第8話 遺跡、絶景、いるはずの無い人。

 アレリアの街に返したグルに別れを告げたパルムとディンは、労働者達の会話に昼食のメニューが出始めた頃合いの街を東から北へと駆け抜け、出発間近の乗合の自走車に飛び乗った。そうして真っ直ぐ灰色の山脈へ向かい、まばらに木が生えた山をボシュボシュと頑張る自走車に揺られていく。


 カズアール遺跡と言えばその山頂にある大きな『神殿』が有名だが、実際には一つの山そのものが旧市街の遺跡なのだと言う。他国の更に大きく綺麗に残存する山頂街が先行して遺産の指定を受けたため『世界遺産』にこそ登録されていないものの、人類史や世界史において重要な遺跡であるのは間違いない。


 そんな遺跡を中腹まで上った頃から木々の間に家屋の跡がちらほらと姿を現し始め、やがてその木すら生えなくなった辺りから、残された生活の残骸はよりはっきりと見て取れる様になっていた。


 ――ここで崩れているのは民家でしょうか。

   んじゃ、隣の小さいのはなんだろな。

 ――果たしてこの時代にも図書館はあったのでしょうか。

   印刷なんかできないだろ。

   いえいえそこは超古代技術でブイーンって


 などと、二人の冒険家はたわいもない話をして。


「しかし不思議ですね。この時代の人達は、どうして麓で暮らさなかったのでしょうか?」


 そびえ建つ神殿へと続く石垣の辺りで自走車からぴょんっと飛び出したパルムは、他の客の後に続いて見学料を支払う為の小屋へと歩き出した。

 その半歩後ろ、高山の息苦しさと軽い頭痛にぎゅっと目を閉じたディンは、ふっと息を吐き出して廃墟の街並みを一睨み。


「……さあな。下の河が氾濫するとか、そんなんじゃねえのか?」


「それにしたって、ちょっと高すぎる気がします。……う〜ん、これはやはり、少しでも空の国に近づきたいという地上の民の願望の現れなのでは……」


 あごに手を当てむむむと唸る金髪の頭越し、ディンはどこかに観光客向けの解説らしきものは無いかと管理小屋の方へと目を向けた。


 すると。


「ひーふーみーの、へい丁度40で!」

「……おーいライオ! 俺の兜しらねえか!? 見つからねえんだ!」


 小屋の窓で代金を受け取っていた男の向こうに怒鳴り声。そして姿を見せた甲冑姿の男は、成程確かに派手な甲冑の上に生まれたままの顔を乗せていた。


「ええ? ゲレロさんもっすか? 二人ともだらしないっすねー」


 ライオと呼ばれた集金役が答えるや否や、その会話に相棒が興味を示したのを感じたパルムが、さらりと意訳を伝えはじめた。

 すると。


「……二人とも?」


 ぼそりとつぶやいたディンの声でまたこっちを振り向いた窓口の男は、苦笑いを浮かべ。


「へへ、ちょっとだけ待ってくださいねお客さん。――さっきクリスさんも鎧がねえとかって探してたっすから、あの人が持ってっちまったんじゃないっすか!?」


 二人が差し出した見学料を無視したまま、再び背後へと怒鳴り始めてしまった。

 なんという接客態度でしょう。と、元人気レストランの看板娘は美貌をしかめて腰に手を当て呆れ顔だ。


「はあ!? マジかよ!? んじゃお前の奴借りていいか!?」

「ダダダ駄目駄目、駄目っすよ! ぜったいダメっす!! この後、俺も立ち番なんすから! 誰か交代の人に借りてくれっす!」


 鎧から頭を出した男がぶつくさいいながら棚を開けたのを見届けると、窓辺の彼はほっとした様な顔で振り向いた。


「へへへ、すんませんね。ここだけの話、今日は有名人が来る予定でしてね。それでやたらとごちゃごちゃしちまってるんでさあ。んじゃ、これが遺跡の解説書で。へへへ、良い旅を」


 紙を差出しながら男が浮かべた愛想笑いに溜息一つ。パルムは、隣でじいっと小屋の中を睨み続けるディンの腕を叩いて。


「はいはい、鎧をぬすもうなんて考えてないで行きますよディンさん」


 すると、くしゃくしゃと髪を掻いて薄く笑ったディンは小さく頷きながら。


「ああ。そんなことしたら、直ぐにばれちまう見てえだしな」


 なにやら悪い笑みを窓辺の男に投げかけて、すっかり解説書に夢中になっていたパルムの頭をポンと叩いて歩き出した。


「んで、お空の国について、説明書にゃ書いてあったか?」


「待ってください。ええと、『洪水等の天災や現代からは想像もつかない巨大な獣が跋扈していた地上は、当時『人間』と言う種にとって安全とは言えない場所だった。そこで彼らは山の上に生活の場を求めたのだと考えられている』…………ふ。まあ、想像力の翼を持たない研究家など、その程度ですね」


