第14話~尾行する少年少女~

 今日のデートの開始は午前十時。

 陽菜が小春から聞いた時間から乗るバスを推測。陽菜がその一つ前のバス停から乗車。万が一外れてもいいように和樹がその次のバス停で待機。

 先に乗り込んだ陽菜からの連絡で二人が乗っていることを確認し、人混みに紛れた和樹も乗車。

 陽菜と和樹はお互いに顔を合わせず、スマホのメッセージアプリを使ってやり取りを行う。

 事前の打ち合わせ通り、二人は簡単に変装をしているものの、顔を知った仲では簡単にバレてしまうだろう。

『苗代君が辺りを見渡しているわ』

 真と小春よりも後ろの座席にいるであろう陽菜からの連絡。

 和樹はバスの前の方に座っているため、後ろを直接確認することは出来ないが、自分たちの存在を気にしているのは確かだった。

 初めからいると分かっているのだ。警戒しないはずもない。

『小春はいつも通り』『鞄を抱きしめてこっちの存在には気づいてないわ』

 小春は警戒が強いタイプじゃない。真にさえ気をつけていれば大丈夫だろう。

 やがてバスは札幌駅に到着。

 和樹の横を真と小春が通り過ぎたが、こちらを一瞥することもなく下車。一先ず、こちらの存在には気づかれていないようだった。

「さ、私達も行くわよ」

 背後から声をかけてきた女、陽菜と共にバスを下車。人混みに紛れながら二人の姿を視界の隅に捉えておく。

 二人は短く言葉を交わし、札幌駅直結。エスタへと向かった。

「なるほど。苗代君はアピアでもパセオでもなくてエスタ派なのね」

「それ、別にどうでもよくねぇか?」

「誰がどこ派なのかは話題として面白くなるのよ」

 まぁ、確かに?絶賛抗争継続中のタケノコとキノコの話題も、お互いにいいところを言って盛り上がることが出来る。

 だがなぁ。複合商業施設がどこ派なのかという話題は、盛り上がるのかが分からない。そもそも。陽菜が真を話題に出すのかも怪しいところだ。

 それはいいとして。真と小春はとうに人混みに紛れて見えなくなっている。

「早く追おうぜ?」

「そだね。ま、どこに行くかは大方検討が付いているんだけどさ」

 そう言って意味深長に笑う陽菜のあとに続きエスタへと入店。

 迷うことなく六階まで上がり、大型雑貨店からレディース服専門店を覗く。

「ほら、いたわよ」

 服を選ぶ小春と、それをいつもの無表情で眺める真。

「本当にいたな」

 エスタ内に服を売っているお店は沢山ある。この一つ下のエリアだって大きな売り場だ。なのに、ここだと一発で当てるとは。

「なんでここって分かったんだ?」

「直感よ」

 偶然だそうだ。

 今はその偶然もありがたいとは思う。完全に見失っては広いこの建物では見つけるのも困難だ。

 和樹はあまりデートしている二人を見ないように、陽菜は物陰に隠れながらじっくりと二人の様子を眺める。

 どこからどう見ても不審人物。

「あまり見るなよ。真は視線に敏感だぞ?」

「分かってるわよ。ガン見しているわけじゃないし、一分のうち一秒くらいは目を離してるわ」

 それをガン見って言うんだよ。

「それに、あの様子じゃこっちに気づきもしないわよ」

 現在の真と小春。小春が服を選び、真は表情を変えずに、けれども何か意見は言っているようで、小春は服を元の場所に戻す。

 そういえば、真は以前。「服は興味ないしいつも妹のセンスに任せている」とか言っていたが、いっちょ前に人が選ぶものに文句は言うようだ。

