ミチコ先輩とカクテルとフェアリーテイル

@zeon_no_hito

終章

 ※これは百合SS Advent Calendar 2017の17日目として書かれた文章です

   https://adventar.org/calendars/2268


 「ここ、開いているかしら?」

 ミチコさんに声をかけられたのは私が今の職場に入社して2ヶ月経った6月、職場にも慣れ始め、リクルートスーツをやめて私服で出社するようになったとある昼休みだった。

 「あ、お疲れ様です。どうぞどうぞ」

 私が当たり障りない返事をしてテーブルから荷物をどかしてスペースを作るとミチコさんは『よいしょ』と言いながらお弁当箱を置いた

 「あなた、いつも一人で食べているの?」

 「いえ、いつもは田中さんと食べているんですが、今日はずっと外回りみたいで」

 「ああ、ユカちゃんね。営業さんは大変ねぇ、この時期は仕事を覚えるためにひたすら先輩について外出しないといけないもの」

 二段のお弁当を広げながらミチコさんが話しかけてくる。私はミチコさんの話に適当な返事をしつつ、どうして話しかけられたのだろうと考えていた。できることならばミチコさんに話しかけられたくなかった。どうにも苦手なタイプなのだ。


 「ふふっ、でも先輩社員に仕事を教わる時間があるというのは幸せなことよ、私が来た頃はとにかく人員不足で自分一人でやらなければならなかったもの」

 始まった、と私は思った。ミチコさんの自分語りだ。

 入社当初、わからないことを丁寧に教えてくれるミチコさんはまさに理想の先輩社員というイメージを私に抱かせた。しかし、一ヶ月もすれば周りが見えてきてミチコさんの本性に気づく。彼女は自分を過大に見せすぎるのだ。

 私は愛想笑いを浮かべつつチラリとミチコさんの胸元で揺れる社員証に目を落とす。私の青い社員証とは違う赤色、つまり派遣社員であることを表している。

 

 私からすればミチコさんが経験豊富な先輩であることには代わりのない事実だけれど、正社員が時間を掛けてするほどでもない雑用を押し付けられ、古参なのに部会や飲み会に出席できない様子は社会を知らなかった私に強烈な格差を見せつけた。それでいてミチコさんは自分を部内の要人であるかのように振る舞うので他の社員には煙たがられていて、お酒の席では本人不在をいいことに肴にされるのが専らだった。そんな事情を知っていると彼女の肩まで伸びる艶やかな黒髪やシワひとつないレディスーツ姿もどこか空回りしていて不憫に思えてしまうのだった。


 「内部監査で指摘されるからって部内にある備品全部をチェックして書類にしなきゃならないのよ。非効率だと思わない?」

 私が軽く回想している間にもミチコさんは依然として自分の苦労話を続けていた。彼女の相手の反応を気にせず一方的に喋り続ける姿勢はある種感心してしまうほどに一貫しているけれど、私も貴重な昼休みを少しでも楽しいものにしたかったので話題を変えることにした。

 「あの、突然なんですが、ミチコさんは最近はまっていることってないんですか?」

 「本当に突然ね。まぁ、いいけれど。そうね……」

 ミチコさんは顎に手を置きわかりやすい考える姿勢をとった。我ながら流れを断ち切る不器用な会話だと思ったが、彼女は特に気にする素振りは見せていない。もしかすると彼女の自分語りは会話ではないのかもしれない。

 「あっ、そうだ!最近始めたことといえばアレよ、アレ!」

 「え、アレってなんですか?すごく気になります!」

 ミチコさんはポンと手を打ちやはりわかりやすいリアクションを見せるので、私も安直に興味がありますという形を示す。

 「あー、でもどうしようかな。あんまり公にしないほうがいいかもしれないし……」

 『あれ?』と思った。自分のことを喋る時はいつも饒舌なミチコさんが躊躇っている。その普段との違いが悔しくも私に好奇心を芽生えさせた。

 「えっ、なんですかなんですか?すごく気になります!」

 私は身を乗り出して声のトーンを上げる。目を開いてキラキラとできるだけ興味がある後輩のふりをした。

 「うーん、まぁ、あなたのことは信用しているし、特別に言っちゃおうかな。私ね、お小遣いを稼ぐ方法を発見したの!」

 「お小遣い……ですか?」

 いつミチコさんに信用される機会があったのか思い当たる節がなかったので少し引っかかったものの、それよりも彼女の口から出た奇妙な言葉が気になった。

 「ええ、ライブチャットっていうのだけれど……」



 「ライブチャットって、あの、映像を配信している人とチャットしながらコミュニケーションをとるやつですか?」

 「ええ、アナタ女の子なのに詳しいのね。それよ、それ。待ってて、今サイトみせるから」

 ミチコさんはスマートフォンを取り出して何やらブラウザに文字を入力していた。私はそれをよそに彼女の口から出た単語の意味について考えていた。

 ライブチャットといえば学生時代に漫画喫茶でバイトをしていたころに見たポスターが印象的だ。ヘッドセットつけて服をはだけた女性が大写しされ、最初は無料だの何分でいくらだのアノ手のもの特有のアオリ文が周りを囲んでいた気がする。その記憶があるためライブチャットと聞くと性的なイメージしか浮かばないのだが、先の『女の子なのに詳しいのね』という発言からすると本当にいかがわしい事を指しているのかもしれない。

 「これこれ、このサイトなの」

 ミチコさんが差し出したスマホの画面は全体的にピンク色で画像加工により盛りに盛られた女性のサムネイルがびっしりと並んでいて疑いの余地もなくアダルトなサイトだった。その事実を受け止めた時、私の脳にビビッと電流が走り、カッと視界が一段明るくなった気がした。灯台下暗しか幸せの青い鳥か、こんな面白い話が身近にあったなんて。今まで皆無だったミチコさんへの好奇心が一気に満開となり私はミチコさんに思わず問いかける。

 「ミチコさんも…、こういう格好するんですか?」

 私はスマートフォンの画面を指す。そこには全裸でM字開脚をして陰部にマッサージ機器を当てている女性が映されている。

 「ううん、私はここまで激しいことはしないわ。お小遣い程度を稼げればいいんだもの」

 「じゃあ、脱いだりしないんですか?」

 「いいえ、少しは脱ぐわね。といってもちょっと上半身裸になったりショーツだけ脱いだりするだけだけど」

 そこまでやっているならM字電マと変わりはないのでは、と思わず言いそうになったが堪える。きっと彼女なりに境界があるのだろう。私には全くわからないが、とにかく不用意なことを言って話題が変わることだけは避けたかった。

 「その、見えたりしないんですか。乳首とか下とか」

 「ふふ、そう思うわよね。素人の配信なんだもの。ポロっと見えちゃうことに期待しちゃうわよね。でも実際はそんなことなくて人気な人ほど見えそうで見えないというギリギリを徹底しているの。私も最初はミスが多かったけど、今ならカメラの前で上半身裸になっても乳首を守り通す自身はあるわ」

 それを自信満々に言うのはどうなのかと思うが、それはミチコさんの自分語り癖に火がついてきた証拠でもある。ふと周りを見て熱くなった彼女の話が他の人に聞かれていないかを心配したけれど、お昼時の社員食堂は賑わっていて二人の会話は誰の耳にも届いていないようだった。

 「ミチコさんはどういう感じの動画を投稿しているんですか?」

 誰もこちらに注目していないことを確認した私はさらに燃料を投下する。

 「そうね、私は『欲求不満の人妻処女』って感じのタイトルで軽く脱衣をする動画を出しているわ」

 本当にこの人は自分語りに躊躇いがない。素直に尊敬したくなってくる。

 「人妻なのに処女っておかしくないですか?」

 ミチコさんの熱に当てられ私も真っ昼間に相応しくない言葉を口にする。しかし、私の理性はそんなことよりも目の前のことを最優先としていた。

 「そうね、普通はありえない。だからこそいいのよ。私がするのは脱衣だけ。陰部への挿入は一切行わないわ。だから確かめようがない。そこにロマンがあるの」

 「箱の中を確かめるまで処女か非処女かわからない」

 「そう、さしずめシュレティンガーの処女というわけね」

 お前たちは何を言っているんだ。フフンと鼻を鳴らすミチコさんを尻目に私は自分の言葉に後悔をしていたけれど、この稚拙なやりとりに学生時代に戻ったかのような妙な爽やかさを覚えた。

 「もう少し現実的な話をすると、キャラクターに当てはめたほうが演じやすいっていうのがあるのよね」

 「キャラクターですか?」

 「見てご覧なさい、この辺りのタイトルとか」

 「声優志望に読者モデル、誕生日を迎えて18歳になったばかりの現役女子○生……」

 「全ては幻よ。いえ、私も全てを知ってるわけじゃなから中には本物もいるかもしれないけど、少なくとも殆どが嘘よ、きっと。誕生日を迎えた18歳なんてほぼ毎日見るもの。本当なら日本は終わりよ。ここでは男の欲求をわかりやすい形に落としたほうが演じやすいし視聴者も食いつきやすいの。win-winの関係ね」

 「だからミチコさんも嘘をついているんですね」

 言ってからしまったと思った、言葉を選ぶべきだったか。

 「嘘なんて人聞きが悪いわね。言ったでしょ、私は役者なの。それに嘘だとしてもそれは半分ぐらいだわ」

 最後のほうがよくわからなかったが、とにかく怒っていないことは幸いだった。時間も限られているし、もっと話を広げていきたい。

 「その、一人でやられてる動画が多いんですが、普通に、エッチしてる動画とかもあるんですか?」

 「意外とムッツリなのね。ええ、数は少ないけれどあるわよ。セックスしているの。もう本当にズッコンバッコン。プッシュポッププッシュポップってね」

 「プッシュ、ポップ、プッシュ、ポップ……」

 「ふふ、小遣い稼ぎの私にはそこまでする覚悟がないのだけれどね」

 反復する私を見てミチコさんがニヤっと笑う。何か硬い結束力のようなものが生まれている気がしないでもない。

 「これにもまたキャラクターというか型への落とし込みがあって、異性の友達を呼んでハメてみたとか、宅配のお兄さんを襲うとか、妹の部屋に突撃するとかバリエーションは多いわ。それぞれ視聴者を増やすために本気でやってるから無料で素人劇団が観られると思えば楽しみ方も変わってくるんじゃないかしら」

 「無料……ですか?」

 盛り上がりすぎて忘れていたがもとはといえばお小遣いを得るという話題が最初だった。きかっけを思い出して一瞬冷静になった私は辺りの喧騒が収まりつつあることに気がつく。腕時計に目をやると昼休み終了まで十分を切っていた。

 「盛り上がっちゃって忘れてたんですが、そういえばどうやって収入を得るんですか?」

 「ああ、そういえばそういう話だったわね。私もすっかり忘れていたわ。このチャットはね、無料枠と有料枠があるの」

 「有料枠…」

 「そう、有料枠。有料枠に切り替わると時間単位でポイントの消費が発生するの。ポイントといっても1ポイント1円だからほぼ現金みたいなものね。タイトルに20Pとかって書いてあるでしょ?これが時間単位のポイントよ」

 「そこで得たポイントが収入に?」

 「そうよ。運営に何割か引かれて残りが配信者に報酬として分配されるの。じゃあ最初から有料枠で始めればいいかというとそうでもない。何故なら人が集まらないからね。無料枠っていうのは配信者にとってのアピールタイムなの。如何にしてこの時間に人を集めてボルテージが最高潮になった瞬間に有料枠に切り替えれるかが勝負よ。早すぎても遅すぎてもダメだから難しいのよ」

