第11話 地下へ
舞台は山頂に程近い神殿の一画、アーチ形に切り取られた蔦の這う壁から見える美しい景色を背景に、役者と化した冒険家はすたすたあるいはぎくしゃくと歩み寄り。
そして。
「やあ」と。
ぼーっとしていた鎧の前に来るや否や、スタスタ男はにこやかな笑顔で挨拶をした。
「?」
兜越しにも分かる疑問の視線を向けて来た守衛に向かい、不遜なる黒髪の男は。
「ああ、これはすみません。我々はピスタティアの教会から派遣された者です。先日お話させてもらった通り、こちらの遺跡の調査に参りました」
「??? あ、いや……」
まさか目の前に突然現れた人間が嘘に嘘を重ねているとも知らず、友好的な笑顔を振りまくローブの男の言葉に、鎧の彼はしどろもどろと。
それを見たディンは、大げさな位に首を捻り。
「……うん? おかしいな? 聞いていませんか?」
と言いながら、周囲に縦長の瞳をぎょろつかせると。
「それに本部の方は守衛は二人組だと言っていたんですが――もう一人は?」
「あ、いや、その……」
「はて? そういえば、本部で少々鎧が足りないという様な事を聞いた様な……」
と兜の中を不信感一杯に覗き込み。
「い、いや、俺はただ……」
と視線を逸らした鎧に向かって更に何かを言おうとして――
(ディディディディンさん!)
「……っと、少々お待ちを」
猛烈に肘の辺りを引っ張られた彼は、相棒を抱くようにしてくるりと身を翻し顔に張り付けていた薄気味の悪い笑顔を消した。
(……何だよ?)
(わ、私は一体何をすれば?)
緊張なのか興奮か、大粒の青い瞳をきらめかせた金髪がふんふんと鼻息を吐きながらディンの顔を見つめて来る。
(……何って……)
やる気がぎらつく相棒に一瞬言葉を失ったディンは、背後の鎧の様子を窺いながら声を潜めて。
(あのな、分かるだろ? あいつは何の情報も言い訳も貰ってない。要するに本物の守衛が戻ってきたら捕まって構わない雇われの悪党なのさ。だからこっちが先に疑ってやれば、我が身可愛さであっという間に押し通れるってわけだ)
そっと手の内を明かすディンとその向こうでそわそわと秘密の扉や大階段の方に目をやる鎧を見比べたパルムシェリーは、ふむふむふむと小刻みに頷いて。
(成程、さすがディンさんです。で、私は一体何の役なのでしょうか?)
わくわくと顎の下に手をやる金髪娘に『何もしなくていい』という言葉を飲み込んだディンは、軽い溜息を吐いてくるりと下っ端鎧を振り返った。
「申し遅れました。こちらの女性がピスタティア調査団の学者ジェシカ様です。はは、皆様最初は驚きになるんですよ。何しろ先にお送りしている光写機の写真よりもお若く見えますから」
すると、動揺する鎧のうめき声と、ディンの意を得た相棒がはっと息を飲む音が身体の前後で同時に聞こえ。
「あ、ああ、そうなんだ。あんまり若いもんで驚いちまった」
「そ、そそそそうなんです! 何を隠そうこの私がっ! あの伝説のっ! 調査員そのもののっ――へぶっ」
さあ出番ですとばかりに前へと駆けて来た金髪が、真横に差し出した肘に額をぶつけてのけぞった。
「そうですか、では、予定通り調査をさせて頂きましょうか。ね、ジェシカさん」
「……ん、あ、ああ……その……」
もごもごと口ごもる偽物を無視する様にするりと彼の脇を押し通ったディンは、
「そ、そそそ、そーですね。これはもうまさに予定通り、このピスタティアが誇るスーパー調査員の私が、いつもの様に一生懸命調査をして参りましょう~」
とぎこちない台詞とともにカクカクと歩き出した少女の肩をぐいっと扉の中へと押し込んだ。
丁度その折、階段の上から降りてくる偽物メンチのボディーガード達の姿を見つけた彼は。
(ディ、ディンさん見てください! 階段ですよ!! これはきっと秘密の地下通路に違いありません!)
と鼻息を荒くするパルムシェリーと目を合わせ、小さく頷き合うと。
「んじゃ、あとはよろしくな」
と、扉の外で立ち尽くしていた偽物鎧に向かって笑いかけるや否や。
「よし――」「では――」「逃げろ」「逃げましょう」
と、声を合わせてスタコラサッサと光当たる舞台の上から仄暗い地下階段へと走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます