした噂は浮上したとしても芸能事務所に消される可能性が高く、決定的な証拠をつかもうと動き出す勢力が多かったらしい。
4月16日午前9時、ネット上にはとある書き込みを巡るつぶやきが多数を占めていた。
【イースポーツ化に反対する勢力がARゲームから次々と離脱したらしい】
この書き込み自体、炎上勢力による釣り書き込みと誰もが思っていた。
実際、イースポーツ反対派の有名所がアイオワとのバトルで敗北し、発言力を大幅に失った事も記憶に新しい。
それ以外にも一部反対派や過激派と呼ばれるような勢力も、次々と賛成派に移行していたからだ。
それを踏まえると、この書き込みには『何故』大量の離脱者が出たと書いているのか――謎が多い。
【大量? 2人で大量と言うオチはないよな?】
【大量ではなく、大物が離脱なのかもしれない。あのつぶやきには書き方の問題があって、色々と不明な個所が多いが】
【どうせ、超有名アイドル投資家が自分アフィリエイトサイトへ――と言う誘導だろうな】
【どちらにしても、アイドル投資家の罠と言うのは間違いなさそうだ】
【彼らは一体、どうやって資金を得て――どういった活動をしているのか?】
他にも様々な書き込みがあるのだが、半数ほどはまとめサイトの発言を鵜呑みにしたユーザーが拡散しているリンクばかりである。
これも一種のネット炎上と言えるのだろうか?
「どうせ、この書き込み次第が――」
一連のタイムラインを見て、不機嫌になっていたのは、身長180センチに巨乳、上着を着込んでいる女性である。
彼女はアンテナショップの開店待ちで近くのファストフード店にいたののだが、それには理由があった。
それは、開店時間を間違えた為である。他の徹夜組等と間違われないように、彼女は近くのファストフード店へ向かい、現在に至る。
その女性の名は、明石零(あかし・ぜろ)――何故に彼女がアンテナショップへ向かったのかは不明だ。
「どちらにしても、一連の書き込みは炎上事件のきっかけになる。あの惨劇を繰り返す事は、将来的にクラッカーを日本へ呼び込む事にもなりかねない」
ネット炎上は、一歩間違えると海外からクラッカーやテロリストを呼び込みかねない。
これらの混乱に便乗し、主導権を握ろうとする芸能事務所の動きもけん制するべき――明石はそう考えている。
「日本のアカシックレコードを由来とする技術――それが海外へ流出する事は、戦火を広げる事を意味している以上――」
明石はこれ以上の事を言う事はなかった。それを言ってしまうと、他の勢力に盗聴されている可能性も否定できない為――情報流出の意味でも、沈黙を貫く事にした。
雑誌のフラゲが流出し、発表当日以前に情報がネタバレしてしまう事はネット上では日常茶飯事である。
その間違った情報戦、ルールに反したネット炎上――こうした物を明石は『もう一つの戦争』と位置付けていた。
明石以外にも一部勢力が、ネット炎上を『クリーンな戦争』と位置づけたりすることは稀にある。
いわゆる『デスゲーム』は法律で全面禁止された世界では、物理的に人を傷つけずに人心掌握する方法を芸能事務所が求めていた。
こうした話題も、いわゆる一つのまとめサイトによる炎上への誘導と言われるかもしれないが。
これらの発言を偽物と考えている人物もいるのだが、そうした発言がメインで取り上げられる事はなかったと言う。
一体、この発言をした張本人は誰なのか? アカシックレコードに掲載された小説を利用したテンプレコメントなのか?
その真相を探ろうと言う人物は少ない。皆無という訳ではないのだが――。
午前9時30分、アンテナショップのオープンは場所によって9時30分~10時とバラバラである。
しかし、中には定休日を設定している場所もあるので、事前にアプリ等でチェックしないと――。
「おかしい――何故、あのアンテナショップは開かないのか」
店を出た明石は店の前まで来たのだが、オープンするような様子は全くない。そして、電光掲示板と思わしき看板を見て驚いた。
【本日定休日】
まさか、この段階で出遅れるとは予想外だったのである。
新台入れ替え、在庫の整理などで休業日となるケースもあるのだが――こればかりは明石の調査し忘れとしか言えないだろう。
なお、今の明石の様なポカミスを行う人物は0ではなく、少数いたようである。同じように電光掲示板を確認し、他の店舗へ移動するプレイヤーもいた。
「システムメンテナンスを理由にアンテナショップを止める必要性があるとは――」
一部のARゲームでは、深夜にメンテナンスを行い、早朝にシステムを調整、午前10時には快適にプレイ出来るように整備を行う作品もある。
パワードミュージックの場合、コース整備やシステムのアップデート、サーバーメンテ等でプレイ出来ない時間帯が存在していた。
午前2時~午前9時までがパワードミュージックのメンテ時間となっているが、これは土日を除いた物ではなく毎日行われる。
物によっては土日祝日は24時間営業というARゲームもありそうだが、騒音や近隣住民に配慮した形で深夜はメンテと言う作品が多い。
メンテと言うと、ソシャゲでは色々とネット炎上する話題なのだが、ARゲームでは安全性が重視される為に炎上のネタになる事はなかった。
メンテを怠れば重大な事故につながる可能性があるのは、遊園地のアトラクションやプール等の施設、高速バスや電車等の移動手段が該当する。
ARゲームで言うメンテナンスとは、人名を守る為にも必要不可欠なメンテである――と言う事はネットでも知られているが、その恩賞をプレイヤーが受けるような場面は滅多にない。
「しかし、メンテナンスを行うのは正常な運営を行うためには重要なファクターでもある――これも仕方がないのか」
結局、明石は別のアンテナショップへ向かう事になる。
明石の向かったアンテナショップは松原団地の為、草加のアンテナショップへ向かうのには電車を使う事になるのだが――。
「電車よりもアンテナショップを直通運転しているバスを探すべきか――?」
バスの方を探すほうが早いと考えた明石は松原団地駅の周囲にバス停がないか、周囲を見回す事にした。
そして、アンテナショップの検索アプリも起動させるのだが――アプリの起動よりも目視した方が早いというオチがつく。
「バスの予定時間は――」
バスの時刻表をチェックしていた明石だったが、しばらくして偶然バスがバス停に止まったので、何処へ行くかを確認する。
しかし、目的地が違う為に別のバスを待つ事になった。これでも5分間隔でバスがやってくるとの事なのだが――。
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