エピソード3『比叡、出撃へ』

比叡、出撃へその1

 4月14日、イースポーツ反対派や賞金制度反対派等と言った勢力は、規模縮小をせざるを得ない状況に追い込まれていた。

アイオワの運動能力を甘く見ていた事もあるが、彼らの過激な発言がアイドル投資家やまとめサイト勢力による超有名アイドルの宣伝に利用されていた事が原因である。

 しかし、その炎上を瞬時にして止めたのがアガートラームの力を持っている明石零(あかし・ぜろ)、この人物に関する情報はまとめサイトやニュースサイトで報じられる事はなかった。

その理由の一つにアガートラームが伝説上の存在であり、それを再現しようと言う人物がどうなったのかと言う末路が――ネット上の噂もあるが、あくまでもソース不明と言う事で拡散が避けられている。

こうした一連の動きを比叡(ひえい)アスカは全く気付かなかった。

ネット上のタイムラインは見ていたかもしれないが、それよりも重要な作業をしていたからである。

『西暦2019年4月9日、ARゲームのアンテナショップである作品の情報が解禁された――』

『その作品の名は『パワードミュージック』、名称だけは知っていたユーザーもいたのだが、その詳細が判明したのはこの日である』

『自分も4月1日の段階ではシステム解説を見てもARゲームのソレとは大きく趣向が違っていた』

『システムとしてはARパルクールと言うパルクールにも似た競技にリズムゲーム――要するに音楽ゲームを足した物と言える』

 比叡が自宅に戻って見ていた動画、それはある人物によるパワードミュージックに関するレポートである。

実は、この動画を発見する事になったのは資料を手に入れる為に立ち寄ったアンテナショップ、そこで動画サイトを検索している際、この動画を発見した。

その後、比叡は動画のURLをARガジェットにメモ、それを何度も見ていたのである。

「この動画を投稿した人物、確かビスマルクと――」

 動画を何度か見ている内にビスマルクと言う名前が気になって検索サイトを調べるが、某国の戦艦、その戦艦を擬人化した物、人物名――。

目当てのビスマルクにはたどり着けなかった。アカシックレコードには二つ名を持ったビスマルクが確認できたが、その外見は目当ての人物とはほど遠い。

そこには『鉄血のビスマルク』と記述されていたが、残念ながら彼女とは別人と見るべきだろう。第一、彼女はこの世界には実在しない人物だからだ。

もしかすると、別のビスマルクのコスプレをしている可能性もあるが――探すだけ無駄な時間と言う可能性も否定できない。

「今は、パワードミュージックの詳細を知る方が先かも」

 公式ホームページを見ても、まとめウィキを調べても攻略法が見つからない。

やはり、リズムゲームに一定の攻略法は通じないのか? あるいは攻略法は一つとは限らないのか――。

冷たい麦茶を口にしながら、データ検索を続けるが――その後も有力な攻略法は見つからなかった。

しかし、攻略法とは違うプレイ動画はいくつか発見出来た。それらは大抵がARゲームとは別のリズムゲームである事も多かったが、何らかのヒント位にはなるだろう。

有名実況者はパワードミュージックに手を出していない為か、動画をランキングから検索するのは一苦労だったが。

「大抵の実況者はアクションゲーム等をメインにしている。それはARゲームでも変わらない――」

 実況と言う仕様上でリズムゲームが不向きなのかは分からないが、アクションゲームやFPSの実況動画が多いように思えた。

ARゲームの中には実況を許可しているジャンルも存在し、対戦格闘はその中でも一番盛り上がっていると言えるだろう。

「一体、リズムゲームには何があると言うのか――」

 その他にも動画が発見出来るだろうと考えた比叡だが、先ほど発見出来た位しか動画の方は見つからない。

やはりランキング経由では、発見出来るのはスーパープレイばかりで現状のスキルレベルでは無理なものばかりである。