 何故か勝ち誇った笑みを浮かべる金髪に、ディンは苦笑して肩に担いだ小型の荷物袋をゆすり。


「そうだな。想像で飛べるんならそれに越したことはねえ」


「そうですそうです。そこに冒険があるのなら空だって飛ぶのが真の冒険家と言うモノです。さすがディンさん、分かってますね」


「おう、そうだな」


 極めて適当に、かつ力強く頷いた相棒を見上げたパルムシェリーは、まるで万の味方を得た様に上機嫌になって。


「えへへ。さあディンさん、参りましょう! 神殿に眠る古代の神が私達を待っていますよ!」


 と石階段の先にそびえ立つ荘厳な神殿を指さしトテテッと駆けだした。


 そして。

 ランビア周辺の言葉だけでは無くジオやさらに遠くの、果ては別の大陸の言葉さえもちらほら聞こえる観光地。人の数だけ足音が響く石造りの神殿内を、ちぐはぐな見た目の二人が歩く。


 乗り物酔いが残っているのか時折呼吸を整える黒髪の男を引っ張る様にして歩き回った金髪娘は、あっちの崩れた壁の前で訳知り顔で腕組みをしたり、こっちで槍を構えた鎧の置物に勝負を挑んでは突然ぐるりと振り向かれて悲鳴を上げたりと大変に忙しい。


「……あぁぁぁ驚きました。まさか鎧の中に人がいたなんて」


 場所は順路通りに見学しながら神殿の地上部分をぐるっと回った一階東の壁の端。今にも崩れ落ちそうな天井細工を見上げていたディンの元へと涙目で逃げて来たパルムシェリーは、恨みがましく立ち入り禁止の扉の両脇を守る古めかしい全身鎧を振り返った。


「……ん、ああ、さっきの小屋の奴じゃねえのか? は、思ったより雰囲気出てるじゃねえか」


「むぅぅ。人が入っているならいるでちゃんとそう書いておいてほしい物ですね。《私は展示品じゃございません》って。私だからよかった様なものの、小さな子どもだったらきっとピーピー泣いてしまいます」


 目尻の涙をディンの袖で拭いつつブーブーと文句を言った金髪おチビは、じいっと人間入りの甲冑二人組を睨みつけた。そして、小柄な身体ごと首を傾げると。


「……むむむ? ……ディンさん、ちょっとお話が」


 何かを思いついたようにくいくいとディンの肘を引っ張り、ちょいっと背伸びをしてひそひそと。


「あの扉。あんな端っこの部屋を二人掛かりで守るなんて、よっぽどの秘密があるに違いありません。きっとあの先は、秘密の部屋に――」


 などと耳に直接妄想を流し込んでくる相棒の言葉に、ディンは一応頷きながら。


「いや、あれは多分階段だ」


 とあっさりそれを否定した。


「向こうにも同じような扉付きの階段があったしな。見たとこ大体左右対称に造ってあるから、こっちにも階段があるのが普通だろ」


 するとパルムは詰まらなそうに頬を抓りながら。


「それはそうですけど〜」


 と名残惜しそうに衛士が守る扉を見た。良く見れば、確かに彼らの間にはロープが張られ、そこには《崩落の危険がある為立ち入り禁止》ときちんと理由も書かれている。


「観光客ならどうせぐるっと回るんだ。真ん中にゃ大階段だってあるし、片方だけ補強すりゃ金も浮くって感じだろうよ」


「むぅ。ディンさんのくせに真面目ですね。これはつまらない意見です」


 などと腕組みむくれた金髪の片頬をぷひっと指で潰したディンは、


「気になるなら入ってみりゃいい。上からなら隙があるかもしれねえし、ついでに景色のいいとこ見つけて、さっさと大女優様から二万ルエンぶんどろうぜ」


 真ん中通路の奥に見える真っ赤な絨毯が引かれた大階段に顎を向け、すたすたとそちらに歩き出した。


 そうして二万ルエンを目指した冒険家が光写機を構える事に決めたのは、四階から広がるだだっ広いテラスの縁だった。


「……わあ」


 薄く曇った空の下、眼下に見える街の残骸を真っ直ぐに貫いた水路は、緑に染まった山のふもとで大きな河につながり、向こうに小さく見えるアレリアの街を越え、更にずっとその先へと伸びていく。


 つい先程まで自分がその街の一部として生きていた場所が、さらに大きな風景の一部になる。


 人がいて川があるのではなく、川があって人がいる。


 空が、山が、木々が、砂が、恐ろしいほどに大きく広がっていて。

 その中を力強く果てしなく伸びる水の道に、何故だか少し自分達の旅路を見る様な、そんな気分。


 目の前の雄大さを全身で受け止める様にテラスの端で両手を広げていたパルムは、ぶるりと寒さに震えて。


「……うぅ、もう少し暖かい時期に来れば良かったですね」

「そうだな。この天気じゃ、二万ルエンを逃すかもしれねえ」


 冷たい風になびく金髪を片手で押さえた冒険家の隣で、黒髪の金の亡者は光写機の調整に余念がない様だった。


「……ディンさんは、もう少し景色に興味を持った方が良いと思います」


「ん? ああ、持ってるぞ。五千ルエン分くらいはな……もうちょいこっちから、こう」


「成程。それなら割が合いますね」


 と下唇を突き出したパルムに、いよいよ撮影角度を決めたディンは笑いながらその箱を指さして。


「蓋、開けるだろ?」

「勿論です。それは私が仰せつかった任務ですので」


 待ってましたとばかりに胸を張ったパルムが


「ふむふむ、成程。この角度で、こうですか。成程成程、さすがは我が助手ですね。これは中々、なかなかです。ふふふ、しかし助手君、この私ならばもっと素敵な角度を――」


「うるせえよ」


 せっかく蓋を引き抜くだけにしてやった光写機を前に調子に乗り始めたパルムの姿に笑ったディンは、眼下の風景へと目を向けた。


「あっ、その顔は信じていませんね。では少し待っていてください。すぐにもっと素敵な風景を見つけて来ちゃいますから」


 すっかり崩れ落ち、何もなくなったはずの街に群がる人。

 金を貰う訳でも無く、むしろ安くは無い金を払ってまでこんな廃墟にやって来る呑気な人達の顔を、きゃっきゃとはしゃぐ相棒の声を片耳に、鳥にでもなった気分でぼんやりと眺めていた。


 それにしても不思議な街、不思議な遺跡だ。こうやってぼんやり眺めていれば綺麗に整えられた観光地だが、細かい所に目を凝らせば凝らす程に疑問が増す。


 例えば、目の前にあるテラスの縁。

 空と建物を分ける壁の内側、その足元辺りに小さくは無いくぼみが作られている。

 今となってはただの乾いた石と化しているその窪みは、なんのために作られたのか。

 そんな窪みが、見下ろす街のあちこちに見えてくる。

 例えばそれがジオにあるのなら、花壇だと思うだろう。

 しかし、こんなに寒く風の強い山の上では有り得ない。

 第一、ここには水が無い。

 水が無い山の上で、どうやってこれだけの人間が暮らしていたのか。自走車で上る様な山を一々汲み上げて来たのだろうか。

 ……洪水、か。

 と相棒の言葉を思い出して考える。

 考えて、そして首を振った。

 頭の中を探して見ても、疑問を解いてくれる知識も知恵もありはしないから。


「……本、ね―――ぁ?」


 お得意の自嘲をこぼした彼の目は、ある一点を注視した。


「……もう、ディンさん聞いてます? 女性の話と言うのは――? 何かあったのですか?」


 その横顔が鋭くなったことに気づいて身を寄せてきた金髪に小さく頷き、縁石に片尻を乗せていた彼は神殿の下の街並みを指差して。


「見ろ。あそこだ。人だかりが出来てるだろ」


 言われてパルムも、身を乗り出して


「あ、本当ですね。何でしょうか? あんなところで」


 と言いながら目を凝らすと、その人だかりの中心を歩いているのは陣形を組んだ屈強そうな男性が三人ほど。


 それと。その男達の肩口辺りに。


「……むむむ?」


 と、パルムが首を捻ったのは。


「……あいつは今頃、首都に向かってるはずなんだがな?」


 ニヤリと笑ったディンの言う通り、その男達の隙間から人々に手を振り歩くサングラスの女性の背格好が、先日二人に二万ルエンの依頼をしてきたあの美人女優に良く似て見えたからだった。


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