第5話~過去を気にしない少女~
「それで?一体全体どういうことなのよ」
小春が苗代真に会ったその次の日の昼休み。陽菜は小春の机に駆け寄り、手にしていたお弁当を広げながらそう尋ねた。
何が起きたのかは小春から電話がかかってきたときに大体把握した。どうやら小春は勢い余って一目惚れした相手に告白したというのだ。それを、告白した相手の近くで報告したものだから真が電話に変わり否定した。そう、そこまではわかっているがそうなった過程がよくわからない。
「ちゃんと記憶を戻す手伝いはしてくれることになったのよね?」
「うん!それは大丈夫」
それは、と言うことは、他の部分は大丈夫じゃなかったのだろうか。疑問を抱きつつも続ける。
「とりあえずよかったじゃない。これであんたの記憶を戻るかもしれないんでしょ?」
「そうなんだけどさぁ。真君との距離は縮まらないんだよ。昨日だってね?自己紹介も兼ねていろんなメッセージを送ったんだよ?けどね?その全部に返信はしてくれないし、『報告です。君には昔、彼氏がいたようです』って、硬い文章しか来なかったんだよ?」
小春からスマホを借りてそのメッセージ内容を見てみる。
最初にメッセージを送ったのは小春。
『こんばんは!』『改めて自己紹介するね!』『沖野小春、誕生日は二月五日』『血液型はA型』『好きな食べ物は甘いもので嫌いなものは苦いもの』『これからよろしくね!』
まぁ、最初のメッセージにしてはまともだなぁ。と思ったが、この自己紹介が長い。十分ほどかけてこの自己紹介メッセージが送られている。最後には、『好きな人がいる』という、アホみたいな文章。それに対して真からの返信は三十分ほど経ってから、さっき小春が言っていた文章が送られている。
小春の返信『へー、そうなんだ!過去なんて関係ないよ!』
「あんた、やっぱりアホでしょ」
「え!?なんで?」
このトーク画面を見てそう思わずにはいられなかった。
「あんたねぇ、記憶喪失なんでしょ?記憶って過去に起きた出来事のことじゃない?じゃあ、関係ないなんて言ったらあんたが本当に記憶を戻そうとしているのかも怪しいじゃない」
そう言うと、小春は気づかなかったと言うようにはっと表情を変えた。
「え、どうすればいい?」
どうすればいいってねぇ。その後に返信はないけど、和樹いわく一度引き受けた頼み事は最後までやり遂げるというのが、苗代真という男なのだという。だから、あまり心配する必要もないと思うけど、心配なのは、小春がちゃんと記憶を戻したいと思っているのかということだ。
自分の気持ちに正直すぎるあまり、本当の目的を見失ってしまっている。やっぱり、小春と一緒に行くべきだったかもしれない。
「あんたがまず一番に考えなくちゃいけないことは何?」
「記憶を取り戻すこと、です」
しゅんとしながら小春は答える。
「そう。それがわかっていればいいのよ。あんたは苗代君と一緒に記憶を戻すことだけを考えればいい」
目的を一つに絞っておかないと、きっと小春は自分に正直になりすぎてまた暴走してしまうだろう。
昨日は言葉で伝えただけに止まったけど、愛と言うものは時として計り知れない力を発揮するのだ。小春が何かとんでもないことをやらかす前に、早いところ記憶を取り戻してほしいものではある。
そうするために、こちらも何かしらの協力をした方がいいだろう。この学校で小春という人間をよく知るものは陽菜以外にはいない。和樹は直接顔を合わせたことがないし、陽菜が教えたこと以上の情報は持っていないはずだ。
「小春。ちょっと、苗代君のアカウントを私に送ってくれない?」
途端に小春の顔は険しいものに変わった。絶対に何か勘違いしてるぞ、この子。
「まさか、陽菜ちゃん。真君のことを・・・」
ほら、やっぱりね。想像通りだ。
「そんなわけないでしょ?あたしだって記憶を取り戻す手伝いをするって言ってんのよ。そのためにも苗代君とは協力する必要がある。そう思っただけ。別に小春の恋路を邪魔しようなんて思ってないわ」
このすべては本音だ。ただ純粋に困っている子を放っておけなくて、恋をしたというのなら友人として応援すべきだと思うのだ。
