第14話 目覚める遺跡


 そして。

 コツコツコツ、と。

 例の女性達が消えた巨大な柱を慎重に叩いては耳を寄せてを繰り返すディンの肩の辺りで懸命に大人しくしていたパルムシェリーは、とうとう我慢できなくなって。

「あのあの、ディンさんは一体何をしているのですか?」

 今にも目の前の扉が開いてあの人達が出て来るのではないかとドギマギしていた彼女に比べ、相棒はなんでも無い様な顔で振り返り。

「ん? 何って、あんたも見てただろ? さっきこの扉が勝手に開いて、奴らが中に入って行った」

「ええええ。確かに見ましたね」

 ついさっきまでもじもじしていたはずが、喋りだした途端に大げさな位に上下する金髪頭に、ディンは苦笑を浮かべながら。

「で、結構時間が経ったのにまだ出て来てないって事は、どこかに行ったって事だ。そうだろ?」

 言いながら、ディンは柱と回廊を結ぶ空中通路のてすりをさすり、しげしげとそれを見つめたりなどをして。

「……な、成程確かにそうですね。未だ壁の向こう側で何かをしている可能性が全くないというわけではありませんが、その推測には同意できます」

 そんな彼に言われて見れば、いくら目の前の柱が巨大とは言え隠し部屋など規模は限られる。男女三人が入ったとなれば、かなり狭い空間となるだろう。

「だろ? だから中に梯子かなんかがあって、そこから更に秘密の部屋に繋がってるんじゃねえかと思ってさ」

 てすりに目を寄せ指でなぞっていたディンがよいしょと立ち上がり、手の甲でコツコツと柱を叩いて。

「どうも、中で何かが動き出したらしい」

「?? 中、ですか?」

「ああ。あんたも聞いてみろ」

 山頂から降り注ぐ光に浮かぶいたずらっぽい笑顔に誘われて、パルムシェリーも柱に耳をくっつけてみる。ひんやりと冷えた温度が頬に当たるが、錆び一つ見当たらないその柱の感触は金属とはどこか違うものな気がした。

「……本当です。なにか……底の方で……マギアの駆動音の様な……それと、風――でしょうか?」

 目を閉じ耳を澄まし、柱の向こうから聞こえる不思議な音に神経を集中していたパルムの頭の上で『さあな』と肩をすくめたディンは。

「最初に叩いてみた感じだと、壁が中で二重になってて、その先はただの空洞みたいだった。んで、駆動音みたいな振動が段々変わって来たと思ったら、その風だか水みたいな音が上がって来た」

「ほほー、成程。水ですか。言われて見れば確かに水の音の様にも聞こえますね。ふふふ、ではではこの私の風説とディンさんの水説で勝負――あれ?」

「はっ、いいぜ。んじゃ、勝った方がメンチの二万を一万五千貰うってことで……ん? どうした?」

 階層の一画――つい先程まで二人が潜んでいた階段付近を見つめたまま固まった金髪の様子を見たディンの視線を、ひょいっと背伸びをしたパルムの美しい顔が邪魔をする。

「あ、いえいえ。何でも有りません。何もありませんので、見ない方が良いです。あ、それと先程言い忘れたのですが、この柱の音、最初は風の音の様にも聞こえますが、実はその風に揺らされた湖の音にとても良く似ています。なので私の結論は――」

「――水、だ」

「そう、水です! さすがディンさん、私と同じ結論に――へむっ!」

 熱弁していたパルムの鼻を指で摘まんだディンは、彼女が見ていた階段辺りの変化に目を見張る。いつの間にか階段わきの溝の辺りに現れていたキラキラと輝き揺れる光の流れが、階層の周囲を回り出し、やがてそれはまた更なる階下へと流れ込んでいく。

「『水だ』。驚いたようなディンの一言で二人は息を飲んだ。そうして言葉を失っている間に階段から階段へと砂時計の様に流れ落ちていく煌めきが、パルムシェリーの見識の正しさを証明していたのだった――」

 胸の前で手を組んで書くべき冒険譚の一説を唱えていたパルムシェリーは、こんなときにやってくる相棒の愛が訪れぬことに違和感を覚えて、そ~っと彼の顔を覗き込む。

 すると、顎に手を当て考え込んでいたディンは。

「……そうか。なあパルム、こりゃ本当に嘘じゃ無かったのかもな」

「? 嘘ですか? 心外ですね。私の冒険譚には嘘など一つも――きゃっ」

 とぼけたおでこをぺしっと指で弾かれた冒険家は、少し嬉しそうにえへへと笑いながら青い瞳の煌めきでディンの言葉の続きを促した。

「ったく。そうじゃなくて、あの爺さんさ。言ってたろ? 川の中を、ターバン男が魚に乗って行ったって」

「そうですね。しかしいくら探してもそんな大きな川は――んあ、成程! 閃きました! きっとこの水が川になっていたんですよ!」

 両手を広げて喜色満面なパルムシェリーに、苦笑を浮かべたディンは。

「そうかもな。もしもその時代にゃこの水をくみ上げるマギアが動いてたんなら、どっかに川が出来ててもおかしく無い」

 なにしろあの都市の生活を支えるだけの水の量だ、と自分の考えに納得した表情のディンは。

「よし。てことは多分、下にも出口があるはずだ。そのターバン男じゃ無いにしろ、掃除やら何やらで下の方から入る人間も必要だろ」

 ニヤリと笑った相棒に、パルムも大いに頷いて。

「成程成程。では私達も、下に行くべきだという事ですね」

「ああ。上にゃ奴らの仲間がいるし、本物の警備兵なんかも出張ってくるだろ。下に行って山のふもとのどっかに出ればうまく逃げ切れるって算段だ」

「そうですね。それに――」

 息を合わせたかのように天井の光を見上げた二人は、確かに頷き合って。

「秘密はきっと、下にあるぜ」

「それは私の台詞ですよーぅ」

 と、足早に流れていく水を追いかけだした。

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