それも動画のランキング傾向によるところが高いのだが――そして、気が付くと動画の捜索がメインになっていて、本来の目的が出来ないでいたオチが付く。



 4月15日午前10時、比叡は谷塚駅近くのアンテナショップに到着した。その際に持参したのは、ARガジェットと書類のデータを保存したメモリーチップである。

お金の方は小銭単位で1万円は持っているが――ARゲームでコインプレイは相当なこだわりがなければ行わないだろう。

ARゲームはARガジェットを端末にタッチするだけで支払い可能な電子マネーのシステムを導入しており、そちらの方が順番待ちの際にも便利という声がある。

「しかし、電子マネーでもコインプレイでも1プレイが100円と言うのは――某有名アミューズメント施設もビックリだな」

 比叡は改めて値段設定に驚いていた。秋葉原等ではどういう設定なのかは不明だが、草加市内では1プレイ100円でARゲームがプレイ可能だ。

あれだけ大掛かりな物だと、設置している場所代、電気代なども比べ物にならないと思われたが、その回答をしたのはスタッフではなかったのである。

「ARゲームは太陽光パネルを利用したエコシステムを導入している。それだけでなく、ARガジェットそのものにも太陽光充電システムが組み込まれているのだ」

 比叡の隣に姿を見せたのは、提督服に眼帯と言う女性である。その人物を見て、比叡は見覚えがあると思っていたが――大声を出す訳にも行かない事情があった。

彼女の名は木曾(きそ)アスナ、リズムゲームではトップランカーとまでは行かないが、その実力は五本の指に入るほどである。

リズムゲームでの知名度も比較的に高く、ARゲームでの知名度よりも高いと言われるような事もあるが――。

「あなたは、木曾さん――ですよね?」

「ああ。木曾アスナとは自分の事だが」

 比叡が緊張のあまりに固い挨拶だったのに対し、木曾の方は緊張と言う言葉を知らないような感じである。

その後も何気ない会話を2人は続けていた。リズムゲームの事、パワードミュージックの事も話したのだが――。

「偶然と言うのは恐ろしい物だ――」

 2人が遭遇した場面を目撃したのは、アイドル投資家の一人である。服装が投資家と言う雰囲気ではないラフな物なので、顔を知っている人物でないと気づかないだろう。

それに、彼は比叡の方は知っているようだったが、木曾の方は全く情報を仕入れていない人物なので――少し有名な人物程度の知識しかない。

彼は2人がどのような関係の人物なのかは全く知らないので、別のターゲットを探す為に電車で草加駅の方へと向かう事にした。

「デスゲームと言う物がなくても、日本は超有名アイドルの芸能事務所が支配する国家である事は――有名な話と思うがな」

 そして、彼は2人をスルーするかの様に駅のホームへと向かう為にICカードで改札口を通過する。

それを見て追跡をしようとする人物はいなかったが、監視カメラには彼の姿が記録されており、そこで先回りをされてしまうとは――この段階では気づかなかった。

草加市で超有名アイドルの知名度を上昇させる為に行動しようと言う人物は――行動を起こす前に逮捕されるのは、テンプレやご都合主義を超えているのかもしれない。



 同刻、天津風(あまつかぜ)いのりはARガジェットにARアーマーと言う臨戦態勢でフィールドを駆け回っていた。

彼女の走るフィールドは草加駅の構内も使用するフィールドであり、危険性がない事を確認した上で草加市側が許可を出したコースでもある。

さすがに駅の構内と言っても、駅のホームは使用しないタイプのコースだ。今の時間帯ではないが朝の混雑がピークになっているような時には、さすがに市側も許可は出さない。

おそらく、これを許可したのは乗車する客などの人数を踏まえて――という可能性もあった。

そのコースを慣れたような動きで走る姿は、上級プレイヤーと思わせるほどなのだが――天津風自身からすれば、これでも上級者とは言えない。

ARゲーム自体よりも、おそらくはARパルクールやアスリート系ARゲーム自体が初めてなのだろうか?

「リズムゲームのプレイヤーは、よく実力を自慢したがる傾向がある。それに、他の勢力と衝突する事も――」

 色々と思う事はありつつも、天津風はコースを走り抜ける。ARパルクール8の経験はないが、ガジェットの使用するタイミング等は非情に慣れているようだ。

おそらく、天津風も別のARゲームでは経験者と言う可能性が非常に高いと思われる。

「しかし、今は――ゲームに集中するべきか」

 プレイしていた楽曲は、さりげなくだがハッピーハードコアというジャンルのオリジナル楽曲だ。

この楽曲は曲名こそ長すぎて覚えにくいが、『メガダイバー』として一部プレイヤーには人気の楽曲でもある。

楽曲をセレクトしたのは天津風であり、他の並走している相手プレイヤーではない。

相手の方は既に別の曲をプレイ済で、次に回ってきたのが天津風だったのだ。

 この曲のポイントは、ノーツをタッチするタイミングが非常に分かりやすく、リズムゲーム向けに制作されたという部分もある。

逆にリズムゲーム向きではない楽曲も存在し、超有名アイドルの楽曲は一部のアイドル投資家プレイヤーしかプレイしない為、需要としては低い。

そうした楽曲は回転率が悪く、ぶっちゃけて言えばしばらく経てば楽曲後とリストラされるのだが――。

しかし、超有名アイドルの楽曲が消える事はなかったと言う。これが後に大きな騒動の引き金になるとは、この段階で気付く者はいなかったという。



 4月15日午前10時20分、比叡(ひえい)アスカは木曾(きそ)アスナとすっかり話しこんでいた。

「そろそろ書類をスタッフに渡さないと――」

 そう言い残し、比叡は足早に受付の方へと向かった。一方で木曾の方は、そのまま別のセンターモニターの方へと歩いて行く。

「比叡アスカ――そう言えば、数日前にリズムゲームの方でランカーに近い技術を持ったプレイヤーが彗星の如く現れたという話を――」

 木曾は比叡の名前に少し引っ掛かるような物を感じ、ARガジェットでデータを調べ始めていた。

調べる対象は木曾もプレイしているリズムゲームのプレイヤーデータである。

木曾自身のデータから、何かたどれるヒントはないかと考えた矢先――。

「そう言う事か――通りで」

 木曾が比叡の名前を知る事になったのは、リズムゲームではよくある逆ライバルシステムだ。

その逆ライバルのプレイヤーに比叡の名前を見つけたのだ。これが偶然なのか、必然なのかは本人にしか分からない。

逆ライバルされている以上、相互登録をすればデータ比較などが可能になる。その為、木曾は比叡を早速ライバル登録したのだが――。

データに関しては一部楽曲のみで、全体の4分の1もプレイしていない。自分のプレイ曲数と比べると、半分以下だろうか。

しかし、比較可能な楽曲のデータをチェックするとそのスコアは理論値に近い物ばかりだった。

「プレイ回数は1回の物もあると言うのに――あのプレイヤーは、リズムゲームのリアルチートとでもいうのか」

 木曾が驚くのも無理はない。彼女が理論値を叩きだしたのは、プレイ回数1回の物に集中している。

難易度が一番簡単な譜面での達成である事を差し引いても、よっぽどの実力や才能等がない限りは、初見の譜面で理論値到達や同程度の評価は難しい。

木曾の驚く理由は、これだけではない。ネット上ではリズムゲームで初見フルコンボをあっさりと決めるようなプレイヤーは複数目撃されている。

その中でも、比叡のスペックは初見フルコンボを決める勢力で一番上になると考えていた。

それこそ、彼女がリアルチートと懸念するかのように――である。この現象が偶然で片づけられれば、都市伝説程度で話題にはならないだろう。

しかし、このケースに限って言えば、ある意味でもリアルチートと言う称号を得るクラスの実力と言っても問題はなかった。

「おそらく、彼女の実力は複数のリズムゲームをプレイした事による影響が大きいだろう。格闘ゲームと違い、コマンドなども共通しないと言うのに」

 格闘ゲームならば、入力コマンドが一部共通と言うケースが多い為、コマンド表を把握すれば必殺技もあっさり出せる可能性が高い。

しかし、リズムゲームはそうはいかない。入力デバイスが機種によって異なるゲームが多く、メーカーやベース機種が同じでない限りは格闘ゲームの様にはいかない。

仮に同じ楽曲が入っていたとしても、楽曲の尺等の関係で全く同じようなプレイが出来るかと言われると不確定な部分がある。

その為、同じメーカーの機種のオリジナル楽曲でない限りは――ほぼ参考になるかどうかは微妙と言える可能性が高い。

ただし、その認識は単独機種オンリーや数機種程度のかけもちをしているプレイヤーだけだろう。

「かけもち機種が2ケタ、それも稼働中の機種を1回ずつプレイするような――そこまでの人物ならば、リアルチートと言えるような第六感を持っている可能性も――」

 木曾は――自分ではあり得ないかもしれないが、10機種以上のかけもちをしているプレイヤーであれば――第六感のような能力に覚醒する可能性があるだろう、と。

ただし、それがARゲームにプラスとして働くかどうかは別問題なのだが。



 同刻、いくつかのARゲームを観戦していたのはアイオワである。

今回は自分もプレイする可能性を踏まえ、インナースーツでアンテナショップ内を歩いている。

アンテナショップ内ではインナースーツを着用しているプレイヤーも多く、特に呼び止められる事はない。

ARゲームを未プレイのゲーマーにとっては、異様な光景と思うかもしれないが――。

その証拠として、インナースーツを着ているプレイヤーの隣にはカジュアルな服装で歩く男性の姿もある位だ。

「パワードミュージックは相変わらず強豪プレイヤーも出てこない。稼働から数週間弱で全てを極めたプレイヤーが出る事が――?」

 その時、アイオワがセンターモニターで目撃した中継、それは天津風(あまつかぜ)いのりの物である。

彼女はパワードミュージックでは天津風とは名乗っていない。しかし、リングネームではなくプレイヤーデータとしては天津風と表示される。

つまり、アニメでよくあるような覆面キャラが視聴者にとっては正体がバレバレであるのと同じ現象が起こっているのだ。

これは周囲が把握していても、公然の秘密としてスルーと言うケースが多い。あるいは、ネタバレ的な要素だろうか?