「うん、わかった!ほい、送信」
すんなりとそれを受け入れ、陽菜のスマホに苗代真の連絡先が送られてきた。アイコンがクマのぬいぐるみとは、可愛い趣味をしているではないか。
『初めまして』『沖野小春の友達の岸波陽菜です』『よろしくお願いします』
という文章を送ってみる。返信はすぐに来た。
『初めまして。苗代真です』『こちらこそよろしくお願いします』『沖野小春さんのことでしょうか?』
堅苦しい文章。いきなり文章を送ったことに対しては触れず、こちらの目的を見透かしているかのように尋ねてくる。それに対して、自然と不快な気持ちはなかった。
『はい。記憶を戻すのに協力できないかと思い、小春から連絡先を聞いて文章を送らせていただきました』
『なるほど』『それは心強いです』『仁双和樹君も協力したいと言っているので、今日の放課後。皆さんでお会いしませんか?』
へぇ、和樹も協力をねぇ。和樹は和樹でどこまで知っているのかも気になるし、後はこの子次第。
「小春、今日の放課後ってなにかあった?」
「ううん?何もないけど、何かあったの?」
「私と、幼馴染と苗代君。それから小春の四人で会わないか?って誘われているんだけど」
「え!?すぐに返信が来たの?」
食いつくとこそこかい。
「今は昼休みだからね。向こうも退屈しているんじゃないの?」
あくまでも小春は嫌われてなんかいないと思うよ、という雰囲気を醸し出しつつそれた話題をすぐに戻す。
「で、どうなの?」
「あ、うん。今日は追試もないし大丈夫だよ」
「ん、了解。伝えておくわ」
すぐさま『小春も承諾しました』『場所はどうしますか?』と送る。『どこかいい場所はありませんか?』との返信。
どこかいい場所。要するに集まれて話せる場所があればいいのだ。放課後の教室はどうだろうか、と考え、知っている人の目が少なくないことに気づき取り消す。他にいい場所といえば、このあいだ小春といったあのカフェくらいしかない。
『いい場所があるので、放課後案内します』
『お願いします』
あっさりと場所が決まってしまった。向こうは詳しい場所も聞かずに『お願いします』とだけ。未だ一度も会ったことがないのに信用されているような、そんな気分になった。・・・悪い気はしない。
「小春、このあいだ行ったカフェに行くことになったわよ」
「え?あそこ?良いところだよねぇ」
小春がこの間のカフェに行ったのはその日が初めてだったようだが、気に入ってくれていたようだった。カウンター席とボックス席が充実しており、BGMとして流れるジャズミュージックが心地よいのだが、あまり同級生には人気がない。今どきの高校生はハンバーガーとかもっとメジャーなカフェに行きたがるのだ。そう言う自分も今どきの高校生ではあるが、人それぞれ価値観というものは違うのである。
和樹と行ったことも何度かあったが、和樹はあの場所を気に入ってくれていない。何が不満なのかはわからないが、そもそも和樹みたいなパリピな人間と静かな場所との相性はよくないのだろう。一方で苗代真の方はどうだろうか。騒がしいのはあまり好きじゃなさそう、との和樹の偏見による情報だが、それが正しいのならばもしかしたら気に入ってくれるかもしれない。
自分が気に入っている場所が他の人、特に同年代にも気に入れられるというのはどことなく嬉しい気持ちになる。だから、いずれ和樹にも「良い場所だ」と言わせてみたいが、きっと一生かかっても無理だろう。
「そういえば真君って何が好きなんだろう」
「どうしたの?突然」
「ううん、ちょっと気になったの。ほら、あそこのカフェって店長さんが若いころに世界を旅していたとかでいろいろな料理があるでしょ?そこで好みを知ることって出来ると思う?」
「どうでしょうね。そもそも何かを注文するかもわからないでしょ?」
「あ、そっか」
納得はしたようだが、まだ何かを考え続ける小春。
「何か気になるの?」
「そりゃもちろん。好きな人のことはもっと知りたいって思うでしょ?」
好きな人が出来たことがないためわからないが、確かに恋愛をする女子の多くは好きになった男子のことをより知ろうとする傾向にある。恐らくそれは男子も同じで、人間という生き物は好きになった人のことを知らなくては気が済まないのだと思う。
小春も典型的なそれ。写真を見て一目惚れし、直接会ったことでより好感度が増した。だから感情を抑制することが出来ず告白してしまったのだろうけど、もちろん小春の探求心は止まらない。
「そういえば、真君のこと、何も知らないなぁ」
「まだ関わってから二日目よ?そんなものじゃないの?」
昨日はお互いのことを知る時間なんてなかっただろうし、初対面であったなら尚のことだ。
「うーん、そうなんだろうけど。知りたいなぁ」
「まぁ、頑張りなさい。けど、あまり急ぎすぎないようにね?ゆっくりとお互いを知っておけばいいんだから」
「けど、真君は私のことをたくさん知っているんだよ?」
そりゃそうだ。返信は内容を無視したものではあったが、およそ十分にわたって小春は一方的な自己紹介をメッセージとして送っていたのだから。
「苗代君からゆっくりと聞いていけばいいのよ。小春から聞くんじゃないの。苗代君が勝手に話してくれるように会話を誘導する」
「私にそんな難しいことできるかな」
「できるわよ、きっと」
根拠は何もなかった。けど、人間を見る目だけはあるのだ。いずれ知りたいことだって知ることが出来る日も来るはずだ。
「そうだよね。うん!私頑張るよ。真君の心を掴めるように!」
小春は急に立ち上がり気合を入れるように腕を高く掲げた。・・・空元気で終わらなければいいんだけど。
同刻。
「っくしゅ」
真はくしゃみを一つした。
「なんだ、風邪か?」
「ううん、そんなことはないよ」
和樹にそう返しながら真はスマホの画面を和樹に見せた。それを見た和樹の顔が何か気持ち悪いものを見たかのように強張った。
「こいつぁ、マジで好かれてるな」
「ほんと、いい迷惑だよ」
真が和樹に見せたのはおよそ十分にわたって送られてきた沖野小春の自己紹介文だった。
「いい迷惑って、お前なぁ。いいじゃねぇか、女子から好かれるなんてさ」
「何回も言わせないでよ。僕は異性と言うものに興味ないんだ。確かに何度もナンパと合コンまがいのことを繰り返しているのに、いまだ彼女がいない君からすれば、この状況すらとても羨ましいのかもしれないけれど、大して興味ないことを知らされる僕の身にもなってくれよ」
「お前さらっと毒を吐くよな。俺にだってきっと好きになってくれる女の子がいるはずだ。それに別に羨ましくなんかない、ってうわぁ」
どうやら和樹は沖野小春とのやり取りの一番最後を見たらしい。
「沖野小春って子はあほなのか?」
「それもかなり重症でどうしようもないくらいにね。僕はこのメッセージを見た時、初めて依頼を断ってやろうかなんて思ったよ」
これは割と本気の話。せっかく、こっちが意見を曲げて記憶を取り戻す手伝いをしようと言ったのにもかかわらず、沖野小春は過去に彼氏がいたという情報提供に『過去なんて関係ない』と答えてきたのだ。本当に記憶を取り戻したいのかが今でも不思議でしょうがない。
「それでも、お前は手伝うんだろ?」
「だってそう言っちゃたからね。何年かかってでも僕はこの依頼をやり遂げる」
「で、告白の返事は?」
「何年かかってもしない」
「うわひどい」
確かにあの時は記憶が戻ってから告白の返事をするなんて言ってしまったけど、そもそも沖野小春のことが真は好きではなかった。苦手な部類だし、出来ることならもう二度と関わりたくないとさえ思っている。過去にあの人と付き合っていたというのが今でも信じられない。
ちなみに、真が過去に沖野小春と付き合っていたという情報は和樹には与えていない。伝えれば鬱陶しさが増すこと間違いないだろう。
「あ、そういえば和樹。君は今日の放課後あいているよね?」
「そうだな。今日は追試ないし、部活もさぼろうと思っていたし」
「ならよかった」
「どういうことだ?」
「今日は作戦会議を行うんだ。君の幼馴染からついさっき連絡が来てね。僕と君。それから、沖野小春に君の幼馴染の四人で会うことになったんだ」
