十一匹め『もこふわ、もう一つ』

 薄暗い玄関で、礼人となぜか女物の浴衣を着た刀祢は顔を見合わせる。


「なっ、あ、アヤトぉっ!?」


 悲鳴のような叫びは直後、刀祢自らの両手で封じられた。口を塞いだまま彼は身体をわななかせると、やがてはじかれたように身をひるがえす。


「これは違うっ、見るなあっ!」

「八ケ代先生!?」


 ばたばたとすそを踏みつつ蹴り上げつつ、よろめくように逃げていく。

 呆然とそれを見送った礼人の後ろで、がらりと戸が開いた。


「わ、ごーめんなさいお待たせしちゃって。どうぞ奥へ奥へ」


 梓だった。幅の大きい礼人は邪魔にならないよう動かねばならず、押し出されるように廊下を進むことになる。


「お前ら、いい加減にしろーっ!」


 曲がり角の向こうから怒声。

 刀祢のもので間違いない。幻覚ではなかったらしい。

 わらわらと小さな影が飛び出してきて礼人たちと鉢合わせた。梓が声をかける。


「あらまあ、走るんならお外でねー」


子供だった。ざっと6、7人。顔立ちや年齢もバラバラで兄弟姉妹には見えない。

彼らは口々に返事をすると突き当りのもう一方へと逃げていく。


「夏休みで少しの間お預かりしてる子たちです。ちょっと……そう、自然学校みたいなもので」

「へえ、すごいですね」


 礼人とて子ども嫌いではないが、かくのごときエネルギーの塊をいくつも間近において疲れないかと言われれば否だと思う。よそ様の子ともなればなおさら気を遣うだろう。


「祖父の代まで幼稚園をやってたんです。そのご縁で、そんな大したことは何も」


 先へ行った梓について角を曲がる。

 そこにはへたりこんで肩で息をする刀祢の姿があった。


「兄さん、どしたのそんな恰好で?」


 呆れたような梓に不機嫌きわまる顔をあげた刀祢はしかし、礼人の姿を認めると目を逸らし、乱れた浴衣の合わせをぎゅっと握った。


「……チビどもに無理やり着せられたんだ。これも」


 べしゃっと黒髪のかつらが床へと捨てられる。その下からあらわれたのが以前のような赤毛でなく、染めたらしい黒であることに礼人は驚いた。


「あっもう。大体どこにあったのそんなお着物?」


 梓が腰をかがめたずねたとき、刀祢のそばの障子が音もなく開いた。


「私が持ってきたの」


 つやめかしい、そしてやや奇人的な長身痩躯の女だった。

 戯画化された大戦前の女学生のごとき楚々そそとした黒髪に麗貌。反して洋服は西洋人形もかくやというようなはなやかさ。


「気に入ってくれて嬉しいわ、刀祢さん」


 一人の人間のはずなのに構成要素がちぐはぐで、浮いている。背景が日本家屋だからということもあるかもしれない。


「そちらの二人は初めまして、ね。どちらさま?」


 女がこちらへ視線をよこしてそう言った。梓が怪訝けげんな顔で振り返る。

 “二人”と女は言ったのだ。ここにいる以上知らないはずのない梓を差し引いて。


『――どうかなさいましたか、クシビお姉さまぁ?』


 開けられた障子からさらに声がする。妖精のように現れた少女にひつ字が叫んだ。


『あ、あ、あー!』


 羊の毛のようなフワフワの白い髪とそこからはみ出した曲がり角。幼い年恰好にゴシック調のドレスが相違点ではあるものの、それは明らかに。

 刀祢がうんざりしたように前髪をにぎりつぶした。


「……紹介する、アヤト。俺たちと同レーベルで書いてる落雷坂らくらいざかクシビだ」


 女の薄くフレームのないスマートグラスが、今更に存在感を示して礼人へ向く。


「あやと、あぁ。それじゃあ貴方がそうなのね」


 奥の瞳が興味深そうに光った。


「会いたかったわ。私と同じ《紙垂ひつ字》のマスターさん」


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