第20話~少年と旧友~
「やぁやぁやぁ、苗代真君」
真の手を握る詩音の手の力がほんの少しだけこもる。
場所は寂れた児童公園。真と小春が初めて出会ったこの公園。
真と詩音はこの場所に訪れ、特に何もないことを確認。帰ろうと来た道を引き返そうと、公園の出入り口へ。
そこに立ちはだかるように一人の少女は立っていた。
「久しぶり。出水彩芽」
「フルネームだなんて。少し合わない間に随分とよそよそしくなったね」
「元からこんなもんでしょ」
真は不機嫌を装って答える。
小春のことは忘れていたが、その近くにいた彩芽のことを真は覚えていた。
彼女は小春の友達だ。身長は160センチ前後で女子にしては高い方。髪は肩にかかるくらいの茶髪。顔立ちは小春ほどではないがそれなりに整った美人だ。
とはいっても、クラスが違い関りは薄い。知り合い以上友達未満の関係だ。
「そっちは妹ちゃん?」
彩芽は目を細めて斜め後ろにいる詩音を見据える。
すると、たちまち詩音は蛇に睨まれたかのように真の背中に隠れてしまう。
「ごめんね。人見知りなんだ」
「そっかー。それは悪いことをしたね」
そう答えながらスマホを取り出し操作を始める。何ともいけ好かないやつだ。
「君、僕に何の用?」
「たまたま見かけたからさ。大した用事はないよ」
「ふーん」
ならばこの場から立ち去ってやろう。そう思ったのだが、
「あぁ、ごめん。今の嘘」
「はい?」
意味深長な発言により、思わず足を止めた。
「たまたま見かけたのは本当。大した用事がないというのも、まぁ、本当かな」
「用があるならはっきりしてくれないかな」
「怖い顔しないでよ。・・・小春は、どうなったの?」
彼女は小春の大親友を自称していた。そこは今でも気になるようだ。
「ちゃんと再会できた?」
ここで正直に事を話すのは少しだけ憚れた。再会できたと話したとすれば、今の関係性。どうしてここにいるのかも大方ばれてしまう。
「小春から何か聞いてない?」
「あの子が向こうに行ってから一切連絡が取れてないの。だからこうして君に聞いているんだよ。けど、その様子だと。ちゃんと再会できたみたいだね」
頭がよく切れる女だ。
「それで?今の君たちの関係は?」
そう来ることも、安易に想像できていた。
「ただの友達。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「へぇ~。よりを戻そうとかって話は?」
「あったけど、蹴った」
「だろうね。そんなことだろうと思った」
本当にわかっていたのかどうかは置いといて、彩芽はわずかに笑みを浮かべる。
「ここにいるのは、小春の記憶探しってところ?」
「まぁね」
正確には自分の記憶探しだ。小春は記憶が戻ったと自称している。
「僕はもう行くから」
「まぁ待ちなよ。もう少しだけ、話をしようよ」
「君と話すようなことはない」
詩音の手を引き、今度こそ公園の外へ。すると、正面から走ってくる小さな影。
なんだ?と思って目を細め、真は血の気が引くような思いをした。それは、少年。
「見つけたぁ~!」
真から数メートル離れたところからそう言って少年は飛び込もうと地を蹴る。その手はグーに握られ、真へと向けられる。
咄嗟に詩音をかばい、体を避けて少年の攻撃を受け流し、少年は一度地面に手をつき、一度回って着地する。
「避けるな。危ないから」
「避けない方が危なかったろ。今のは特に」
背は彩芽と変わらないくらい。癖の強い茶髪の少年。帰宅部だというのに驚異的な身体能力を持っている。
「遅かったね。龍樹」
「時間指定された覚えはないけどね。っと、妹ちゃんも久しぶり。俺んこと覚えてる?」
詩音は何も言えずにぎゅっと縮こまる。
「覚えてないってさ」
「ちぇー、ちょっと残念」
口をとがらせて林藤龍樹は言う。
真が函館にいたころ、一番仲が良かった人物である。真もこの男の前では口調を崩していた。
と、言うことはきっと彩芽の前でも口調を崩すこともあったかもしれないが、気にしている余裕はなかった。
「お前ら、俺に何の用だよ。『遅かったね』ってことは、彩芽が龍樹に連絡したのか」
「まぁね。どうせ君のことだから連絡していないだろうと思って」
「冷たいよな」
「する必要もないと思って」
「普通に傷つくぞ」
笑いながらそう言っている辺り、大したことないらしい。
「帰ってくるなら一言くらい言ってくれよ。そしたら他にも何人か呼んだってのに」
「余計なお世話だ。今更会って話すようなこともねぇよ」
そう言うと、2人は驚いたように少し笑う。
「ちょっと会わない間に随分と変わったな」
「冷たさが増したね」
「色々あったんだよ。俺にもさ」
言いながら奇妙な違和感を覚えた。
真は記憶を失ってしばらくしてからこの土地を訪れている。その時に彩芽とは合わなかったが、龍樹とは直接あって話をしている。
その時に真は多くの記憶を思い出すに至ったのだが、その時に龍樹は小春のことを口にしなかった。
もっと言えば、龍樹は真が記憶を失い、人格そのものが多少変貌していることも知っている。
「龍樹。お前は知ってるだろ」
「もちろんだとも。思い出して、元に戻っただろ。けど、今のお前はやっぱり別人みたいだよ。環境が変われば人間性も変わるんだな」
どこか感心したように龍樹は言った。
「で?沖野さんとは今、どんな関係だ?」
