第15話 いたぞ

 二つ、三つと彼女達が柱の中に消えた階層から更に階段を下って行くと、少しずつ、だが劇的に遺跡の様相は変わり始めてきた。

「ディンさんディンさん、見て下さい。あの柱が見えなくなりました」

 とディンの肘を叩いたパルムシェリーが言う通り、まずは三角形の辺にそって外へ外へと広がっていく階層の内側に、柱を覗く窓穴付きの壁が現れたのだ。

「だな。気を付けろ。こんだけ似た様な造りの廊下だと、目印が無くなるのはまずい」

「確かに。少しずつ道が複雑になっている気がします」

 そしてそこからもう一つ階段を降りるとついにはその内壁にも扉が付き、一番外側には小さな部屋までもが現れたのだ。遺跡の山を輪切りにしてみれば、さながら蜘蛛の巣のように見えるだろう。

「……ここで、誰かが生活をしていたのでしょうか」

 とりあえず開いてみた小部屋の中で、独特のにおいを放つ苔や小さな野草が生えたベッドや朽ちかけた空っぽの棚、それから蔦に覆われた緑の窓を青い瞳で眺めた冒険家は、遥か昔の人々の生活に思いをはせる。

 そうしていると瞳の奥の妄想と目の前の現実が溶け合って、扉の材質や取っ手などを確かめている相棒が少しずつ古代の職人さんに思えてくるようだった。

 ああやって少しずつ築いた山の上にさらに山の様な街を作り、その中で質素に過ごす日々。

 それは一体どんな暮らしだったのか。これ程の技術を持ちながら、どうしてわざわざそこまでの労力をかけたのか。人類史にもあるような天災に端を発する『高さ』や『場所』に対する信仰的な意味合いだとか――あるいはパンフレットに書かれていた低地を支配する恐ろしい魔物が、彼らにこの場所を選ばせたのかもしれない。

 そっと棚をなぞった指先を、碧い蔦に覆われた明り取りから漏れる光にかざしてみる。人差し指に貼りついた埃とカビや苔の類が、山の上の彼等の暮らしとそれが消え去った後にこの部屋が過ごした長い時間を、彼女の心にまで伝えてくれた。

「……はぁ……」

 あの塔の中に降り積もっていた不安と胸を高鳴らせる壮大な浪漫が混じった溜息を吐き、部屋の天井を見上げた。

 と。

「へい、パルム見ろよ。こいつは相当丈夫な蔦だぜ。街にもってきゃ良い値で売れる。ほらほら」

 いつの間にか窓代わりに空いた穴に足を掛けていた浪漫の無い男が、カーテンの様に窓の外を覆った蔦にぶら下がって、楽しげに笑っているのが見えた

「……危ないですよ。落ちたらどうするつもりなんですか?」

「はっ、心配すんなって。この長さなら、さすがに上ってくるのは無理でも、いざとなりゃどっか下の部屋に潜り込めんだろ」

「そうですか。でも駄目です」

 わざとらしく蔦を引っ張り続ける相棒にピシャリと言ったパルムは、窓辺に立つ彼の膝を両手でくいくいと引っ張りながら。

「それでいざという時、私は一体どうするのですか? 勝手に落ちていった相棒を探して侵入者が徘徊する遺跡を一人で歩き回れと? それともディンさんを追ってそこから上手に降りて来いとでも? そんなのどちらもお断りです。降りてください。自分勝手は許されません」

 すねた様子で服を引っ張る青い目をしげしげと眺めたディンは、少し笑って窓からぴょんと飛び降りた。

「はは、そうだな。悪かったよ」

「悪かったでは済まされません。どんなに軽率で軽薄な人間とはいえ、あなたはこの偉大なる冒険家のボディーガードなんですよ。つまり、いついかなる時も私が最優先です。まったくもう、自分の使命を忘れるなんてディンさんは犬以下ですね」

 やれやれと手を広げて見せたパルムの肩を、ディンはポンと叩きながら。

「わかったわかった、いつでもあんたが一番だ」

「そうです。その心意気です。それでこそ我が相棒です」

 なんて、悪戯っぽく笑いながら植物の隙間から陽光が差し込む部屋の扉を開けて、調子を取り戻した金髪を再び廊下へと誘い出した。


 そして。


「……ふむ。なんだか回廊が明るくなっていますね」

「ああ。少し前から、だんだん明かりがついて来やがったみたいだ」

 扉の隙間から廊下を見回す金色頭の上の自動灯を指差しつつ、ディンもそっと通路を覗き込む。

「ほえ~……本当です、壁の中に灯りが埋め込まれていたのですか。しかもこんなに古い灯りが今でも……はああぁぁこれはきっと本当に物凄い古代文明に違いありませんね!」

「確かにな」

 背後でぴょんぴょこと興奮する相棒に頷いたディンは、どこか先程までと違う気配が漂う通路の様子を窺い続ける。

 小金髪が興奮するのも仕方ない程、この遺跡に使われている技術はとんでもないのだろう。だが、今はそれよりも。

「……よし」

 ひとまず冒険や探索は後回しにしてでも、柱が見える位置を歩くべきだ。相棒の安全を最優先にするならば、奴らがどの階層であの柱から出てきたのかを察しなければ。

 敵の動きを教えてくれるちりやほこりも、壁の向こう側ではさすがに見えない。


 当然、こちらから柱に近づけば敵と遭遇する危険性は高まるが――。

「行くぞ」

「はい。参りましょう」

 覚悟を決めて歩き出したディンの影に、ささっとパルムが潜り込んだ。

 古代のマギアを動かす『シェーラの矢』を持っているということは、奴らはかつてピスタティアの王女を亡き者にした男の仲間かもしれない。そうでなくとも、あの板を所持する類の人間なら訳の分からない力を使う可能性が十分にある。

 まともにやりあうのは、危険だ。

「離れるなよ」

「お任せあれ」

 力強く頷きながら、パルムは片手で掴んだ相棒のローブの背をぐいぐいと引っ張って存在をアピールする。

「そちらこそ、私を置いていくのは無しですからね」

 いくら冒険家の庭である古代遺跡の中とは言え、パルムシェリーは儚くか弱い美少女なのですからね――などと慎重に角を曲がったディンの背中で調子に乗っていた高い鼻が。

「へぶっ」

 と早速ディンのローブに突っ込んだ。

「な、なんですか? 相当の大発見でも――」

 視界の中に星を飛ばしたパルムの口を、ディンの手がすばやく塞ぎ、

「いたぞ」

 と視線で示した環状通路の先に、ゆっくりと押し開けられた部屋のドアと男の腕がちらりと見えた。

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