 「じゃあ有料枠で行われるのは……」

 「ふふ、言ったでしょう人気配信者ほどギリギリ見えないを徹底しているって。有料枠ではその先を見ることができる……かもしれないの」

 先程から笑みを浮かべていたミチコさんが更ににやりと笑う。それほどに私の反応に満足したのだろう。『これもまたシュレティンガーね』と彼女は付け足す。

 「どれぐらいもらえるものなんですか?」

 「それは個人差だから一概には言えないけど、稼いでる人間は月百万とかいくらしいわね。私はこれ一本でやっていけれる気がしないから言ったとおりお小遣い程度だけれどね」

 小遣い稼ぎという本来の趣旨を話したからか、ミチコさんは視線をそらしてふぅ、と息をついた。私もコップに手を伸ばしすっかりぬるくなってしまった水を飲んだ。


 「大変、早く戻らないと昼休みが終わっちゃうわ」

 時計を見たミチコさんが弁当箱を畳みながら立ち上がる。私も時刻を確認すると昼休み終了まで5分を切っていた。別に自席に戻るのが数分遅れても厳しく言われるような部署ではないが、すっかり閑散としてしまった食堂に残っているというのは何だか居心地が悪い。

 私はトレーを片付けてエレベーターへと向かう。私の数メートル先に弁当箱の入った手さげ袋を持ったミチコさんの背中が見える。あんな話をしていたからか、私の視線はミチコさんの歩調に合わせてリズムよく揺れるお尻に向いていた。右へ左へと形が変わる度、微かに下着のラインが浮き出て官能的に見える。数時間前までミチコさんに苦手意識を持っていた私はたったあれだけの会話ですっかり彼女に魅了されてしまっていた。


 「ミチコさん!」

 周りに誰もいないことを確認してからエレベーターを待っているミチコさんに駆け寄る。

 「どうしたの?」

 声が思ったより大きく出たのか、ミチコさんは少し驚いた表情で振り返った。

 「あの、さっきの話ですが最後に1つだけ質問させてください!」

 「え、うーん、いいわよ?」

 辺りをグルッと見渡してミチコさんは答える。

 「あの、脱ぐだけって言いましたけど、ミチコさんも有料では全部見せるんですか?」

 「ふふ、私がどこまで痴態を晒しているのか気になるのね。答えるのは簡単だけれど……」

 そこでミチコさんは一歩前に出て私の距離を詰めて耳元に顔を寄せて言った。

 

 「それは有料枠で確認しなきゃわからないわ」


 私が何か言おうとしたときエレベーターが来たことを告げるベルがフロアに響く。私は頬に残った黒髪の感触と残り香をしっかり記憶するかのように黙ってミチコさんに続いてエレベーターに乗った。



 

 



 私は彼女が苦手だった

 私は彼女を見下していた

 私は彼女を見下す自分が嫌だった

 私は彼女を可哀想な人と哀れんでいた

 しかし、彼女の見せた表情はとても美しかった

 私が彼女に抱いていた印象は全てリセットされた

 

 私は彼女を好きになってしまった


 


 ――だから許せなかった


 




 ヒートアイランド現象のためか夜も暑苦しい8月、提出期限が今日までだった書類を片付け日付が変わろうかという時刻に私は帰宅した。

 通勤カバンを適当に放り投げて下着姿になるとクーラーを入れる手間も惜しんでパソコンを起動した。接続するのはあの日教えてもらったサイトだ。

 「そろそろかな……」

 時計を確認しながらなんどかリロードボタンを押すと何回目かにお気に入りに登録しているユーザのライブチャットが始まったという通知が届いた。私は通知欄に表示された「人妻まさかのNTR処女喪失!?」というリンクをクリックする。

 『みなさんこんばんわ~!今日は満子の初めてをよ~く見ててね!!』

 モニターにはマスクをした黒髪の女性と覆面をした男が映っていた。顔の半分は隠れているものの、その女性が一ヶ月前職場からいなくなったミチコであることは明らかだった。

 『今日は暑いから少し脱いじゃいますね~』

 画面内のミチコは躊躇いなく服を脱ぎ捨てて全裸になっていた。男も合わせて全裸になる。

 『じゃあ、こっから先は有料で~』

 男と下半身を密着させ今にも挿入されそうな姿で画面内のミチコはカメラに向かって手を降った。チャットが有料仕様に切り替わり料金の支払ボタンが表示される。

 「全部が嘘になっちゃいましたね…」

 私はそうつぶやいて支払ボタンを押した。モニターの中のミチコは男に貫かれ乱れていた。

 ふと自分の陰部に手をやるとそこは熱を持ち僅かに湿っていた。

 

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