第2話 老人と冒険家
そして、わいわいと飲めや歌えの宴会を繰り広げていた材木屋の一団のテーブルの下、ディンはふとポケットに突っこんだままだったあの変てこな《河の主》の事を思いだし。
「そういや、これ――」
と、その木造りの《主》をコトンと食卓に乗せた時だった。
ガシャンッ!!
と激しく皿が床に落ちる音。同時、
「きゃっ」
と言う短い悲鳴と
「あなた!」
と言う女性の声が背後に響き、ディンは勿論、店中の視線がそちらに向いた。
店の真ん中辺り、良く見る顔の老夫婦が座るテーブルの脇で床に散らばった料理と、落下の衝撃で割れた皿。それを足元に立ち尽くすのは、金色の髪を小さな帽子の髪飾りで留めた小柄な女。
少し前ならば、両手一杯に配膳物を抱えた挙句に大失敗をした相棒の図だ。だが、いつもならいち早く『も、申し訳ありませんっ!』とぺこぺこと頭を下げているはずの張り切り間抜けな相棒の顔が、驚愕と戸惑いとほんの少しばかりの恐怖で固まっている。
「……そうか。あんた、冒険家だったのか」
老人の震える声が店内に染み渡るより早く、ディンはかたりと席を立っていた。
凍り付いた客の中、音も無く静かに歩み寄り、ポン、と。
「!? ディ、ディンさん!?」
小さな帽子を叩いた途端、呪いが解けたかのように振り向いたパルムの金髪越しに、ディンはテーブルの上で拳を震わせている老人に向かって、この上なく軽薄に微笑みかけた。
「よう、どうしたよ、じいさん? 俺の相棒が何かやったか?」
すると、確かな感情が込められた老人の瞳がぎろりとディンの顔を捉えた。
その頬は、怒りと興奮でひくひくと揺れていた。
「………………冒険家なんぞに話す言葉は持っちゃいねえ」
「……ぁん?」
それだけを吐き捨てる様に言い残した老人は、固唾をのんで見守る客の中を片足引きずりながら出ていった。
その背と若き冒険家達を溜息交じりに見比べたお婆さんは、皺の少ない綺麗な顔を申し訳なさそうに歪めながら。
「……ごめんなさいね、お嬢さん。あの人、冒険家が嫌いなの。私が変な事をお尋ねしたばっかりに……」
「あ、いえいえ。とんでもありません。私が冒険家である事は隠しようも無い事実ですので。あ! だ、大丈夫ですよお婆さん。危ないです、私が片付けますから」
床にしゃがみ込み皿の欠片を素手で掴もうとする老婆と、口を開きかけたディンの間に、小さな帽子が入り込んだ。
そのまま老婆の隣にちんまり座った金髪給仕は、くるりと青い瞳でディンを見上げて。
「はいはい、ディンさん、今の内ですよ。私がこのご婦人を抑えている内に、さっさとロッカーから箒とちりとりを持って来てください」
異国の若者は、クソジジイが出て行った扉と、困ったように小さくなっている老婆と、こんな時だろうと楽しげに輝く相棒のいたずらっぽい瞳を順番に見る。
「ほらほら、お顔が怖くなってますよ。はぁ、まったくもう、駄目ですね。そんな顔をしているからディンさんは嫌われてしまうんですよ、世界中に」
わざとらしく指を振る生意気娘のおすまし顔に、彼は溜息を吐いて苦笑した。
「……うるせえっつうの、駄目給仕」
「なっ? これはひどいです! 世の中には口にしてはいけない事実があるんですよ!」
お人好しの声を背に浴びながらくしゃくしゃと髪を掻き、いつも相棒が掃除用具を出し入れしていたロッカーへ向かって、たらたらと歩きだした。
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