しかし、パワードミュージックはミステリー要素を暴くようなゲームでもなければ、ストーリーモードの様な物がある訳でもない。

ネタバレと言う概念を気にする方が負けなのかもしれないだろう。ただし、隠し楽曲等に関しては若干のネタバレが生じるのかもしれないが。

【アマツよりも強いプレイヤーは存在する】

【格闘ゲームでも絶対王者は存在するが、彼女の実力ではその領域には達していない】

【リズムゲームの場合は王者と言う言い方もあるが、それ以上にランカーと言う呼び方がメインとなっているだろう】

【しかし、格闘ゲームやFPSであればイースポーツイベントでも王者は出場するが、リズムゲームのランカーはどうやって目撃すればいい?】

【リズムゲームのランカーは、機種によって人数が異なると言ってもいい。数人しか出ていない作品もあれば、百人以上と言う機種もある】

【100人以上? それでは王者が量産されている事になるぞ】

【リズムゲームの場合は、スコアを極めるプレイヤー、譜面のフルコンボ数を増やすプレイヤー、パフォーマンスに特化したプレイヤーと別れている】

【その中でもランカーを探すのは至難の業だ】

 アイオワはつぶやきサイトでアマツに関する記述を探したが、あまり期待していたような内容ではなかった。

しかし、アイオワにとっては強豪プレイヤーを探す為の物差しが分からずじまいだった事もあり、とりあえずは情報としては役に立たない部類ではなかったのである。

途中からは超有名アイドルの話題等がタイムラインを独占していた為、そこはミュートしたのだが。

「アマツ以外にも強豪プレイヤーが――。まずは、動画を検索――っと」

 アイオワはセンターモニターで動画検索をしようとしたが、中継を見ているギャラリーもいる為、自前のARガジェットで調べる事にする。

強豪プレイヤーと言っても、ゲームも始まったばかりなので数人程度――多くても10人いるかいないか。

稼働してから一週間で強豪が量産されるようでは、ゲームの方が簡単すぎると言う認識になるかもしれない。



 中継映像に映し出されている天津風は、他のネームドプレイヤーに苦戦しているように見えていた。

場所は草加駅近辺エリアなのは間違いないが、病院エリア等を避けたコースになっているので、1周回1キロ強のコースが完成している。

ARパルクールで1キロ強は短い方であり、逆に400メートル走や短距離アスリート競技に慣れている人物だと――苦戦が必至だろう。

映し出された場所には居酒屋や小規模店舗も見えるのだが、通行客の邪魔になっているという様子はない。

この辺りは客サイドがARゲームに理解をしているからこそ、このような協力体制が出来ているとも言える。

しかし、ニュースで取り上げられているのはマナー違反やモラルのないプレイヤーによる暴走がメインだが、これを起こしているのが――。

【結局、何処の世界でも超有名アイドルは自分達芸能事務所が唯一の支配者であれば何をしてもいいという――】

【この世界の芸能事務所は第4の壁における芸能事務所の暴走、神格化が――】

 つぶやきサイトの謎のコメントがあったのだが、これらのコメントも文字が途中で識別不能になっており、読む事が出来ない。

あえて読めないようにした訳ではなく、意図的に文字を潰されたとも言える。芸能事務所や関係者が潰したのであれば、全文黒塗りにするはずだ。

後の文章だけ読めなくすると言う手際が悪いような事を、彼らがするのだろうか?



 4月15日午前10時25分、比叡(ひえい)アスカは書類を提出完了し、後はARガジェットのシステムインストール作業を残すのみとなっている。

その一方で、外の方が若干騒がしくなっていたのだが、それを鎮圧したのは意外な事に――。

「マスコミが揃いも揃ってARゲームを潰すというのであれば、一人になっても元凶の全てを一掃する!」

 身長168センチ、体重は不明だが――見た目的にはぽっちゃりに近いだろうか?

髪型は黒髪のツインテールだが、前髪は何故かぱっつんである。

Cカップの巨乳を持つが本人に自覚が全くなく、周囲に突っ込まれても言及する気なし。さすがに胸を触ろうとすると速攻で逮捕だが。

彼女の服装と言うよりも、今の恰好はARサバゲ―のスニーキングスーツを装備していた。

しかも、彼女が使用しているのは明らかに近接戦闘には不向きなスナイパーライフルである。

「馬鹿な――狙撃銃で近接戦闘が出来ると言うのか?」

 気絶しかけている1人のプレイヤーに対し、彼女はハンドガンを突きつける。あくまでもARゲーム内での行動である為、違法ではない。

しかし、彼女が銃の引き金を引く事はなかった。手加減でもしたのだろうか?

実際に引き金を引こうとすれば、おそらくは迷いもなく引き金を引くだろう。それをあえて行わない理由、それは――。

「私はあくまでも、ARゲームがプレイ出来ればいい――それを脅かす存在は、ARゲームで徹底的に潰す」

 彼女の目は本気だった。一歩間違えれば、本気でハンドガンの引き金を引きかねない。

その後、彼女が戦っていた勢力は超有名アイドルグループの宣伝をするために雇われたフラッシュモブである事が判明した。

当然のことだが、ARゲーム内で運営が認めていないような宣伝行為、政治的活動は全て禁止されており、そうした行為をしたプレイヤーに対してはライセンスはく奪も辞さない。

それ程にARゲームという環境は、敷居が低いように見せかけて別の部分で上げ過ぎているという意見もネット上で散見される。

「しかし、貴様たちはこちらで引導を渡す必要性も感じない。つまり――そう言う事だ」

 そして、彼女はハンドガンを収納する。おそらくゲームの決着はついたのだろう。

彼女にとって彼らは戦うに値しないという事なのだろうか? それは、本人にしか分からないのかもしれない。



 先ほどの人物が日向(ひゅうが)イオナだと言う事は、スタッフからの話で判明した。

「彼女はARゲームに賭ける情熱は本物だと思うのですが――それ以外の部分で問題行動があって、一部運営は警戒対象人物としています」

「そうした事もあって、彼女に関しては敵対勢力が非常に多いのです。ARゲームに無関係なジャンルだけでなく、ARゲームファンやガーディアンからも」

「――彼女自身は必要悪と言っているような節もあるようですが、それを裏付け出来るようなソースはないそうです」

 他にも男性スタッフは言っていたような気配がするが、それは流しで聞いていたので覚えていない。

しかし、彼女の様な問題行動を起こせばイエローカードを突きつけられる事だけは覚えた。

レッドカードを一発でもらうとしたら、他のARゲームと同じで不正ガジェットやチートツールの使用――。

「スポーツ系では怪我人も日常茶飯事なジャンルもありますが、悪質な物はチート行為でなくても一発レッドカードです」

「具体的に言えば、プロレスにおける凶器攻撃やレフェリーへの攻撃、レースゲームにおける八百長や進路妨害、ドーピングが分かりやすい例でしょうか」

 ドーピングと言われて、まさか――と考えたのだが、スポーツ系では記録更新の為にARガジェットの違法ツールとは別に使われているケースもあるらしい。

新記録が更新されれば、それが公式でも残り続けるのだが――その記録が超有名アイドルの宣伝等に利用されているとしたら?

それを踏まえると、どのような手を使ってでも記録を残す事がどのような事なのか、想像が出来るだろう。

「――本当に、そのドーピングですか? 国際大会等でも問題化した?」

 比叡はARゲームとは関係ないかもしれないが、興味本位で聞いてみる。

「残念だが、それは本当の話だ」

 男性スタッフに変わって回答したのは、ガーディアン組織のスタッフであるあきつ丸(まる)だった。

丁度、日向の起こした行為に関しての現場調査もあってアンテナショップに事情説明をしてもらう為に入った所で、比叡に遭遇したのである。

「ここで使用されたドーピングを他の国際スポーツ大会で売りさばく――というブラックマーケットがあると言う噂もあるが、こちらはARゲームとは無関係の管轄外と言えるだろう」

「しかし、管轄外でもARゲーム内で起こった事はARゲーム内で解決するべきでは?」

 あきつ丸の回答に対し、比叡はブーメランとも言える質問で返す。

確かに、管轄外でもARゲームで起きている以上はARゲームで解決すべき問題である。

「告発等をするにしてもネット上のまとめサイトや炎上したつぶやき等を証拠として提出するのか? それこそ、アイドル投資家等の思うつぼだろう。現実的な証拠でないと、向こうは動かないのは明白なのに」

 あきつ丸の回答に対して、どういう事なのか――と首をかしげる比叡。

その後、あきつ丸は別の作業もあるので比叡の前からは姿を消す。あきつ丸は何を伝えようとしたのだろうか。疑問が残るようなメッセージなのは間違いない。



 外に出たあきつ丸は、天津風(あまつかぜ)いのりにそっくりなARアーマーの人物に遭遇した。

「紛らわしい装備だ。何処かのコスプレイヤーか?」

 あきつ丸の方はガーディアンの変装とばかり思っていたらしい。しかし、ARメットを脱いで素顔を見せる事はしなかった。

数秒後には、メットにあるタッチパネルと思わしき部分を⇒の人差し指と中指でタッチし、次の瞬間にバイザーが変形する。

「あきつ丸――ガーディアンが、ここにまで来ているとは」

 その人物の正体は、天津風本人だった。これにはあきつ丸の方も少し驚いた表情になる。

そっくりなアーマーだったのは、彼女自身がアーマーに少し細工をしたからでもあった。

この辺りはガーディアンでも定期的にアーマーのカラーリングを変えるので、お互いさまなのだろう。

「日向も動きだしている。おそらくは、近い内に大きな騒動が起きるだろう」

 あきつ丸の方は、一言だけ忠告し、別の通信で連絡のあった場所へと向かう事にした。その際は脚部に装着したブースターで現場へと急ぐ。

その姿に対して手を振って見送る訳でもなく、天津風は別のエリアへとバイザーを再変形させ、周囲に素顔が見えないようにする。

「ガーディアンが動いているのは知っているが、日向まで動くとは――ARゲームを取り巻く環境が激変すると言うのか?」

 超有名アイドルがARゲームのメーカーを買収と言うような過激な行動を取る訳ではないが、急ぐ必要性はあると考えていた。

つぶやきサイトでも大きな動きがあるかどうかを確認しようにも、つぶやきに鍵をかけている状態や身内コミュニティで情報交換をされていたら、逆に不利になるのはガーディアンの方である。

それでも情報を仕入れ、このような忠告を伝えられるという事は――。


 4月15日午前10時35分、データのインストールも完了し、別室でARバイザーのサイズ調整を行っていたのは比叡(ひえい)アスカだった。

『この声が聞こえるのであれば――ARガジェットのOKボタンをタッチしてください』

 耳元にあるヘッドフォンにも似たスピーカーから男性スタッフの声が聞こえる。

音量は爆音と言う訳ではなく普通の音量であり、周囲の環境音も感じ取れるほどの音量に調整されていた。

これは一種の仕様による物らしい。一昔に爆音で伝言ゲームをするという遊びがネット上で拡散し、それを問題視しての対策と言う話もあるが――それは尾びれが付いた話でもある。

基本的にゲーム中のBGM、効果音、演出の類はARバイザー及びガジェットを装備していないと感じる事は出来ないようになっていた。

それが、ある意味でも折衷案とも言えるもので――近隣住民に迷惑がかからないようなシステムを考えた結果、こうなったとの事らしい。

『確認出来ました。それでは、ARバイザーのデザインは――提示された物でデータを構築していきます』

 次にベースとなっていたARバイザーが形状を変化していく。

その形状は全体を覆う様なタイプではなく、目をバイザーで隠し、耳はヘッドフォンで隠れるタイプに落ち着いた。

顔が見えるタイプと言うのは防犯上、コンビニや銀行等でもバイザーを脱がなくてもそのまま入る事が可能なタイプである。

バイクのメットタイプは、顔も完全に隠れる関係で銀行などの強盗対策をしている場所では使用できない。

この辺りは少し手間になるのだが、メットを脱いでから入店する必要性があった。

『個人的にはARバイザーは全体を覆うタイプ――バイクのメットと原理が同じ物と考えておりますが、そのデザインが良いというのであれば――』

 比叡としては不審者扱いされなさそうな形状を選んだ結果が、今回のメットデザインとなる。

実際はデザインで非適用となっている部分が半透明になっているという仕掛けであるのだが、比叡には伝達済――それでも彼女はこの形状がいいという事で、このタイプになった。

デザインを適用する人間がいないだけだが、ARメットを完全に透明化し、素顔を見せた状態でARバイザーを運用すると言う事も理論的には可能である。

それをやろうとすると、止められるというよりはARバイザー部分の一部データが丸見え状態になる為、お勧めはされていないだけだが。

アーマーやインナースーツに関しても、ある程度のカスタマイズは可能である。ただし、本来の効果が減少する為に推奨されない。

さすがに露出度が高いようなセクシースーツの類は不可能と思われがちだが、全裸等でなければ問題はない――とガイドラインには明記されている。

「他のゲームのロケテストでふんどし女子や水着のハンター、アマゾネスの様な外見の人物もいたか――」

 比叡は自分のアーマーが装着されるのを待ちつつ、そんな事を考えていた。

デザインはある程度は指定したが、基本的にはお任せと言う事でスタッフに一任している。

パワードミュージックの場合は、その方が下手にカスタマイズするよりも安全と判断したからだ。



 2分後、今度はインナースーツにARアーマーが装着されていく。

その様子は、まるで特撮ヒーロー等のアーマーが転送されるような――。比叡としては周囲からアームに固定されたアーマーがインナースーツに装着というのを想像していたが。

形状は北欧神話等のモチーフは特になく、汎用アーマーをパッチワークしたような物に落ち着いた。カラーリングもバラバラだったのだが、そこは青に変更している。

ラインはブルーであり、クリスタルのような発光体もブルーにしている。これに大きな意味があるのかは不明だが――。

使用するガジェットは鍵盤にDJのターンテーブルを思わせるリズムゲームに使用されるコントローラ、それをロングソードにしたような物である。

しかし、ソード部分は実体剣ではなくビームタイプであるのだが、これには大きな理由があった。

『ご指定はロングソードとの事でしたが、パワードミュージックでは実体剣を使えません。ARサバゲ等とはルールが異なりますので、その辺りはご理解ください』

 比叡にはスタッフの言う事は分かる。しかし、重さがあった方が振りやすいと思っての実体剣指定でもあった。

見てきた動画ではナックルやトンファーと言った実体系の武器もあったと思ったが――あれも肝心の部分がビームになっているという事のだろうか。

さすがに日本刀等の実体剣で周囲の建造物を損傷させたり、観客にけが人が出たりしてはARゲームの存続も危うくなる。

そう言った事を踏まえての保険としても、逆に色々とやり過ぎな個所があるのではないか――そう比叡は男性スタッフの指示を聞きながら考えていた。

「ビームブレード――そう言う事なのか?」

 ロングソードを試しに数回ほど振り回すと、何かのオブジェクトにロングソードの刃部分が当たる。

しかし、肝心の刃がオブジェクトに激突する事もなく、そのまますり抜けてしまった。オブジェクトがCGで出来ており、その為に剣をすり抜けたのか?

