『要塞都市・東京の真実』(宝島社)

山本弘

第1話

宝島編集部・編

『要塞都市・東京の真実』

宝島社 2004年

1300円+税


 首都防衛について解説した本とのことで、小説の参考になるかと思って買ったのだが、家に帰って読んでみたら、これがものすごいトンデモ本だった。

 まず、地下鉄や地下道など、地下に関する記事がやけに多い。それも「地下鉄半蔵門駅には地下シェルターが」とか「皇居には秘密の抜け穴が」とか「警視庁の地下には巨大な空間が」とか、真偽不明の都市伝説めいた話が多い。『帝都東京・隠された地下網の秘密』(洋泉社)の著者の秋庭俊氏へのインタビューなども載っている。

 その一方、首都防衛の要であるはずの、レーダーサイトやペトリオット・ミサイルの配置に関する記述は、ひどく短い。百里や木更津や習志野などの自衛隊基地に関しては、場所が示されているだけで、どんな部隊が配備されているのかという解説がほとんどない。

 有事の際には自衛隊員を地下鉄で迅速に輸送するという話も出てくる。まあ、これぐらいならありそうな話だと思えるんだけど……。

 あきれたのは「有楽町線の線路を90式戦車が走る!!」というページである。

 著者(ライターは六人いるが、誰がどのページを担当したのか不明)は、人員を乗せた車両だけではなく、73式小型トラックや軽装甲機動車など、自衛隊の車両も地下鉄の線路を走らせるというシミュレーションを行なうのだ。


 朝霞、あるいは練馬から出発した73式小型トラックが永田町などに着くまで、およそ30分。陸上ではゆうに1時間かかる距離だから、約半分の時間で部隊を展開できるというわけだ。


 三球・照代の漫才じゃないけど、いったいトラックや装甲車をどこから地下鉄に入れてどこから出す気なのだ? いや、東武東上線を通って成増あたりから入れないことはないが、永田町のどこから出すのだ。永田町にはトラックや装甲車を地上まで上げられるエレベーターがあるのか?

 さらに著者は、90式戦車に有楽町線を走らせることも可能だと主張する! 有楽町線は円形シールド工法で掘られており、対向車線の間に支柱がないから、戦車が通れる幅があるというのだ。

 でも、線路は各駅のホームのところで分岐してるんじゃ?……と思うのだが、


 線路に挟まれてホームがある駅では、支柱以外は壊しても問題はない。自衛隊はいざという時のため、トンネルを掘ることのできる坑道掘削装置があり、専属の部隊もある。彼らを使えば、ホームの端を削って地下鉄駅内の障害物は簡単に取り壊せるのだ。駅自体は支柱さえ傷つけなければ、崩れるようなことはあり得ない。


 と、簡単に言ってのける。

 いや、そもそも迅速に部隊を展開するために地下鉄を利用するという話だったんじゃないのか? そんな工事をやってる時間があるなら、地上を移動した方が早くない?

 しかも、90式戦車の重量で線路が沈んでしまうかも……という心配はしているものの、かんじんの「どこから入れてどこから出すのか」という問題にはまったく触れようとしないのだ。

 他にも、戦車は時速五〇キロ以上で走れるが、90式戦車に国道を走らせるとアスファルトがボコボコになる、と解説したページもある。普通、戦車ってトレーラーに載せて輸送するものなんだけど……。

 海からの攻撃についての備えについて解説したページもある。これもひどい。


 実は東京湾アクアラインはテロや有事において、東京のアキレス腱になる可能性があるという。

「まず川崎から海ほたるまでの海上部分、ここに工作員が橋の上から機雷を撒いたらどうなるか? 2~3台のダンプでできることだから、機雷さえ入手できれば簡単にできる。すると海の交通はストップ。浦賀水道まで相手を絶対に入れてはいけない海上自衛隊が後ろをふさがれてパニックになるのは間違いない。海上自衛隊は機雷の掃海船を持っていますが、処理には大変時間がかかります。300個撒かれたら回復に1ヵ月はかかるんじゃないでしょうか」(前出・海上自衛隊関係者)


 三〇〇個の機雷をたった三台のダンプで!?

 機雷って普通、重量数百キロあるものなんだけど、それをダンプ一台に一〇〇個も載せて運搬し、東京湾にばら撒くというのだ。「機雷さえ入手できれば簡単にできる」って、そもそも日本国内で三〇〇個の機雷を入手するのが簡単じゃなかろう。それに船上からではなく陸上のダンプからばら撒いたって、機雷は沿岸を漂うだけで、東京湾は封鎖できないのではないか。逆に東京湾を完全に封鎖してしまったら、敵の艦隊も入って来られないでは……と、即座に重大な矛盾点がいくつも浮かんでしまう。

 発言者は「海上自衛隊関係者」ということになっているが、まず間違いなくライターが創作した架空の人物だろう。だいたい今の自衛隊では「掃海船」なんて言わない。「掃海艇」と言うのである。

 さらに著者は、本書の五〇ページで、皇居周辺の道路を有事の際に滑走路として使うという案を提示する。


 さらに迎撃基地として最適なことに、皇居周辺には戦闘機や爆撃機が着陸できる道路が数本ある。内堀通り、日比谷通り、青山通りなどである。

 いずれも部分的に直線で1キロメートル以上の長さを持っている。信号機などが邪魔になりそうだが、ある建築関係者によれば、「信号機などを切ってとりさるには2時間もあれば充分」とのこと。


 現地に行ってみれば分かるが、これらの道路、確かに幅はあるものの、いずれも中央分離帯がある。これを撤去して滑走路に改造するのに、いったい何日かかるのか。しかも両側にはビルや並木が立ち並んでいるし、道路の先にも高いビルが建っている。どうやって着陸するんだ、こんなとこ。

 しかも五四ページには、高速道路が滑走路として使えない理由として、「高速道路などはよい滑走路になりそうだが、中央分離帯が邪魔になる」「わざわざ取り外すのには時間もかかるし、道路だって傷ついてしまうだろう」とちゃんと書いてあるではないか!

 つまり著者は現地に行かず、写真も見ず、地図だけ見て論じているのだ。まさに机上の空論である。

 中には地図さえ見ていないんじゃないかと思える記述もある。


 銀座の昭和通りは不可能ではないだろうが、サイズ的にはギリギリといったところか。離陸よりもむしろ着陸専用に使ったほうがいいだろう。なぜなら、50ページで紹介した内掘通りは離陸専用として使うほうが、より合理的だからだ。

 昭和通りに着陸した戦闘機が、専用牽引車に引っ張られて都営浅草線の宝町駅を曲がり鍛冶橋通りを抜けて皇居の外苑へ。そこで燃料補給等の整備を行ったのち、至近にある内堀通りから離陸するという流れが理想的だ。


 待て待て待て! 昭和通りと内堀通りの間ってJRがあるぞ! 全高四・九五メートルのF-4ファントムや、全高五・六三メートルのF-15イーグルが、鍛冶橋のJRの高架(制限高三・八メートル)をくぐれると思ってるのか!?

 その他にも著者は、内掘通りから離陸するための管制塔として、「桜田門の警視庁ビルがもっとも妥当」などと主張する。


 それにしても滑走路に転用できる道路とそれを見渡すことのできる管制塔となる建物が、あまりに都合のいい位置に存在するのは、偶然とは考えにくい。


 東京のど真ん中に高い建物があることのどこが「偶然とは考えにくい」のだろうか。

 さらに著者は、滑走路の距離を短縮するために、空母のようなカタパルトや着艦ワイヤーを道路に設置するという案も提示する。


 日本は空母を建造する技術を持っていたわけだから、それを復活できない理由はない。


 太平洋戦争中の日本の空母にカタパルトありません!(笑) だいたい現在の航空自衛隊の機体は、空母での運用を考慮に入れていないから、着艦フックは付いてないはずだが。

 たとえば原子力空母エンタープライズのスチームカタパルトは、七〇気圧の高圧蒸気の力で、二〇トン以上ある飛行機を時速二五〇キロで牽引するという大がかりな装置だ。そんなものを地中に埋めこむだけでかなりの大工事になるのは確実。有事にそんなことをやっている時間があるとは思えない。それに一般道を滑走路として使用しなくちゃいけないほどの状況ってことは、自衛隊基地などの滑走路がすべて破壊されてるってことだから、もう制空権は完全に奪われてるんじゃないか?

 なんかド素人が付け焼刃の知識を元に思いつきを書き並べたとしか思えない本である。

 この本、最初に出たのは二〇〇四年で、それが二〇〇七年に文庫化され、さらに二〇〇九年に内容を改訂して復刻している。二〇〇九年版を二〇〇四年版と見比べてみると、前述の秋庭俊氏や、軍事アナリストの神浦元彰氏へのインタビューがカットされていたり、「地下鉄13号線」と書いてあったのが「副都心線」に書き換えられている程度で、内容はほとんど変わっていない。

 たとえばこんな記述が残っている。


 現在、主流となっているのは多連装ロケットシステムMLRS。12連装のロケット発射機が登載され、644個のボムレット(子爆弾)を内蔵、1発当たれば1個あたりの破壊範囲は200×100メートルという超強力兵器だ。


 これではまるでボムレット一個が二〇〇×一〇〇メートルを破壊するかのようである。もちろんそうではなくて、分散したボムレットがそれだけの範囲に着弾するということなのだ。

 また、ボムレットをばら撒くタイプであるM26はクラスター弾である。日本は二〇〇九年にクラスター爆弾禁止条約に批准したため、M26は廃棄され、現在は単一弾頭のM31の導入が進んでいる。

 ところで、こんなすごいトンデモ本、さぞネットでも叩かれているだろう……と思って検索してみたが、意外にも批判がほとんど見つからない。一五ページの「線路の幅は浅草線では日本列車が多く採用している狭軌で、大江戸線は新幹線と同じ広軌」という記述(これは二〇〇九年版でも訂正されていない)に対して、AMAZONのレビューで鉄道マニアらしい人が「都営地下鉄浅草線及び同線と直通運転している京成電鉄及び京浜急行はどれも広軌(標準軌)なのに、多くの鉄道が採用している狭軌だと大間違いの記述をしている」とツッコんでいる程度である。

 うーむ、鉄道マニアにとっては線路の幅が最重要問題で、90式戦車が地下鉄を走ったり、戦闘機がJRの高架をくぐって内掘通りから発進したり、ダンプカーが一〇〇個の機雷を積んだりすることはどうでもいいことなんだろうか? それはそれで、変だと思うのだが。

(山本弘)

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『要塞都市・東京の真実』(宝島社) 山本弘 @hirorin015

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