 いや、まぁ、小春のセンスも中々独特なものだとは思う。遠目からでもはっきりとわかるような派手めな服ばかり選んでいるのだ。

「あんな派手なもの、小春には似合わないわよね」

 女子から見てもこの評価。

「せっかく可愛いのに、それが損なわれちゃうわ。いいぞ、苗代君。あの子を正しい道に導いてあげて」

 隣で陽菜がつぶやくのを聞いて思わず笑いそうになる。正しい道って。ただセンスがあれなだけで悪いことをしているわけじゃない。

 こちらは何度も場所を変え、あらゆる角度から二人の様子を見守る。

 一度だけ、ばれるのも覚悟で雑貨店から離れて二人のすぐ横を通ってみたりもした。

『可愛いの代名詞って、虎かな?ライオンかな?』

『何その二択』

 これが、その時に聞こえた内容。

 何その会話。

 陽菜曰く、その時小春の手には虎柄の服と、ライオンの顔がプリントされた服が一着ずつあったという。

 再度雑貨店に戻り、雑貨を見るフリをして二人を見る。

「服選び、あの二人に任せて大丈夫なのか?」

「さぁねぇ。あたしに聞かれてもわかんないわよ」

「唆したのはお前なんだろ?」

 すると、陽菜は驚いたような顔をし、笑った。

「よくわかったわね」

「まぁ、直感でな」

 嘘だ。少し考えればわかること。

 真には計画と言う計画はなかった。服を買うと言い出したのはほぼ間違いなく小春。だが、今小春が着ているものと、選んでいるものとのセンスの差を見ると、あの服は自分で選んでいないように思える。

 それから、陽菜から貰っていた事前情報。小春は服を一着しか持っていない。

 陽菜がそれを知っていたのだから、せっかくのデートなんだから買いに行けば?と提案していてもおかしくない。

「苗代君もファッションには疎いようだけど、二人にとっていい思い出になると思ったのよ」

「何がいい思い出になるかは人それぞれではあるけど」

 あの二人を見て、悪い思い出にはならないだろうと感じた。二人とも、楽しそうだ。

 服を選ぶ小春も。それを見て、表情を本当に少しだけ変え、いちいち反応する真も。

「あ、店員が来たわね」

 ずっと遠巻きに客を見ていたお店の人が、ようやく二人に近づき接客を始める。

「あのままじゃ決まりそうになかったからな」

「眺めているのも中々楽しかったけどね」

 店員さんが小春に似合うものを見繕い、ひょいひょいと服を選んでいく。

 やがて二人は店の奥に消え、視認することが出来なくなった。

「おい、どうするんだ?」

「あ、可愛い」

「?」

 二人が店の奥に消えたタイミングで陽菜は自分のスマホを取り出し、何かを見ていた。

「見る?」

「何をだ?」

「可愛く変身した小春」

 言いながら見せてきたそれは、今まさに送られてきたという小春の写真。

「苗代君に前々から頼んでいたよね。きっとこれから二人で過ごすことが多くなるだろうから、小春の可愛い姿取れたら写真を送ってって」

 なんつーことを頼んでんだよ、こいつ。

「うん。眼福眼福」

 おっさんか。

「それ、本当にお前が欲しいだけなのか?」

 ふと、そんなことを思い、聞いてみた。

「あら、鋭いわね。あたしに写真を送る。ということはその写真は苗代君のところにも残る。記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれない」