実際には剣をすり抜けたのには別の理由が存在し、それがデスゲームである事を否定し続けている証拠――でもあった。



 午前10時40分、アーマーの装着も完了し、1番ゲートから出てきたのは――ARアーマーを装着した比叡だった。

「これが、ARアーマーとARガジェット――?」

 比叡は近くにあった鏡を見て、改めて驚いていた。

動画サイトにあった動画を見た時には別の意味でもカルチャーショックを抱いていたのだが――本当に自分が装着する日が来るなんて。

VRゲームを題材にした小説も多々あり、それに加えて映像化もされていた。その世界観が現実化したと言えば、ARゲームを知らない人間でも分かるのだろうか。

『ARアーマーの重さは10キロにも満たないでしょう。動きに関しては大きく阻害される事はありません』

『ただし、ARアーマーでも人型兵器等に乗り込むタイプは――相当重いと思われますが』

『では、快適なARゲームライフをお楽しみください』

 最後の一言はシステムボイスだが、それ以外は男性スタッフである。さすがに、その辺りの聞きわけは比叡にも可能だ。

ARアーマーには様々な不具合があると言うネットの噂話は、やはりネット炎上目当ての嘘の煽りやネタでしかない――そう思わせるような展開を見せている。

なお、ARバイザー装着時は目の色が金色に変化しているが――特に演出的な要素以上の役割はない。

これが異能力バトル物だと、意味合いも変化するだろうが、ARゲームはデスゲームとは直結しない事を明文化されている。

「誰でも、これを初めて装備した時には同じ事を思うだろうか」

 比叡は自分の右手を見つめながら、今の心境をつぶやく。リズムゲーム初心者だった自分でも、初めてプレイした時は極度の緊張を覚えた。

しかし、今では新しいリズムゲームをプレイしても、ある機種の応用した物と言わんばかりにあっさりとクリアしていき、次第にそれが当たり前のように感じてしまっている。

この現象は格闘ゲームでは起きないので、おそらくはリズムゲーム限定なのだろう。

次第に、この現象が起きてからはどのリズムゲームをプレイしても初見であっさりとフルコンボを決めていく――それを周囲のギャラリーは驚く。

リズムゲームが上級者専用ジャンルと言われ始めたのが、どの位のタイミングなのかは自分でも分からない。

しかし、自分の様な初見でもあっさりとクリアするプレイヤーが増えたこと――それがリズムゲームでプレイヤー離れが起きている原因なのだろうか?

あるいはアプリゲームを初めとしたリズムゲームが次々と量産されていき、そこから少ないユーザーの奪い合いが起こったのか?

どちらにしても、真実を知る為にも――彼女はARリズムゲームのフィールドへと踏み入れたのだ。

「ここからが本当の意味でのスタートラインだ!」

 比叡アスカ――これが彼女のパワードミュージックデビューとなった。

全ては、ここから始まるのである。



 4月15日午前10時40分、比叡(ひえい)アスカがアーマーの装着を完了した頃、別のプレイヤーがレースを終えて戻る所だった。

そして、その人物は比叡の前を通過すると思ったら、別の方向へと歩いて行ったという。一体、何が起きたのか?

別方向へ向かった人物を気にしても仕方がないので、比叡は早速センターモニターへと向かったのだが――。

「まさか――それこそ、あり得ない話になる」

 別のプレイヤーの歩いて去っていく方角を見ていたのは、先ほど別機種で騒動を起こしていた日向(ひゅうが)イオナである。

彼女は事情聴取をされる事はなかったが、何時も通りに数日間のライセンス停止処分となった。

【またライセンス停止処分らしい】

【またか】

【別のARゲームで一週間クラスで停止→他のARゲームで活動をしているというのもテンプレになって来たな】

【また、超有名アイドルというか芸能事務所Aが日本を支配するディストピアでも唱えているのか?】

【どちらにしても、1作品でライセンス凍結でも生ぬるい。いっそのこと、2作品規模で出来ない物か】

【疑似的に2作品で凍結された事ならば、1月にあったな。ただし、ゲームAの凍結解除が明後日に控えていたから、事実上は――】

【一体、どれだけのサブアカウントを持っているのか】

【あれはサブアカウントではない。ARFPSで5作品、AR格闘ゲームで5作品、ARカジノ2作品、ARリズムゲーム1作品か】

【最近になってARパルクールに参戦したという話もある】

【パワードミュージックか?】

【今探したが、そっちではないようだ。別のパルクールタイトルらしい。確か、パルクール――】

 つぶやきサイト上では早速、日向のアカウント停止に関する話題が拡散していた。

その速度は、誰かが情報をリークしたのと同じ位に匹敵する。



 午前10時41分、ネット炎上を誘発するようなレベルの煽り文句やまとめサイトの仕事の早さ――本格的な炎上も時間の問題である。

しかし、草加市内のARゲームプレイヤーが慌てるような様子は全くない。

慌てているのは、せいぜい別コンテンツのファンや一部のアフィリエイト系まとめサイトの管理人だけだろう。

「吠えたければ、吠えるがいい。あくまでもARゲームに対して牙をむけるのであれば――アカウント停止も恐れはしない」

 日向はさりげなく一連のタイムラインをチェック済だった。彼女にとっては、アカウント停止は怖くないのだろうか?

