第5話 王都の変 前編

 1

 街道を進む俺の目に大地から延びる鋭い針のような筋が映った。期待を感じつつそのまま歩むと白銀の針は徐々に太くなって青い空に映える灰色の柱となる。俺は無意識に動きを止めていた。

 その姿は地上に縛られた人間の天空に対する憧れを形にしたようだ。しかも街道の行き先と重なり合うように見えるので、このまま道が空に向かって伸びているように錯覚させられる。王都に向かう街道の最終行程が〝天空の道〟と呼ばれる由縁でもあった。

 もちろん、見えているのは空に繋がる街道ではない。バーレガル王国の王都マイゼラに建てられた尖塔だ。物心付く頃にはもっと間近で当たり前のように眺めていた光景だが、こうして四年ぶりに視界に捉えるとこれまで意識しないようにしていた故郷への愛着を思い出さずにはいられない。話によると現在残る人間が建てた建造物の中では最も高いとされている。少なくとも、この大陸の東方地方でこれより高い建築物はないはずだった。俺は人類の偉業の一つを再び目の当たりにしているのだ。

 それでも俺は数秒後には再び足を前に進めていた。経験を積み何かを学ぶことと、感情を鈍化させることは一体化した事象のように思える。俺は故郷に帰ってきた感動を心に刻みつけることよりも、数秒あるいは十数秒・・・それだけの時間でも目的地に遅れる事実を嫌ったのだ。それは合理的な判断とも言えるが、人間としてはつまらない生き方かもしれない。

 もっとも、俺は強大な力を持ったドラゴンに従僕として仕えており、一週間に一度の頻度で人間世界の逸話や出来事を伝える役目を課せられている。そして、約束の日である金の曜日を三日後に控えた現在にあっても俺は主人に聞かせる〝ネタ〟をまだ手に入れてなかった。これまでこの契約を破ったことはないが、約束を重んじる〝あの女〟を怒らせればどうなるかは想像したくない。何しろ、彼女が少し鼻息を荒くしただけで人間はその熱で骨も残さぬ消炭となるのだから。

 こんな状態なら数秒の時間さえ惜しむのは当然だろう。ここしばらくは小さな宿場街が続いており、俺は今夜にでも人の集まる王都マイゼラでドラゴンに披露する逸話を入手して、余裕を持った状態で約束の日を迎えたかったのだ。

 やがて順調に歩みを進めた俺の視界にマイゼラの城壁が見え始める。程よい運動と夏の日差しによって激しく汗を流しているが、ここまで来ればもう一息だ。俺は水袋に残っていた水を一気に飲み干すと最後の仕上げに入った。

 幽霊を成仏させた街、ロドールの城壁も立派であったが、当然のようにマイゼラの城壁もそれに勝るとも劣らなかった。城壁は人の背丈の三倍ほどの高さで、上部は人が歩ける充分な幅があった。この頃になると、壁の上を見回る兵士の姿とその兵士達を守るレースと呼ばれる凸凹状の構造をはっきりと捉えることが出来るようになっていた。これほどの城壁がロドールの五倍以上の人口を持つマイゼラの街全体を囲い尽くしているのだから、唸るしかない。マイゼラはバーレガル王国の前身となったバーニス帝国時代から存在する街だが、この城壁を建造、維持するためにこれまで想像を絶する労力が払われてきたに違いなかった。

 歴史の重みを感じながらマイゼラの東門に辿り着くと、俺は通行税を払う列に加わる。ざっと数えて五十人程が前に並んでいた。焦る気持ちはあるが、毎度の試練として大人しく自分の番が来るのを待つしかない。ここで下手に騒ぎを起こせば却って街に入るのが遅れてしまうのだ。

 俺が表向きには薬の行商人を装っているのも、旅を行うのが極めて自然であり警戒されない商売だからだ。一介の冒険者や傭兵では街に入るのに、場合によっては滞在先や保証人の提示まで求められることもある。

 そして、さすがと言うべきか王国の中枢であるマイゼラはこれまでの街とは違い、兵の数も質も際立っていた。体格の良い衛士達が三つほど集団に分かれて、機能的に旅人達から質問と税の徴収を執り行っている。状況にもよるが訓練のされた衛士の姿は頼もしい限りだ。

 そのまま彼らの仕事ぶりを眺めていると、大して待たずに俺の番が巡ってくる。すかさず俺は下士官と思われる衛士の質問に答えながら、こっそり賄賂を手渡す。多すぎては逆に怪しまれるので、あくまでも相場より僅かに多い額を与えるのがコツだ。幸いにして下士官は俺の意図を忖度してくれ、背負い袋の上部に薬があることを確認すると、直ぐに行商人であることを認めてくれて街へ入る許可を出してくれた。

 こうして俺はドラゴンより預かる〝転移の鏡〟を人目に晒すことなく、バーレガル王国の王都で故郷でもあるマイゼラの街に足を踏み入れたのだった。


 マイゼラは幾つかの区画に分類されている。なにせ古いだけでなく東方地方最大の都市である。様々な身分や生まれの人間達が集まっていて、それぞれの暮らしを形成していた。その頂点にいるのは当然のことながら国王をはじめとする王族であり、それを補う、もしくは甘い汁を吸う支配者階級という形で貴族が存在している。彼らが住まうのは王城とそれを囲むように設けられた地域で、何割かは王国内に自身の領地も持っており、自分の領地と王都を行き交う生活を送っていた。

 王の棲家である王城とそれを取り囲む貴族の屋敷はある区画はマイゼラの物理的にも政治的にも中心地であり、この中心地区を取り囲むように富裕層が住む地区が広がり、更にそれを重ね重ね取り囲むようにして一般平民が暮らす街並みに至る。 いくつかの例外はあるが、街で暮らす平民の多くは商人や職人達で、なんらかの形で街の経済活動に従事している。そして職人であっても親方ならば、より中心に近い土地に家を構えるといった具合に平民の中でも細かな序列があった。

 だが、街にはこれらの序列に当てはまらない者達も存在していた。彼らの多くは下層民と呼ばれる、いつのまにか街で暮らすようになった人々だ。正式な戸籍を持たずに、彼らは街の幾つかに存在する下層街で暮らしていた。特に街の北地区には最大の下層街が存在して、その奥は街の衛士も見て見ぬふりをする特殊な環境を作り上げている。同じ人間でありながら、恵まれた者とそうでない者の関係は街、いや人間社会の光と影でもあり、簡単には解決出来ない永遠の課題だろう。

 下層街の住民は街の爪はじきの集まりとも言えたが、人間の表に出せない欲望の担い手として街での存在価値を持っていた。それが街から排除されるわけでもなく、存在を黙認されている理由だ。娼館の経営や売春婦の斡旋といった性産業ですらマシな部類であり、下層街の深部では違法な賭博場や本来は禁止されている麻薬や人身売買等の取引も行なわれていた。これらは需要があるからこそ成立する商売であり、皮肉なことにマイゼラが発達した街である証拠でもあった。悪徳も人間を構成する一つの要素なのだ。

 世を嘆く二流の詩人か哲学者のようなことをのたまったが、俺も間違いなくそちら側の人間だ。現に俺は家の相続権を親類に譲ってマイゼラを飛び出していた。そして剣の腕を頼りに冒険者となり、その過程で知り合った仲間から盗賊の技を学んだというわけだった。この街は故郷ではあるが俺に帰る家はない。

 そのような理由から俺はかつての生家がある街の西地区ではなく、北地区へと足を向ける。そちらこそが俺に相応しい場所なのだ。


 2

 俺が当座の拠点と定めた宿屋〝砕けぬ盾亭〟は北地区下層街の外れにあった。下層街は事件や逸話の宝庫とも言えるが、さすがの俺もいきなりその中心に飛び込もうとは思わない。この手の場所は常に地元犯罪組織が取り仕切る縄張りとなっているからだ。犯罪組織の力関係や派閥争い等の事前情報を手に入れるまで迂闊に動くのは危険だ。もちろん俺は彼らを敵に回すつもりはないが、噂話を聞き出すと言う行為はあらぬ疑いを産むことがある。まずは隣接する地域で様子を見るべきだった。

 また〝砕けぬ盾亭〟を選んだのは、土地柄だけでなく他にも幾つかの理由があった。一つは冒険者が出入りする店であるためと、名前そのものに興味を持ったからだ。なかなか勇ましい名前であり、俺はそんな宿に出入りする客層がどんな者達か確かめたくなったのだ。これまではなぜか牧歌的な名前の宿に泊まることが多かったので、たまには逆を狙って見たというわけだ。

 いつもの通りに個室を確保した俺は風呂で汗と旅塵を落とすと、遅い昼食を求めて一階の食堂を兼ねた酒場に繰り出した。ここが賑わうのは夕暮れからだが、まずは店の雰囲気を確認するためだ。

 酒場には幾つかの冒険者達がテーブル席を埋めていたが、大声で騒ぐようなことはなく時々仲間内で笑い声を上げる程度でわりと静かに飲んでいる。酒場は怪物退治や隊商の護衛などの荒事を生業とする彼らの憩いと英気を養う場所だが、この店の冒険者達は昼間から馬鹿騒ぎをするような低俗な輩ではないらしい。実力の高い冒険者達ほど慎重で規律を重んじる傾向が強いので、彼らはかなりの手練れに違いなかった。

 宿の客質に満足した俺はカウンター席に腰を降ろすと、しつこくならない程度に宿の主人から最近の街の傾向を聞き出した。何しろこちらは客であるので、ある程度ならば調子を合わせて答えてくれる。その言葉を完全に信用するのも危険だが、最初の手掛かりとするのなら最適だ。

 そして〝砕けぬ盾亭〟の主人は完全に禿げ上がった頭に古い刀傷を付けた強面の中年男だったが、俺が隣国のリデミア大公国からやって来た薬の行商人であることを伝えると、気さくに最近のマイゼラの情報を教えてくれた。今年の麦酒の出来具合や南の港町に至る街道の護衛依頼が増えていること等、今の俺にはどうでも良いことも多かったが、最大の収穫はバーレガル王国の国王その人の健康に関する噂だった。なんでも表向きには隠されているが、現国王は病に伏せており、もう永くはないと思われているとのことだった。彼の後はまだ幼い王女が王位を継ぐはずだが、摂政の座を掛けて上位貴族達が水面下で動き出しているという。

 これは充分に信憑性のある噂だ、もとより現国王のエイシオン二世が病弱なのは俺が子供の頃からの有名な事実であり、王妃との間に王女を儲けた際には『王としての最低限の仕事をやり遂げた!』と言われたくらいだったのだ。

 以前出合った女魔術士のリディアが男児として生まれていれば、今頃は次代の王として担ぎ上げられていたに違いない。まあ、彼女が女性でなければあの日に出会うこともなかったわけであり、意味のない想定とも言えた。

 いずれにしても王の健康状態について早目に知れたのは悪くなかった。この噂そのものはドラゴン向けの〝ネタ〟には使えないが、話を引き出すための話題には出来る。何しろ俺は表向きには薬の行商人である。国王の健康状態は職業柄知っておくべきだろう。

 こうしてある程度の情報収集と食事を終えた俺は、副業の存在を改めて思い出すと酒場が本格的に賑わう夕暮れまでに、現在仕入れている薬の売り込み先を探すことにする。こちらの筋から〝ネタ〟を仕入れられる可能性もあるからだ。

 ドラゴンとの約束の日は確実にやってくる。俺には座って時間を待つ余裕はない。


 小奇麗な服に着替えた俺は、マイゼラに店を構える薬店を格式の高い順から回ってみることにする。何せマイゼラは生まれ育った街なので、薬を扱う店の位置は大体把握していた。

 最初に訪れたのはマイゼラでも有名なモーセルという大商人の店だ。彼の店は薬だけでなく様々な商材を扱っており、最大の稼ぎ頭は香辛料と塩だった。内陸部の中原に存在するマイゼラは周囲を農作地帯に囲まれており、食料の供給は充分であったが、南方でしか栽培出来ない香辛料と海から離れているため塩は貴重品なのだ。もっとも、塩は人間が生きるのに必要な戦略物質でもあるので取引価格は国によって明確に定められていた。そしてその代わりとばかりにモーセルは国王から塩の専売許可を与えられている幾つかの商人の一人だった。塩の値段を好きにはさせないが、その代わりにマイゼラで塩を扱う権利を独占させてやるというわけだ。利幅が薄くても、確実に売れるのであれば利益は出せる。こうしてモーセルは商人として成功しただけでなく王国の信頼も得ていたのだ。

 そんな大店であるので俺は最初から駄目で元々と思っていたし、断れれば直ぐでも別の薬店に向かうつもりだったのだが、予想に反してモーセルの薬部門の担当者は俺に会ってくれた。

「さっ早速ですが、トロチの実をお持ちとか?!」

 店先ではなくしっかりした応接間に通された俺だったが、二十代半ば程度と思われる女性が現れると挨拶もおざなりに話を切り出し始めた。容姿的には六十点を与えられるほど身なりの良い美人だが、なぜか軽く興奮しているようだ。

「ええ・・・トロチの実なら三十ルト分ほど持っていますが・・・」

 戸惑いつつも俺は肯定しながら頷いた。既に俺が持つ薬の在庫は伝えてあったが、トロチの実に興味を持たれるとは想定外だ。何しろトロチの実は解熱剤としては優秀ではあるが、北東部の原生林ならどこにでも自生しているような広葉樹の植物だ。俺が仕入れたトロチの実もリデミア大公国の北部の森林地帯で採れた物で、背負い袋の隙間を埋めるためになんとなく仕入れたに過ぎない。風邪が流行る冬場ならともかく、夏に血相を変えるような薬とは思えなかったのだ。

 ちなみに〝ルト〟とは医薬用語で成人での一回分の服用量を指す。よって俺はこの実を三十服分に加工出来る量を持っているということだ。

「そんなに!ぜひ当店に譲って頂けないでしょうか?!最低でも十ルト分・・・いえ、出来れば全部!一ルト銀貨五枚でどうでしょうか?それに、よろしければその他の薬も纏めて買い取りますので、ぜひトロチの実をお譲り下さい!」

「そ、それは・・・こちらとしては願ってもないことですが、なぜトロチの実にそんな高値を?」

 俺は身を乗り出すようにして語り掛ける女性に疑問を投げ掛ける。大店の薬部門を任されているようだが、この女性はどうも商売自体はあまり上手くない。おそらく彼女は商人ではなく薬師としての考えで行動しているのだろう。店の利益を思えば彼女は相場通りの値段を提示するべきだったのだ。 

「それはもちろん、今マイゼラではトロチの実が枯渇しているからです。本来は夏にそこまで売れるような薬ではないのですが・・・、なぜか買い占められてしまって。もちろん、当店でも手を打ってリデミア大公国に買い付けに向かわせているのですが、往復を考えると早くても一カ月は掛かります。そんな中であなたが現れたというわけなのです!ぜひ譲って下さい!」

「なるほど・・・そのような事情が、でもそんなことを正直に話してしまったら、私が値段を釣り上げるかもしれませんよ?」

「・・・確かにそうですね・・・もっとも、私は一ルト金貨一枚でも買いますよ!」

 女性は一瞬だけしまったといった顔付きをするが、その後には当初からの興奮した様子で条件を上乗せしてくる。世慣れしていない純朴な女性と思われたが、奇妙なところで胆が太いようだ。

「ははは、十年分の金額を稼ぐ機会とも言えますが、モーセルさんに目を付けられることを考えたら調子に乗るべきではないですね。・・・最初の提示である一ルト銀貨五枚でお譲りしましょう。もちろん他の薬は相場通りで構いません。その代わりにトロチの実の行き先を教えてもらう・・・この条件で如何でしょうか?」

「そ、それは・・・いえ、今の時期のトロチの実を売って下さるのですから。あなたには知る権利がありますね・・・。ありがとうございます!その条件でお願いします!では、まずは薬を改めてさせて頂いてよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです」

 俺は難色を示しながら結局は納得した女性の要望に従い、テーブルの上にトロチの実を始めとする薬を並べていった。大金をせしめる千載一遇の機会とも言えたが、彼女にも伝えたとおり調子に乗ることは避けた。余計な敵を作るべきではないし、俺の目的は〝あの女〟に披露する逸話を手に入れることだ。大金をかけて手に入れるトロチの実の行き先はそれに適うと期待出来た。


「・・・モーセル氏のご息女でしたか」

「ええ。す、すみません自己紹介が後になってしまって。まさかトロチの実を入荷出来るとは思っていなかったので興奮していたのです!」

「いえ、・・・事情を知った今では私も仕方がないと思いますよ」

 取引を終えた俺は女性と雑談を交わしていた。俺が売ったトロチの実を始めとする薬はモーセル側の正式な財産になっている。そのためか当初より興奮気味だった女性は緊張から解放され口も軽くなり、約束の薬の行き先だけでなく簡単な身の上話を聞かせてくれた。

 彼女の名前はメリーナ。一代でマイゼラ有数の大商人に登りつめたモーセルの長女だった。何でも香辛料で財を成したモーセル家であるので、彼女は取り扱う香辛料の研究と開拓のために薬学の勉強を志したらしい。薬師として一人前になり稼業を盛り立てようとしていたのだが、なぜか香辛料ではなくそのまま薬部門を任されたとのことだ。雇われ人にしては妙に品があり、利益を度外視した強気な態度を取ると思っていたが、彼女は大商人のお嬢様だったのだ。

「・・・それで、薬についてですが、当店に降ろしたことはご内密にお願いします・・・」

「ええ、もちろんです。それは私のためでもありますから」

 俺はメリーナの懇願に当然とばかりに頷く。結論から言えば、トロチの実の行き先は王城とのことだった。それ以上の詳しい説明は商人としての信頼に関わるので言及はされなかったが、病に伏している国王の噂を知っていれば答えは簡単に予想出来る。

 バーレガル王国の国王エイシオン二世の病状がどのような状態かは知る由もないが、高熱を伴う病気であるならトロチの実は極めて有用な対処療法となるだろう。塩の専売で王室との関係が深いモーセルならば、一ルト分の薬に金貨一枚を掛けても入手するに違いなかった。

 そしてこの事実だけを見るなら、俺もモーセルもそして国王にとっても得をする良い取引だったとなるのだが、根本にあるトロチの実が買い占められる不自然さを考えると、この取引の存在を部外者に漏らすべきではないことは明らかだった。国王が死ねば後を継ぐのは幼い王女であり、彼女が成人するまでは摂政が補佐することになる。摂政の座を求める者からすれば、国王の病が改善されることは不本意なのだ。

「はい、私共もこの薬については信用出来る人間のみに扱わせますので!」

「お願いします・・・では、あまり長く商談しているのはお互いによくありませんね。私はこれでお暇させて頂きます。良い取引でした!」

 俺はメリーナの胸中を察すると別れを告げる。トロチの実とそれに纏わる陰謀は興味を湧かせるが、深入りどころか少しでも覗こうとするだけでも危険と思われる。それにドラゴン向けの話とも思えない。今回の取引はお互いに早く忘れるべきなのだ。

「ええ、こちらこそ!」

 最後にメリーナと握手を交わして俺はモーセルの店を後にする。西の空はかなり赤くなっており、宿に着くころには夕暮れを迎えるだろう。俺は今夜、酒場の冒険者達から聞き出す逸話の内容に期待して帰りの途に着いた。


 3

 四年間の変化を探しながら歩んでいた俺だったが、背中が痒くなるような奇妙な違和感を覚えると、宿とした〝砕けぬ盾亭〟がある北地区ではなく東地区に足を向けていた。更になるべく大通りを歩くように念を入れる。陰謀の影を知ったために少し神経質になっている可能性もあったが、それで命を救われたこともある。俺は自分の勘を信じることにした。

 しばらくして屋台が立ち並ぶ通りに入ると、俺は豚肉の串焼きに興味を持ったふりをして、そっと背後を確認する。その一瞬の視線の中にモーセルの店でも見掛けた若い男の姿を捉えると、俺は自分の直感を改めて自賛した。やはり尾行されていたのだ。ついでとばかりに香ばしい匂いを立てる串焼きを一本買った俺は、豚肉を頬張りながら次の一手を考え始めた。

 当然だが、このまま拠点とした宿に戻るのは危険だ。相手の意図と正体は不明だが、夜中に襲って来ないとも限らない。最良なのはこのまま尾行をまいてどこか別の宿に逃げ込むことだろう。実際、このような事態に備えて俺は〝転移の鏡〟を可能な限り肌身離さず持ち歩いている。商談が目的だったので護身用の片手剣等の装備は部屋に残して来たが、これらは買い直せば済むことだ。

 とは言え、相手の正体が判らないまま逃げるのも危険だ。上手く逃げたと思っていたら、より不利な状況に追い立てられていたとも限らない。敵の立場や戦力を客観的に見極める必要がある。  

 串焼きを食べ終える頃に俺は一つの判断を下した。まずは、今尾行している男の実力を探ることにする。メリーナ、あのお嬢様が差し向けた程度の刺客なら、簡単な手段で騙せるだろう。そうでなければ・・・それ以上の人材を動かせる組織や集団というわけだ。俺は前者であって欲しいと思いながら、仕掛ける場所を探すために再び歩き出した。丁度良い具合に辺りは急激に暗くなっている。闇に身を隠すのに最適な時間がやって来ていた。

 

 細い辻を見つけた俺は、やや芝居掛かった動きで一旦後ろを振り向くとそのまま辻に向かって走り出す。そして助走を付けた状態で壁に飛び付き、一気に民家の屋根へと這い上がって姿を隠す。素人や下っ端ならば、血相を変えて追いかけてくるに違いなかった。

 期待に反して尾行者は落ち着いた様子で辻に現れた。その姿に尾行に気付かれた焦りや驚きは見られない。薄暗い光の中にあっても地面の足跡を調べようとしていた。その冷静な態度に、俺は懐の短剣を引き抜くと同時に行動を開始した。

 相手を踏みつぶすように俺は隠れていた屋根から飛び降りる。男は音に反応したか、足跡が壁際で消えている事実に気が付いたか、咄嗟に見上げるが一手遅かった。俺の下敷きになった男は尚も抵抗しようと暴れるが、真上から男一人分の衝撃を受けたのである。既に足元がふらついていた。俺は男の腕を捻り上げると壁に押しつけ首元に短剣を突きつけた。

「くそ!おの・・・」

 悪態を兼ねた悲鳴を上げようとした男だが、皮膚に突き刺さる短剣の切っ先の痛みによって声を飲み込んだ。

「誰に頼まれている?」

 相手が間抜けならそのままやり過ごそうと思っていた俺だが、こうなってしまっては直接問い質すのが手っ取り早い。

「・・・さあな、なんのこ・・・やめろ!わかった!・・・俺は旦那に命令されておま・・・あんたを追えと命令されただけなんだ!」

 惚けようとした男だが、短剣を更に突き刺すと彼は質問に答えた。真実を口にしている保証はないが、メリーナが差し向けた尾行者ならもっと上手い嘘を吐くと思われた。メリーナが支払った金を惜しんだ線はこれでかなり薄くなったと言えるだろう。

「旦那とは誰だ?」

「・・・すげえ人だよ!たぶんもっとすげえ人の部下なんだと思う!あまり詳しく知るとやべえと思ったから、詮索したことはねえ!なあ、これでいいだろ!俺に構っているより早く逃げた方が良いと思うぜ!」

 俺の質問に男は大人しく答える。旦那とやらについて具体的なことは言っていないが、この状況で俺の身を案じるのだから演技だとしたらかなりの役者だろう。いずれにしても俺は厄介な相手に目を付けられてしまったようだ。

「ロデット!どうした誰と喋っている?標的を捕まえたのか?!」

「・・・だ、旦那助けてくれよ!こいつが俺・・・」

 暗闇に包まれた辻の向こうから投げ掛けられた言葉に、男は喜色を上げて反応する。俺は男の頭を壁に叩きつけて失神させると体勢を整えた。

 急いで表通りに向かって逃げようとするが、何かが煌めいたことに気付くとその場に伏せる。次の瞬間、耳元を空気が切り裂ける嫌な音が掠めた。弓矢、いや弦がしなる音が聞こえなかったので短剣のような投擲用の武器で攻撃されたのだろう。

 辛うじて初撃を躱したが、その隙を逃すほど敵は甘くなかった。身体を起こす頃にはフード付きのマントで顔を隠した敵に距離を詰められており。そいつは上段から俺の頭を目掛けて剣を振り下ろしていた。予期していたこともあって、俺はその斬撃を後ろに退いて避けるが、この敵をなんとかしなければ逃げることは出来ない。俺は思いがけない手練れと短剣で対決しなければならなかった。

「ち、畜生め!」

 フードの敵と対峙する俺だったが、唐突に背後から背負い袋に圧し掛かられる。先程、失神させた男が目を覚ましたに違いなかった。下手に生かしていたことが裏目に出たのだ。その援護を敵が利用しないはずはなく、こちらを目掛けて突きを繰り出した。俺は咄嗟の機転で背中を向けると同時に背負い袋の肩紐を外す。この中には〝転移の鏡〟が入っているが、今は生き延びることが最優先課題だ。

 目論見は成功し背負い袋とともに男はその場に地面に向かって落ちる。倒れた男が障害物となってフードの敵の動きを数秒程度は止めるだろう。俺はその隙に脱兎のごとく通りに逃げ出した。


 4

 無様に命からがら逃げ出した俺だったが、このまま終わらせるつもりはなかった。一旦逃れて街の闇に潜むと逆尾行を仕掛けるべく慎重に先程の辻へと戻る。なんとしても〝転移の鏡〟は取り返さなければならない。

 鏡の本来の持ち主であるドラゴンがどのような報復に出るかは定かではないが、最悪の場合マイゼラが灰燼と化して地図から消える可能性もある。そうなれば俺が故郷を滅ぼしたのも同然だ。

 当然のことだが、敵は俺が残した背負い袋を現場に残すようなことはしないだろう。まさか〝転移の鏡〟のような魔道具が入っているとは思わないだろうが、どこかアジトか拠点に持ち帰り俺への手掛かりについて調べるに違いなかった。

 予想通りフードの人物の後に続いて、最初に捕まえた男が足を引きずりながら背負い袋を肩に担いで辻から出て来る。その二人の様子からかなり警戒していることが窺えた。彼らも俺が完全に逃げ去ったのではなく、まだ近くにいると疑っているのだろう。今夜は長く厳しい夜になりそうだった。


 尾行を終えた頃には真夜中になっていた。娼婦がたむろする色街の通りを抜け、酒場の裏口に先回りするなど幾つかの騙し合いを繰り広げた俺と敵だったが、この勝負に打ち勝って敵の拠点と思われる建物を突き止めた。フードの男はかなりのやり手と思われたが、俺の執念が勝ったということだろう。

 皮肉なことに二人の敵が入り込んだ建物は、俺が拠点としている宿から比較的に近くにあった。歩いて十分程度だろうか。どうやらこの辺りはマイゼラ最大の下層街の外れということもあって、脛に傷を持つ者には色々都合が良いのかもしれない。

 俺は侵入経路と退路を調べるためにまずは周囲を見回る。焦る気持ちはあるが、最低限の下準備は必要だった。

 ある程度の道筋を立てると俺は行動を開始する。敵の拠点は三階建ての古い商店風の建物で、狭い土地を有効活用するために近隣の建物とは、猫がやっと通れる程度の隙間しか持っていない。そこで俺は一旦隣の建物の屋根に上がると、そこから目標に飛び移った。俺はほとんど物音を立てることなく一連の動きを成功させる。

 そして聞き耳を立てて中に人がいないことを確認すると、俺は屋根からぶら下がりながら屋根裏と思われる部屋の狭い窓を壊して建物内に侵入する。ここからが本番だった。

「・・・誰?!」

 そんな決意に水を差すように子供か若い女の声が暗い部屋に響き渡る。髪の毛が逆立つほど驚く俺だったが、反射的に声を頼りに飛び掛った。早目に無力化してしまえば失敗を補えると思ったからだ。

「・・・ぐ!」

 相手の口を押えながら身体も抑え込もうとするが、その小柄で細い体格に対して俺は更に驚いた。声の主はまさしく子供だったからだ。

「お前、子供か?!」

 耳元で告げる俺の声に子供は頭を小刻みに振る。肯定のつもりだろう。

「・・・ここで何をしている」

「んんう、んんううう、んん!」

「・・・口を塞いでいる手を取ってやるが、騒くなよ!騒いだらそのまま絞め殺すからな!」

 いくら俺でも事情もわからないまま子供を絞め殺すつもりはなかったが、脅かしてやるとその子供は再び頭を小刻みに降った。

「・・・あ、あいつらに捕まってここに閉じ込められていたんだ。叔父さんはあいつらの仲間じゃないの?!」

「誘拐されたか・・・ああ、そうだ俺はこの建物の連中の仲間ではない。それと叔父さんはやめてくれ、俺はまだそんな歳じゃない」

「それじゃ・・・おじ、お兄さんはおいらを助けに来てくれたの?」

「いや、・・・悪いがそういうわけじゃない。俺は自分の盗られた物を取り返しに来ただけだ・・・」

 事情を掴めた俺は抑え込んでいた子供、十歳ほどの少年を解放して立たせてやる。まさか侵入者を騙すためにこんな手の込んだことをするとは思えないので、彼の言っていることは事実と判断して良いだろう。俺を襲った奴らは誘拐か人身売買にも手を染めているに違いなかった。

「・・・そんな・・・助けが来たと思ったのに・・・」

「お前はなんで捕まったんだ。大金持ちの子供とも思えないが?」

「・・・わからない。春頃に一緒に暮らしていた爺ちゃんが死んで、困って・・・役所に報せたら。何日かしてあいつらが来て、それからずっとここに閉じ込められていたんだ・・・」

「春からか・・・ならここに何人くらい居て建物の構造・・・どこがどうなっているか、わかるか?」

 気の毒とは思いつつも俺は情報を求める。今は彼の境遇よりも優先すべきことがあった。

「うん・・・大体なら・・・いつもは四人くらい居て、たまに別の人もおいらを見に来るけど・・・その人が来るのは一週間に一度くらいだと思う。その日は身体を拭く水と着替えをくれるからはっきり覚えてる。・・・それと、あいつらがいるのは殆ど下の二階でここに来るのはおいらの世話をする時くらいだけだよ。ねえ・・・ここから逃げるなら、おいらも一緒に連れていってくれよう!」

 少年はそこまで一気に口にすると涙声で訴える。

「お前の名前は?」

「ミシスだよ!お兄さん!」

「いいかミシス。・・・俺もお前を助けてやりたいと思っているが、俺は盗まれた大事な物を取り返さなくてはならない。だから俺と一緒に行動すると却って危険な場合があるし、いざとなれば俺はミシス、お前よりも俺の用事を優先する。それに納得して足手纏いにならないというなら、ここから出してやる。どうだ?!」

「それでいいよ!おいらこんなところで、ずっと動物みたいに飼われたくないんだ!」

「わかった。ならまずはここを出よう!」

 ミシスの承諾を得た俺は彼が閉じ込められていた部屋の扉を改める。おそらくは倉庫代わりにしていた部屋で相手が子供と高を括っていたのだろう。外側から鍵を掛けられているが、扉の蝶番は丸出しであり道具を持った盗賊からすればどうにでもなると思われた。事実俺はそれほど時間を掛けずに扉を開ける。

「すごい!こんな直ぐ開けちゃうなん・・・」

 小声で感嘆の声を上げるミシスに俺は黙るよう彼の口に指を当てる。意図が通じたのだろうミシスは黙って何度も頷いた。田舎臭い言葉使いをするミシスだが、頭の回転そのものは悪くないようだ。彼を連れて行くのはリスクではあるが、これならなんとかなりそうだった。

「行こう・・・」

 俺は囁くように告げるとミシスを数か月ぶりに部屋の外に連れ出したのだった。


「待って!」

「待ってるだろ!こっちだ!」

 俺はミシスの腕を引っ張ると鍵を抉じ開けたばかりの倉庫に押し入った。俺一人だけなら、追手をまくのはそれほど困難ではなかっただろうが、数か月も室内で軟禁されていた子供のミシスにそんな脚力はなかった。見捨てることも考えたが、捕まれば口封じで殺される可能性もある。迷わなかったと言えば嘘になるが、それを実行するほど俺は人の道に外れていなかった。

 大型の木箱が立場並ぶ倉庫の中を俺はミシスの腕を引きながら隠れ場所を探す。表の扉の鍵は強引に壊しているので、詳しく調べれば逃げ込んだことが発覚するだろう。ある意味時間の問題とも思えたが、俺にはある秘策があった。人間二人が隠れることが出来なくとも、鏡一枚分を隠せればそれで充分だった。そう、俺は〝転移の鏡〟の回収には成功していた。


 ミシスを監禁されていた部屋から助け出した俺は鏡を求めて建物内の探索を開始した。もっともそれほど大きな建物ではないしミシスからの情報もあったので、敵が詰所にしている部屋は直ぐに突きとめられた。鍵穴から中を覗くと二人の男が雑談交じりに酒を飲んでおり、その足元の床に俺の背負い袋が無造作に投げ出されていた。

 俺にとって都合が良かったのは旦那と呼ばれていたフードの敵がこの場にはいなかったことだ。他の部屋で仮眠でもしているのか、あるいは既にこの建物から去っているか、いずれにしても現場指揮官と思われるあいつがいたら直ぐに背負い袋の中を検めていただろう。そして〝転移の鏡〟を見つけていたに違いない。これは強力な魔道具だが、魔術士でなくともミスリル銀で作られた芸術品の価値は理解出来る。〝転移の鏡〟はそのような不変的な宝物なのだ。

 俺は廊下で様子を窺いながら好機を待つ。敵が廊下側に来たら不意打ちを仕掛けるつもりだったが、男達は揃って奥の部屋に移動を始める。どうやら奥にも数人の男達がいて呼びつけられたようだ。都合が良いことに部屋は無人となった。

 この隙に俺は部屋に入り、背負い袋の中から鏡を取り出す。奥の部屋からは扉越しに歓声が聞こえるので、賭けでもしているに違いなかった。背負い袋ごとの回収は断念する。袋を残していれば発覚を遅れさせることが出来るからだ。俺は服の下に〝転移の鏡〟を隠すと撤退に移る。こんなところに長居は無用だ。

 これまで辛抱強く俺の後に従っていたミシスも、俺が仕事を終えたのがわかったのだろう。笑顔を見せて頷く。初対面では暗くてわからなかったが、彼はなかなか可愛いらしい顔をしていた。

 後は脱出するだけなのだが、俺一人なら退路も侵入口と一緒にしただろう。同じ道なら新たなリスクを負うことはないからだ。いや・・・今更ミシスに責任を負わせるのは酷だろう。俺はリスクを承知で彼を助けたのだから。

 結果的には一階から逃げ出そうとした俺達は何かしらの警報機器に察知されてしまい。慌てて逃げ出すことになった。そして建物に控えていた敵達に追い立てられているというわけだった。


「よし、ミシス。この鏡が輝いたら手を触れるんだ!」

 俺は倉庫の中に人が隠れることは一見して不可能な小型の木箱を見つけると、その中に〝転移の鏡〟を入れてミリアに促した。

「え!輝く?」

「いいからやれ!」

「う、うん!」

 俺は鏡の力を起動させる合言葉唱えるとミシスを叱りつけるようにして強制させる。驚きながら鏡に触れた彼はその身体を輝く鏡面に吸い取られるようにして姿を消した。他人が鏡を使う姿を初めて見た俺には新鮮な光景だが、感慨に耽る余裕はなく俺は箱を目たない所に置くと自分自身もミシスに続いて鏡を起動させる。

 このまま鏡を持って逃げることも考えたが、ミシスがドラゴンに殺されるようなことになれば目覚めが悪すぎる。俺の口から〝あの女〟に契約以外の目的で鏡を使用した釈明をする必要があるだろう。

 俺はミシスを追って金色の古龍の下に向かった。


 遅れてドラゴンの塒、古代人が〝イーシャベルクオール〟を讃えるために建造した神殿に辿り着いた俺が見たのは奇妙な光景だった。俺としてはミシスを〝あの女〟の怒りからどうやって救い出すか、それだけを心配していたのだが、金色の古龍はいつもの乙女の姿となってミシスを自身の膝の上に乗せてはその頭を撫でている。その姿はうら若い乙女が子猫を慈しむようだ。

 もっとも、ミシス本人は今の状況を理解出来ないのか固まったように茫然としている。客観的に見れば全裸の美女に抱かれているわけだが、おそらくは彼はショック状態にあるのだろう。まあ、無理もない。計り知れない財宝と巨大なドラゴン、そして絶世の美女。これらが一気に押し寄せているのだから。

「誰がこのような未熟な人の子を私の寝所に送り付けたのかと思っていたのだけれど、やはりあなただったのね?」

「そ、それは・・・やむを得ない事情がありまして・・・」

 問われた俺はあいまいに答える。主人であるドラゴンが怒りもせずに冷静でいるのは僥倖だが、なんと説明するか自分の中で整理がまだ出来ていなかった。俺はそれまで土下座することしか考えていなかったのだ。

「事情?あなたはこの子を見つけ出して私に紹介しに来たのではないの?今生ではこの子があなたの番相手なのでしょう?」

「・・・紹介・・・そうです。・・・今回は私の弟子としたミシスを紹介するべく参ったのです。なので、番相手ではなく弟子です。何しろミシスは男ですから!」

 俺は咄嗟にドラゴンに話を合わせつつも、番相手に関しては否定する。俺にそっちの趣味はない。それだけは絶対に譲れない事実だった。それにそこまで話を合わせてしまうと『ちょっとここで人間の番のやり方を見せなさいよ!』等と要求される恐れもあった。

「ん?この子は女でしょう?あなた、同じ種族の性別もわからないの?ねえ、あなたは女よね?」

 ドラゴンは『何言ってんだコイツ』とばかりに俺に訝しげな視線を送ると、膝の上に乗せているミシスに問い掛ける。

「はい・・・隠してた・・隠していましたが、おいら・・・女です・・・」

 それまで圧倒的な力に中てられて茫然としていたミシスだったが、一度俺の方に視線を送るとドラゴンの問いに肯定を示した。

「ほらね!私の見立てどおりでしょう!」

 ドラゴンは得意顔を見せて喜ぶが、今度は俺が茫然とするしかなかった。

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