第4話友達

 朝から僕の隣の机。秋山爽の例の花瓶の机に人盛りが出来ていた。

 ホームルーム開始5分前。教壇には担任の教師の姿はなく、出席簿は放り出されている。

「おはようございます」

 ガラッと引き戸をあける。

 集まる視線。人盛りも僕とそれに続く秋山に気づいた。その中心に彫刻刀を持った担任が目を丸くしてこっちを見ている。

「空知、お前…また…」

「先生、おはようございます」

 人はプラスの表情にはプラスの表情で、マイナスの表情にはマイナスの表情で返すことがあるらしい。僕は朝から言い合いをする気力はない。にっと、それはそれは朝らしい爽やかな表情で笑ってのける。

「すいませんが、そこ、秋山の席ですよね?どけてもらます?」

 モーセの十戒のように人盛りは真っ二つに割けた。僕と小さくなった私服の秋月はその間を通り、席につく。

「空知、秋山は病弱なんだ。分からないのか?」

「あ、やべ」

 わざとらしく机を漁る。

「しまった、スマホ机に忘れてた…ん?なんか録音してある」

 再生。

(ザッ…ザッ…ちょっ、お前らやり過ぎだぞ…ザッ…)(そう言う…だって笑ってんじゃん)

 ついでに彫刻刀をぱしゃり。

「先生、秋山さんの机。交換できます?」

「空知、お前…教師を脅す気か?」

「いじめを容認するような教師は教師じゃないってニュースではよく流れてますけど、先生は容認するんですか?」

「…」

「いじめなんて大体は根も葉もない噂からだいたい始まるんですよ。この落書きも、昔からあったのかもしれないし、編入したばかりの僕には正直わかりません。花瓶だってたまたま置かれてたのかもわかりませんし。でもこのままだと秋山さんがかわいそうです。難しいなら僕のと交換します」

 重い沈黙が漂う。

 担任は押し黙ったまま動かない。

「いーなー。私も机交換してもらお。ボロボロなんだよね」

 教室の中心からリーダー各の原田が声をあげた。原田の机はシールやプリクラが張られていて、ボロボロと言うより加工してある。その声を皮切りにあたりから「俺も」「私も」と手が上がった。この展開。憤りを感じる。

「黙れ」とどっちが黙るべきか悩ましい声量で担任は叫んだ。喧騒がどよめきに変わった。

「ホームルームだ。日直、号令」

「先生はまた秋山さん庇うんですか?愛し合ってますもんね?」原田が声をあらげた。

 野放しにしておけない。僕は立ち上がろうと机に腕をたてた。視界の隅で秋月が下唇を噛んで俯いていた。

「おい」

 僕は机を叩き、立ち上がった。

 みんなの視線を感じる。けど、我慢ならない。後の事は知ったことではない。

「お前、いい加減にしろよ?」

 驚きに顔をしかめた原田がこちらを見ている。僕は深く息を吸う。

「根も葉もない噂話で他人を嘲笑するのはみっともない。だいたいお前の机のそれはわざとだろ?」

「編入生のあんたに一体何がわかんのよ?」

「少なくともこれには何の証拠はないってことはわかる」

「証拠ならあるわよ。ねぇ先生?ヤったんでしょ?」

「お前、今俺と喋ってんだよな?」

「もうやめて」

 秋月は震えていた。

 肩を揺らし、ガタガタガタガタ。両手の爪は肩に深々と刺さっていた。

「私が、悪いの。だから」

「あんた、また逃げるんだ。得意だもんね?謝れば許してもらえるもんね。可愛い可愛い秋月さん?」

 小刻みに震える手を口元にあてがい、秋月は追われるように教室から出ていった。

 誰もそれに異論を唱える奴はいなかった。

「証拠ってこいつか?」

 僕は、もう、後の事は何も考えていなかった。秋月の傷だらけの机を持ち上げる。

「俺が知ってる証拠はこれくらいだ。こんなもんがあるからアイツは」

 力む瞬間、机ははるかベランダの向こうに浮いていた。後の事は知らない。どよめきの中、僕は秋月を探しに教室をでた。


 なんとなく、場所はわかる。一人になれて、気兼ねなくいれる場所。天国に一番近い場所。

「やっぱりいたか、探したぞ」

 秋月は屋上にいた。フェンスの外に立っている。秋月の髪はふわふわと風に靡いている。

「やっぱりさ、無理なのかな。私には」

「何いってんだ?まだ始まったばかりだろ?とにかく、もうすぐ授業だ。戻るぞ」

「…いた」

 僕が校舎入り口とフェンスの間位まで歩いていくと、後ろからクラスの連中に押し出されたのか、原田が呆れた表情でずかずかフェンスに歩いていく。

「あんたって結局逃げる事しか能がないのね?」

「お前、いい加減に」

 原田は僕の制止を聞く気はないらしい。

「あの時だってそう。先生はみんなに平等に接してくれてた。誰一人いじめたり、いじめられたりしなかった。でもあんたがいけないのよ。私から先生を奪うから。死ぬ気があるなら早く死ねよ。見といてやるから」

 秋月は端にたった。風に吹かれる髪はいっそう波うつ。過去に何があったかは知らない。けど、人一人死のうとしている事に間違いはない。

「…ごめんね。夏海。今までありがとう」

 重心が校舎のへりから空へ。

「あんたさ、結構いい根性してると思って見直してたのに。そうやってまた人と距離を置くことでしか解決できないの?」

「…私が、悪いから。だから、みんなに迷惑かけて…。ごめん」

 原田はフェンスから腕を伸ばし、秋月の茶色のロングカーディガンをぎゅっとつかんでいた。

「居場所なんて、本当は自分でつかみとるもんだろ?私から奪って見せろよ。簡単に死ぬなよ。張り合いがなくなるだろ。あんたが、あんたが戻ってきて、本当はホッとしてた。みんなで無視ししだしてあんたが急に来なくなるから。ほんの冗談のつもりだったのにだったのにエスカレートして。それからあんたは学校には来なくなった。簡単に死ぬな。私達、親友だったろ?」

 泣きじゃくる原田は、何故かちょっとだけ可愛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スターゲイザー 明日葉叶 @o-cean

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る