 そんなことだろうとは思った。だが、穴がある。

「お前に写真を送ってから自分の端末から消す可能性もあるよな?」

「ないわよ」

 即答だった。

「どこからそんな自信が?」

「直感」

 信用ねぇ・・・。

 ともあれ、こいつの直感と言うものはほとんど外れたことがない。ちょっと怖い。

「あ、二人が出てきたわね」

 手に紙袋を持った小春と手ぶらの真。二人は短く会話を交わし、まっすぐこちらに向かってくる。

「少し離れるか」

「そうね。少し早いけど、お昼にしましょうか」

「え?」

 少しどころかかなり早い。

 だが、陽菜は和樹の返答を待たずさっさとエスカレーターを上っていく。

「お昼になると混むからね」

 と、エスカレーターでこちらを振り向きながらそんな理由を説明する。

 なるほど、そう言うことなら。

「けど、あいつらを見失わないか?」

「あの子ら、ここから出るつもりはないみたいよ」

 エスカレーターで十階まで登り終え、陽菜はスマホの画面を見せてくる。

 小春とのメッセージのやり取り。

『今ね!エスタ?ってところに来てるんだ!』

『これから服を買うんだ!』

『真君ここしかわかんないらしいんだよ!可愛くない!?』

 この辺しかわからないというのなら、外に出て冒険する可能性も低い、か。

 この辺しかわからないから可愛い。というのは意味不明だが。女子は何でも可愛いと言いたがる。その神経は本当に理解できない。

「どこにする?」

「お前が食いたいものでいいよ」

「そうねぇ。・・・あ、韓国料理」

 少しだけ歩き回り見つけた韓国料理の専門店。

 まだ昼前ということもあり、お客さんはほとんどいない。並ぶこともなく入店。

 陽菜は石焼明太ビビンバを、和樹はミニ海苔巻きとサラダ等がついた冷麺のセットを注文。

 間もなくして料理が届き、「陽菜が一口食べたい」と言うので素直にあげる。四分の一ほどを持ってかれた。なんて大食い。一口とは。

 こちらからもお返しに一口くれと頼んだが、どういうわけか断られた。理不尽。

「あの二人、結局付き合うことになるのかね」

「さぁね。全部思い出してからが怖いわよね」

 真にとっても、小春にとっても。恐らくは辛い記憶。

 世の中には複数の人間がいる。

 辛いことをすぐに忘れるタイプと、逆に記憶に残りやすいタイプ。楽しいことを忘れてしまうタイプ。己の記憶を自分自身で改ざんし、あたかもそうであったかのように錯覚するタイプ。

 真は記憶喪失に陥ったが、全部を思い出した気でいた。小春との記憶なんて、知りもしなかったのだ。

 それは、辛かったから忘れていたのか。楽しい出来事だったから忘れていたのか。

 その答えは、前者だろう。過去に付き合っていたとはいえ、別れているのだから。よっぽど薄情な奴じゃなければ、一途であればあるほど、付き合っていたという事実はひどく心を痛みつけてくる。

「あの二人は、自分を不幸だと思っている節があるわ」

「まぁ、そうだな」

 待遇を考えると、そう卑下していてもしょうがない。

「だから、さ。幸せになってほしいのよね」

「お前は何処のポジションだよ」

 母親か?母親なのか!?

 昔から、こいつはそうだ。自分のことなんてどうでもいいから、目の前の人の幸せだけを願う。

 なぜか和樹に対しては当たりが強いが、そこは、慣れた。

「よーし、食べ終わったし、そろそろ行きましょうか」

「おう」

 会計を済まし、店の外に出て・・・すぐに物陰に隠れた。

 エスカレーターからちょうど二人が上がってきたのだ。危うく鉢合わせるところだった。

「あの二人は今から食事なのね」

 耳元でボソッとささやかれる。

 二人は、イタリアン料理専門店へ向かい、列に並んだ。

 時間はちょうど昼時で、どこのお店も列を成している。

「あと一時間はかかるか」

「なんでわかるのよ。そんなこと」

「列の進み具合から適当に推測しただけだ」

 ふ~ん、と全く信じていない目で陽菜は和樹を見る。

「なんだよ」

「別に~。行くわよ」

「は?どこに?」

「ゲーセン」

 なぜか陽菜の機嫌はよくないようだった。

「あの二人はどうすんだ?」

 エスカレーターを降りながら聞く。

「後一時間かかるってなら同じフロアにいるのは危険でしょ?」

「それもそうだが」

 だから、遊ぶってか。まぁ、いいけど。

 どこのゲーセンにもあるが、ここのゲーセンはクレーンゲームの数がかなり多い。アニメキャラのフィギュア、ぬいぐるみ。クッションやウォークマンや腕時計。お菓子。

「そういえば、和樹ってクレーンゲーム得意だったわよね」

「得意ってほどじゃねぇよ」

「アレとってよあれ!」

 聞いてねぇ・・・。

 陽菜があれ!と言って指したのは、ピンクの丸いぬいぐるみ。一頭身で手足がぴょこんと生えたゲームのキャラクター。

 クレーンゲームのタイプは三本のアームがついたクレーンをレバーで自由に操作。自分のタイミングでクレーンを降ろし、商品を掴むタイプのもの。

 とりあえずどんなものか百円硬貨を入れてプレイ。

「もうちょい右じゃない?」

「あぁ!行き過ぎてるって!」

「本当にそこで大丈夫?」

 後ろがうるせぇ!

