第3話 謎は転ぶ(まろぶ) 其の二
「それでちょうど話し終えて謎解きをしてたところなの」
「へぇ、それで謎は解けたの?」
コーヒーを啜りつつ実花は結花の方を見やる。実花は結花と違ってミステリー好きな訳ではないが、友人とおしゃべりする時の話のネタとしてこういったことに目がなかった。
「......幾つかの仮説を考えてみたんだけど、どれもまだしっくり来ないんだよねぇ......よかったら聞いてくれる?実花さん」
「えぇ、いいわよ。なんだか面白そうだし......」
僕も結花の推理を聞くべく定位置の結花の膝上へと転がり込む。
「それじゃあ私の推理なんだけど。そのオバ......じゃなくてその女性の人はもしかして浮気してたんじゃないかなって思うの」
フムフム。まあ、考えられる可能性の一つだな。
「まぁ、あり得ないことじゃないわね。その場合は甲斐性無しの旦那さんに飽きちゃったってところかしら?」
相変わらずとんでも無いことをサラサラと言うなぁ。僕は結花の膝下で丸まりながら思った。
「理由は私にはわからないけど、店の電話を使ったのは自分の携帯電話に履歴を残さないようにする為。まぁ、頭のキレる女性だったのね」
「なるほどね。あの婦人は何処か抜けてる世の男どもとは違ったのね」
「うん、これだと一応筋が通るでしょ」
確かに筋が通っている感じはする、一見は......
だが、......
「でも、それだと一つ腑に落ちない点があるわね」
「......忘れ物の携帯電話......だよね」
「えぇ、証拠を残さないように店の電話を使うような用意周到な人がそんなミスするかしら?」
「そうなんだよねー、そこがしっくり来ないんだよねー」
結花が僕に答えを求めるべく指でつんつんしてくる。だが、僕は何も答えない。
「でも、偶々今回だけ忘れてしまったっていう可能性は?人間誰しもミスってするものでしょ?」
「それはないと思う。仮に、実花さんの言うように偶々忘れたとしたらすぐに慌てて取りに戻ると思うから」
結花が実花の推理をバッサリと切る。
「まぁ、小物類ならまだしも携帯電話の忘れ物に気付かないってことはないと思うし」
「もはや現代人の必須アイテムだからねぇ、携帯は。カメラも時計もあるし、何役も一つでこなすし......」
実花が自分の携帯電話を眺めつつ感慨深そうに言う。
「確かに最近のは便利すぎるくらいで......なんか電話っていうツールじゃなくなってきてる感じがするもんね」
結花も自分のスマホを見ながら現代の携帯事情について語る。
携帯電話にスマホ......
僕は結花との朝の散歩でよくそれに没頭している学生や通勤者を見かけるが、あれは異様な光景だ。機械に人が操作されているみたいで。
「うぅーん、やっぱり浮気説は違うのかなぁ......」
結花は再び僕をつんつんしてくるが、僕はまだ何も答えない。この謎にはまだ何か足りないものがある気がして。
「さっき幾つか考えてるって言ってたけど他のはどんななの?」
実花が浮気説でウンウン唸っている結花に話の続きを促す。まぁ、実花の中では浮気説の可能性は低いと判断されたのだろう。
「......他のはお約束の携帯の電池切れで借りたっていう説と......」
「あぁ、それはないわ!傍目で見てたけど携帯画面は真っ暗になってなかったし」
「あとは携帯ではメールのやり取りをしてたから電話を借りたっていう説ぐらいしか......」
「残念だけどメールもしていなかったわ。だって、その人ずっと携帯画面見ながら電話してたから」
悉く考えついた全ての仮説を実花にあっさりと打ち砕かれ、結花はテーブルの上に力尽きる。
「はぁ。結局、この謎はあの忘れられた携帯電話で行き詰まっちゃうんだよねぇ......」
結花はまるで自分のスマホに語りかけるかのようにぼやく。
「......まぁ、謎は謎のままにしておいて、あなたはもう少し同世代の男の子と遊びなさいっていう神様のお告げなんじゃない?」
「......えぇ?そんなことないよ!男の子と遊んでもパターン通りで全くときめかないし......クロネと面白そうな謎について考えてる方が断然いいよ!」
こんな女の子を喜ばせようと無駄に頑張るなんて......
