十五匹め『ぴきぴき馴れ初め』

 夕食は元本堂ほんどうの広間で食べるということだった。

 礼人たちが案内されたそこはすでに子供たちでごったがえしている。15、6人はいるだろうか。

 長机が3列。大皿の料理が並んでいる。配膳に動いているのは作務衣さむえ姿の大人達だ。梓が紹介した。


「お手伝いをお願いしているんです。奥から石渡いしわたりさんに神辺かんべさん」


 それぞれ五十代、三十前くらいの男性。神辺と呼ばれた手前の若い方がこちらを見て会釈する。

 刀祢が隅に積まれた座布団をひっぱり出してきた。


「俺たち大人は奥だ。騒がしいけどまあ、ゆっくりしろ」


 勧められるままに座り、料理に手を付ける。家庭的でやや濃い目の味付けだった。子供たちにはちょうどいいのかもしれない。

 自然学校というなら食事前の訓話や報告がありそうなものだが、別に時間をとってあるのかそういう動きは見られなかった。

 子供たちはそれなりに行儀よく、大人たちの目を盗んではじゃれあいつつ食べている。


(あ、落雷坂先生)


 遅れてきた彼女が入り口で部屋を見回す。刀祢が軽く手を挙げて礼人の隣を指した。


「あら美味しそう」


 さっきの出来事が嘘のように余裕のある立ち居振る舞いでクシビは正座する。刀祢もメロンソーダのビンを回しながら何事もなかったように応じた。


「うまいぞ。この辺りは土が良い。今年は天気にも恵まれたしな」

「まぁすっかり農家になったつもりね。来年はお米を頼もうかしら?」

「言ってろ」


 皮肉を取り合わない刀祢とつまらなそうにコップを傾けるクシビ。はさまれた礼人は居心地の悪い思いをする。

 この二人、仲の良し悪しは別にして少なくとも気心きごころの知れた間柄ではあるらしい。


「あの、お二人はどこで知り合ったんですか?」


 訊ねると、焼酎しょうちゅうらしきコップに水筒コーヒーを注いでいた刀祢が顔を上げた。


「デビューした次の年の新年会だったっけな。そいつが酔ってからんできたんだ」


 そのもよおしは礼人も参加したはずだが、クシビを見かけた覚えはなかった。すれ違ったのだろう。


「心外だわ。夜のパーティに子供がいたら気になるでしょう?」


 もうそれだけで刀祢の超不機嫌な顔が目に浮かぶようだった。礼人と部隊にいたときも彼はさんざん体格と童顔を揶揄やゆされ、そのたびに喧嘩騒ぎを起こしている。


「……まあそんな腐れ縁だ。こっちとしては鬱陶うっとうしい」


 受け流しを決め込んでいるのかさして怒ることもなく刀祢はコーヒー割りをすすった。

 クシビの目がきつねのように細く笑みを形作る。


「なんだか私、見つかってしまった愛人あいじんみたいじゃないかしら?」


 刀祢がむせ返した。


「なんでそうなる!」

「だって牧先生が来てから、いつにも増してツンツンしているでしょう。まるで私とのことを知られたくないみたい」

「お前みたいな変人と懇意こんいだと思われたくないだけだ!」


 その目がうかがうように礼人を見、目が合うと同時に逸らされる。

 刀祢が変人というならやはり相当なのだろうと礼人は思った。つまり二人ともどっこいどっこいということだ。


「どうかしら、くす」


 礼人の首へ背後から腕が回される。クシビの細い身体がしなだれかかった。


「へ……あ!?」

「なあっ」


 ピシリと背筋を伸ばす礼人。頬をでるように白く長い指が触れた。


「なら、こんなことをしても怒らない?」


 クシビのささやくような声。ダシにされていると理解したあとも礼人は首から上が熱くなるのを抑えられなかった。


「アヤト! 危ない、今すぐ離れろ!」

「は、はい!」

「うふふ、だめー」


 抜け出そうと身をよじるより早く、より深く抱きすくめられる。まさか振り払うわけにもいかず礼人は動きようがなくなる。


「ばかっ何やってる、見てくれにダマされるんじゃない!」

「別にだまされているわけではないんですがすみません!」


 そのまま後ろへ倒れかけた礼人の手を刀祢がしっかりと掴んで引き上げた。


「ええい離せ! 純朴なアヤトを弄ぶんじゃない!」

「はぁい」


 あっさりと解かれる拘束。刀祢は引き寄せた礼人をかばうように入れ替わった。


「アヤト、こっち座れ。まったく世話が焼ける」

「すみません、ありがとうございます」


 その瞬間、クシビがしたり顔で忍び笑ったのを礼人は確かに見た。すべて思い通り、そんな表情だった。


(まんまと誘い込まれてます、八ケ代先生)


 礼人は言葉をのみこんだ。そういうことなら犬も食わないというやつかもしれないし、本当に不本意なことがあれば刀祢は自分で何とかするだろう。


「ところで、廊下の向こう側は何があるのかしら?」


 刀祢の口元をハンカチで拭こうとして邪見じゃけんにされながらクシビが訊ねた。

 そういえば、と思う。到着して門をくぐったとき、寺務所とは逆側に見えた建物だ。いま居る元本堂から外廊下づたいに行けそうに見えたが。


「古そうなわりにしっかりした扉があったけれど」

「気にするな」


 オクラと油揚げの煮つけを食べながら刀祢はそっけなく応じた。


「捨てるに捨てられない仏具とか、古い物がしまってある。危ないから近付くなよ」


 その口調が心なしか硬く聞こえて、礼人はまばたきした。

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