中央区

今日もこうして僕は半日

半日も座ったままでいる

窓の外はレトロ感たっぷりの雨

もう七日間も降りつづいている



よく見れば

降っているのは雨ではない

それは雲の欠片のひときれひときれなのだ

きっと雲の上では

楽隊や踊り子たちが

せわしなく歌を歌っているのに違いない

そうして僕はやはり座っている

窓ガラスを通して聞こえてくるのは

雨が鋼板を叩く音と

警笛と怒声

いったい何をやっていやがる



小さな男の子だ

それと背中の丸い老婦人

横断歩道を渡りきれずに

道の真ん中で立ちすくんでいる

幼い子は

彼なりに危険を察知して

おばあさんの手を引く

進むべき方向に

おばあさんは戻ろうとする

前へ

後ろへ



一陣の風が

ふたりの傘を持ち去ってゆく

赤い傘は灰色の景色に飲み込まれてしまった

楽隊や踊り子たちの歌が

ふたりの体に降り注ぐ

けれどおばあさんも

そのおさな子さえも

歌を歌うことはなかった

僕は座ったまま

彼女らを見る



たばこの火が

吸い口近くまで接近し

慌てて僕はたばこを消す

そしてまた新しくたばこに火を点けるのだ



雨の中に目を遣ると

そのおばあさんと子どもの姿はなかった

きっと

空の楽隊や踊り子たちが

彼女らを招いたのに違いない



雨はますます強くなる

僕もあの傘のように

風に運ばれて

灰色の空気に融けてしまえば

どんなにか楽だろう

キーを回す

鉄の管の中で赤々と燃える火が

湿った僕を追い立てる



ああ

赤い傘だ

消えたのではなかった

それは風にあおられて

車の前へと落ちてくる

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