二十七匹め『二度めのちかちか』
白光が目を焼いた。
強制的に想起させられては焼却される無数のイメージ。
『まずは何を書きますかセンセイ!』
「く……あぁ、大丈夫だ、それはもう決まっている、くく……っ」
わきあがる焦燥感の中、礼人はそのうちの一つを掴み出す。
体験の鮮度というのは重要で、直近にあったことほど鮮明に描くことができる。
けれど今夜あったことは――犬神憑き・修養院・VRアーク――どれも喜劇として笑いのめすには重すぎるモチーフだ。
ただ一人についてを除いては。
「これも立派な“取材” の成果。怒らないですよね、落雷坂先生……!」
――舞台は近世。戦乱の後ある王政が終わりを迎えたまさにその日その場所。
ギロチンが青天高く設えられた城下町の広場。
血を吸い続けた断頭台は意思を持ち、さらなる斬首と血を求めていた。
そこへ前王族最後の一人となったうら若い王女が引き立てられてくる。
『おおー、
「ならない、これはコメディだ!」
――処刑人にうながされ台へと首を差し出す王女。
その毅然とした立ち居振る舞いに観衆をふくめ誰もが心を掴まれる。
ギロチンまでもが。
『ロマンスですか! ……王女とギロチンで!?』
「そうだ、これならパッと見わからない、くくっ」
――ギロチンには心惹かれるものがあった。
城の刑具置き場にいつも遠くから響いていた誰かの歌声。
王女の声はそれと瓜二つ。
処刑人が綱を切るも刃は落ちない。
『あの、センセイ、
「心配するな。意図的に変えてるんだ。ちゃんと役に立っている」
いかにして読者の意表をつくか。普通ならこうだろうという観念を破ることから笑いは生まれる。問題は良いズレと悪いズレをAIは判断できないということで、であれば逆に一般感覚の指標としてサジェストを利用すればいい。
――ギロチンは王女にだけ聞こえる声で訴える。
自分はあなたの血に焦がれるがその声を失いたくないと。
心優しい王女はそれを聞き、最期の願いで蓄音技師を呼ぶよう刑吏に頼む。
蓄音機が動く中、王女の歌声が広場に響き渡る。
『……童話や劇みたいでステキです。でも、これはコメディですか?』
「ひつ字、聞いてほしい。これまでの俺に足りなかったもの、それは――」
今夜掴んだそれこそが笑いの極意、その一端だと信じキーを叩く。
――再度の処刑。だがまたしても刃は落ちない。
その躰が横たえられた時からギロチンは王女を愛してしまっていたから。
だが告白をきいた王女は激怒する。
彼女は最後の王族として誇りある刑死を心底から望んでいた。
「ズレの全肯定だ」
正道から少しずらすのが笑いの基本。
けれどそれだけでは一度のツッコミですぐ正道へ戻ってしまう。
だからいくつかに絞って、ズレをあえて掘り下げてやる。作品全体をゆがめてでも理由づけをし、これでいいんだと正当化する。そこに「可笑しみ」が生まれる。
とかく小説家は「ブレない」キャラを作りたがり、流れの中でふいに彼らがみせた「よくわからない」行動を削るないし修正しがちだ。
だが実際、けっこうな頻度でよくわからないことをするのが人間というもの。
――義務を果たさないギロチンの刃に王女は掴みかかる。
戦士のごとき勇ましさにギロチンはおののき、なんとか説得しようとする。
だが王女は耳を貸さない。
グルではないかと観衆に疑われた刑吏を自らぶん投げ、再度ギロチンへ。
蓄音機のくだりは何だったのかという読み手のツッコミが聞こえるようだ。
礼人もそう思う。だったら最初から好きって言えよと。大層にみせかけた背景や建前より恋愛と相手のことがなにより大切だと認めろと。
(でもだって実際そうなんだから仕方ないだろう! 本人はアレで真面目なんだよ!)
『くすくす、あはははは』
笑い出したひつ字に礼人は驚く。
AIがギャグを苦手とするなら、またそれを理解することも困難なはずだ。
『あは、ぁ……すみません。その、センセイがすごく楽しそうに書いてるのでつい』
言われ頬を触った。そういえばさっきからにやけていたような気がする。
これを明日の朝、刀祢に見せるのが楽しみで仕方ない。その後でクシビにも読ませることでささやかな意趣返しにもなるだろう。誰のことを書いたかすぐ分かるような仕掛けもしてある。
礼人は勢いのままに残りを書きあげるべく取りかかった。
◇
目の前に机が迫っている。
踏みとどまろうとしたが無理だった。ゴン、と重い音がする。
『センセイ、大丈夫ですかっ!?』
「痛ぅ……いや、急に……」
書きあげサポートモードを切ったとたんに
最中はほとんど気にならないがあの光はやはり意識に大影響しているらしい。
「……このまま寝る」
とはいえ短編だ。推敲も含めて2時間もかかっていない。
途中鼻血をぬぐって突っ込んでいたティッシュをゴミ箱へ投げて外すと、それを無視して突っ伏した。一瞬で意識が遠のきかけ――
「ちょっといいかしら?」
「……へぁ? あっ?」
ギリギリで呼び戻される。クシビの声だった。
「…………」
「寝たフリを決め込もうとしてもムダよ。あなた今返事したでしょう」
やむなく立ちあがる。正直、頭をあげるだけでも億劫だった。
「……なんですか」
「原稿は?」
「あがりました……」
「ひどい顔ね」
「先生は元気ですね……」
まさか書き上げていないハズもあるまい。出てきた以上は。
「当然よ。原稿も最高の物に仕上がったわ」
「おめでとうございます……それじゃ」
「お待ちなさいな」
いま後ろ襟を引っぱられると本気で転びそうになるのでやめてほしい。
「先にあなたの心を折っておこうと思って。あなたも刀祢さんの前でみっともないところは見せたくないでしょう?」
「大きなお世話です」
「何か言った?」
「ぁ? ああっいえ、いえ、別に!」
駄目だ、半分夢の中に頭をつっこんでいる。このままではうっかり何を口走るか分からない。気の済むようにして早くに帰ってもらうべきだ。
「読み合いよ。あなたのも見せてちょうだい」
「わかりました、じゃあ中へ」
座布団を出し、二人それぞれに送り合ったデータに目を通す。
クシビの作品を読むうちに頭の
『あの、センセイ。いいんですか?』
クシビがおずおずと訊ねてきた。
『センセイの新作、トウヤさんに一番に見せるんじゃ?』
一瞬遅れて、さっと血の気がひいた。
『書いてる途中でセンセイ、「そのあと読んだ落雷坂の反応が楽しみだぜドゥフフフ」って言っていたような――』
「落雷坂先生! その原稿ちょっと待ってください違うんです!」
言い訳を考えつつ振り向けば、そこには黒ひつ字に耳を塞がれタイピングしているクシビの姿があった。
「はい、これ」
ひとしきりそうしてからディスプレイを額へあげたクシビは、最後に一度フリックする。
処刑を待つ罪人の気分でいた礼人の画面に原稿が送り返されてきた。
「ラスト、私ならそう書くわ。もちろん余計なお世話でしょうけど」
最終頁の後ろに約半枚ぶん、赤で書かれた文がある。
「ちょっと寝かせてね」
「え? は? ちょっ……」
さも当然のような台詞に顔をあげれば既に、クシビが座布団を枕に丸まっていた。
熟睡している。ついさっきまでの礼人も許されるならこうなっていたに違いない。
「…………えぇ……」
さっきまでピンピンしていたくせに。というか自作の感想はいいのだろうか。まさか本当に勝利を確信してそれを突き付けに来ただけだろうか。放り出したい。
むろんそんなわけにもいかず礼人は布団をひき、クシビを細心の注意のもとそこへ運び、自身は部屋の隅の隅で座布団をしいて横になった。眠りはすぐにやってきた。
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