「なんで俺がそこに入っているんだよ」
和樹の顔は明らかに困惑していた。当然である。さっき岸波陽菜とやり取りをしていた時でさえ和樹にはこのことは伝えていなかった。和樹の了承もなしに「協力したがっている」なんて嘘の文章を送ったのだった。
「昨日の約束を勝手に決めたことに対する仕返しか?」
「別にそんなんじゃないよ。気づいたら話が進んでた」
もちろん嘘。仕返しだ。やられたらやり返すというのはもはや鉄則である。ただし、それはある程度わきまえたうえでの話。この程度の約束事なら勝手に決めても後から訂正が出来る。その確信があったからこそ真はこの間自分が味わった気持ちをこの男に体験してもらおうと思ったのである。
こうしている時、自分は本当に子供だなぁと少しだけ後悔する。子供であることは間違いないのだが、真は大人になりたかった。なんて、思っている内も子供であるというのだから思春期と言うものは本当に複雑だ。
「なぁ、真。場所はどこだ?」
「知らない。なんかいい場所があるってさ」
和樹には岸波陽菜が言っていたいい場所に心当たりがあるのか顔をしかめた。
「多分、カフェだな」
「カフェ?」
「そうだ。陽菜のお気に入りでな、昔から何かあればあの場所に行っていたんだよ。俺はあまり行きたくはないんだけどさ」
昔を懐かしむように、そして重々しく和樹はそう言った。何か苦い思い出でもあるのか、和樹が真に初めて見せた顔だった。
少しだけ良心が痛む。なんとなく悪いことをしてしまったなぁとか思わなくもない。
「あそこ、俺が初めて失恋をした場所だったんだよ」
正直どうでもいいことだった、が、『失恋』というワードに胸の奥がつっかえるような感じがした。
脳裏に思い浮かぶ真っ赤な夕日。とてもきれいな景色だったが、それがどこのものだったかまでは思い出せなかった。
「真?どうかしたか?」
「いや、大丈夫。ちょっとぼーっとしていただけだよ」
「それ大丈夫なのか?」
「たまにあることさ。心配するようなことは何もないよ」
ならいいんだけど、と和樹は目を細めて笑っていた。
本気で心配してくれていたのだろう。逆に言えば心配されるだけ真はぼーっとしていたということにもなる。
失われた記憶を少しだけ思い出してしまったのだろうか。先に真が失われた記憶を思い出せば沖野小春の記憶探しはやりやすくなるのだろうか。
詩音曰く、真の元カノは沖野小春だ。しかし、真に残っている記憶に沖野小春と共に過ごしたものは何一つとしてなかった。
真はこの時一つの推測を導いていた。
―俺の記憶喪失には沖野小春が関わっている。
沖野小春が元カノであること。詩音が嘘を言うとも思えないので、これは事実なのだろう。ならば、どうして真の中には沖野小春と過ごした記憶がないというのだろう。簡単だ。記憶喪失と言うものに沖野小春が直接及び間接的にかかわっているせいで、蓋をしてしまったのだ。
真の中にいる沖野小春という過去の人物を思い出すことが出来れば、それを説明することで記憶を流し込むことがきっとできる。
「記憶を思い出す必要ってあるのかな」
「ん?どうした?」
「ちょっと気になっただけだよ」
これは沖野小春に聞きたいことであり、真の中で解決したい問題だった。
今の今まで記憶が欠けていることを何とも思わなかった。その欠けている記憶の中に辛いものがあるというのなら、知らないほうが幸せなこともあるという考えが無意識のうちに働いていたからだ。しかしどうだ。自分よりも明らかに記憶がない少女がいて、しかも知っているはずなのに全然別人になっていて。思い出す必要はないのじゃないかと、言えるだろうか。
きっと、言うことはできる。ただ、納得はしてくれないだろう。
小春はすべての記憶を思い出し、真と付き合っていったという事実を知った時、どんな顔をするのだろう。
別れた男であったことを思い出し離れるか、これは運命だ!とか言って今以上に鬱陶しくなるか。真が想像も出来ないもっと他の反応をするのだろうか。
実際のところ、真は過去の記憶なんてどうでもいいと思っている。過去は過去で今は今。今という時を生きているのならそれでいい。それでも、ふとした時に思うのだ。かつての自分はどんな振る舞いをしていたのだろうと。
「やっぱり記憶は思い出すべきなのかもしれない」
和樹が不思議そうに真の顔を見ていたが、それを気にすることなく席を立った。
「どっか行くのか?」
「ちょっとトイレ」
「いってらー」
和樹に見送られ、真は屋上へと向かった。
トイレに行く気などはなからなかった。
本来、屋上の扉は鍵が締まっているはずなのだが、この学校は新しくない。それに、屋上へ行くことがものすごく稀なため、誰も鍵が壊れて自由に行き来が出来るようになっていることは知らない。
ただ一人、真を除いて。
真が屋上の鍵が壊れていると知ったのはほんの偶然だった。学校にいるときだろうと、一人でいたいときがある。そのとき、ちょうど目を付けたのが立ち入り禁止とされる屋上だった。
どうせ鍵は開いていない。それでも人が寄ってこないなら変わらないだろうといざ行ってみると鍵が壊れているではないか。本来なら報告すべきことなのだろうが、ここが真にとっては秘密の場所的なものであり、黙っていることにした。もちろん、ばれれば反省文を書くことだって覚悟の上で、だ。
四月下旬の北海道。日差しが出ていてほんのりと暖かい。
ここから見える景色はお世辞にもきれいとは言えない。
色とりどりの家の屋根が一望できるのは人によってはきれいだというのかもしれない。それでも、作られた美しさは自然の美しさには敵わない。
北海道は気候上、冬になるとこれでもかというほど雪が降る。そのため、北海道の学校にはマンガで見るような落下防止のフェンスがない。雪が降れば潰れてしまうからだ。そのため、生徒たちが屋上に登ることを学校側は禁止としているわけだ。
「あれ?真君?」
声がした。ここでするはずのない声に真は声に出さずに驚く。そして、その姿を目にする。真が出てきた扉から小春が出てきていた。
「君、ここは立ち入り禁止のはずだけど」
「それは真君もでしょ?」
確かにその通りである。が、今はそんなことどうでもいい。
「どうして君がここに?」
「真君のうしろ姿を見かけて、つい」
しまった。誰にも見られていないことを確認したはずだったんだけど。甘かったようだ。
「けど、ストーカーまがいなことはやめてくれないかな。不愉快だ」
「す、ストーカー!?誰が?」
「君だよ君」
自覚がないとは、恋愛脳に陥った女子高生って恐ろしい。
「ストーカーって、ちょっと見かけたからつけただけだよ?」
「それだけで充分だよ。ほら、早く教室に戻りなよ。先生に見つかったら反省文を書かせられるよ?」
「じゃあ真君も」
「うん。そうだね」
ここは素直に従うことにした。あくまでも苗代真という人間は良い人でなければならないのだ。ここで先に戻ってなんて言ったら、何か悪だくみでもしているのかもしれないと思われるかもしれない。それは、とても困る。最低限の人間関係を築けないのは高校生活では深い痛手となる。
「で、真君は何をやっていたの?立ち入り禁止の場所で」
教室に戻る途中、隣を歩く小春が真に問う。
「あまり声を大きくしないで?今は人がいないからいいけど。何もしていないよ。たまたま開いているようだったから行ってみただけ」
「ふーん」
自分で言いながら不自然な回答だなと思ったが、小春はそれ以上何も追及はしてこなかった。何も言わず、また放課後と言って教室に戻ってしまった。それを不審に思うこともなく真も自分の教室に戻った。
「おかえり。長かったな」
和樹はずっと真がトイレにいたと思っているようだった。
「ちょっとね」
自分のお腹をさすって答える。これで大半の人間はお腹が痛いと勘違いをしてくれる。
「そうか。大丈夫か?」
もちろん、和樹も簡単に引っかかる。
「うん、大丈夫だよ」
そう言った真が席に着いたのと、昼休み終了のチャイムが鳴ったのはほぼ同時だった。
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