第2話
☆黒い画面にタイトルが挿入される。
『5月21日 非公開・官房長官ブリーフィング-記者クラブ AM06:45』
☆ピントのボケた黒い影が画面周囲を丸く覆っていて、隠しカメラで撮影された映像だと思われる。
☆マイク手前で宇能官房長官が内閣情報官、防衛事務次官とペーパーを手に慌ただしく打ち合わせている。マイクに向かう。
「これから発言いたしますが、これは、指示があるまで一切の発表を禁止して頂くという事で参加各社トップに合意を戴いております。その旨、記者の皆さんにも、ご了承頂いたという前提での発言となります。違反行為には極めて厳しい対応をさせていただくという事になります…」
☆室内が静まり返った。
「では会見を開始いたします…陸上自衛隊豊川駐屯地において、何らかの異常事象が発生しているのではないかという、SNS等への伝聞書き込み、そのシェア、リツイート等により拡散され、憶測、誤情報が広がっているという現象について、現時点でお答え出来る範囲のことを説明いたします」
☆官房長官、一瞬ざわつく室内がすぐに沈黙を取り戻すのを待って、メモをめくり、再び口を開く。
「まず、一部で流れております『自衛隊の一部がクーデターを企て、全国の基地から、これに賛同する部隊が豊川市を目指している』という噂は、全くのデタラメ、間違った憶測であるということを、これは、はっきりと明言しておきます。…現在、豊川市では陸上自衛隊豊川駐屯地、千両演習場、日吉原演習場、およびその一帯を舞台として大規模な対テロ制圧訓練を目的とした極秘演習を展開中であります。ただ、これは事前に告知を行ってない、全くの極秘演習であることから、周辺住民等に誤解を招く事態が生じている…ということが、真相であります。なお、演習内容につきましては国防に関する極秘事項でございますが、周辺住民の誤解を招いた個々の事態につきましては、後ほど、必要な範囲に限定して可能な限りの説明を行う方向で検討している処でございます。記者クラブ各社におかれましては、後刻、指示のあるまで一切の報道を行わないという事で、隅々までの厳重な周知をお願い致します。」
☆内閣の広報官がマイクを持った。
「それではここで一社のみ質問を許可いたします。挙手を…では、そちらの方。」
「NHKの羽根田です。一切の報道を行わないという事になりますと、かえって憶測が広がる危険もあるとおも…思われますが、規制解除の時刻的な目安はどうなりますでしょうか? また、演習であるという発表にすら、なぜ報道規制が必要であるのか、何を待って指示解除…という経過が必要なのか、ということはお答えいただけますでしょうか?」
「…この演習を行う契機が、一定程度の緊急性を伴う防衛上の秘密事項である…ということでご理解いただきたい。演習の内容、その終了条件についても極秘事項でありますので、規制解除については、規制の必要が無くなり次第、早急に解除指示を出す、という方向で考えております。お待ち頂きます」
☆カメラの前に立ち上がった男がいた。
「もう一問だけお願い出来ますか!東京新聞の角川です…付近の路上で散歩中の飼い犬が鎧兜を付けた侍姿の人物に槍で刺殺されたという住民よりの情報がありますが…」
☆官房長官の顔に苦笑が浮かぶ。
「東京新聞さん、あのねぇ…それは余興か何かやっていたのを見間違えたんでしょう…会見を終わります」
☆角川パネルを掲げる。
「官房長官!これです!振り返ってもらえますか!官房長官!」
☆振り返らずに去ってゆく官房長官。角川はパネルを記者席に向けた。声が上がり、フラッシュがまたたく。
☆『SNSから転載』と注釈がついた、その時のパネル画像が挿入される。
カメラ目線で槍を構えた足軽風の男の背景に、薄暗い山際の舗装道片側車線を埋める戦国時代の軍勢(の一部)が写り込んでいる。
☆騒然としている会見場。
☆広報官がマイクを握る。
「そのまま少々お待ちください」
☆開場の映像が早回しされ『20分経過』のテロップが重なる。再び官房長官が入室。情報官、広報官と打ち合わせながら登壇する。
マイクがガサゴソと鳴り、軽くハウリングしておさまる。
「情報の追加と訂正を致します。先程、『一定程度の国防緊急性を伴う陸上自衛隊極秘演習』と申しましたが、これを撤回・訂正いたします。現地、豊川市の陸上自衛隊豊川駐屯地、千両演習場、日吉原演習場、およびその一帯を舞台として大規模な、演習規模の陸上自衛隊賛助出演を伴う、ハリウッド映画のロケーション撮影が行われている…と、いうことであります。(どよめく。『何で嘘をついたんだ』とヤジが飛ぶ)…不規則発言はおやめください。今、まさに説明をしている処でございます…。ええ、この映画の作品が、製作自体がオープンにされていない…まさに秘密の状態ですので。まあ、多くの映画が撮影中は明らかにされていない、そういう場合も多いと、そういうことです…今回は、たまたま現地の行政機関、観光協会、フィルムコミッション、愛知県警等との擦り合わせに齟齬、重大な認識の違いが生じた、コミニュケーションが不十分であった、現地住民への事前説明が行われていると、双方が思い込んでいた…と、そういう事です。」
☆前列の方で手が上がる。そのまま立ち上がる…広報官がマイクを手渡す。
「朝日新聞の湯浅です。なぜ、先程は『対テロ制圧訓練を目的とした演習』と明言されたのでしょうか?間違いとしても、映画のロケとは、あまりにも違い過ぎて納得…理解が出来かねます。ご自身で不自然だとは思われませんでしょうか?…もう一点、その…これがロケだとすると、侍の格好をしているのが自衛官であるという理解で宜しいのでしょうか?」
☆官房長官、広報官と小声で話し合ってからマイクへ。
「要するに…まさに『対テロ制圧訓練を目的とした演習』を自衛隊が演習場で行っている、そういう場面のロケだった訳です…ロケーションの、映画の内容、そういう撮影をするということが漏れますと、映画の広報戦略上、甚だ不都合が生じる…そういう依頼を受けて、自衛隊としても、必要最小限の幹部のみに、ロケーションを知らせた、多くの隊員は、まさに演習と信じて参加し、そのまま撮影した…そういう状況でしたので、こちらへの情報提供にも齟齬が生じた。…そういうことです。(広報官に耳打ちされて)…なお、侍の格好をしていたのは自衛官ではなく、俳優・エキストラだと聞いています。」
☆中ほどから手が上がり、マイクを渡される。
「東京スポーツの百成です。そうすると、これは、あの…あれみたいな…昔の角川映画のあのぉー、(戦国自衛隊と声)『戦国自衛隊』みたいな映画をハリウッドが日本で撮影している…という、そういうことですか?」
「先程から申しております様に、詳細は発表出来ませんし、私も知りませんが、私見としては、概ね、当たらずとも遠からずではないかと思われます。」
「映画会社とタイトルだけでも教えてもらえませんか?普通、それぐらいなら大丈夫だと思いますが。」
☆広報官、耳打ちをする。
「パラマウント映画です」
「タイトルは?」
☆広報官、耳打ちをする。
「NOBUNAGA…ローマ字で『NOBUNAGA』だそうです。」
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