祝福のウタ
母は優しく
いろいろなものを与えてくれた
十六歳になったとき
母にねだった
母はからだを見せてくれた
女の肌というものが
吸い付くような乳質をしていて
その淑やかな面はいくらかつめたく
僕は脱ぎ捨てたいほど熱い自分の体を
重ね合わせることに夢中になった
母のおんなのからだは
僕が繰り返す狂気じみた動きを
どこまでも柔軟に受け止めてくれ
そのしっとりと重くあたたかい
からだの上で力尽きるとき
その内奥の深い部分に
淀んだ澱を吐き出すとき
僕はこの上ない幸福を感じ得た
生まれて初めての幸福感だった
それから僕は母の上で疲れて眠るとき
母の呟くように歌うAmazing Graceを
なんども聴いた
いつしか僕は
僕のこのたのしみを
いつか父に邪魔されるのではないかと
そのことに恐怖を抱くようになった
父は僕が幼い頃から
いろいろなものを取り上げたので
僕の心配は当然だったように思う
今回ばかりは
どうしても奪われたくなかった
僕は父が怖かったので
父が風呂に入っているときに
灯りを消し
木製のバットで叩きつけた
暗かったので初め壁にぶつかったが
次にやわらかいものに当たったので
あとは夢中でバットを振った
やわらかいものがいつしか高さを失い
バットが風呂桶を叩くようになって
初めて灯りをつけた
父の頭を完全につぶしていた
僕は母に話し
ツバキを目印に庭に埋めた
母は妊娠した
母は喜んでいて
その喜びように僕も嬉しくなったが
言いようのない不安にも襲われた
数ヶ月経ち
母の中にいる子どもが男だと知り
にわかに興醒めした
そればかりか
また邪魔が入るように思えてきて
母に子どもを殺そうと言ったが
あろうことか母は
泣きながらそれを拒絶するので
母に罰を与えた
母はとても生きたがった
男だったのが悪いのにも関わらず
お腹の子だけはなどと嘆願するので
顔と腹を残して全ての箇所を
よく研いだ和包丁で刺し続けた
父のときは意外に簡単に
なんの抵抗も受けなかったのに
母は何度も起き上がろうとし
千切れた腕で腹をかばうので
僕は母に失望を隠せなかった
しかし僕はやはり母を大切に思っていて
母のからだを埋めてしまうのは寂しく
風呂桶に重ねて入れ
水を張って上から蓋をした
僕は全身に浴びた母の血を洗うため
シャワーでからだを洗うあいだ
Amazing Graceを歌った
それから僕は毎日のように風呂を炊き
母と風呂に入るのを楽しんだ
母がもう歌を歌うことはなく
僕がAmazing Graceを歌う
この歌を歌うかぎり
神は僕を祝福してくれる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます