第21話 女王
「ふふふ、好きだったのよ、あの頃。私。ディンの事が」
「ええ!?」
「うん、そうなのよ。私はきっと、あいつに憧れてた。私には見えない物を見て、出来ない事をやってのけちゃうあいつの姿にね。ふふ、なんだかウチの旦那にはバレバレだったみたいだけど。ディンの馬鹿には絶対内緒よ。すぐ調子に乗るから、あいつ」
少女はうんうんと首を激しく縦に振る。乙女心がキュンキュンだ。
「で、で、どうしてフリオ様と?」
「どうしてって……まあ、成り行き?」
「いやいやいや、そこ大事なとこですから! さあさあ二人の男を天秤にかけてくださいよ!」
「……なんかそう言われるとすごい悪い女みたいね、私」
鼻息荒く迫る少女に苦笑した王女は空を見上げる。
「本当言うと、当時の私には何でなのか分からなかった。急にディンが冷たくなって、どこへも連れて行ってくれなくなったのよ、私の事。どっか行くぞーって家のドアぶち開けても、何かずっと寝たふりしちゃって。じゃあ家の中の珍しい物取り上げちゃうからって言っても、全然相手にしてくれなくて……結構落ち込んだわ、あの頃は――」
「だってひどいと思わない? 私はディンのために色々便宜を図ってやって、取りたがってた医者の免許も取れる様にしてあげたのに、要らなくなったらポイですかって。実際泣いたし」
「で、まあ。その頃馬鹿真面目なフリオは一生懸命剣の腕を磨いて、ディンがいなくても私を守るんだってね。そうやって森で遊んでた三人組が二人になって……一年位した頃かな? フリオが急に『好きだ』って言って来て、それでまあ、その内あたしも、いつの間にか同じ気持ちになってたわ」
「その頃には私は王女としてこの国を継ぐんだって、この国だけじゃなくて世界中をちょっとでも良くしたいってはっきり思う様になっていて。そのためには、どうしたって、外の国の、世界連合の協力が必要で……でも、そのために必死になってお父様が作り上げてきたその道を、どうしても南の谷が邪魔してた。ジオの森の中が要人の処刑場で、谷から殺し屋が生まれ続ける限り、この国に未来は訪れない。だから、私達はあの谷の一族を潰すことにしたの。世界に悪名を轟かす犯罪者の集団をね」
そこで王女は息を吐いて、かくりと首を落とした。
「で、でも……全員が全員悪い人ってわけじゃ……ディンさんだって…谷の出身で――」
「そうね。それで、私は知ったのよ。どうしてディンが急に私を避けるようになったのか」
王女は強く、静かに瞳を閉じた。
「あいつね、医者と渡しでためたお金で、南の谷と取引をしてたのよ。谷の人が作った色々な物を、服やら本やらと交換したり、かなりの値段で買い取ってたり。……勿論違法よ、犯罪者の集団を支えるなんて、絶対にあってはいけないことなのよ」
「でもね、おかげで糸口が見つかったの。長年見つけられなかった彼らの居場所が、あいつにならわかったのよ。だから、王家は取引を持ちかけたの。今回の違法行為を見逃してやる上に医者と渡しの資格を残してやるから、代わりに谷の一族の元へ討伐軍を渡せってね。……跪いたまま少し笑って、あいつは言ったわ『寛大な処置をありがとうございます』って……私がディンにあったのはそれが最後。二年とちょっと前のお話よ。どう、思ったより悪女じゃなくて残念だったかしら?」
「ええと……そんなことは……えとえと……でも、どうしてディンさんは、谷の人と……」
少女は、うすうすその答えに気が付いていた。
たった一人殺しの仕事に手を染めていたという男の墓と『その金で飯を食って服を着てた』という彼らの『谷底を這いずりまわる生活』。その生活をあの少年が、快く思っていなかったのは間違いない。
王女は一度、目を閉じた。
「……この近くにね、プエラトって言う街があるの。最近できた、観光と交通の街」
「あ、はい、知っております。そこから竜車に乗る予定でしたから」
