十四匹め『小手調べでへろへろ』
早く、速く、
文字列は脳裏を走り抜ける。読み手の意思すら無視して、その目を
「く、うっ、ぐふぅ……ッ」
主人公と
「はあっ……はあっ……!」
ページを繰る手が加速。脳内を火花散らし駆け巡るバトルシーンはさながら電磁誘導のように決着の瞬間をその中枢へと直撃させる。
「うわあああぁぁぁ……!」
礼人は仰向けにどうと倒れ込んだ。活字が途切れたのと同時、糸が切れたように。
目の前の空間には落雷坂クシビによる新作原稿、その最終ページがある。
(“終”の字まで格好よく見える……だと……)
怪物に突き立てたナイフの手応えが、
礼人の渡した『旧世界の
「氷雪系、それも主人公の内と外の温度差で攻める
その表情には余裕がある。いっぽう礼人は息をつかせぬ展開に揺さぶられ
(意味不明なのに凄い説得力だ……!)
まさに電気の走るような読み味だった。アシストAIを使うことでそれは失われるどころか鮮烈になっているとさえ感じる。
「どんな技能も
クシビは
「新作は一年以上前に出たきりだし、これがひつ字との処女作かしら? お互い余裕がなくて初々しいのはいいけれど、無事に終わらせるので手一杯。
立ちあがった幼い身体を白い手のひらが
『ぁっ、や、ゃあです、クシビおねえさまぁ』
「もっと深く
水を向けられひつ字がピンとその背を伸ばす。
『そっ、そんなことありません! センセイは上手で格好よくて、い、いつも大満足です!』
言い方があるだろうと礼人は顔を覆った。
クシビはそんな反応を楽しむように口端を切れ上がらせる。
「そう、ならここが上限、伸びしろいっぱいということなのかしら。いずれにせよ私の敵じゃない。それはコメディに
さらに礼人を見下ろし立ちあがった。
「部屋に戻るわ。私はすぐにでも書き始められる。せいぜいあなたは打ちひしがれてからかかるといいわ。零細作家らしくね」
長い髪をなびかせ
だがそれに先んじて障子が開いた。
「あ、お夕飯です」
梓だ。頭に白い三角巾を巻き、エプロンを着けている。
「……!」
クシビが固まる。
台無しだった。『去り際のひと言』は万が一そこで去れなかった場合、格好つけたあとほど残念なことになる。
刀祢がくっと喉を鳴らした。
「さすが、売れっ子は持ってるな。俺は好きだぞ、お前みたいな美形がスカされて三枚目に落ちるネタ」
黒髪からのぞくクシビの耳がさっと朱に染まった。
「っ、刀祢さんのバカっ!」
言い捨てると逃げるように退室する。早歩きの足音が遠ざかる。
「……どうしたの?」
きょとんとした梓が責めるように刀祢にたずねた。
「なんでもない、さあメシだ。たしか
「いや、僕は」
このあと書かなければいけない。
「……本気か? 煽られたからって受けなくてもいいんだぞ。あれはああいう性格で、誰かとやり合ってないと生きてられないだけなんだからさ」
とりなす刀祢に首を振った。
「いえ、やってみます。こうなったら八ヶ代先生に負けてられないって思わせられるようなコメディを書いてみせます」
「アヤト……分かったよ、そこまで言ってくれる奴がいるんなら俺にもまだやり残しがあるのかもしれない。もしお前の作品で熱が戻ったなら考えてみてもいい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます