navigator(先生)
「あの、娘さんからです」
「今日は『Dear』はいないんだな」
金の髪の『先生』、Dropsはポットに茶葉を掬い入れながら何でもないように言った。Dropsの屋敷で茶を振る舞われていた。支度をするDropsは常と変らない無表情だ。
「……変なことばかり言うので船に置いてきました」
髪を抑え首を振るDoomへ、Dropsは一言、そうか、とだけ言った。
「道は混んでいたか? いや、その前にどの道を通ってきたんだ? 危ないことはしてないだろうな。まさか一般航路を飛ばしてきたわけじゃないよな」
「彗星軌道の惑星間航路です」
Dropsの表情が険しくなるのを見てDoomは弁明するように言った。Dropsは複雑な顔で半ば呆れたような息を吐いた。
「……お前たち、あの道を通ってきたのか。あの辺は不審船が出る……いや、直接見たことがあるわけじゃないが、そういう噂があるって話だ」
噂、とDropsは繰り返した。かちゃかちゃと茶器が並べられる。チョコレートブラウニーは薄く切り分けられ大皿のなか整然と並ぶ。Doomは机の下で手袋をはめた手をもぞもぞと握り合わせた。噂、とDoomも呟く。
「噂というか、道中で、黒い、大きな船を見ました。……少し、先生のムーンライトに似ていたように思います」
「何が言いたい?」
Dropsが振り返る。Doomは前髪の隙間から躊躇いがちにその目を見た。
「いえ、なにか、ご存じなのではないかと。その、噂以上のことを」
金の目が眇められ、Dropsは無感情に口を開く。
「薬物中毒の癖に鋭いな。いや、カフェインを摂っているのか。それとも職業柄か? お前は厄介な男だよ、アキノブ」
紅茶をサーブしながら、そこが長所でもあるが、と付け加え、Dropsは椅子に腰かけた。ぎし、と軋む音。
「ムーンライトと同型の船なんかそうそうない。黒い船なんか掃いて捨てるほどあるが、あの大きさと形となると、まあ限られてくる。加えて、彗星軌道の惑星間航路を使うような人間は若い奴にはいない」
「俺は使いますが……」
「お前も年寄りの仲間入りをしたということだ、アキノブ。……そんな顔をするな、冗談だ。ともあれあそこは長距離の環状線だ。性能テストにはもってこいだろう。私にはそれをやるような人間に覚えがある。まず、アキノブ、お前だ」
Doomはカップから口を離し、『先生』を見た。
「……それも、冗談ですよね?」
「お前がそう思いたいならそれでいい。目の前にいるから当然候補からは外れる。もう一人は……ああ思い出すのも忌々しい。『ナイトメア』、黒髪の女だ。昔からどうにもそりが合わない。間違いなくあれだろう、こんなことをするのは」
「はあ……」
「軍従時代の同僚だ。あまり関わり合いになるなよ。間違いなくろくでもないことになる」
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