普通のプレイヤーであれば、禁断症状は出ないにしても――アカウント停止となれば事件になるのは避けられない。

中には停止理由に不服申し立て、更には運営へ殴り込みを仕掛けるプレイヤーもいる位だ。

しかし、こうしたプレイヤーの暴走が超有名アイドルファンや投資家に拡散され、ARゲームに対する風評被害が――と言うのが現状である。

「どちらにしても、今は様子を――」

 それからしばらくした後、先ほどのプレイヤーはアカウントを停止されたという情報が拡散したのである。

その理由は超有名アイドルの楽曲をレース中のプレイヤーに流し、マインドコントロールまがいの方法でCD購入を薦めたという物だ。

つぶやきサイト等ではCDランキング対象の店舗で購入するように薦めるメッセージも拡散していた為、即座に足が付いたらしい。

これを通報したのは日向ではない。付け加えるのであれば、比叡でもなければ――。

「壁に耳あり障子に目あり――超有名アイドルという単語を感知しただけで、魔女狩りまがいの方法で犯人を捕まえていく」

 日向は――ため息交じりにつぶやく。自分が言えるような発言ではないのは自覚しているつもりだが。

「ARゲームを風評被害から守るのに、ここまでの方法を使って――逆にディストピアと気づかれないと思うのか?」

 この発言自体が魔女狩りの対象になる可能性を承知で、日向は逮捕された人物の方角を見ながらつぶやく。



 午前10時42分、センターモニターに到着した比叡は、ARガジェットを装着した右腕を近づけても反応がしなかった事に疑問を持った。

【ポイントがチャージされておりません】

 画面にはエラーメッセージが表示され、ポイントのチャージを行うか100円硬貨を指定口に入れるようにと指示される。

しかし、比叡はポイントチャージをしたはずなのでは――と考えたのだが、改めて残りポイントをチェックしてみると、そのポイントは――。

【残りポイント:90】

 何と、まさかの10足りないだったのである。ガジェット購入時にポイントで支払った以外に思い当たる様な個所もない。

まさか、パスワードを読み取られたのではないか――とも考えたのだが、別口の説明によるとセキュリティ的にはあり得ないとの事らしい。

仮にあり得るとすれば、クレジットカードの暗証番号をATMで盗み取るような方式、あるいはコンビニ等に置かれているARガジェットリーダーのパスワードを店員が勝手に使用した――辺りだろう。

さすがに、そこまでの不正をやったとすれば即日ではないにしても足が付くのは明白であり、それこそARゲームに対する風評被害が加速する。

「そういえば――」

 比叡は、ARアーマーのカスタマイズをした際にポイントで支払うという趣旨の発言をしたような――と。

改めてポイントの使用ログをガジェットで再チェックすると、その考えが正しかったのである。

「ARガジェットとアーマーって別料金なの?」

 まさかの痛恨とも言えるミスだった。ARアーマーの購入で2500ポイントを消費しており、その段階で残り90ポイントになっていたのである。

ARガジェットとアーマーがセットになっているのは、あくまでもARサバゲ―やAR格ゲー等に限定されるようだ。

パワードミュージックは、ARリズムゲームのカテゴリーと言う事でガジェットとアーマーは別料金らしい。

実際、2種類以上のARガジェットを所持しているプレイヤーも多く、そう言った観点で別料金制度を取っているらしいが――。

「財布は持ってきていない以上、どうすれば――」

 アンテナショップ内のコンテナに荷物を預けている以上、現金でチャージをするのも難しい。

そんな中、困っている比叡に声をかけてきた人物がいた。

見た目はあきつ丸(まる)と同じように提督服を着用し、軍帽を被っている女性に見える。

「一度、アンテナショップへ戻れば――何とかしてくれますよ。スタッフに事情を説明して、コンテナを開けてもらえば済む話です」

 もっともらしい事を言っているようだが、もしかすると順番の割り込みを考えている可能性もある。

実際、ARゲームは機種によって1時間待ちとまではいかないが、30分規模で待つ必要のある作品も存在し――プレイ順番は重要になってくるのだ。

結局は近場と言う事もあって、アンテナショップへ向かう事になった。



 比叡がアンテナショップへ向かった頃、先ほどの提督服を着た人物は何もない所から表示されたボタンをタッチ、その後にはスーツはCG演出の如く消滅した。

その正体は、何とビスマルクだったのである。何故、彼女が比叡のアドバイスをしたのかは分からない。

ビスマルクの服装はARガジェットの機能を使う都合上、改造軍服をモチーフとしたARアーマー用のインナースーツを着用している。

こちらの方は別のARゲームに使用する物であり、パワードミュージック専用ではない。スーツの互換性がないと言えばそれまでだが。

「以前のアイオワに対するログが解析されるのも時間の問題――と考えるのは、現状では早計か」

 ビスマルクは、ふと自分が行った事を思い出したが、その行動が比叡に見破られる可能性も懸念する。

しかし、今の彼女では辿り着くのも難しいのに加えて――それだけの実力があるのかも見極めていない。

まずは技術がどれだけなのか様子を見るのが先と考えた。

「他の勢力が警戒しているのは、夢小説なのか、それとも――」

 ビスマルクが警戒するのは超有名アイドルの芸能事務所に肩入れする勢力全てだが、その絞り込みを行うのが困難を極めている。

アカシックレコードにアクセス出来る人物でも、不要情報を削るのが一苦労すると言う。

「不用意に削った情報が、思わぬ部分で大きく影響する。新たに判明した情報も――」

 不要な情報が多ければ多いほど、敵勢力の正体を絞り込むが難しい。それは、万能なアイテムを手に入れた近年でも言われている。

ネット上でより正確な情報を掴み、全ての混乱を起こしている元凶を突きとめる事――それが簡単にできれば、アカシックレコードの様な物は必要ないだろう。

結局はガーディアンも人海戦術で犯人を追いつめ、そこから新たな情報を得る事もある為――ネットが進化したこの時代でも、やる事は同じと言えるのかもしれない。


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