第19話~少女の迷子~
気づいたら2人の兄妹は出かけてしまっていた。
別に真君が詩音ちゃんと寝ることに嫉妬した訳じゃない。うん。断じて。あの2人だから許されるし、他人が口出しする問題でもない。
わかってる。
わかっているけど、どうにも心のもやもやは収まりそうにない。
数ヶ月ぶりに訪れた自分の部屋は、やはり落ち着かなかった。
何も無い質素な寮とは違い、かつての自分が好んでいたという全体が青でまとめられた部屋。
これが自分の部屋ではなく、誰か別の人の部屋だったのならば「可愛い」とでも言って褒めることが出来ただろう。
ただし、それも建前上の「かわいい」であり、内心は趣味の悪い部屋だと罵る。
青が嫌いという訳では無い。好きかと聞かれればそういう訳でもない。青に対してはごく普通の感情を持っている。
ただ、部屋全体をそれでまとめて住みやすいかと聞かれれば、住みにくそうと答える。なんというか、落ち着かない。
そう思って部屋を出た時には既に、あの二人はどこかに行ってしまった。
「お母さん、真くんたちは?」
「お散歩しに行ったわよ。特にすることもないからって」
「ふーん」
お散歩、かぁ。
あの2人の事だ。久しぶりに訪れた地元で、記憶を探しに行っているに違いない。と、なると。ここから近いのは中学校とあの公園。
付き合って別れた方の公園ではなく、初めて出会った方の公園。確か、寂れた児童公園だったはず。
「ちょっと行ってくるね」
「遅くならないでね」
「はーい」
そう言って外へ。
ここから数十分ほど歩けば学校があるはずなのだが、学校ってどっちだったっけ。
つい数ヶ月前までは通っていたはずの中学校。なんとなくの記憶を頼りに進んでみるが、どれだけたっても学校は見えてこない。
道は間違ってないはずなんだけどなぁ。
この時、小春は気づいていなかった。道を間違えていたということを。
道を間違えたと気づいていない小春は、それでもなお自分の記憶を頼りにして進む。そして、その時はやってくる。
「ここ、どこ・・・?」
迷子になったと小春はようやく自覚した。
依然として住宅地の中。何処か見たような家ばかり並んでいるおかげで、今自分がどのあたりにいるのかもわからない。
とくに何も考えずに出てきたおかげでスマホも持ってきていなかった。
「どうしよう・・・」
まさか母親も故郷で迷子になるとは思ってもいないだろう。真君と詩音ちゃんはそもそも小春が家を出ていることを知らない。
来た道を引き返そうにも、迷路のように入り組んだ路地のせいでどこから来たのかも皆目見当がつかない。
うろうろとあたりを見渡すが、誰か人が通る気配もない。道を尋ねられるような人もここにはいなかった。
八方ふさがり。ここにいては仕方ないからと、またしても己の直感を信じて路地を進んでみるが、見慣れた場所は訪れなかった。
足を止めて辺りを見渡す。目印らしいものは何も見えない。あるのは家ばかり。
その時。そんな家々の一軒の玄関が開き、一人の少年が出てきた。
少年はすぐさま小春の存在に気付き、目を見開いた。
「沖野、さん・・・?」
恐る恐ると言った感じでこちらの名を呼ぶ少年。
その少年に、小春は見覚えがあった。
「林藤、龍樹君?」
背は男子にしては小さめで、小春よりやや高め。160数センチ。癖が強い茶髪を持った少年。
「やっぱりそうだ。戻ってきてたんだね」
そう言って笑いかけてくる龍樹。しかし、小春は何も言い返せない。
実のところ、彼のことは知ってこそ言えど、関わったことはほとんどない。なにせ、龍樹は真と仲が良かった。だから知っているというだけ。
「こんなとこで何してんの?」
龍樹はそう言いながら小春に近づいてくる。
とくに素性のわからない彼に本当のことは言えない。
「ちょっと散歩してた、だけだよ。久しぶりの地元だから」
「へー」
聞いてきた割に興味がなさそうな返し。ちゃっかりスマホまで手にしていた。
「そういう龍樹君は?どこかにお出かけ?」
すると、龍樹は驚いたようにこちらを見たが、それも一瞬のことだった。
「ちょっと学校に御呼ばれしてね。これから中学校に向かうところ」
「中学校?」
「そそ。出水彩芽は、覚えているよね?」
出水彩芽。それは、小春にとってかけがえのない親友の名前だった。
記憶がある時も、失くなった時も、いつもそばに寄り添ってくれたのが彩芽だった。札幌の高校に進学すると伝えた時、一番応援してくれたのもまた、彼女だった。
「彩芽ちゃんに呼ばれたの?」
「そういうこと。一緒に行く?沖野さんも彩芽に会いたいでしょ?」
「う、うん。行きたい」
「じゃ、行こうか」
そう言い、手にしていたスマホをズボンのポケットにしまい込んだ龍樹は歩き出す。
その後を小春は極力追い付かないようにして追いかける。
つい最近までかかわる男子が真君だけだったから油断していたが、やはり男子は怖い。記憶を失った影響かとも思ったが、記憶が戻った今で男性恐怖症は治っていない。
それにしても、彩芽ちゃんが龍樹君を呼ぶような用事。あまりこの二人の仲がいいという印象も今までなかったが、知らないところで接点はあったらしい。
気になることはいっぱいあったものの、結局それを口に出すことはできず、お互いに無言のまま住宅地を歩き続ける。
時折、龍樹君はスマホを取り出し、ながらスマホを始める。
危ないよ?と、注意する気は起きなかった。
お互いに何もせず無言で歩き続けるよりも、どちらかが何かをしていた方がこちらとしても歩きやすい。
最近は若い男女が二人で歩いているとからかわれる時代だ。こういうあからさまに違うような態度をとってもらえるのはありがたい。
どれくらいの時間歩いただろうか。
時間を確認できるようなものを持っていないため、確実な時間はわからないが、10分以上は歩いただろう。
かつて通っていた中学校に到着した。
休日であるにも関わらず部活をしている者たちは多くいて、それなりの活気にあふれている。
しかし、そこに彩芽ちゃんの姿はなかった。
「あの、龍樹君?」
「ごめ。ちょっと待って」
慣れた手つきでスマホを操作し、何かを考え込む龍樹。
「あー、そう言うことか。ごめん沖野さん。ちょっとここで待ってて。すぐ彩芽を連れて戻るからさ」
「え?」
困惑する小春を余所に、龍樹はどこかに走り去ってしまった。
ここで待っていろ。
そう言われたが、彼の言葉はどことなく信用できない。理由はわからないが、本能がそう告げていた。
だからと言って、追いかけようにも龍樹の姿はすでにない。
小春は一人。母校の前で呆然と佇むのであった。
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