　蓮見清一『あさきゆめみし～Perfect Book～（2003年10月27、宝島社）』によると、光源氏が紫の上に対して「あなただけだ」と言った回数は9回である。「9回もないしは9回しか」感じるのは人それぞれであろう。ちなみに私は9回もと少々うんざりした口だ。数多の女人と恋をしながらよく言えると思う。いや、光源氏だからこそ言えるのか。いずれにせよ、言葉にするたびに説得力がなくなるのは気のせいではないだろう。この本には紫の上が泣いた回数も記載してある。気になった方は書店かamazonへGO！

　源氏の君に限らず、恋多き貴公子による手のひらの返しようはいっそ鮮やかである。恋に裏切りはつきもの。それは昔も今も変わりあるまい。韓流ドラマ『奇皇后』では裏切りをうけた女の復讐が次々と始まって行く。私や母は「同じことの繰り返しでつまらない」と言いながらも、毎週かかさず見ている。もの凄い美女と可憐な后の熾烈な戦いに思わずにやけてしまいながら。現実ではいっそ思いもつかない復讐劇を見て、日ごろの憂さを晴らしているのだ。

　信用できない言葉として「一生に一度のお願い」や「マラソン一緒に走ろうな」「怒らないから言ってみなさい」などがよく上げられる。私は「信用できない言葉リスト」を作ってる方がいたら、声を大にして主張したい。

「修学旅行に私服持っていくのやめようね」

　高校時代、同性同士で交わされた言葉だ。教師から私服は少なめに、ジャージや制服などで過ごすよう呼び掛けもあったから、純粋な私は友人たちの言葉に従った。→

　しかし、修学旅行一日目。夕食の為に着替え出した子達を見て、私は言葉を失うことになる。パフスリーブのワンピース、ピンクのレースがついたふりふりのチェニック、バルーンスカートから惜しげもなく晒された１６歳の生足。まるで蝶が飛びまわっているかのようだった。そう、前述の言葉を真に受けた正直者は私とソフトボールが得意なNちゃんだけだったのである。私はこの日のために「Tシャツぐらいなら新調しても良いよね」とユニクロでディ○ニーTシャツとスウェットを買った。持ってきた私服はそれだけである。ありていに言えばダサい私服で呆然としている被害者をよそに、加害者達は軽くメイクをし、どこに隠し持っていたのか（私物はすべて学年主任のおばさ……先生にチェックされた）アクセサリーまでつけて鏡の前ではしゃいでいる。私たちは冗談でもなく本気で、「ユダに裏切られたキリストってこんな気持ちだったんだろうな」と打ちひしがれた。衝撃から立ち直ってみると、もうあとは怒りしかない。まんまと騙されたのだ。

「うちの高校の男子ってみんな宇宙人だよねえ」

「気合いれるとかないでしょ。可愛いだなんて思われるとか気持ち悪いし」

「だよねえ」

　旅行前に交わされた会話（思い返せばいたいけな男子高校生に対して随分な言い草である）は、女子同士の牽制だったのである。愚かにも私はそれを真に受けた。同級生の男子は花のように着飾った女生徒達の制服とのギャップにまんまと毒されていく。それを死んだ目で見つめるのは、真面目ではないけれど先生に怒られたくない、微妙な心構えの私たちである。もう手のひらを返すどころではない。二月前からあれだけ念押しし合った約束事である。はなからそれを信じる者はいまいとたかをくくっていたのだろうか。友情に亀裂が走るなどと夢にも思っていまい。信じた私が悪かったのである。私は鼻白んだ。まるで敵が撃った手裏剣を受け止めて、一瞬で投げ返す車返しの術である。投げた期待は見事な弧を描いて私の胸に深い傷を負わせた。あの旅行で感じた屈辱を忘れないために、私はここに提言する。女子の「旅行でお洒落するのはやめようね」は絶対に信じてはならない。これから修学旅行などに出かける女子学生には是非とも忘れないで欲しい。

　私が裏切られた話で終わるのは後味が悪い。告白しよう。私も先週の日曜日、古い付き合いの友人を裏切った。そう、十余年以上乗り続けた自転車である。『親しき仲（自転車）にも礼儀あり』で、この友とこれからも共に歩み続けていくと明言した直後、前輪と後輪のパンクが発見された。大言を綴り終えて二日もしないうちにこれはないんじゃあないの。私はがっくり項垂れてしまった。恥ずかしいではないかどうしてくれるんだと空気の抜け切った後輪を鷲掴みするが、仕方がない。私はさっさと心を入れ替えてるんるん気分で商店街に繰り出し、コバルトブルーの自転車を買った。購入時にご臨終された古い自転車を引き取ってもらったが、名残惜しさは不思議となかった。あれだけ切々と語った癖にこのつれなさ。けれど、あまり未練を残すと付喪神になってしまうかもしれない。ということで、すまない古き友よ。私は新しい道を行く。思い出をありがとう。

　ちなみに車返しの術は某教育忍者の卵アニメで実際に使われていて感激した。一時停止をしまくった記憶がある。一見の価値あり。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　20150324/原稿用紙換算：6枚/2043字