「そう。あれはね、ディンが作った街なのよ」
「え?」
「ああいうのを商才って言うんでしょうね。世界連合に入れば光の海は観光客で賑わうから、そこに街をつくってくれって、そう言ったの。王都よりも多くの竜車と自走車を配備して、ジオの全土と諸外国を結ぶ交通の拠点にしてくれって。そのための走竜と土地は寄付するからって。それと、国で一番の渡しの名に懸けて討伐軍の被害は最小限に抑えて見せるから、生き残った谷の人間をそこで働かせてやってくれって」
「そんなことまで……」
「そうよ。冒険に出るために貯めてたはずのお金を、あいつはそういうことに使ってたの。……私の事なんか、知り合いでも何でもないみたいに振る舞っちゃって。それでいて、フリオがくれたと思った香水があの街の特産物に申請されてるって知った時には、張っ倒してやろうかとおもったわよ、ホント」
「あはは……は……コホン、失礼。でも、それだけお金が必要だったってことですよね」
「そりゃそうよ。ほぼ無一文のならず者連中に新しい生活をプレゼントするって言うんだもん。国のお金は技術発展のために北部に集中させてたし、いきなり街を一個作るだなんて、金と悪知恵だけはあるあいつにしかできない芸当よ」
鼻に皺を寄せ、レイシア姫は忌々しそうに言葉を吐いた。
「……怒ってます?」
「あったりまえでしょ? 約束だったのよ? あいつが言い出したんだから『お前が世界を良くしたら、それを隅から隅まで見て来てやる』って、超格好良いと思ったのよ? あの頃のあたしを殴り倒したいわよ、マジで!」
真っ白いドレスの王女様は、子供の様にキーッと両手を暴れさせた。
「ええっと、一緒に行こうとか言わなかったんですか、ディンさんは?」
「言わないわよ、そんなこと。人の気持ちなんて全然分かんない鈍感冷血野郎だもん。はあ、もういいわ。ディンの話はこれでお仕舞」
ふうと息を吐いた王女が、ふいにすっかりお休みモードの殺し屋の方へと視線を向けて。
「そういえば、あなた達プエラトにいたんだっけ?」
割と真剣な顔で少女に問いかけた。
「あ、はい」
「それで、
王女の言葉に状況を思い出していた少女もまた、彼女の言わんとすることを理解した。
「……仰る通りです」
「……そう。だから言ったのに」
悲しげに呟いた王女は、ふっと気合の息を吐いて強い目を取り戻す。
「――来たわね」
「え?」
彼女が見つめたのは、苔の花が咲いた岩の一角。世界遺産の保護のために作られた幻の壁がふいに溶ける様に消え去って、小さな走竜に乗った男がゆっくりと現れた。見覚えのある彼の名は、リオルと言う。ピスト教のエリートでありながら、王権に対しても擁護的で、塔に幽閉されていた少女をこの国へと連れて来てくれた優しい青年。
だけど、もう。そうは見えない。
美しき光に照らし出された彼の顔は、思い出の中のそれとはあまりに違って。
するりと竜から降りたその男は、王女達の前に歩み寄ると静かに跪いて流暢なジオ語で語り出した。
「先刻はお騒がせして申し訳ありません、レイシア王太子殿下」
ふう、と息を吐いたレイシア姫は。
「……ねえ、さっき言ったわよね。ディンに一緒に行こうって誘われなかったのかって?」
「え? あ、は、はい」
「勘違いされそうだから言っておくけど、もし誘われたとしても私の答えは決まってたわ」
言って、跪く男の前に王女はゆっくりと立ち上がる。
「私はね、生まれた時は唯の娘でも、死ぬときには女王でありたいの」
白いドレスの足は、決して震えることはなく。
「お待たせしました、リオルさん。何か御用?」
軽蔑の眼差しで、男を見下ろした。
「はい。時間が無い様なので単刀直入にお聞きしますが、『シェーラの矢』はどこにあるのでしょうか?」
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