龍樹も彩芽と同じことを聞いてくる。
「ただの友達だ。それ以上でもそれ以下でもない」
真もさっきと同じように答える。
「でも一緒に来てんだろ?」
なんで龍樹がそれを知っているのか。問いただせば一緒に来たことを認めることとなる。
「小春もこっちに来てんのか?」
だから、逆に聞いてみることにする。
「おいおい。白々しい真似はよせよ。さっき沖野さんからそう聞いたぞ」
「会ったのか?」
「じゃなきゃこんな話もできない。沖野さんから俺は直接話を聞いた。言い逃れ出来ると思うなよ?」
龍樹は口元を釣り上げて笑う。
言い逃れするつもりもない。面倒事から逃げようとした結果、また別の面倒ごとに捕まった。
詩音の手が何かを心配するように強まる。
「あぁ、小春も一緒に来た、・・・満足か?」
「で?まだ、ただの友達なのか?」
まだってなんだよ。まだって。
「俺はもう、恋人を作る気は無い」
嘘偽りない本音をピシャリと言い放つ。
流れる沈黙。その場の誰もが重苦しい空気に息が詰まりそうだった。
「用は済んだか?俺たちはそろそろ行くぞ」
「待てよ。最後に一つだけ確認させろ」
目付きを鋭くし、龍樹がこちらを睨みつける。
「函館に来たのはお前の記憶を取り戻すためか?それとも、沖野さんの記憶か?」
「小春だよ」
ぶっきらぼうに言い放ち、彩芽と龍樹の間をすり抜けて公園の外へ。
2人は何か言いたげであったが、呼び止めることも追いかけてくることもなかった。
公園を出てから数分。
「ちょ、おにぃ?」
詩音に呼ばれて我に返る。
「あ、悪い」
気付かぬうちに詩音の手を握る手の力が強まっていた。
1度詩音とは手を離し、その手で真は頭を抑える。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとな」
「珍しくかなりイライラしてたみたいだけど」
「かもな」
素直に自分の感情を認める。
「小春と会った時、別れた時ってのは確かに思い出した。それがどっちとも公園だったからてっきり同じものだと思ってたんだけど」
真は記憶の中の風景と先ほどの公園の風景を対比する。
「違うところみてぇだ」
別れた方の公園は遊具はなく、自然公園のような。寂れてもいないし、小綺麗な場所だった。
「あれってどこだったかぁ」
真は呟いてみるが、それを聞く詩音にも心当たりはない。
「こはるねぇに聞いてみれば?」
「あんまりあいつには聞きたくねぇな。借りを作るみたいで」
明らかに自分よりも劣っている人を頼ると言うのはなかなか気が引ける。いらないプライドだ。
「私が、何だって?」
「うぉっ!と、小春か驚かすなよ」
気づけば場所は中学校まで戻ってきていた。その校門の前に小春はいた。
「何してんだ?こんなところで」
「えーっと、真君たちを追いかけようとして、迷って、林藤君に会って、ここで待っててって言われたから待ってた」
「本当に龍樹と会っていたのか」
「どうしたの?怖い顔して」
「さっき龍樹と、彩芽に会った」
「そういえば林藤君、彩芽ちゃんに呼ばれたって言ってたね」
と、言うことはである。
タイミング的に見て、先に彩芽が真たちのことを見つけ、龍樹に連絡した。すると龍樹はたまたま小春を見つけた。
恐らく、龍樹から彩芽にその情報も渡っていただろう。
何がしたいのやらさっぱりだ。
彩芽に関してはたまたまあったからと言って話すような間柄ではない。わざわざ龍樹に連絡を入れたのも、こちらが連絡を入れてないと思って、と言っていた。
余計なお世話以外の何者でもない。
懐かしむような話をしたわけでもないし、何か別の目的があるように思えるのはいつもの考えすぎだろう。
「彩芽ちゃんたちと何を話したの?」
今の自分たちの関係。なんて口を避けても言えない。
「彩芽はお前の、龍樹は俺の記憶の心配をしてくれてた」
「もう戻ってるけどね」
「それは向こうは知らないんだろ?」
「教えてないもん」
小春としてもわざわざ教えるようなことでもないのかもしれないな、と真は思う。
ただ、気になることとすれば。
「お前と彩芽って仲が良かったんだよな?なのに、今は連絡を取ってないのか?」
小春が札幌に行ってから一切連絡を取っていないと彩芽は言っていた。
「仲は良かったけど、うーん。別にする必要もないかなぁって。いちいち報告とかめんどくさいし、伝えたところで近くにいないんだからどうしようもないよね」
一瞬だけ小春の闇を見たような気がしたが、昔から豆に連絡をするようなタイプでもなかった。
「んじゃ、帰るか」
「え?もう?」
「どっか行きたいとこでもあんのか?」
真と詩音はある程度の土地勘があるから問題ないが、小春は故郷でも関係なく迷うタイプだ。どこかに行きたいというのならついて行く必要があった。
「ううん。ないよ。帰ろ」
何かあるような、そんな気がしたのだが。小春は何かを隠すように歩いていく。
この時の真は知る由もない。
小春が何を抱え、何の目的で故郷に戻ってきたのかなど。
真はため息を一つつく。
「小春。家はそっちじゃない」
「え?あ、ごめん!」
ゴールデンウィーク2日目。
・・・まだ、2日目。
真、詩音、小春にとって、今まで一番長いゴールデンウィークの始まりでしかなかった。
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