「陽菜、ちょっと黙れ」

 黙って集中しここと言う場所で。ここぞというタイミングでトリガーを引く。

 開かれた三本のアーム。ピンク玉を半分まで潰したところで再度トリガーを引きピンクの球体をがっしりと掴む。

 その時。アームの一本がぬいぐるみに付いていたタグをひっかける。

 はみ出た手足もアームと体全体とのバランスをうまくとり、そのまま商品獲得の穴へ。

「さっすがぁ!」

 取り出したピンクの球体を抱きしめ、陽菜は上機嫌である。・・・とれてよかったぁ!クレーンゲームのとれるか取れないかギリギリの緊張感。最高だ。

「和樹!次はあれよ!」

「え?まだとるのか」

 次に陽菜が指したのは同じタイプのクレーンゲーム。黄色いねずみのぬいぐるみ。

「お前、見かけによらず可愛いものが好きだよな」

「悪い?」

「いや、別に。小銭切れたからちょっと両替してくる」

「いてら~」

 あたりを見渡し、両替機を見つける。財布から千円札を取り出し、そこまで行こうとして、誰かとぶつかった。

「あ、すいません」

「あ、いえ。こちらこそ」

 たったそれだけ言葉を交わし、ぶつかった相手はいなくなる。相手は女の人だったが、転ばなくてよかった。だが、今の人。

(どこかで見たことがあるような・・・?)

 一瞬しか見えなかったが、黒い髪と、目のあたり。女子の同級生にいただろうか。と考え、どうでもいいやとすぐに両替を済ませる。

 十枚の百円玉を上着のポケットにいれ、さっきのクレーンゲームまで戻る。

 事件は、そこでも起きていた。

「ねぇねぇ、一緒に遊ぼうよ」

「退屈はしないよ」

「お断りします。連れがいますので」

 珍しい。こんなところでナンパか・・・。って、そうじゃなくて。

 陽菜が金髪ピアス付きの男二人に迫られている。高校生くらいの年齢か。少なくとも同じ学校の生徒ではなさそうだ。

「あ、和樹。お帰り。早くこれ取って」

 こちらに気付いた陽菜は目の前の男二人を無視しさっさと商品を取れと命令する。

「マイペースな奴だ」

 陽菜が気にしないのならこちらも気にする必要もない。

「ちぇ、男連れか」

「こんなに可愛かったらいても不思議じゃないよね」

 二人の男もすぐにあきらめて引き上げた。そのことに若干の安心感。

 ただあの二人。女を見る目がない。確かに陽菜は可愛いだろう。だが、可愛い女の子はもっとたくさんいる。

「中身を知らないって恐ろしいな」

「何か言った?」

 どすを利かせたような低い声。そうそう、この声を真っ先に聞かせていればあの二人は逃げていただろう。

「何も言ってない。じゃ、これ取るか」




 数時間と少したった頃。

 ・・・とりすぎた。

 総額四千円。獲得景品。大小問わずぬいぐるみ三十数個。それらの半分が陽菜に献上されることになった。

 別に和樹はいらないのに、もう半分は貰うことになった。

「お前、そんなにぬいぐるみいるのか?高校生にもなって」

「別にいいでしょ?好きなんだから」

 御尤もです。けど、もう少し弁えろよ。とった俺も俺だけど。男子高校生がウサギのぬいぐるみを抱えているのってかなり恥ずかしい。

「いやー、楽しかったわね」

「そうだな~・・・って、ちょい待ち。あの二人は?」

 陽菜は明らかに忘れていた。と言う顔をする。スマホの画面を見てさらに目を見開く。時間の経過に驚いているのだろう。

「ここにはもう、いないわね。小春から、そんな連絡が来てる」

「おい。どうすんだよ」

 あの二人がデートをすると決めた経緯を知る。そのためのデート。もとい尾行だったはずだ。なのに、これではただのデート。

「こうなったらしょうがないわね」

「どうするんだ?」

 こいつのことだ。きっと何か考えているに決まっている。

「いっそ開き直って散歩して帰りましょ」

「はい?」

 諦めた・・・だと・・・?

 なぜかウキウキの陽菜に、和樹はその意味をよく理解できないままバスを乗り、ついて歩いていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る