プリンセスへの道

「○○ちゃんはうちのお姫さまなのよねー」

 幼い頃、家中から可愛がられ、甘やかされ放題。まさにお姫さま。女の子に生まれた方は大体経験しているであろうと思われる。かくいう私もその一人だ。しかもNo核家族。祖父母は未だ私に甘い。冒頭のセリフは祖母からよく言われていたものだ。女の子はいつでもその家の主人公なのである。

『美少女戦士セーラームーン(原作:武内直子)』を知らぬ人はおそらくいないであろう。当時幼稚園生だった私は夢中だった。戦う可愛いお姫さま。しかも彼氏はイケメンの王子さま。幼い私たちはうさぎちゃんに憧れた。セーラームーンごっこでは月野うさぎ役をめぐって争うなんてことも……残念ながら私の幼稚園にはなかった。セーラームーンはいつも皆から人気のあるNちゃんだった。暗黙の了解だったのである。そして私はセーラーヴィーナス。地味な戦士、というのが当時抱いていた印象。今の私が過去に飛んで行けたなら「幼い私よ。原作ではセーラーヴィーナスが大変美味しいポジションにあってだな」と膝に乗せ、諭したい。いやマジで。

 そう。所詮お姫さまは家の中だけ。幼稚園に行けば、西洋風の顔立ちのNちゃん、歌がうまくて目がくりっとしたAちゃん(ちなみにAちゃんは最近イケメンに飽いてえなりかずき似の彼氏と付き合いはじめたらしい。母親づての情報である)など、スポットが当たったお姫さまがいる。あえなくお姫さまピラミッドの最下層に転落。よよ落涙。

「やっぱり可愛くって皆に好かれる子がお姫さまになるんだわ。髪がちんちくりんで、お鼻たれてるあたいはイケてないのね」

 幼い私はちいさな脳みそで考えていっぱしに拗ねた……のだと思う。記憶の断舎利に関しては他の追随を許さない私がいまでも覚えているのだから。しかし、大学に入った私は本物のお姫さまというものに遭遇し、認識を大きく変えることになる。

 お姫さまではなくお嬢さまでも良いのだが、なんとなくお姫さまの方がしっくりくるのだ。私が通った女子大には、世が世なら御簾の向こうにいるような名家の姫君たちがひっそりと息づいていた。

 明確に自己主張をすることはない。彼女たちは大学に入り浮かれて髪を染めたり巻いたり、ブランドのバッグを引っ提げてサークル勧誘にほいほいついていくお嬢ちゃん方とは明らかに一線を画していた。それが解ったのは、私が通っていた高校に裕福な家が多かったからだ。お金に困ってなくて人の良い子が多かった。私はその子たちも「お姫さま」と思っていたが、そうではないのだ。物腰、言葉遣い、纏う雰囲気が全く異なっている。育ちの良さや血筋というものが透けて見えるようだった。これは本物だ、と私は静かに観察しながら納得したのである。

 さて、そのお姫さまに関して度肝を抜かれたエピソードをいくつかご紹介しよう。まずは名前も覚えてないC子ちゃん(仮名)。身体検査で彼女と隣になり、つらつら話すうちに夏の過ごし方の話題になった。二ヶ月間クーラー漬けで漫画三昧の日々をどうお洒落に言い直すか考えている私にC子ちゃんは鮮やかなまでに簡潔な応えを返してきた。

「ヨーロッパに母と避暑に行くの」

 汽車に乗るのよとはにかみながら教えてくれるC子ちゃん。眩しい。自慢げに聞こえないことに感銘を受けた。え? ヨーロッパぐらい普通? 慌てるな若人よ。これはまだ手始めだ。

 次にYちゃん。ゴールデンウィーク後、うっすらと肌が焼けていたので「海でも行ったの?」と聞いた。

「ううん。乗馬の免許を取っていたのよ」

 私は文字通り絶句してしまう。ゴールデンウィークに乗馬の免許を取るという発想は、妄想力逞しい私でも思いつかない。むしろ乗馬というものは免許がいるのか。ナマモノなのに。とんちんかんなことばかりが頭をよぎる。しかもこのYちゃんは高校に入ってからお小遣いは貰わずに、お勉強をしながらきちんとバイトをしてたとのこと。大学時代は高級ホテルの給仕をやっていた。逞しい。

 最大の衝撃を受けたのは、「今はまっていることは、ひとりバーかな」と言ったD子ちゃん(仮名)である。なんでもお父さまの知り合いがやっているホテルにあるバーだから、安全なのだとか。いや聞きたいのはそこではない。

「バーで何をするの?」

「マスターとお話しながら色々なお酒を呑むの」

 交流の幅が広すぎる。マスターといって思い浮かぶのは巻煙草をくわえながらシェカーをしゃかしゃか振っているいかついおじさまだ。「ヘイマスター。いつものを」と頼めばシェリーと一緒に巻煙草が差し出され……これは、ボスからの指令書! もちろん漫画やアニメの影響である。そして私は衝撃を受けながらも会話を続けようと努力した。

「すごいねD子ちゃん。私なんて、ひとりラーメンが精いっぱいだよ!」

 馬鹿である。

「え、そちらの方がハードル高くない?」

 案の定滑った。後で「私もラーメン派かな」とフォローしてくれたNの優しさは忘れない(ただし私がネタを外した時に他人の振りをしたのは根に持つぞ!)なぜラーメンに走ってしまったのか悔いても余りある。

 他にもおそらく千年の都でお茶作ってる所の子やら同じく時代祭に代々出る家系の子やら様々な姫君がいた。時代の変化も柔軟に受け入れ、逞しく自立心旺盛に生きる。そんなお姫さま達だ。現代のお姫さまの道はけわしくもしなやかに美しい。


                      150319/原稿用紙換算:6枚/2166字

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