やはり人間は愚かだなと僕は改めてそう思った。別に日頃の結花に対する嫌味その他諸々とかではないが。
「よし、もう一度考え直そう!」
恋愛には熟考をしない分、結花は謎解きには妥協をしない。僕が言うのもなんだがやはりちょっと変わった人間だ。次の彼氏が出来るのは当分先になりそうだ。まぁ、出来るかどうかは分からないが......
「そういえば、このオバ......女の人が専業主婦だって昨日言ってたけど勤め人の可能性はないのかな?私服OKの業種も最近はあるし」
ん?さっき僕には疑問系で話してなかったか?
「買い物を終えたマイバッグを持っていたから、残念だけど勤め人って可能性はないわね。それにバッグに可愛らしいキャラクターのぬいぐるみがついてたから子どももいると思うわ」
実花は淡々と答える。
「そっか。じゃあさ、電話と携帯を一緒に使うことってある?」
「電話と携帯を一緒にねぇ。うーん、それはないわね!私どちらかというと機械音痴だし......」
「やっぱり普通はないよねぇ......」
結花は同じオバさんの実花なら何か良い答えをくれるかもと考えたが結果は駄目だった。
ところが......
「......あら、でも今どきの若い子は携帯で電話しながらゲームやったりとかしてるじゃない?」
「あぁ、いるね!そういう人」
「結花はしてないの?」
「しないよ、私は!......そんな行儀悪いこと」
確かにそんなことはしていない。
だが......
推理小説を読みながらTVのリモコンを足で操作したり、スマホをいじりながら僕を散歩させたりはしている。
これらは行儀悪いことではないのか?
名前を決めた時といい、結花の判断基準に僕はやれやれと首を傾げる。
まぁ、ながら行動はマナーや行儀を忘れた現代人の習慣病なのだろう。
自重して欲しいものだが......
同じ地域に住む猫としては。
けれども電話を二つ同時に使う奇特な人間は僕も見たことはない。いくら現代人が時間に追われて生きているからといっても、電話を二つ同時に使うのは生き急ぎ過ぎだ。
「じゃあ、人によってはあり得るってことかぁ......」
結花は他人事みたいに言ったが、『自分も同類だろ!』と僕はひっそりと思う。
本当に人間ってやつは......
「そういえば結花もスマホなのね」
テーブルに置かれたスマホを見やりながら実花が言う。
「うん。スマホだと色んなアプリとかあって便利だし......」
「若い子は順応が早いからいいわよねぇ。私なんか今の携帯に慣れるのに何ヶ月も掛かっちゃったもの」
そう言って実花が手に持ったガラケーを見て、結花があることに気付く。
「......あっ......そういえば、その女の人の携帯ってガラケーだった?それともスマホ?」
「えぇと......確か、スマホだったわ。そう、淡いピンクのカバーをしたスマホ」
なるほど......
これで欠けていたピースが全て揃ったと僕は一人、いや一匹でほくそ笑む。結花や実花によって熟され濃厚な香りを醸す謎に戯れながら。
さてさて......
今回の謎を解し始めますか......
僕は結花の膝からぴょんっと飛び降り、テーブルの上に置かれたスマホの前に立つ。そして、結花の方に振り向く。
「なぁに?ようやく謎解きしてくれるの?」
僕はいつもの如くテーブルを軽く一回叩く。
だが......
「え?猫が謎解きって......そんなの出来る訳ないでしょ!ここはお伽噺の世界じゃないんだから......」
僕の謎解きを初めて見る実花は馬鹿にしたように笑い声を上げる。まぁ、仕方ないかと僕は密かに息をつく。謎解きする猫なんて同時に電話を二台使用する人間より珍しいんだと己に言い聞かせながら。
笑う実花をほっとき僕はスマホを結花の前に持っていく。この謎の鍵を握るスマホのロックを解除して貰うために。
「何、クロネ?スマホを使いたいの?」
僕はそうだと前脚でトンッとテーブルを叩く。今でこそ大体の僕の考えをすぐに察してくれる結花だが、ここまで上手くコミュニケーションがとれるようになるまでは実に大変だった。本気で結花にネコ語を覚えて欲しいなどと妙な事を考えたりするほど......。
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