二十匹め『真面目にずばり』
本堂前を横切る廊下のつきあたり。
礼人が近寄ると同時、それと重なるように別の映像が表示された。
[獣魂供養棟]
そう墨書されたプレートがかかっている。
扉は木製で現実の柱や
むろんスマートグラスが見せる虚像に過ぎず、ドアノブに手を掛ければそれはガチャリと大きめの音を立てて内側へ開く。
「それで、どうして犯人が子供になるんですか?」
まっすぐ続く通路を進みながら礼人は訊ねた。
床は板張りで、右側は窓のある壁。左は板戸で仕切られていて向こうに空間がありそうだ。
「これよ」
クシビが掌をみせる。そこにはさっきの白く半透明な板があった。
「そういえば……なんですそれ?」
「スマートグラスのパッドよ、鼻に当たるところ」
ああそういえば。礼人のものと形は違うが確かにそれだった。他のパーツがないと案外わからないものだ。
「サイズを見るにかなり小さいグラス用、たとえば子供がかけるようなね」
そんなに違うものだろうかと礼人は思う。子供用のスマートグラスは確かにあるが、全メーカーというわけではない。それに。
(いたっけな、そんなものかけてる子?)
むしろいまどきには珍しく裸眼ぞろいでさすがは自然豊かな土地と感心までしたのだ。そもそも。
「幽霊と関係ありますかね? 昼間遊んでいて落ちたのかもしれませんし……」
導線上に落ちていたからといって結びつけるのは早計だろう。
クシビは見せたそれをしまうとやや不本意そうに口ごもった。
「……もう一つあるわ。私が最初に霊をみて、遅れてあなたが見た。それぞれ何がキーになったと思う?」
「ええと、そのパッドを拾った……? 座標でしょうか?」
「違うわ、“高さ”よ」
壁の材質を確かめるように触れながらクシビは淡々と話す。
「私はパッドを拾いにしゃがんだ。あなたは私を……まあ、そういうことよ」
礼人は思いだした。あの時クシビを落ち着かせようとしゃがんだことを。
「あの場で屈んだときだけ見えるオブジェクトだったってことですか? そんなこと……」
する意味がないと思う。それは通常なら見つかりようがないオブジェクトを偶然見つけたということだ。そんな隠し要素を設定する意図がわからない。
「意味づけるとしたら一つだけ。“意図せずそうなってしまった”」
「どういうことです?」
「犯人の立場になって今までの仕掛けを再現してみなさい。どういう準備が必要?」
「それは……3Dモデルを作って、いや、ネット上の素材をもってきます。一から全部作るのは無理がありますし、ARイベント用の素材も有料無料問わずありますから」
オブジェクトや壁用のテクスチャ(貼り紙)、連続する出来事を管理するフラグ・スイッチ関連のプログラムまでパッケージされたセット商品も最近はよく見る。中でも数が多いのがARイベントの草分けとなったキャラクター系とホラー系だ。
クシビが頷いた。
「よくてよ、それで?」
「ええと、ARオブジェクトと現実のフィールドとを
ようやく気付く。
ARの標識として利用できるのは“座標”と“物”だ。
「あの幽霊は『境内から本堂を見上げたとき』発生するオブジェクトだった?」
つまり境内という“座標”、見上げた本堂という“物”の二つをスマートグラスが認識したとき表示される。
「そういうこと。もう分かるでしょう? 見つからない幽霊を設置する意味はない。けれどしゃがまないと表示されないオブジェクトができてしまった。その理由は?」
「……かなり低い位置から撮った本堂が標識に設定されてた、ってことですか」
“物”を標識に設定する場合、当然それを映した写真が基準になる。デジカメを使って撮れば多少の高低差や左右の角度違いを無視して認識するがあまりにズレが大きいとそれもない。
「でも、じゃあなんで最初の子供の霊は普通に表示されたんです?」
「構図が単純だからじゃないかと思うわ。本堂周りは角度が違えばその見え方も大きく変わる。それか撮った人間が違うか、ね」
クシビの表情が奇妙に歪む。
「きっと夜遊びのお誘いね。うふふ、悪い子たち」
「……」
違和感がある。それは設置されたオブジェクトのデザインと、神辺から聞いたこの寺の歴史とが噛み合っている点。
子供たちだけではそこまで凝らないように思う。神辺のように知識のある人間、あるいは……
(八ヶ代先生?)
そも、こんな仕掛けを作るなら家主の許可が必要だろう。子供たちだけなら悪戯で行動してもおかしくはないが、このディテールでそれはありえないと思えた。
ぴたりとクシビが難しい顔で足を止める。
「どうかしましたか?」
「シッ」
クシビが小さく合図して首をめぐらせる。礼人もそれにならった。
(子どもの声……?)
忍び笑うような気配がする。それは前方、板戸の向こうからするようだった。
「ほうら、さっそくお出迎えよ。私が行くわ」
「大丈夫ですか?」
クシビは軽く手を挙げて歩調を早める。
「うふふふふふ」
(ぞわっ)
単に子供好きなのかそれとももっと特殊な
仕切りはある所で途切れていた。正確には戸板が収まる
「最初にぃベソかきたいのはだぁーれかっしっらぁ!」
クシビは隙間に手をかけると一気に開け放った。それは仕掛ける側からすれば予想外の行動だったに違いない。――そんな者がいたとすればだが。
一歩遅れてのぞき込んだ礼人はぎょっとした。
広い、端の見えない
それは暗さによる所もあるだろう。廊下側にある窓から差しこむ月明かりのほかに光源はない。
だからこそそれらは
車座になった子供たち。その顔は一様に伏せられ、中心へ囲んだ何かをのぞきこんでいる。
「見ぃ~つけ、ひっ!?」
「ぶっ!」
びくっとのけぞったクシビの後頭部が礼人の顔にヒットする。
子供たちがいっせいに顔をあげていた。
否、顔と言っていいか分からない。青白いその表面に目鼻はなく、口は真っ黒く切り抜いたように耳まで裂けていたのだから。
ケタケタと笑い声が弾ける。
子供のようなモノがわらわらと部屋のあちこちから溢れ出てくる。
「ふあっ……」
クシビがふらりとバランスを崩す。礼人は慌ててその背を支えた。
「落ち着いてください、ARです」
「分かっちぇ、るわよ!」
気丈に
廊下の暗がりへ吸い込まれるように消えていく子どもたちと入れ替わるように、礼人は部屋へ入った。オブジェクトだと分かれば不気味だな、くらいのものだ。
名札の時と同じように床に何か落ちている。
(人形……動物の?)
四足動物をかたどった木彫り。目を吊りあげ牙を
[アイテムを取得:供養人形]
見回せば暗い部屋の
「ず、ずいぶん凝ったテクスチャですね」
首筋のざわつきを誤魔化すように振り返る。クシビがふるふると首を振った。
礼人は気付く。彼女の指がスマートグラスを押し上げていることに。
おそるおそるそれにならう。そうして見えた部屋の景色は、先に見たものと何ら変わることはなかった。
「……ひえっ!」
つまりは本物。
ひしめくように壁棚に並べられた小さな獣たちの視線は礼人に向いているものだけでも百はくだらない。
たたらを踏んで後退した。
「ちょっ、と何よ?」
気づけば後ろ手にクシビの服を掴んでいる。
「す、スミマセン!」
我に返るも指はまるで固まったように動かない。慌てて口走った。
「む、昔実家にシーサーの置物があって。小さいころずっと怖くって……」
「……知らないわ! 他ごとを喋るならちゃんと
「そんな無茶な」
確かに探偵物のお約束ではあるが。そうなんでも話の脱線が閃きに繋がるわけもない。
「まったくだらしないこと」
逆に平静を取り戻したクシビが横へ並ぶ。
さらに室内を観察すれば、そこは堂だった。正面の一段と暗い位置に掛かる物がそれを証明している。
「仏画ね」
巨大な掛け
「ふぅん、なるほど読めたわ」
さきの怯えた様子もどこへやら、クシビが不敵に笑って言い放つ。
「ここは
「あ、はい、そうみたいです」
「あ?」
キャラが崩れかねないほどドスのきいた声に礼人は知らず服から手を離した。それから慌てて夕食の席で神辺に聞いたことを説明する。
「あなたね……」
話し終えるころにはクシビから怒りのオーラが立ち上っていた。
「なんで早く言わないの! 犯人? あなたが犯人なの!? 助手が犯人だなんてそんな素人が意表をつきたいがために
「違います! し、失念していましたスミマセン!」
「ああもう、じゃあ違うわ。いったん歴史は置かないと」
「え?」
礼人はぽかんとする。
チッチとクシビが指を立てた。
「こんな序盤に助手が持ってくる情報を
「……」
礼人は口ごもる。言おうか言うまいか迷い、そして。
「落雷坂先生、こんなこと差し出がましいとは思うんですが」
「何かしら改まって」
ずっと思い続けて来たことを口にする。
「小説と現実をごっちゃにしないでください」
「な……っ」
クシビは絶句した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます