エスプレッソにはまだ早い
「トールマキアートって何が大きいんですか?」
ずっと気になっていた喫茶店に入った私の第一声がこれである。他の飲み物にはサイズを示すようなものが無いため、不思議に思ったのだ。
トールって、スタバやタリーズで使われているカフェ用語でしょう? もちろん知っていてよ。ウフフ。
しかしマスターの答えは「泡立てたミルクをエスプレッソに淹れたものです。カフェラテより苦いですが大丈夫ですか?」というものだった。
うおおい。マスター、疑問に疑問で返さないで下さいな。私の尋ね方も田舎っぺ丸出しでしたけれども!
なんだか恥ずかしくなってしまって、「大丈夫です。これを一つお願いします」とスマァトに返した。
ちなみにわたくし、朝にコーヒーを飲むのがルーティンなので苦いのは平気です。え、見えない? よく言われます。お子さま舌っぽいのですって。あらら。
確かに二年前ぐらいまでは、紅茶しか飲めなかったのだけれどね。表計算の検定を取ろうと思い立ち、死ぬ程キライな数字と向き合った地獄のような日々があったからこそ、目の前のトールマキアートが飲めるというわけ。わあ、豆の良い薫り。
まずは、一口。ハートの形が崩れないようにっと。
苦い。
そういえば、ちゃんとしたマキアートを飲むのは初めてではなかろうか。
苦味が濃く、どっしりと胃にたまる感じ。
涼しい顔つきでカップをソーサーに戻し、ちょこんとついてきたスティックシュガーを入れてかきまぜる。
二口目を啜りつつ、私はさりげなくカウンター席の両端を確認した。ない。
チェーン店などにどっさりと置かれているポーションやスティックシュガーが、無い。あるのはクリスマスを意識したおシャンティなポストカードやら小物だけだ。
ひーっ、どうしよう。お一人様の私は、脳内で高橋一生に助けを求める。
白のタートルニットにジーンズを着こなした一生くんは苦笑して「だから言ったのに」と、ホットチョコレートを差し出してくれる。えへ、だって飲めると思ったんだもの。「はいはい」とマキアートを傾ける一生くん。にやにや。
こっくりとした、深みのある苦さに思考が飛んだようだ。いつもの妄想癖が爆走しないうちに、一緒に頼んでおいたフレンチトーストを食べた。私好みの、さっくりした食感がたまらない。甘みも程よくて、メープルシロップもいらないくらい……。
(……このメープルシロップを、コーヒーにいれたら良いのでは?)
そのくらい切羽詰まっていた。カップが大きく、なかなか減らないマキアートにげんなりし始めていた。カウンター席でなければ、実行していただろう自分が厭わしい。
私は自分に言い聞かせる。そう、目の前のこれは苦みに深さを楽しむ、お上品なマキアートなのだ。決して不味いわけではない。
本当に不味いコーヒーというのは、職場にあるボトルコーヒー(1本98円、12本入りでひと箱1,176円也)を言うのだ。あの、泥水を飲むような感覚、思い出すだけで背筋がぞっとする。あれを水のように煽る上司は、精神面の修行をしているに違いない。
結局、フレンチトーストの援軍を得て、トールマキアートを飲みきった。しまいには、一気に飲んだものだから、胃にずっしり来ている。次来たら、絶対にカフェラテを頼もう。心に決めて会計を済ます。
それにしても「トール」は何だったのかしら。グーグル先生は、スタバでの注文の仕方しか示してくれない。難易度別カスタム呪文って読む分には面白いけれど、実際にはできないなぁ。おっと脱線。
とりあえず「トール」はタリーズも含め、シアトル系コーヒーサイズの一つで、Mと大体同じらしい。
我らがタモさんは「サイズに、イタリア語と英語が混ざってるのは何故か」とスタバ日本支社に連絡し、本社から回答を得ていたようだ。イタリアへの敬意を表してあの形式にしたとな。
ふーん。飽きやすい私は、この辺りで調べるのをやめた。そのうち、カフェ用語追究者が明かしてくれるだろう。
口に残っている苦みをすっきりさせる方が先だ。早く帰って、ルイボスティーでも飲もう。
やれやれ、マキアートでこれなのだから、エスプレッソを飲めるようになるには何年かかることやら。コーヒーは奥深い。
20171209/原稿用紙換算:5枚/1696字
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