疲弊

歩いていた

ただ歩いていた



顔を深々と伏せ

ふたつの目はまるで

いまさっき盗みを犯してきたかのように

敵意と戦慄に満ち

虚しくぐるぐる動いている



(何もかもどんどん変わってゆく)



十字路に辿り着き

わっと頭をかかえた

右へ曲がればプロキオン

敬虔な悪魔たちが手を差し伸べる

左へ向かえばアーク・トゥルス

死者たちの彷徨う臨界

真っすぐ行くならGRB090429B

業の始まり



(それにしても、あまりにも遠い道のりだ)



そばを赤いユリが三輪

あら、ごめんなさい

帽子が落ちましたよ、ほら

拾った帽子を手渡されても

足元から視線を逸らしてはいけない

ユリたちはその奔放な若さを

全身にまとって駆けていく

鳥が啼く

つられてツツジも咲いた

いよいよいい陽気だ

影がどんどん濃くなってきて

初めて僕は空を見上げる

とたん、

消えてしまった



(これでいい。もうなにも怖がらなくていい)



水も空気も木も土も

みなここにこうしてあるのだ

四方はただ暗澹たる夢幻

際限なく続く思考のひも

思い出せ

どうしてこうなったのか

いまなぜここにいるのか



(いっしょにいたかったんだろう?)



右も左も前も後ろもなく

あるのは足元のただ一点

どこかに光るpulsarさえ見つかれば

そこに向かって走っていく

けれどやっぱり何も見えない

右腕の時計は

確かに時を刻んでいる

時間が流れていくのがわかる

けれどそれに意味はない



ねえ、あいつも迷っているだろうか

僕はじぶんのことよりも

あいつのことが気にかかるのです

右も左も真っすぐも

どうなってもよい

いますぐあいつに応えることができるのなら

僕はただこの一点にとどまっていてもよい



(変わらないと思えば変わらない、

変わろうとすれば変わるのだ)



また鳥が啼く

世界はここにあった

右は冥界の入り口

どうしても足を踏み入れなければいけない

左は過去の清算

そうだ、あるがまま世界はあるのだ

前を向けば

光る一点の星が見える



(きっとそこに辿り着くには時間が足りない)



あいつはきっとうまくやっている

聡明なやつだ

だれからも愛される気高い人だ

案ずることはない



つま先からどんどん腐って溶けてゆく

これでいいのかもしれない

こうしていつしか僕という一個の物体は

風がそよぐように川がせせらぐように

美しく儚く消えていけばよい

けれど足元を見ろ

腐ったところを蛆が這っている

こんなものさ



(こんなものさ)

(余りにも遠かったのは自分の心だったのだ)

(だれからも愛されなくてもよい)

(ただ愛すればよかったのだ)

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